第89話 学園生活

「ここが男子寮たい。フィル君はここで過ごすことになる。あっちが女子寮。のぞきにいかんどいてよ。毎年、中等部と高等部の学生がのぞきにきて捕まっとる。フィル君は律儀に先輩の真似をする必要なかけんね。」

 シュレ先生が説明する。


 シャティさん、いや、シャティ先生を訪ねると言ったら「学・園・長の私が説明しよう!」と言い、案内役を買って出たのだ。

 後ろでピトー先生が「いや学長、学籍簿にハンコを——。」と言っていたが彼女は無視した。

 どこかで見たような気が。

 ——思い出した。この人ゴンザさんと同じ人種だ。


「それにしても、ようやったばいフィル君。」

「はい、何でしょうか。」

「かの元宮廷魔導士のストレガの弟子が同族とは、小人族ハーフリングとして鼻が高か!」

「いえ、それほどでも。」


 ごめんなさい。

 俺、エルフなんです。


「あ、学園長ちゃん先生だ~!」

「ハノハノ先生ちゃーん!」

 寮住みらしい子どもたちが話しかけてくる。


「ちゃんいらんわ!いつになったら言うこと聞くんじゃお前ら!」

 ガーッとシュレ先生が怒る。


「学園長ちゃんが怒ったー!」

「逃げろー!」

 子どもたちが逃げる。


「何やあいつら全く。敬意というものをわかっとらん。教育方針がいかんのか?」

 シュレ先生がぶつぶつ言う。


 何となくこの学園の雰囲気というものがつかめてくる。


「こっちは植物園たい。温室もある。温室は管理しているゼータ先生に許可を得ないと入れんけんね。理由は管理が難しい植物もたくさんあるけん、危なかと。毒もちの植物型魔物もおる。よかね?」

「はい。」

「こっちは授業棟。ホームルームクラスもあるが、教科によって移動教室が多いから迷ったらいかんよ。まぁ、クラスの友達についていけばよかろ。」

「はい。」

「こっちはマギ・アーツ用の闘技場じゃ。外用やね。フィル君がさっき使った場所は室内用。室内闘技場は初等部、中等部、高等部にそれぞれ10棟ずつある。外用闘技場も10棟ずつある。」

「何でそんなに多いんですか?」


 元いた世界の基準だと多すぎる。

 オリンピック選手養成学校か何かだろうか。


「貴族のガキの喧嘩用たい。」

「あー。」


 ヒャッハーしてんな。この世界の貴族。

 何となく思っていたのだが、この世界はまだ文民統制が完成していないように感じる。

 エクセレイ王国の王族は魔法で立身出世し、この国を立ち上げた。ギルドマスターのゴンザさんもシーヤさんも、目の前にいるシュレ学園長も、武闘派よりの人間だ。

 ヒャッハーした人間が多いと、トップはそれなりに力で抑えられる人材が必要になるということなのだろうか。


「よしよし。ここが図書館棟たい。」


 シュレさんが見る方を見る。

 いや、見上げる。

 野球ドームもかくやの面積、そして高さだった。

 建物は花をモチーフにしているのだろうか。花弁が八方に広がっており、不規則に窓が配置されている。花弁によってはどうやって支えているのかがわからない。柱はないのだろうか。不安になる。おそらくは魔法で何とかしているのだろうけども。

 この世界の建築技術、どうなってるんだ。


「私はここまでやね。あとはシャティによろしく。あ、それとこれ。」


 シュレさんが「ん。」と手を突き出すので、俺は両手を出して受け取る。

 目の前に来て気づくが、俺の方が身長が高い。

 この人、もしかしたら小人族の中でも小柄なのでは。

 手の上にチャリンと物が落ちた。

 鍵だ。


「寮の部屋の鍵ばい。集団生活に慣れてもらうために相部屋してもらうけんね。部屋番号は鍵に刻印されちょる。なくさんどいてね。複製防止やら腐蝕防止やらアホみたいに付与魔法かけてあるから高額とよ。」

「い、いくらくらいですか?」


 シュレ先生が俺に耳打ちする。


「え“。」


 俺はおっかなびっくりしながら亜空間リュックに鍵をしまう。

 失くしたらやばい。借金でいよいよ首が回らなくなる。


「相部屋は同じ男の子の一年生ばい。では、また今度やね。」

 そう言って、シュレ先生は去っていった。


 どう考えても、ピトー先生が案内役だったような気がしたのだが、まぁいいだろう。


「入ろうか。」

「そだね~。」


 3人で連れ立って中へ入った。

 図書館棟の中は開けた空間だった。

 壁の面積はほぼ全て本で埋まっていた。間の空間にも、細長い本棚が20メートル近くまで上に伸びてそびえ立っている。

 ここの学生たちだろうか。子どもや青年くらいの年ごろの人たちが梯子に登って本を思い思いにとっている。

 もちろん、普通の梯子では届かない。

 一人の学生が梯子に手をかけている。すると梯子に魔力が伝わり、乗せた学生ごと本棚と水平に移動し始める。

 何だあれ。かっけえ。

 中には自力で飛んで本を探す生徒もいる。鳥人や浮遊魔法が出来る魔法使いか。

 見ると、小さい子どもは職員が代わりに本を探してとっているようだ。


「すごいねぇ、これは。」

「私も利用したいわね。フィルの許可証で私たちも読めないかしら。」

「この中に師匠が添削した本もあるんだろ? すげえな。」


 3人で、またも田舎丸出しの反応をする。

 もはや俺たちは冒険者の格好で校内をうろつくのに抵抗がなくなった。小さい子どもや職員が見てくるが、気にせず「ほえー。」などと阿呆みたいな感嘆の声をあげながら図書館の奥へ進む。


「もう少し落ち着いて、見て。」


 いつの間にか、正面にシャティさんがいた。


「シャティさん。お久しぶりです。」

「久しぶり。そこの変態兎も。」

「うぇへへ~。」

「貴女は……初対面?」

 シャティさんが首をかしげる。


「え、えぇ。初めましてで間違いないわ。」

 おっかなびっくり、フェリが答える。


「そう。以前、フィルたちと一緒にクエストをしたことがある、シャティよ。この子の使い魔の瑠璃をテイムしたときにいたわ。もしかしたら聞いているかもしれないけど。」

「ええ。話は聞いたことがあるわ。」

「貴女、フィルのパーティーメンバーなの?」

「ええ、そうよ。」

「よろしくね。この子を兎から守って。」

「……もちろんよ。」


 謎の結束が生まれた。


「2人とも酷くない?」

「そうか? 俺は順当な扱いだと思うぞ。」


 でもシャティさん。

 今、俺をどうにでも出来る権利を持っているのはトウツじゃなくてフェリなんすよ。


 ……ん?

 俺はシャティさんのもつ雰囲気に違和感をもった。

 美人な人ではあったが、それに拍車がかかっているように見える。

 そりゃ、冒険者は引退しているわけだから表情から険はとれるだろう。肌は元々綺麗な人だったが、更に健康的に見える。


「シャティさん、何か以前より綺麗になりました?」

「あら。」

「え。」

「フィル?」


 トウツとフェリが俺の両腕をもってシャティから引き離す。

 気分は捕獲された宇宙人。


「いきなり女性を口説くなんて、7歳にしては背伸びしすぎだねぇ。フィル。」

「そうよ。灯台下暗し。本当に口説くべき女性は近くにいるわ。」


 いや、お前俺が前世込みで23歳って知ってるやろ。

 というか何を言っているんだ、フェリは。


「そう見える? だったら嬉しい。」


 一方でシャティさんは俺のことを本当の7歳だと思っている。

 変な子どもだろうとは思っているだろうけども。


 シャティさんの首元にきらりと何かが光る。

 あれは、ネックレス?


「シャティさん、もしかして結婚したんですか?」

「ええ。」


 そう言うと、シャティさんは柔らかい笑みを浮かべた。安心しきっている、緩やかな笑み。一緒にクエストに行ったときには見なかった表情に、思わずドキリとする。


 この世界では、結婚の証は指輪ではなくネックレスなのだそうだ。

 以前、トウツに左手の薬指ではないのかと聞いたことがある。そう聞くと、「え? どうして? そんな小さなものじゃあ、目印にならないよね?」と返された。

 言われてみればそうである。

 前世の姉が成人式から帰ってきたときに「友達がイケメン同級生の薬指ばかり見てたわ、あほらし。」と言っていたことを思い出す。

 確かに指をチェックするのって、面倒だよなぁ。


「彼と結婚するから、元々冒険者は辞める予定だったの。」


 彼という言葉を話す彼女は多幸感に包まれていた。

 大切にされているのだろう。

 いや、お互いに大切に思い合っているという方が正しいか。


「好きなんですね。」

「え、ええ。」


 俺の直球の質問に、シャティさんがたじろぐ。いじらしくネックレスを指でいじっている。

 以前は見られなかった彼女の反応が見れて、少し面白い。


「元々、私は家の事情で結婚が決まってたから。冒険者の時は名乗ってなかったけど、私のフルネームはシャティ・ダンナーだったわ。今はシャティ・オスカ。」

「貴族だったんですね。」

「ええ。貴族で冒険者をやると、因縁をつけられるから。名乗れなかった。」


 なるほど。

 彼女なりの苦労はあったのだろう。話を聞く限り、オーソドックスな政略結婚なのだろう。だが、彼女にとってそれは望ましい結婚のようだ。表情がそれを物語っている。

 ちなみに、後ろの2人は配偶者がいるとわかった瞬間ニコニコして話を聞いている。

 何こいつら。怖い。


「この図書館はとてもいい所。学生時代からの、私の大切な場所。案内するわ。どんな本が読みたい?」

「金魔法と光魔法。光は治癒関係のものを。いやでもアンデッド種浄化の魔法も捨てがたいです。あ、師匠監修のやつがいいです。あと浮遊魔法の指南書を。火魔法の火力上昇手段を広げたいのでそれ関連のものを。」

「この国の体術指南書がいいな~。出来れば歴史が深いやつ。暗器も知りたいねぇ。」

「金魔法関連がいいわ。この国は水魔法が体系化されているから、液体関連の錬成について教えてほしいわね。もちろん、他の材質も可よ。あと、この国の地質で可燃性が高いものをしりたいわ。」


 その後、俺たちは目を白黒させたシャティさんに大量の本を薦めてもらった。

 気づいたら日が傾きかけ、閉館時間になってしまった。


 良い学園生活になりそうだ。

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