第90話 学園生活2
俺は思い出していた。
それはアスピドケロンのクエストを終えてしばらく経ってのことだ。
ロットンさんたちと別れを告げ、定期的にクエストを捌き、魔法の訓練をし、時々トウツと共に行動することが日常となった頃だろうか。
俺はいよいよルビーと会えなくなることに危機感を感じたのである。
大人になってもルビーを見分けられるようになる。そのためには大量の魔力が必要だ。
師匠はある程度それを可能としている。以前、ゴンザさんから聞いたエイダン・ワイアットなる人物もそのようにして解決しているようだった。
シーヤさんに聞いてみたら、異国でS級認定されている冒険者だったそうだ。驚いた。国に1人いるかいないかの階級だからだ。
ただ、その功績やクエスト履歴は不明とされている。謎の多い人だ。
俺はこの人を見つけることが出来るのだろうか。
何にせよ、俺には保有魔力が必要だ。
毎日、魔力切れまで自身を追い込んではいる。
だが、それではとてもではないが追いつけない。
師匠は俺が25歳になる頃には自分に追いつくと言っていた。それでは遅いのだ。
魔力を一気に引き上げるにはどうすればいい。
簡単だ。
魔力の保有量が大きい魔物を倒せばいい。
「ああ!?
ゴンザさんは俺の提案に驚いた。
それはそうだろう。過去の討伐記録が伝説の勇者くらいしかいない魔物である。
「おい、そりゃあどういう風の吹き回しだぁ? お前さんは俺たちの同類、スリルジャンキーだが、そこまで頭の悪い提案するガキじゃなかったはずだぜ?」
「時間がないんです。早く強くならないと。」
ゴンザさんはため息をついて、髭をなぞる。
「言っておくが、まず勝てねぇぞ。俺とウォバルがお守りについても無理だ。リコッタを引っ張り出しても焼け石に水だろうな。」
「でしたら、隙をついて素材だけでも取ることはできませんか?」
「無理なもんは無理だ。ギルドマスターの権限を使ってでも反対するぞ。」
「そこを何とか。」
「お前に不死鳥がエルフの森深層にいるのを教えた馬鹿はどこのどいつだよ……。」
「師匠です。」
「おっと、いけね。」
ゴンザさんが口を手でおさえる。
ギルドマスターという社会的立場ですら、元宮廷魔導士に物言いできる権限はないらしい。
「アスピドケロン、いや、瑠璃っころを倒す時も思ったけどよ、生き急ぎすぎだろ。お前、本来はそこまで率先してリスクを背負うほど馬鹿なガキじゃないだろう? 何がお前をそうさせてんだ。」
「言えません。でも、必要なんです。」
「そうかよ。」
「いいんじゃないかな。」
そう言って話に入ってきたのは、ビールジョッキを持ってきたウォバルさんだ。
ゴンザさんの身体の幅が広いので、俺の隣に腰かける。
「ウォバルおめぇ、指名クエストどうした?」
「午前に終わらせたよ。」
「相変わらず仕事早くてギルドマスターとしちゃ大助かりだよ、あほんだらぁ。」
「はは。午後はリコッタの所に顔を出さないと。」
「あいつ、結婚してもお前の浮気を心配してるよな。いい加減信頼してやればいいのにな。」
「そこがリコッタの可愛いところじゃないか。」
「ご馳走様なこって。」
「ご馳走です。」
思わず俺も手を合わせる。
「で、いいんじゃないかなって、何がよ。」
ゴンザさんが話を戻す。
「不死鳥討伐の件さ。やらせてみればいいじゃないか。」
「……お前正気か?」
「見学に行くだけさ。見ればこの子もわかるだろう。」
「……あー。いいな、それ。あれは見るだけでちょっとしたテーマパークだからな。見せてもいいかもしれん。フィル坊!」
「は、はい!」
「いくぞ。」
そう言うと、ゴンザさんとウォバルさんは気のいい笑顔を見せてくれた。
エルフの森の深層は進むだけでも、えげつないほど大変だった。
魔素が濃いからか、出てくる魔物の危険度も高く、どれもが好戦的だった。ウォバルさんとゴンザさんの指示に従い、ほとんどの魔物を潜伏してやり過ごす形になる。
元A級2人がいるのに、戦うことを選択肢に入れられないほどの魔境。それが深層である。
俺も深層の入り口にいた魔物で討伐できたのは、アスピドケロンとアーマーベア亜種くらいしかいない。
ちなみに瑠璃は、戦力として心配だったのでお留守番してもらっている。
「よっこらせっと。ここからだな。見ろ、フィル坊。」
高度の高い山に着くと、ゴンザさんは俺に魔法を使うよう促した。水魔法を使った簡易的な双眼鏡の魔法だ。水の玉をレンズ代わりにする。
正直、魔法を使う前から気づいていた。
今から俺が見下ろす火山。その中に不死鳥はいる。
だが、それにはとうの昔に気づいていた。
山一つ隔てた向こうにいるはずなのに、意味がわからないくらいの魔力量を感じていたのだ。
俺は水魔法で作った双眼鏡を目に当てる。
不死鳥は水浴びをしていた。否、溶岩浴びである。
それは魔力の塊だった。炎の塊がまるで、孔雀のような形を作り出している。小さな身じろぎをするたびに体からプロミネンスが吹き荒れる。その火の粉一つ一つが、俺の全霊をかけた
勝てない。
そもそもが、生き物としてのステージが違う。
何だあれは。あんな理不尽な生き物が存在していいのか。というか、生き物なのかあれは。自然現象そのものじゃないか。生き物ではない。あれは事象だ。理不尽な程の魔力と炎の塊という、事象。
火山は饒舌に火を噴きあげている。太陽は絶え間なく地上を照りつけてくる。それでも、それらのエネルギーは尽きることはない。
不死鳥も同じである。あの魔物の魔力と熱量に底があるとは、とうてい思えなかった。
「……あんなの、倒せるわけがない。」
「よくわかったかい?」
隣ではウォバルさんが笑っていた。いや、少し頬に緊張が走っていた。
それもそうだ。
あの不死鳥は俺たちをいつでも殺すことができる。
人間が窓際にいる蟻を指で潰すような気楽さで殺すことができる。
俺たちは生きているのではない。あの理不尽な存在が俺たちに興味をもたないから、生かされているだけだ。
「にしても、何度見てもえげつねぇな。空中の魔素で視界が真っ赤だぜ。」
ゴンザさんが呟く。
俺みたいに人や魔物の魔力は見えないが、他の人々は空中の自然にある魔素は読み取ることができる。ただ、俺ほど明瞭には見えないらしいが。
「ゴンザさん、ウォバルさん、俺の我儘に付き合ってくれて、ありがとうございました。」
俺のお礼を、二人はただ笑いながら聞いてくれた。
この後めちゃくちゃ下山した。
さて、何故そんな一昔前のことを俺が思い出したのか。
理由は単純である。
俺は今、寮の部屋の前にいる。オラシュタット魔法学園の男子寮、その俺の部屋の前だ。
そして部屋の中からは、えげつない量の魔力が漏れ出ている。
何だこれ、怖い。
思わず不死鳥のバードウォッチングに行った時の記憶を想起するほどの量だ。
何度も鍵に刻印されてある番号と部屋番号を見比べる。
132号室。
間違いない。この部屋でいいはずだ。
シュレ先生は、相部屋がいると言っていた。この学園の方針として、集団行動が出来るようになるためである。
ということは、このドアを隔てた向こうにいるのは、今世の俺と同い年の子どもになる。同い年? この魔力量が? 意味が分からない。
俺の人生で比較対象になる魔力量の持ち主といえば、マギサ師匠になるのだろうか。ただ、あの人の場合は魔力を上手に抑えて生活してそうだからなぁ。
ええい、ままよ。
チリンチリンと、ドアの前の呼び鈴を鳴らす。
部屋の奥からどたばたと、慌てふためく音がする。
当たり前だけど、足音は小さい。本当に子どもなのか。
「す、すいません!おまたせしました!」
そう言ってドアを開けたのは、俺よりも更に一回り小さい男児だった。
白に近い金髪で、子ども特有の細い髪質。緩くウェーブのかかった髪が首の途中まで降りている。目は薄い碧眼。子どもらしく丸っこく、女顔に見えるが、大人になったらさぞ女性に引っ張りだこになるであろう容姿をしている。
表情には焦り、困惑、緊張。人づきあいが苦手なのだろうか。
「うお!? まぶし!」
眼前に白い魔力が視覚情報として叩きつけられる。何だこれ。ほぼ暴力じゃないか。
何とか目の前の男児の表情などは読み取れるが、明るすぎてドアのサッシやら取っ手やらの境界があいまいに見える。
「ま、まぶしい? ごめんなさい!窓を開けちゃってたから……。」
転がるように部屋へ戻る男児。
「いや、大丈夫だから。こっちの都合だから。」
「そ、そうなの?」
恐る恐る男児は下から俺を伺う。
一挙手一投足がナチュラルにあざとい男児である。庇護欲を搔き立てられるというのはこういう感情をさすのかと、一人で勝手に納得する。
同時に思う。
この子はトウツと会わせてはならない。混ぜるな危険。トウツが爆発性物質であるならば、この男児は火種であり長さ1センチの導火線であり可燃性物質である。
「あ、あの。何の用でしょうか?」
恐る恐る、男児が聞く。
「来週から学園に通う、フィル・ストレガといいます。よろしくお願いします。」
「は、はい。僕はアルケリオ・クラージュです。よろしくお願いします。……ごめんなさい。」
「何で謝ったの?」
「え!……えっと、それは、ごめんなさい。」
何故かうつむいてしまうアルケリオ君。
というか、見た目に反してかっこいい名前だな。
「えっと、一応ルームメイトになるんだけど、先生から話は聞いてる?」
「聞いて、ます。」
「同い年だから、敬語じゃなくていいよ。」
「あ、はい。ごめんなさい。」
「とりあえず、部屋を見てみたいから入っていいかな。」
「はい、どうぞ。」
俺は案内され、部屋の中へ入る。
とはいっても、一直線の廊下を過ぎればすぐ客間だった。すごい。小学生に与えられている部屋なのに、寝室と客間、個室がある。何だこれ。土地が余っているからなのか、それとも学園に金があるからなのか。
まぁ、そのどっちもなんだろうけども。貴族が通う上に、貴族の投資もあるというし。
「すごい!広い!」
「えっと。ありがとうございます?」
「こんな広い家、初めてだ。」
「え、そうなの?」
「そうだよ?」
「あの伝説のストレガ様の弟子というから、もっとすごいお家に住んでいると思ってた……。」
「俺は師匠に拾われた捨て子だからな。そんなにいい暮らししてないぞ?」
「え……ごめんなさい。」
「いちいち謝らなくていいって。」
随分と自分に自信がなさそうな男の子だ。
大丈夫? そんなんじゃあすぐに兎人に食べられるよ?
「アルケリオ……ん~、長いな。愛称とかある? あ、名字があるということは貴族かな? だったらちゃんと名前で呼んだ方がいい?」
「い、いえ。ストレガの名字に敵う貴族なんていませんよ……。」
「敬語。」
「あ、はい!い、いないよ?」
自信なさげに俺を伺うアルケリオ君に、俺は笑顔を返す。
貴族相手にいきなりため口は良くない気がしたが、この子が怒る姿が想像できないので、まぁいいかとため口で話す。
しばらく間が空く。
え、何だこの間。
「……あ、えっと、僕の呼び名?」
俺は静かにうなずく。
「えっと。クラスの皆は僕のことをアルと呼ぶよ?」
「じゃあ、俺も君のことをアルと呼ぶよ。俺のことはフィルと呼んでくれ。」
「わかったよ、フィル。」
「よろしくな、アル。」
何か似たようなニックネームになってしまった。まぁいいか。
また妙な間が流れる。
困ったぞ。俺もあんまりコミュニケーションは得意な方じゃないんだけど。
今まではトウツとかが周りで好き勝手喋ってたからなぁ。
「えっと、アル。」
「は、ひゃい!」
「取り敢えずこれを着てくれ。君が眩しすぎる。」
「え、うん。え? 僕がまぶしい?」
「ごめん、こっちの事情なんだ。」
表情に疑問を浮かべながら、俺が渡したストールを羽織るアル。
何か初心な女の子を口説いている気分になってきてしまう。何だろうこの感情。父性なのか庇護欲なのか、女性相手に時たま現れる守ってあげたいという正義感なのか。そういったものがないまぜになってくる。
俺がアルに渡したのは、ルアークからもらった黒い透け透けのストールだ。
アルがそれを羽織ると、一気に魔力が遮断されて部屋が見やすくなる。魔力遮断の
「……どうしたの?」
「どうもない。出来ればそれをもらってほしい。俺が必要な時は返してもらうことになるけど。」
「え、そんな。悪いよ。」
「お近づきの印ってやつだ。もらってくれ。」
「でも……。」
「でももなももない。もらってくれないと困る。そしてずっと身に着けてくれ。」
「え、うん。ごめん。」
「滅茶苦茶似合うよ。かっこいい。せっかく渡したんだから喜んでほしいなぁ!」
俺はやけくそテンションで言う。
「え、えへへ。本当かな? 似合う?」
アルがストールを手のひらで持ち上げてみせて、小さく笑う。
何だその愛され女子ムーブ。男の子がする動作じゃねぇ。
「取り敢えず、今日は挨拶だけにするよ。同居人が優しそうなやつで良かった。」
「う、うん。僕もフィルに会えて良かった。でも、また別の部屋になると思う。」
「……何でだ?」
「それは……僕が君を傷つけちゃうから。」
そう言ったアルの目は、悲しそうな目をしていた。
「寮はどうだった~?」
学園を出て喫茶店に寄ると、先に休んでいたトウツとフェリが待っていた。
「そうだな。取り敢えずは今後、保護者参観がある日はフェリが来てくれ。トウツはお留守番だ。」
「え、どうして!?」
突然の俺の勧告に、トウツは目を白黒させていた。
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