第258話 世界樹行こうぜ!世界樹!3

「婆ぁ許さねぇマジで許さん!あぁああああ!」


 背後からはワイバーンが3体追いかけてくる。

 俺が幼少に倒したワイバーンとは内包する魔力も動きの機敏さも段違いだ。明らかに別物である。これがエルフの森深層の魔物。手前の山でエルフが通せんぼするわけである。こんな場所、自殺しに行くのと変わらない。


 俺は絶叫しながら走る。瑠璃が心配そうな顔をしながら並走する。逆側にはのんびりした様子のナハトが付いてくる。


「ナハトお前今回は本当に守ってくれるんだよなお前!? くれるんだよな!? 子どもの頃、適当に俺のこと守ってたけど、いや見てるだけで守ってなかったけど!? 今度こそちゃんと護衛するんだよな!?」

「カー」

「そのカーは信じていいカーだな!?」


 精霊に近い存在って価値観ずれまくりだから怖いんだよ!死生観適当すぎるから!本当に大丈夫なの!?


 背後から魔力が爆発的に増える気配がした。

 身体強化ストレングスだ!


「亜竜のくせにバフかけるんじゃねぇ!」


 その場で背面飛びしながら、迫る巨大な顎の中に火球を放り込む。


「ギアア!?」


 首を揺り動かしながらワイバーンが下がる。

 そのワイバーンの首元に巨大な虎のような魔物が噛みついた。


魔剣歯虎イヴィルロドス!? ワイバーンくらいでかい個体なんて聞いたことないぞ!?」


 そのままワイバーンと魔剣歯虎イヴィルロドスが乱戦に入ったので、俺は洞窟へ飛び込む。


「あぁ、糞。子どもの頃思い出すなぁ。ルビーと一緒に閉じ込められたっけ」


 あの時は森の浅いところ。今回は深層である。

 すぐさま探知魔法で内部に魔物がいないことを確認する。


『入り口は大丈夫かの?』

「臭いを消してくれ」

『あいわかった』


 瑠璃が洞窟の入り口で空気清浄を始める。消臭効果をもつトラフィラムという植物型魔物の力である。

 シュレ先生に頼まれて瑠璃が学園の温室に生き残っている魔物を吸収した、そのうち一体である。ゼータ先生の遺物を、生徒のために活用したいということらしかった。

 あの人は魔王の刺客だった。でも、死霊高位騎士リビングパラディンと戦った時に俺を助けてくれた。どう受け止めればいいのかわからなかったが、瑠璃が活用することであの世への手向けになってほしいと思う。


 俺は慌てて亜空間ローブの中に手を突っ込む。

 外のワイバーンがこっちへ来たらまずい。


「死んだら意味がない。気配隠しのスカーフ、スカーフ……ん?」


 スカーフの代わりに、手に紙が吸いついた。

 俺はその紙に目を通す。


~このスカーフはずるいから没収するよ~


「ふざけんな婆ぁ!」

『わが友!五月蠅い!魔物が寄る!』

「ごめん……」


 入り口で警戒する瑠璃にお叱りを受ける。ド正論なので謝るしかない。


~この森で2年生き残りな。少なくとも魔王に秒殺はされないくらいにはなる~


「2年って……意味わかんねぇ」


 いや、2年といえば、クレアか俺が死ぬ未来の時期と重なる。それまでに強くなっておけということなのだろう。


「説明足りないんだよ師匠」


 愚痴の一つでも言いたくなる。


~ここは魔王の私兵も立ち寄らない禁域。安心して修行できるだろう~


「魔王の私兵が入れないのは、魔王の私兵にとっても危ないからなんだよなぁ。そこんとこわかってんのかあの人」


 わかった上でしてるんだろうなぁ。そのためのナハトなんだろうけど。本当に守ってくれるか心配だが、クレアが巫女と喧伝したことで俺の価値は上がっている。唯一、敵に存在を知られていない巫女である。流石に今回は守ってくれるだろう。

 だが、幼少のころと変わらない考えでいいだろう。ナハトの助力はないものとしてここで生きる。

 そうでなければ、望むべく成長は得られない。


~その期間に、世界樹へたどり着きな。お前が知りたいことがそこにある~


「だから指示が抽象的なんだって」


 幼少の頃から、この人はこうだった。見て覚えろ。自分で考えろ。


「でも、俺の力量でギリギリ届くレベルに合わせていつも課題を送ってくれたんだよなぁ」


 怒るに怒れないところが、そこにある。

 というか、一緒に世界樹に行ってくれるわけじゃないのか……。いや、師匠は暇そうに見えていつも研究に心血注いでいた。あの人なりに何か考えあってのことだ。の、はず。だよね? 信じていいはず。きっと、たぶん、めいびー。


『大丈夫そうか? わが友』

「何とかなりそう、いや、するしかない感じかな。課題を絞ろう」

『ふむ、どういうことじゃ?』

「まず、2年ここで暮らすらしい」

『何と。相変わらず狂った御仁じゃのう』


 瑠璃が呆れる。

 いや、呆れているだけじゃない? 何かイルカ尻尾を嬉しそうにぺちぺちしてるぞ。何でだ?


「戦って勝てる魔物達じゃない。深層の入り口にいたアーマーベアくらいなら倒せたけど、奥に行けば行くほど魔物の力は増幅する。世界樹が近くなるからだ」

魔素マナが濃いからのう。わが友の剣も、世界樹の流木のおかげで強力な力を得ておる』

「逆に言えば、ここで生き残る術さえ手に入れば流木をもっと手に入れることも可能だと思う」

『不思議じゃのう』

「何がだ?」

『そんな便利なもの、何故魔王とやらは採取しに来ないのじゃ?』

「言われてみれば…………あっ」

『どうかしたかの?』

「だから師匠はエルフの森で隠居していた?」

『……ありそうじゃの』


 俺と瑠璃は思わずナハトを見る。

 烏はすっとぼけた表情をして「カー」と鳴く。


「だとすれば、辻褄があう。いや、そうとしか思えてこないぞ」


 何てこった。あの師匠ひと、我がままなわけじゃなくて仕事していたのか。


「師匠はここで鍛えれば魔王に瞬殺されないくらいにはなると言ってたけど、師匠は魔王を知っている?」


 ヒントが欲しくてナハトをちらりと見るが、師の使い魔は何も言わない。


「今は知る必要はない、ということかな。何にせよ、世界樹だ。瑠璃、まずはサバイバルだ」

『ふむ』

「生き残る術を身につける。回避、隠蔽、隠密。ここを完璧に体得する。トウツ並みに出来るといいな。それが出来れば、戦いを挑んで仮に死にかけても逃げることは出来る」

『賛成じゃ。命が一番大事じゃ』

「そう、その通り」


 どこに行こうが俺は冒険者で、瑠璃はその使い魔である。

 冒険者の鉄則。命、大事。


 俺達は恐る恐る外へ繰り出した。身体に張り付く魔力を、極限まで精緻に操作しながら。







「アル、大丈夫?」


 クレアは学園の保健室へたどり着いた。

 ここへ来るのに本当に苦労した。巫女という立場は、思った以上に自分の自由を制限するからである。両親にも、担任のリラ先生にも、これまで通りの通学は難しいだろうと言い渡されている。

 それでも、学友との時間だけは確保したいという願いは聞き入れてくれた。

 これはクレアの我がままだ。クレアは年の割に聡明であるため、自分の「我がまま」を叶えるために、多くの大人が奔走していることに気づいている。それに感謝しつつ、保健室へ足を踏み入れる。


「ん、元気だよ。ありがとう、クレア」

 アルはニコニコ笑いながらクレアを受け入れる。


「魔力切れで倒れたって聞いたから」

「とっくの昔に起きたよ。ここで休んでたのは、どうして魔力切れを起こしたのか検証? するためだって。ヒル先生が、自分の限界値を理解して戦わないと、どれだけ強い魔法を使えても意味ないって言うから」

「原因はわかった?」

「うん、分かったよ。フィルからもらったこの剣、魔力の伝導率が高すぎるみたい。だから、気前よく魔力を流しすぎたみたいだね。うっかり限界を踏み越えて連発しちゃったみたい」

「もう、心配させないでよ」

「あはは、ごめん」

「すまん、俺って空気なの?」

「心配しないで、あたしも空気よ」


 ロスとイリスが会話に入る。


「わわ、ごめんね」

「あ、ごめん」

 慌ててアルとイリスが謝る。


「別にいいわよ。で、クレア。あたしに何か謝ること、ある?」

「……ごめんなさい」


 クレアの言葉を聞き、イリスがため息をつく。


「夜中にうなされていたのは、巫女の夢を見ていたからなのね?」

「そうよ」

「レギアが滅ぶ夢も?」

「……そう」


 2人が恐る恐るロスを見る。

 その表情を見て、ロスがニカっと笑う。


「俺のことは気にするなよ。むしろ、感謝してる。クレアは、未来をどうにかしたいから巫女であることをばらしたんだろう? クレアがそうしなかったら、レギアは託宣夢通り確実に滅びていた。このまま滅びる可能性は高いけど、俺達にはあがくチャンスが与えられたんだ。クレアのおかげだよ。ありがとう」


 クレアの目元に涙があふれだす。音もなく頬に線が引かれた。


「うわわ!ごめん!大丈夫か!?」


 慌てるロスの横で、クレアはイリスに抱き着く。

 イリスとロスはそこで気づく。たかが外れたのだと。一人で抱えたものを、彼女はやっと共有できたのだと。


「クレアが教えてくれてよかったわ。やっと、あたしも一緒に戦えるもの」


 クレアをなだめながら、イリスが言う。

 アルはニコニコとロスを見ている。


「な、なんだよ……アル」

「ううん、何でもないよ」


 アルにはわかっている。ロスの先ほどの言葉は準備したものだと。クレアを元気づけるために、一人で心の整理をして、ここに来ているのだと。彼にだって、嘆きたいことはあるはずなのに。

 アルはこの中では育ちは遅い方だが、友達の善意には人一倍気づく目をもっているのだ。


「というか、青薄刀せいはくとうだっけ? フィルもまた、とんでもない武器をアルにプレゼントしたよなぁ」

「アルの魔力は暴れ馬だけど、それをさらに遠慮なくぶちまけるほどの魔力伝導率なのね」


 イリスがおっかなびっくりオリハルコンの刀に触れる。


「貢ぎすぎね。正直、ドン引きだわ」

 イリスが言う。


 クレアとロスが、「イリスもフィルに世界樹の流木を貢いでいたような」と思い至ったが、声には出さず我慢する。救えないのは、どうもフィルはエイブリー姫の入れ知恵であのプレゼントを貰えたのだと考えている節があるのだ。

 イリスの恋慕に気づいているがために、クレアもロスも悶々とする。特にクレアにとってイリスは特別だ。託宣夢に苦しむ自分に、理由を聞かずにずっと寄り添ってくれた親友。どうにかして叶えてやりたい。フィルを生き残らせようと思った動機の一つは、まさにそれもあるのだ。


「父さんと母さん、ちゃんと話してくれてるかなぁ」

 クレアは呟く。


 今日はエイブリー姫と両親が面談する日だ。


 カイムとレイアは学園に住み込みとなった。

 クレアを守るためである。

 巫女であるクレアは安全のため、簡単には出歩けなくなった。ショー、シャティ、リラ、フィンサーを含め教師2名以上。そして両親の護衛をつけて初めて外出できる。それ以外の時はシュレ学園長がいるここを動かないのがいいという判断になったのだ。

 であるので、本来は王族に足労願うのは不敬であるが、エイブリー姫の方が学園へ訪問する運びとなっている。

 カイムは憤っていた。

 大事な一人娘の命を危険に晒したのである。親として当然の反応である。

 でも、クレアにとっては託宣夢を覆してくれた人物でもある。その結果が自分の命の消失になったわけだが。

 彼女は善人である。人の犠牲の上で生き残りたくないと思うほどには。だから、自分の命を生贄に、フィルが生き残るのならば、それでよしと思っていた。イリスのためにも。


 問題は、彼女の認識である。

 彼女はフィルもまた巫女であることを知らない。フィルもまた、クレアのために託宣夢を維持しようと努力していたことも知らない。

 このエルフの双子の巫女は、相手の思惑を知らずにお互いを思い合っていたのである。奇妙な兄妹の関係性がそこに出来上がっていた。






「私の娘、クレアが巫女であることを喧伝したのは、私の息子のためですね?」


 カイムのその言葉に、エイブリーと隣の席に座るレイアがあ然とした。

 エイブリーはクレアの親がフィルを認知しているとは思ってもみなかったのである。

 同じく、レイアもカイムが、フィルが息子であるフィオだと知っていることに気づいていなかったのだ。


「……カイム、貴方、知っていたの?」

 レイアが何とか言葉を紡ぐ。


「……不思議な冒険者に出会ったことがある。その少年は、必死に小人族ハーフリングのふりをしていたが、エルフの民を守るためにワイバーンと戦ってくれた。ふふ、私と不器用なところがそっくりだ」

 カイムが小さく笑みを浮かべて言う。


「その時には気づいていなかった。でも、クレアが学園に留学するようになって、時々その子を遊びに連れてくることがあった。すぐに気づいたよ。あの子は私の息子だと」


 カイムの言葉を聞き、レイアは嬉しくなる。

 そして逆にカイムは、表情が険しくなる。


「だからこそ、私は憤ったのです。エイブリー姫殿下。不遜な言い分、申し訳ないのですが、貴女は私たちの子ども2人を見比べて、フィオ・・・をとったのですね?」

「……それがフィル君の本名ですか」


 エイブリーは目線を下に落とす。綺麗に整ったまつ毛が、懺悔するかのように目元に影を作る。


「その通りです。魔王と戦う時、自衛が出来る方を生き残る形にすべきと思いました」

「姫様っ」


 余りにも素直な言い分に、後ろに控えるイアンが口を挟む。


「イアン殿、よいのです。下手な嘘をつかれるよりは、私たちは真実を求めている」


 カイムの言葉に、イアンが姿勢を正し下がることで応える。


「レギアは進退窮まっていました。あの国が落とされればエクセレイは落ちたも同然です。歯止めをかけるためには、どうしても魔王の存在を喧伝する必要がありました。私には他に方法が見つからなかった。結果として、娘さんの命を賭けることになった。懺悔いたします」


 エイブリーが深く頭を下げる。

 普段であれば、イアンは王族が頭を下げることをとがめる。

 が、何も言わない。

 主がそれを望んでいないことをよくわかっているからだ。


「姫様、私からも確認を」

「はい」

 レイアの言葉に、エイブリーは頭を下げたまま応じる。


「貴女は、クレアが亡くなる場合も想定して今の状況を作りましたね? 敵が私たちの娘を集中して攻撃し亡くなった時、魔王軍はこう認識するでしょう。エクセレイに巫女はもういない。恐るるに足らずと」

「……はい」


 その返事に、レイアの顔が怒りで紅潮する。目の前の王族は、民の為に自分の娘の命を担保に入れたのだと。

 握りしめる拳を震わせる。

 大勢の民の命とクレアの命を比べて、この王族は民をとったのだ。


「レイア、抑えなさい。闘気が出ている。不敬罪にあたる」

「でも、貴方!」

「いいから」

 カイムが手で制す。


「エイブリー姫殿下、顔を上げて下さい」

「私にそのような権利はありません」

「では、顔を下げたままでよろしいです」


 カイムがイアンと目を合わせて、言う。


「クレアは自慢の娘です。最低限の考える力をもてるくらいには、厳しく育てたつもりです。その娘が自分で判断した。貴女の考えに手を貸すと。責任は貴女だけにあるのではない。私達の娘にもあるのです」


 カイムの言葉に、レイアが少し落ち着く。


「ですので、貴女に親としてお願いがございます」


 静かに、エイブリーが顔を上げる。


「クレアが成人し、次の巫女が生まれるまで、貴女の裁量でクレアを守り抜いて下さい。それでこの件は手打ちとしましょう」


 桜色の瞳が驚きに震えた。


「……必ずや。エクセレイ王族の名に懸けて、誠心誠意お守りすると約束致します」


 再び、エイブリーが首を垂れた。


 彼女は、エルフの両親が退室するまで頭を上げなかった。

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