第257話 世界樹行こうぜ!世界樹!2
「師匠!ストップストップ!」
「何だい馬鹿弟子?」
憮然とした表情で、師匠が空中で立ち止まる。
空へ風魔法を使い超高速で飛び立ち、危うく都の境にたどり着くところだった。心なしか、烏のナハトまで不機嫌に見える。
「挨拶しておかなければならない人がいるんです。せめてそれだけでも」
「仕様がないね。10分で済ませな」
「いやそれは無理だよ!?」
この人、ほんと自分のペース崩さないな!
「大体今、検問を無視して都の外へ行こうとしたじゃないですか。どうするつもりだったんですか?」
「検問の探知魔法を作ったのは私だよ。顔パス出来る様に作ったに決まってるじゃないか」
「えぇ……」
製造者権利濫用である。
魔王もびっくりのパスの仕方だ。あっちは二重人格作ったり、オート洗脳魔法使ったりしたというのに。
「あいつら、私がちょっとクエストに出かけようとすると止めてくるんだよ。研究が滞るとか言ってね。辟易したからそう作った。私は顔パス。私を追いかける宮殿の連中は検問で足止めということさね」
「それ、師匠が外出したら数ヶ月音沙汰ないとかあったからじゃない?」
「…………」
「おい」
そりゃ、隠居するのに反対する人も出るだろうな。この人、そのまま音信不通になりそうだもん。携帯持ってるのに連絡取れないやつとかいるよね。それの強化版がこの婆ぁである。
「いいから、早く用事を済ませな」
「いてっ、いてっ!小突くのに
俺は文句を言いながら、地上に降りる。
「え、マギサ・ストレガ!?」
「嘘、本物!?」
「本当だ、ぎゃあああああ!」
師匠に気づいた人々の目に香辛料が降りかかる。
あの人、一般人にもあの目潰ししてるのかよ!傍若無人すぎるだろ!
俺は他人の振りをして目的地へ降り立つ。関係者だと思われたら嫌だ。
そこはつい先日までは金槌の音が鳴り響いていたが、今では静寂に満ちている。
「ごめんください」
店内へ入る。そこにはいつも武器が大量に陳列されていたが、今は展示用のテーブルが並ぶのみである。壁にあるラックに、大量に立てかけてあった槍や斧、剣もない。
さらに奥へ進む。
鍛冶場も無人だ。帰ってこない主を、がらんどうな空間のみが待ち焦がれている。
「フィル君かい?」
「あ、スミスさん」
奥からシュミットさんの妻であるルジラ・スミスさんが出てきた。
顔がやつれている。溌剌としたドワーフの印象は、今や影も形もない。
「えっと、あの……」
言葉が出てこない。俺がルジラさんに何か話しかけたところで、彼女の気持ちが落ち着くとは思えないし、虚しいとも思えるのだ。
「うちの旦那に、挨拶に来たのかい?」
「……はい」
「ありがとう」
「いえ」
俺は彼女の後ろをついて行く。
廊下に立てかけてあった武器も、もうない。
「武器が気になるかい?」
「はい」
「全部国が買い上げて行ったよ。第二王女様直々に頭を下げてきた。護衛が任務を完遂出来ず申し訳ないってね。何言ってんだろうね、あの王女様は。護衛に寄越した騎士の中には、あの第二王女様が幼少から世話になってる騎士もいたそうだよ。悲しいのはお互い様だろうに」
「……そうだったんですね」
幼少から世話になっていたということは、イアンさんの同期の騎士だろうか。実力も信頼も高かったから、シュミットさんの護衛に抜擢されたのだろう。
ノイタは生きている。
これらの人々をあの世に送って。
自身の悪行に理解が追いついた時、あの娘は心を保てるのだろうか。
「……ロッソに任せるしかないかな」
「何か言ったかい?」
「いえ」
慌てて返事をする。
「第二王女様はね、謝りつつも提案してきた。ここの武器を買い上げたいと。シュミットを殺した連中相手に使いたいと。言い値で買うと言ってきたよ。まぁ、二束三文で売ったがね」
「どうしてです? ここの武器は全部、一級品なのに」
「国がそれどころじゃないからね。余ったお金を他に回せばいいさ。それに、これは夫への懺悔だよ」
「……懺悔」
「夫が売る相手を選んでいたのは、戦争なんかに使って欲しくないからさ。そして、間違っても悪人に使ってほしくなかったから。だから冒険者には売っても、傭兵には売らなかった」
シュミットさんは紅斬丸を渡す時、「これで人を殺すのか」と問うた。俺は「きっとそうなると思う」と答えた。それでもあの人は、俺の人となりを信じて刀を託してくれた。
「夫の主義に反するがね、夫を殺した奴らを倒すのに役立ててくれるのならと思った。……思ってしまったのさ」
ルジラさんは寂しそうに言う。
「だから二束三文で売った。夫の誇りをかなぐり捨てて商売する気にはなれなかった。私がここで手入れするより、王宮の騎士に振るってもらった方が武器も浮かばれるだろう。ここさ」
案内された場所は小さな部屋だった。
「夫が一番篭っていた刀の研ぎ場さ。遺灰はそこの壺だよ」
俺は黙って手を合わせる。
「不思議な祈り方だね。ハポン式かい?」
「いえ、それとは違います。でも、俺が知る一番敬意を示せる祈り方です」
「そうか、ありがとうね」
良かった。ちゃんとシュミットさんにお別れを言うことができた。安心して、都を出発できる。
おもむろに、ルジラさんが壺の蓋を開けて手を突っ込む。
「何を?」
俺の疑問を他所に、ルジラさんは遺灰を袋に詰める。
「この遺灰を持って行っとくれ」
「何故、でしょうか?」
というよりも、そんな大切な
「ドワーフは神の他に、大地を信仰している」
「……鉱物?」
「そう。大地から取れるレアメタルの恩恵を、最も受けてきたのが私たちドワーフだよ。大昔から鍛冶で生計を立ててきた種族さ。だから、死んだ時は遺灰を大地に返すのが慣わしさ。土に還り、大地に混ざり、いつの日か誰かに採取され、また誰かの剣の一部となり振るわれる。この世界の輪廻に残り続けるためにね。ところが、都は外出禁止令が出た。特別な用事がなければ今は出られない。出来れば私に変わってそれを、フィル君が一番美しいと思う山に捨てとくれ」
「……分かりました。任せてください」
「ありがとう。それとこれを」
ルジラさんが渡した羊皮紙に目を通す。
「……オリハルコンの、加工方法!? 完成していたんですか!?」
フェリでさえ、解明出来ていなかったのに!
「それで自在に形を変えられるみたいさね。液体にして鋳型に通すのでも良かったけど、そっちのやり方の方が研磨できる。夫の遺作だよ」
「あの、これをフェリに渡してください!俺よりも上手に扱えます!」
「あの褐色の錬金娘だね。分かったよ。そうだ、最後にフィル君」
「何でしょう?」
「夫は、貴方の武器を鍛えたことを、一生の誇りだと言っていたよ」
「……ありがとうございます!」
ルジラさんの言葉を胸に、外へ飛び出す。
俺はみっともなく泣きながら市中を歩いた。身体の年齢に精神が引っ張られる。ノイタが目の前で死んだとき、自分の今までの努力が、準備が、無価値に思えた。
そうではない。
そうではないのだ。
シュミットさんは間違っても死んではいけない人だった。それはタルゴ・ヘンドリックさんもそうだ。そしてノイタはただの武器だった。彼女が普通の家庭に生まれて普通に育った時、あんなことするとは思えなかった。
これ以上出してはいけない。
殺される人も、殺す人も。
どこかで終わらせなければならない。
そして俺には手段があるのだ。
強くなる。もっと強くなるんだ。丁度、今は師匠がいるじゃないか。あの人は我がままで分からず屋だけど、俺が強くなる方法は常に標してくれた。
そのまま、子どものように泣きながらヘンドリック商会にたどり着く。
商会のおじさんたちは驚いて対応してくれた。
俺は顔をぐしゃぐしゃにしながらタルゴさんの墓に連れて行かれ、祈りを捧げる。
おじさん達には、出る時に大量のお米と味噌とお茶をもたされた。「タルゴさんがおろした最期のハポンからの輸入品だよ」と言いながら。
何度もぺこぺこと頭を下げ、都の境へ歩き出す。
検問前にたどり着くと、泣きっ面に雷を食らった。
婆ぁほんとマジ容赦なさすぎる。
「フィオを拉致られた……」
ソファにずんだりんと、うつ伏せに沈んだトウツが呟いた。
「マギサお婆ちゃんだから仕様がないわ。あの人、この世で最も自由な人だもの」
フェリがトウツの尻に声をかける。
ファナは相変わらず慈善活動に大忙しだ。最近は有事続きなので、すっかり都の住民には聖女として受け入れられている。今まで定期的に暴れて教会を破壊したり、異教徒の死体を市中引き回ししたりしていたのは別人、という説まで上がっている。
瑠璃もフィオについて行って、いない。
ここにはトウツとフェリのみである。
今朝、突然コーマイの使者であるベル・ア・ソアが訪れ、フィオはマギサ・ストレガに連れて行かれたというのである。行先は教えてくれなかった。
「それにしても、パーティーメンバーの僕らに声もかけずに連れて行くなんて、酷いよ」
「貴女、多分マギサお婆ちゃんに嫌われてるわよ」
「え、何で!?」
「どうしてそう、不思議そうな顔が出来るのかしら。貴女、あの人との約束を一つ反故にしているじゃない。その上、呼ばれてもいないのにフィオの側にいたいの一点張りで居つくし」
「約束は反故にしたわけじゃないよ。少し内容を変えて叶えただけ」
「同じことよ」
「でもフェリちゃんだって呼ばれてないしさ、嫌われてるんじゃないの?」
「そ、それは」
フェリが目に見えて落ち込む。
このダークエルフのパーティーメンバーは、人外を除けば一番の年長者のはずだ。だというのに、メンタルが脆い。ファナのように罵倒を罵倒で返すくらいがトウツにとってはやりやすいのだが、いかんせん無理なようである。
「よっ」
トウツがハンドスプリングをしてソファから立ち上がる。
「どこか行くの?」
「フィオを探す」
「どうやって? あのお婆さんのことだから、追跡は難しいと思うけど」
「やだやだや〜だ!フィオのとこ行くの〜!」
「貴女、そんなキャラじゃなかったでしょう」
フェリが呆れる。
「フェリちゃんはどうするのさ?」
「お婆ちゃん言ってたじゃない。戦いの準備を、と。火薬を出来るだけ増やすわ。都のクエストを平らげるくらいにはね」
「…………」
「あら、どうしたの?」
「あのお婆ちゃんの側ならフィオは安全だし。付き合う」
ぶすっと顔を不機嫌に歪ませて、トウツが言う。
「貴女もたいがい、面倒な性格してるわよ。トウツ」
「あのお婆ちゃんほどじゃない」
顔を渋くして、トウツが答えた。
「いやいやいや無理無理無理!あれ絶対無理じゃん!単体で俺よりも確実に強いぞ婆ぁ!ただのワイバーンじゃないし!エルフの森深層のワイバーンだよ!? 勝てるわけないじゃん!」
「勝つ必要はないさね。生き残ればいい」
「いや殺しにかかってるよね!?」
俺は崖の上で師匠に突き落とされそうになっていた。
下にはワイバーンの巣。エルフの森深層のワイバーンだ。全て下手な真竜よりも強い。ウォバルさんとゴンザさんと共にバードウォッチングに行ったとき、避けて通った存在である。
「師匠のあほ!馬鹿!鍛えなおしに来たんだろ!? 俺死ぬから!絶対死ぬから!」
「いいから行け」
師匠が俺の背中を蹴る。
「家庭内DVだよあほー!」
風魔法で飛ぶ。
「だから私が知らない異世界の語彙を使うんじゃないよ馬鹿弟子!」
風魔法で下降気流がかけられ、俺は真下に叩き落とされる。
「覚えてろよくそ婆ぁああああ!」
追い打ちの雷が落ちてきた。
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