第256話 世界樹行こうぜ!世界樹!
「この始末をどうつけるおつもりですか!」
貴族の男がエイブリーを糾弾した。
一連の騒動は終わりを見せたが、国の中枢の人間にとっては、ここからが本当の修羅場である。分かりやすい話、「誰が悪いか」の会議である。
当然、この騒動の責任など誰も取りたくない。
自然と矢面に立たされたのは、魔王の存在を喧伝し、巫女の存在さえバラしたエイブリーである。
彼女は口元をひき結んで、ただ罵声にも近い糾弾を聞き続ける。
「一体何を考えているのですか!巫女の存在を喧伝するなどっ!下手すれば、我が国の未来永劫の損失ですぞ!」
「都の被害は甚大です!騎士や憲兵の死傷者が全体の3割!冒険者は2割に上る!常駐冒険者がいない地方や田舎の山村は更に壊滅的だ!どう補償するおつもりか!」
「この残存戦力で、伝承に残る魔王など倒せると思っているのですか!」
「そもそも何故情報を秘匿していたのですか!我々と情報を共有していれば、これほどの被害にはならなかった!」
彼女は何も言わない。桜色の瞳で彼らを見るのみである。
「姫様、何も言われないのですか?」
「言って、納得いただける状況ではありません。事実、今回は私に落ち度があった」
彼女の返事を聞き、イアンは後ろへ下がる。
主は落ち込んでいる。
だが、これで心が潰れる玉ではないことも、近衛騎士団長はよく知っている。
言わないのではなく、言えない事情もある。はたから見れば世界に1人しかいない巫女の存在を知らせることは、危険極まりない行為だ。だが、巫女は2人いる。それをエイブリーは知っているが、目の前の貴族たちは知らない。
彼らの批判には正論も混ざっているのだ。
だから、この悪態にも似た口撃も甘んじて受け入れる。
「ミザール公爵はどうお考えなのですかな? 先ほどから黙っておりますが」
オスカ伯爵が口を開いた。
ここまで静観を決めていた人物である。
周囲の人間が驚く。伯爵という、この場では決して身分の高くない人物が公爵に命令とも取れる水の向け方をしたのである。王族を除けば、公爵はこの場で最も上と言っていい立場である。
公爵の言葉を遮って口を出せる人物はいない。その場が静まり返る。
「……エイブリー姫殿下以外に、この事態を予測できたものは?」
グラン・ミザール公の言葉に、返す者はいない。
「騎士団の判断は迅速だった。魔王の傀儡となった同胞をすぐに葬ってみせた。全てはこの国の忠義のためである」
グラン公がテラ教の略式の祈りをあげる。
周囲の人間が、慌てて後に続く。
「騎士団も、ギルドも、有事の判断が見事であった。学園もそうだと言えるだろう。私の考える最悪の事態には陥っていない。だが、唯一陥っている身分がある。それは我々貴族だ。ボドス侯爵。君はなぜ都の貴族の被害が4割だと述べなかったのだね?」
「いえ、それは、その」
ボドス侯爵がしどろもどろになる。
「今回の件、最も脇が甘かったのは我々貴族だ。有事の際の行動マニュアルすら完遂出来なかった。先日の命令系統は滅茶苦茶だった。本来は王族と我々貴族が上に立ち、指揮すべきだった。だがどうだ。騎士や憲兵に指令を送っていたのは一部の王族、ギルド、教会だ。貴族の命令系統は機能しておらず、結果として貴族や憲兵の動きは遅れ、本来救えるはずの命も救えなかった。諸君、私は間違ったことを言っているかね?」
神経質な表情で、グラン公が周囲を見やる。
言い返せるものは、1人もいない。
オスカ伯爵のみが表情で訴えている。「言いすぎだ」と。事実を羅列することは、非難される者の退路を塞ぐ行為である。正論は最も尊重されるべきものだが、振りかざしすぎると敵対する者を増やす諸刃の剣なのである。
これが仕事の鬼グラン・ミザール公である。
どこまでも正義と真実を追求するあまり、社交界での評判が低かった男。
オスカ伯爵は内心で頭を抱える。他にも王権派の貴族はいるにはいたが、最も周囲の人間が耳を貸すのは、領の運用で最も結果を出している彼だと思ったのだ。
「ですが、エイブリー姫殿下。巫女の情報を漏らすのは解せませぬ。何か考えがおありでのことで?」
グラン公は説明を求めず、腹案があるかのみ聞いている。つまりは、この場にいる人間に情報を漏らす必要はないと言っている。
彼は既に気づいている。内側に敵がいるからこそ、エイブリーが魔王の情報を秘匿し続けているのだと。
「あります。ですが、ここにいる全ての人間が信頼たり得ると、誰が保証するのですか?」
「…………」
エイブリーの問いに答える者はいない。
「ふむ。おおよそ話はまとまったと見えるな」
広間の奥に座する人物が口を開いた。
その場にいる全員が居ずまいを正す。
メレフレクス・エクセレイ王その人である。
「この件はエイブリーに一任しよう。私の兵士もいくらか貸してよい」
「王よ!いいのですか!?」
一人の公爵が声を荒げる。
不敬ギリギリのラインだ。メレフレクス王が温厚だからこそ許される行為である。もし、気性が荒い王であれば打ち首ものである。
「良いも何も、我々の中で魔王と戦う準備が出来ていたのはエイブリーだけである。雷撃隊と言ったか。よき騎士団であるな。オスカ伯爵婦人の騎士団であったな?」
オスカ伯爵が、静かに
「あの騎士団を王である私にすら秘匿し育成していた。私財も投じていたのであろう?」
エイブリーがうなずく。
「此度の件は、甚大な被害を受けたのではない。国存亡の機をこの程度で抑えられたと言う方が正しい。巫女の情報と引き換えにな。諸君、考えてもみよ。エイブリーは巫女から情報を得てもなお、この決断をしたのだぞ? もしこの決断がなければ、どうなっていた? 申してみよ、エイブリー」
「レギアがまず滅びます。そこを踏み台に、エクセレイの西部と北部はまず間違いなく占拠されていました。恐らく、同時にコーマイ南部もやられていたでしょう。そうなれば、レギアとコーマイの一部、エクセレイの北西部の人間が全てゾンビとなってここへ押し寄せていました」
周囲の人間が息を吞む。
確かにそうだ。それに比べれば、今回の被害は「小さい」と表現できる。
「コーマイで確認された、新種のゾンビか。これも魔王の新兵器だと?」
「そうです、お父様」
「な!?」
周囲の貴族達が慌てふためく。死体に胞子を飛ばし、際限なく増え続けるゾンビ。それがこの国へくる。地獄以外の何物でもない。
「ふむ。本来はそのゾンビもセットでここを占拠する予定だったのだろうな、魔王とやらは。恐ろしいのう。実に恐ろしい。で、エイブリー以外に、この敵相手に指揮を執ろうというものは?」
「………………」
全員が黙する。
漠然としていたせいで恐怖が軽薄だった敵が、具体性を帯びてきた。出来るわけがない。この場にいる貴族の半数は、自分の領を守るので精一杯になるだろう。
だからこそ王族がいる。全てを束ねることを役割として生まれた存在。
「決まりだな。あぁ、それと余の決定に異論を述べた者がいたな」
声を荒げた公爵が、汗を流しながら焦る。
「良い。国を憂いての提言であったのだろう。不問とする」
寛大な王の決定に、その場の空気が弛緩する。
「では、話を続けようかの。やることは多い。都の修繕、市民の治療、ヘンドリック商会の再生、盛沢山じゃ。諸君、エクセレイの王として頼む。手を貸して頂きたい」
その場の全員がエクセレイ式の礼をする。
会議で決定することがあるたびに、騎士達が文書をもっては走る日々がしばらく続いた。
「うあ~」
俺はゾンビのような目でソファに仰向けになっていた。背中が逆にそり、手が地面にだらんと垂れている。この調子でいけば、液体にでもなれそうな勢いである。液体人間。液体エルフ。何だそれ。不味そう。
「あの、フィル様。まだここにいるのですか?」
ベルさんがおずおずと尋ねる。
今日、俺は瑠璃と共にベルさんの大使館へ来ている。都の王宮近くに建てられた綺麗な豪邸である。広くはないが品が良く、少しコーマイの建築様式も用いられている。
「ごめんベルさん、もうしばらくいさせてください」
「は、はぁ……」
ベルさんは困った顔でうなずく。
ノイタと戦った時、瑠璃以外は味方をしてくれなかった。
それに俺は怒り、トウツ達に八つ当たりしたのである。彼女達は何一つ悪くなかったのに。みんなは一貫していた。何かあれば、パーティーメンバーの命が最優先。それは冒険者の不文律でもある。無理してノイタの命にまで手を伸ばした俺が悪いのである。手を伸ばして、パーティーメンバーの命すら危険にさらしてしまった。
一緒にいられなくなり、情けない俺はベルさんのところへ転がり込んだのだった。
「ほんと、おれ、なんでパーティーのリーダーしてんの? なんで? なんでおれなの?」
うわ言のように呟く。
『いいかげん、謝って合流するのじゃ。みんな怒っておらんよ』
「それはそうだけどさ。いや、あいつらは悪くないのよ? 俺なの。俺の問題なの。マジ恥ずかしい。俺、一応パーティーメンバーの中だと年齢は中堅よ? ルビーと瑠璃は例外として、フェリの次に年長者なの。トウツとファナは年下よ? マジ恥ずかしい。ノイタ生きてたし。マジ意味わかんない。俺めっちゃ泣いてたんだけど。死んでない人のためにマジ泣きしたんだけど。俺の涙返して。フィンサー先生いつか泣かす」
「フィル様、あの、言ってることが意味わからないわ」
横でベルさんが困惑しつつも、お茶を淹れてくれる。
「うぅ、ベルさんありがとうございます……」
ナメクジのようにソファを這い、手を使わずに湯飲みの縁に口をつける。お行儀が悪い? ごめんよ。今は行儀を気にしている余裕がないんだ。
『駄目駄目じゃのう』
「そうだ」
『?』
「?」
突然立ち上がった俺を、瑠璃とベルさんが不思議そうな目で見る。
「クエストに行こう。クエストに行けば気分は上向くかもしれない」
『なんじゃその適当な思い付き』
「あはは。でも、ずっとふさぎ込んでいるよりはいいかもしれませんね?」
ベルさんがほほ笑む。
「行ってきます!」
『変なところ切り替え早いのう』
うるさい!何か今は考えるのが嫌なの!
「っしゃー、いくぜー!」
「五月蠅いね馬鹿弟子」
「えっ?」
扉を開いたその先は婆だった。
「誰が婆だ。まだ現役だよ」
「心を読んだ!?」
「相変わらず読みやすい顔面してるねぇ、糞弟子」
扉の外にいたのは、伝説の英雄、元宮廷魔導士、ジェノサイド婆、マギサ・ストレガだった。
「いや、来るの遅くね? あだだだだ!」
苦言を呈したら、体中に電流が走った。
この婆!雷魔法の使い方無駄に上手くなってる!?
「はぁ、話は聞いたよ」
「誰に?」
「エイブリーさ」
「エイブリー姫に?」
「というわけで行くよ」
「何がというわけ? というか何処に?」
マギサ師匠は何か言おうとして、口を開く。
が、面倒そうな顔をして口を閉じた。
あ、これ説明が面倒で放棄したやつだ。前一緒に住んでた時もよくあったもん。
「エルフの森深層だよ」
え、大丈夫?
化け物級の魔物しかいない魔界じゃん。
それ、俺のいた世界で言うと「富士の樹海行かない?」と同じ誘い文句だと思うんだけど。
「何しに行くんですか? バードウォッチング?」
見る鳥は
「世界樹に行く」
え、マジ?
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