第301話 戦前(いくさまえ)

「どうだった? ストレガは」


 ショー・ピトーが振り返り、尋ねた。


「いや、何ですかあの化け物。あれで弟子? 師匠は真龍かなんかですか?」


 コリトフ・アニナエが答える。

 レギアの最期を看取った彼は、ロプスタン・ザリ・レギアの護衛についていた。元々は雑兵だった者が皇族の子息の護衛である。大出世だ。最後まで本土に残り、仲間の最期の生き証人となり、情報を持ち帰るという大役をやり遂げた褒美である。

 もっとも、彼はこれを褒美とは思っていない。

 レギアの民は、竜人は、戦いの中で死ぬことを誉としている。それができなかったことを彼は悔やんでいる。それでも生き残ったのは祖国のためである。


 失意の中、彼はエクセレイ本土へ入国した。

 だが少しずつではあるが、希望が灯りだした。

 この国の戦力である。特にここ都、オラシュタットに集まる兵力は絶大だ。

 それにあの少年。

 この戦のキーマンになるであろう、ストレガを冠する冒険者。あれも味方として存在するのだ。

 この国にレギアの民が味方すれば、あるいはあの化け物たちともやりあえる。

 そう思えたのだ。


「自慢の教え子だよ」

 ショーが楽し気に言う。


 コリトフはその姿を見て、「険が取れたな、この人」と心中で吐露する。レギア本土にいたころの彼は鬼軍曹の名を欲しいままにしていた。元冒険者らしく、尖ったナイフのような男であった。何が彼を変えたのだろうか。


「何にせよ、俺はあの城を真ん中から叩き折れるなら何でもいいです。かの有名なストレガが味方なら、心強い」

「何言ってんだ」

「え、あ、何です?」

「例の針の城を叩き折るのはストレガじゃない。俺達レギアだ。間違えるな」


 コリトフはショーの後ろに修羅を幻視した。

 ショーが踵を返してロプスタン皇子の方へ歩いていく。


「はは。何だ、あの人。全く変わってないじゃないか」


 コリトフはショーの後ろ姿を、苦笑いを浮かべて眺めていた。







「早く詰め込め!敵が近くまで来てるんだぞ!」

「うるせー!もっとこっちに人員割いてから急かせや!」

「こないだ増員したろうが!こっちもいっぱいいっぱいなんだよ!」


 路上で男達の罵声が聞こえる。

 武器、食料、土のう、戦時に必要なものを次々と運搬し配置していく。

 猫の手も借りたいという状況は、まさにこの事なのだろう。実際、戦場に似つかわしくない腕の細い女性達も手伝っている。

 傭兵や一般人から募った内務班を、騎士が矢継ぎ早に指示を飛ばして動かしている。ここ数週間で訓練を共にしているとはいえ、普段一緒に働いていない面子だ。

 わだかまりもあるのだろう。

 だが、敵はそんなことに配慮してはくれない。

 そして彼らもそれを良く分かっている。

 この作業をサボったら、死ぬのは自分かもしれない。

 彼らは内務班だ。戦いを後ろからサポートするのが仕事。直接戦いに出るときは、軍人がほぼ全滅判定を受けたときだ。だから優先して戦場へ出るわけではない。

 それでも手を抜かない。

 手を抜けば軍人や騎士、傭兵、冒険者達の致死率が上がる。彼らは言うなれば、自分たちの盾なのだ。無駄死にさせるわけにはいかない。というよりも、ここでサボるような人員は実践で足を引っ張るのがわかりきっているので、開戦と同時に背中を火球で撃たれる可能性だってあるのだ。

 誰だってそんなもの御免だろう。

 俺だって御免だ。


 俺と案内役のベル・ア・ソアさんは申し訳なさそうに彼らの横を素通りする。

 その横をトウツ、ファナ、フェリが堂々と通る。瑠璃は子犬になって俺の胸元に入っている。


「み、みんな殺気立ってますね」

「無理もないですよ。ベルさん、はぐれますよ。手でも握りますか?」

「う。え、遠慮します」

 ベルさんがトウツ達をちらちらと見ながら返答する。


 遠慮する必要ないのになぁ。


 ファナに気づいた人々がテラ教の略式の祈りを捧げ、すぐに実務へ戻る。

 俺たちは人をかき分けかき分け進む。「すいませんすいません。通してください」と言いながら、俺とベルさんが進む。最初は誰もが怪訝な顔をするが、俺を見た瞬間「げ、ストレガ!」と言って道を譲ってくれる。

 おい。妖怪の類じゃねぇんだぞ。


「フィルは何故、空中をチョップしながら道を進んでいますの?」

「いや、これは習性みたいなもんだから気にしないで」

「あ〜。それ、ハポンでもする人けっこういるねぇ」

「だろ?」


 戦争前だというのに、パーティーメンバーは相変わらずのほほんとしている。

 変に緊張するよりもいいのかもしれないけども。


「敵はついこないだ、アランタットを通過したんだっけ」

「その情報は古いねぇ。もう寅の方角170キロ先に辿り着いてるみたい」

「本当か? 加速したのか? 城ごと移動してるのに?」

「時間稼ぎの部隊が引き上げたそうですわ。彼らだって命は惜しいもの。都が目視出来る位置についた時点で、魔王城との交戦を断念。ま、むしろよく持ちこたえてくれた方ですわ。死んだら魔女の帽子ウィッチハットの仲間入りですもの。敵戦力に吸収されないよう、死んだら自爆を推奨される戦闘。誰だって好き好んでしたいわけありませんわ」

「よくそんな役割してくれる軍隊がいたな」

「ほとんどは犯罪奴隷ですわ。あと、愛国心が極まった人々ね。この国が奴隷商を公認しているのは、こういうことですわ。時として道徳を捨てなければならないことはありますもの。そして切り捨てやすい人間は、あるに越したことはない」

「理屈としてはわかるけどなぁ」


 俺は太ももを撫でる。

 何だかんだいって、俺も奴隷のままなのだ。最近忘れていたけども、奴隷印は変わらず残っている。


「私はフィルを捨て駒になんかしないわ」

 ムッとした表情でフェリがいう。


「分かってるって。お前が俺を適当に使うわけないだろう。ご主人様」

「その呼び方はムズムズするからやめて」

「はいよ」


 奴隷商のスワガー氏は軍資金がたんまり入ってほくそ笑んでいることだろう。

 奴隷を売り切ってしまい、今頃は安全な所へ高飛びでもしているのだろうか。

 でも安全なところに行ったところで、まともな死に方しないだろうな、あの人。一般市民が逃げる時間稼ぎとして消費された奴隷たちは、あの人を呪いながら死んだだろうし。


 俺たちは王宮へ向かっている。

 実力のある冒険者は、すべからく招待されている。国費をこれまでかというほどに放出し、金で繋ぎ止めている。

 それもそうだ。冒険者はギルドに所属しているのであって、国に所属しているわけではない。冒険者達がこの国に残った理由は様々だ。生活基盤がここに定着してしまった者。国の報酬につられた者。そもそもこの国出身の者。守るべきものがある者。理由はどうあれ、オラシュタットが、エクセレイが無くなると困る者達が残った。

 戦うために。

 うちのパーティーの事情はというと、ストレガの姓を持つ俺もいれば、聖女のファナもいる。当然のように戦力に数えられている。

 まぁ、それもこちらの望む通りなのだけれど。


「トウツとフェリ、瑠璃は良かったのか? ここは故郷でもなんでもないだろう」

「寂しいこと言うねぇ。国を捨てた僕の故郷は、フィルの懐だぜ〜?」

「私たちは家族同然だって言ったのは貴方でしょう? 言葉に責任をもって」

『我が友いるところがわしのいるところじゃ』

「泣けること言うじゃん」


 勘弁してほしい。前世含めればいい歳だから、涙もろくなってるんだぞ。


「よし、やろうか。この戦いが終われば、ただの日常だ」

「いいね、日常。僕、経験した事ないからさ。一度やってみたいんだよねぇ」

「同感ね」

 トウツとフェリが俺の言葉に続く。


「待ってたわ」


 王宮の門でメイラさんが腕組みして待っていた。

 心なしか、俺を見る目が厳しい。

 おそらく、イリスの件だろうか。

 いや、ほんとごめんて。


「お邪魔します」


 俺たちはゆっくりと、王宮内へ足を踏み入れた。







「予定通り、先兵は犯罪奴隷を用います」


 エイブリー姫の指示に、会議に参加している一部の面子がトーンダウンする。貴族達は比較的、平然としている。ここら辺は、「自分が奴隷に落ちることはない」という安全圏にいるからこその無反応なのかもしれない。対して、冒険者代表達の中には悪態を小さくつくものもいた。彼らの中には、奴隷かそれに近い立場からの成り上がりの人間もいる。

 わかってはいたけども、あまりにも非情な決断である。

 魔王をオラシュタットで迎え撃つ。

 それが今回の計画だ。理由は幾つかある。世界樹から流れる大河、つまり水の供給が容易である点。加えて、その水を活用できる水魔法の使い手がオラシュタットには多くいる点。これは魔法学園の教育の成せる技である。物流が最も盛んである点。あわや街道を破壊されかけたが、ヘンドリック商会が死に物狂いで、この2年で供給路を確保している。他所の都市に一般人を逃すことも、新しい戦力が駆けつけるのも容易だ。

 そして師匠の魔法だ。生ける伝説、マギサ・ストレガ。

 この都市は師匠の防衛システムが生きている。

 悪意ある者を検知する力がある。それは意思を持たない魔女の帽子ウィッチハットや飛行型ゴーレムとやらには通用しないらしいが、十分実践に活用できるものである。

 それらの防衛システムが十全に動くためには、時間稼ぎがいる。

 人身御供というやつだ。

 魔王城含め、敵影を確認。魔法による狙撃準備が必要だ。当然、向こうも同じことを考えているだろう。同じように遠距離攻撃合戦になるならば、それを止める盾があった方がいい。相手には大量のゾンビがいる。では、こちらには?

 肉盾を使うしかないのだ。

 テラ教会がネクロマンサーを日頃から根絶やしにしているので、こちらはゾンビ盾なんか使えるはずもない。その代わり、土魔法の使い手がゴーレムを大量に使役しているけども。

 序盤はこちらが不利だろうとの見解だ。ゾンビという命を持たない雑兵が向こうにある以上、それは避けられないこととのこと。だからこそ、ロットンさんの所のパーティーのライオさんはかなり高い給料で雇われたらしい。腕のいい射手は、この戦において高級取りということだ。


「それは構わないが、城への対策は大丈夫なのかね。防御魔法が張り巡らされている。その上空飛ぶ鉄竜もどきもいるということじゃないか。ゾンビに気を取られているが、航空戦力への対策を疎かにしていい訳ではない」

「そのための雷撃隊です」

「確かに、かの部隊は強力です。だが、魔力の燃費が悪すぎる」

「冒険者たちを多く雇い入れています。遠距離魔法の使い手は特に厚遇しました」

「指揮系統は向こうにやったのでしょう? いざというとき王族や貴族に従わない指揮系統など、信頼できるのですか?」

「指揮を任せている人間の中には、ルーク・ルークソーンもいます。かの勇者を信用なさらないので?」

「そういうわけではありませんが」

 貴族が口を紡ぐ。


 だが言外にこう続けている。

 その勇者パーティーのメンバー3人が裏切り、今も向こうに2人いるじゃないか、と。

 それはこの場にいる多くの貴族も思っていることだ。

 果たして勇者は、期待されるほどの求心力を今も持っているのかと。

 それでも推し進めるしかない。手持ちの駒を全て使い果たしても足りないかもしれないのだ。


「籠城戦はこちらとて同じです。それに、壁はこちらの方が多い。都を覆う防壁。市街地ではゲリラ戦が得意な戦力を配置しています。そして城壁。ストレガの防衛システム。今更作戦の変更など、現場の混乱を招くだけです。予定通り進めましょう。我々の役目は明確な指示をし、責任をとること」


 エイブリーの言葉に、その場にいる全員が頷く。

 彼女が後ろを見やると、メレフレクス王も満足げに頷く。


「始めましょう。私たちの闘争を」


 議会にいるメンバーが、一斉に持ち場へと動いた。

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