第300話 建国祭4

「じゃ、そろそろ行くわ」

 ロスが手を挙げて言う。


「もう行くのか? もう少し遊んでも罰は当たらないと思うけど」

「そういうわけにもいかないさ。レギア自治区にも行かないと」

「あぁ、なるほど」


 ロスはエクセレイにとっては他国の要人だ。レギアが崩壊状態とはいえ、竜人族の種族としての力は依然として大きい。当然、無下には扱えない。儀式的行事には父親とともに招致されていたし、積極的に参加もしていた。

 本当のところ、ロスは儀式的行事のあとは同族のところへ行って良かったはずだ。いや、そうすべきだったのだろう。

 それを曲げて学友の俺たちの所へ来てくれた。

 何というか、嬉しいね。どうも。


「そっちが優先じゃなくてよかったのか?」

「そう思ったんだけど、みんなが友達と遊びなさいってうるさくてさ」

 ロスがほくそ笑む。


 きっと、レギアは大丈夫だ。

 そう思えた。

 これだけ民を愛し、愛される皇子がいるのだ。国土がないことは致命的かもしれない。でも、現王とロスがいるのだ。きっとこの戦いの後、レギアは何らかの形で再興するだろう。エイブリー姫もいるし。

 いや、あの姫様はどうだろう。あの手この手でレギアの民を吸収しそうな気もする。大丈夫だよね?


「行ってこいよ。俺たちとはまた遊べるだろう?」

「生き残ればな」


 俺とロスは、笑いながらフィストバンプをする。他の3人とも肘や拳を突き合わせて、ロスは自治区の方へ歩いていった。


「監視役がごっそり減って、少し落ち着いたわね」

 ロスの背中を眺めながら、クレアがつぶやいた。


「お、気づいてたんだな、クレア。流石エルフの狩人。斥候スカウトをしてるだけある」

「当たり前よ」

 俺の相槌にクレアが少し得意げな顔をする。


 感情表現が奥ゆかしいのは、我が妹ながら可愛らしい。


「レギアの護衛は手練ればかりね。気配の隠し方もそうだけど、音と痕跡の消し方が卓越してるもの」

 イリスも話に加わる。


「砂漠地帯で斥候やってる連中だからな。しかも先祖を辿れば爬虫類だ。そこら辺には敏感だろう」


 竜種はその強さゆえ、気配察知は鈍感だ。

 だが、それを捨てずに人間としての手足や知性を手に入れたのが竜人族だ。足音、砂塵に混ざる体臭、温度。それらの扱いは魔法関係なくエキスパートと言えるだろう。


「みんなすごいなぁ。僕は多分、全員には気づいてなかったと思う」

「答え合わせするか? アル」

「ん〜。クレアとイリスの護衛も混ざってるからなぁ。難しいよ。今減った分だよね? 6人かなぁ」

「私は7人」

「あたしも7人」

「俺も7人だなぁ」

「うわっ、やっぱりもう一人いた!」

 アルが頭を抱える。


 アルが気づかないのは仕様がない。気づけなかった一人は多分、ショー・ピトー先生だ。あの人は純粋な戦闘も強いけど、ここら辺も手堅いんだよなぁ。あと、アルは自前の魔力が元気よすぎて他人の魔力に鈍感という特性もある。将来は間違いなく俺たちの中で一番強くなるのはアルだけど、同時に一人でこなせることが意外と少ないのも彼なのである。世の中というのは本当にバランスよくできているものだ。持ちつ持たれつ。人という字は何とやらだ。


「というか、ショー先生も隠れずに引率してくれればよかったのに」

「ね」


 やっぱクレアとイリスも気付いていたのか。

 護衛の陣形も軍式のテンプレートだった。竜人の中でも足の速い者が先頭に3人。後ろに4人予備戦力が控えており、それらの指揮系統を確実にショー先生が執れるようにしてある。先頭の3人のうち、1人は初めて感じる魔力の波長だった。最近、人員の移動でもあったのだろうか。


「ショー先生も、いい年した生徒の引率なんざしたくないだろう。というか前から思ってたけど、あの人は先生やってるよりも軍人やってる方が似合ってるよ」

「言えてるわね。初等部に入ったばかりの頃は気づかなかったけど、ショー先生、とても無理してたもの」

「普段は厳しいのに、初等部の子がマギ・アーツの授業中に泣くと、わかりやすく焦ってたもんね」

 イリスとクレアが笑う。


「でもショー先生がいてくれて助かったなぁ。多分、先生がいなければ、僕たちあそこまで闘技場使わせてもらえなかったよね?」

「違いない」


 オラシュタット魔法学園は、決闘推奨校だ。

 魔法使いを育てる学校である以上、貴族として戦争に参加する者や冒険者になる者も多い。事前に戦いを経験しておくことを是としていた。

 それでも制限というものはある。教育とは、できるだけ平等に与えられるものであって、不平等はあってはならない。それは闘技場の使用権についてもそうである。特定のクラスばかりが優先して使うことはあってはならないのだ。

 でも、そこら辺はショー先生は器用だった。

 放課後に突然「決闘していいですか!」と聞いたら「空いてるところは使っていいんじゃねーの?」と許可してくれたのである。そしてそれが原因でトラブルが起きた時は一緒にシュレ学園長やヒル先生に怒られてくれたのである。いい意味で適当で、グレーゾーンを許容してくれた先生なのだ。他の教員ではこうはしてくれなかっただろう。

 ちなみに。

 今思うと、ヒル先生はショー先生を怒るのが楽しみで泳がせてたところがあったのだろう。鈍感な俺でもそれには気づけた。


「ロスはまだいいわよ。私なんて、護衛が身内も身内だもの」

「何言ってるのよ。あたしだって、メイラはもう親戚のおばみたいなものよ」

 げんなりとした様子でクレアとイリスがため息をつく。


 そうなのだ。

 メイラさん率いる近衛と、カイムとレイアの気配がする。

 一番気配が薄いのはカイム。流石である。

 クレアの気持ちは察するに余りある。13歳といえば思春期真っ只中だろう。こっちの世界は発達が早いから、中学生というよりも高校生というべき精神年齢か。それが祭りに遊びに行くにも保護者同伴なのである。しかもその保護者に悪意は一切ないのだ。新手の拷問である。

 イリスとメイラさんの距離感も最近はとても近しいものになっているらしい。2年離れているうちに、初めて会った時のエイブリー姫とイアンさんのような関係性になっているように思えた。イリスは親戚のおばと表現したが、メイラさんが年取っているように見えないので姉妹にも見えるくらいだ。

 それと母さんレイア。俺の背中を眺めすぎだと思うんですけど。息子好きすぎでしょ、あんた。クレアに気づかれるから、その視線しまっておいて欲しいんだけども。


「あはは、2人とも大変だね。僕は田舎の小貴族出身で良かったかも。あんまり責任ないし」

 アルだけが皺のないつるりとした笑顔を見せる。


「本当よ。ずるいわ、アル。あたしと変わってよ」

「え〜」

 半笑いのアルをイリスが小突く。


「あ、そうだ。あたしとフィルは買うものがあるから。クレアとアルは先に花火のところへ行っておいてよ」

「え、そんな予定なんでっ!」

 口を挟もうとしたら、足をイリスに踏まれた。


 左上を仰ぎ見ると、桜色の瞳が「いいから合わせなさい」と圧を放っている。


「そ、そうだった。みんなに買うものがあったんだ」

「え、そうなの?」

 キョトンとした顔でアルがこちらを見る。


「そ〜そ〜」

 俺は今、おそらくとても青い顔で返事をしているのだろう。


 だって足元が凍り始めてるもん。ストンピングからの氷結魔法。

 何だそれ。意味がわからない。どう使えば対魔物に使う時が来るんだ? もしかしてそれ、対俺のためだけに開発してたりしない? まさかぁ。


 いそいそと足繁く、クレアがアルを引っ張っていくのが見える。

 我が愛すべき妹の頬に、僅かに朱が刺している。

 ははぁ、なるほど。お兄ちゃんわかったぞ。わかっちゃったぞ。隅に置けないぜ、全く。


「そういうこと、だよな?」

「そういうことよ。全く、あんた相変わらず察しが悪いわね。ロスが帰った瞬間こうすべきでしょうが」

「察せるわけないだろ!? 何だその女の子特有の察し合い!俺が対応できるわけないじゃん!事前に言ってくれればいいのに!」

「あんた嘘つくの下手じゃない」

「そうだけど!」


 そうだけど!


「森に籠って、少しは人のことを省みるようになるかなと思っていたのにね。まさかここまで変わらずに帰ってくるとは。というか、言葉すら忘れてきたのには流石にドン引きしたわよ」

「仕様がないだろ。喋ったら死ぬ環境だったんだから」

「それもそれでドン引きよ」

 イリスが顔を顰める。


「アル、大丈夫かなぁ」

「何がよ?」

「クレアがアルの腕を取った瞬間、カイムさんの魔力が揺れた。あれは間違いなく動揺してるな」

「え、ほんと?」

「一瞬だけど、アルの方へ殺気も飛んでた」

「嘘。あたしも気づけなかったんだけど」

「本当に一瞬だったからな。あの人はクレアに嫌われるのを世界の終わりと同義に考えてるから、クレアに気づかれないギリギリのラインを攻めてた」

「どういう心理戦なのよそれ……」

 イリスがドン引きする。


「あたし、もしかして余計なことした?」

「いや。あの2人の関係性は遅かれ早かれ、こうなることだったろうし。余計も何もないと思うなぁ。それにカイムさんが殺気を飛ばした瞬間、レイアさんがカイムさんに殺気を飛ばしてたし」

「あ〜」

 複雑そうにイリスが頷く。


「それよりも心配なのは、種族の問題だよ。クレア、あのままだとダークエルフ一直線だろ。いいのか?」

「お姉様が国費を使って解呪方法を探ってるわ。それに、あの子の場合はなってしまった方がいいかもしれないわ。ダークエルフ」

「……どういうことだ?」

「ダークエルフになれば、当然巫女としての力は失われるわ。エルフという種への裏切り、という定義づけだものね。今後生まれてくる、見知らぬエルフに継承されるでしょう。あの子は史実でも珍しい、公に身を明かした巫女よ。巫女の力は当然、多くの人間や国家が欲しがるわ。今後その身はどんどん危険に晒されていく。それなら、アルと一緒になってエルフから離れたところでひっそりと幸せになった方がいいもの」


 いい終わったあと、イリスが俺の目を覗き込む。

 問うているのだ。「お前はどう思うのか?」と。イリスの中でも答えがはっきりと出せない命題なのだろう。クレアにとってどんな形が最良な幸せなのか、考えあぐねているのだ。仮にクレアがダークエルフになったとするだろう。安全にはなる。

 なる、が。

 カイムやレイアとは気軽に会えなくなるだろう。当然、友人であるイリスとも。

 アルと一緒にはなれる。

 でも、それ以外の人間との関係を全て断ち切ることになるのだ。そしてそれをアルにも強要することになる。

 むごいことである。彼女には現状、最良の未来がないと言える。それを決断したのはクレア自身だが、エイブリー姫は「自分が仄めかしたのだ」と言っている。そして、俺が転生さえしなければ、彼女がこんな複雑な立場に追いやられることはなかったと言える。

 つまり、彼女の人生の崩れた軸を戻すべきなのは、俺なのだ。


「イリスはそれでいいのか?」


 俺は質問を質問で返す。ずるい返答だ。答えから逃げたがっている。


「いいわけないわ。あの子はあたしの友達。一番大切な、友達よ」

 イリスが意思の強い瞳で見返す。


 相変わらずだなぁ。

 この子は、俺よりも17も若いのに、いつでも俺より大切なものに気づいて、早く決断している。

 本当、敵わない。


「そっか。じゃあ簡単だ。イヴ姫と競争しよう」

「何を?」

「解呪方法。ダークエルフの。エクセレイが先に開発するか、俺が先にするか、勝負だ」

「……あんたなら、してしまいそうね」

「どうだろう。俺はイリスが思うほど天才でも何でもない」

「その謙遜。腹立つからやめてって言ってるでしょう。出会った時から」

「すまん」

「ほら、また謝る」

 イリスがため息をつく。


 気づいたら、俺たちは花火が見える丘まで来ていた。

 妙だ。

 ほんの少し、護衛たちが遠ざかる気配がする。

 おかしい。慎重なメイラさんがこんなことするはずがない。何か起きたのか? 護衛自体が強襲されている? それにしても戦闘の気配すらない。俺を信頼してのことか? まさか。学友とはいえ、一国の姫をどこぞのガキと2人っきりにはしないだろう。

 ん?

 2人っきり?


 慌ててイリスを見る。

 紅潮した頬。表情筋が強張っている。何かが怖いのではない。勇気を振り絞る人特有の表情。あぁ、まずい。これは見たことがあるぞ。前世。鏡で。


「なんてこった。気を遣って離れたのはこっちじゃなくて、クレアの方か?」

「気づくのが遅すぎね。鈍感」

「知ってる」


 イリスが足元の雑草を靴でいじる。

 言うことは決まっているのだろう。

 横では花火がけたたましく鳴っている。助かる。もっと煩くしてくれ。間がもたない。

 意を決したのか、イリスが俺を見つめてくる。真っすぐと。


、貴方のことが好きよ」

「知ってる」

「正直、初めて会った時は最悪だと思った」

「知ってる」

「貴方は何でも持ってた。私が欲しいものに限って。それを特別なものではないとでも言うかのような態度が嫌いだった」

「それも知ってる」

「でも、好きになった。私も、自分のことを特別だと思わなくていいと思えたから。ただの自分が、好きになれたから」

「それは知らなかったな」

「そう言う、鈍感さも好きよ」

「お、おう」

「小さい姿なのも、チャーミングで好き。強いのに飄々としてるところも憎らしくて好き。お姉様と対等に話せるところも、王族の私やロスとも平気で付き合えるところも。私たちを闘技場に楽しげに連れていくところも好き。リラ先生やアルにお節介を焼くところも。不器用な笑顔が好き。全部。貴方の全部が好き。貴方の全部が欲しいわ」

「う、うん」


 参ったぞ。眩しすぎて見てらんない。


「出来れば、王族に婿入りすること前提で付き合ってほしいんだけど」

「……俺が王族かぁ。いまいちピンとこないな」

「ねぇ」

「何だ?」

「私、かなり勇気出して告白したんだけど」

「そうだよなぁ」

 俺は頭を抱える。


 きっと、頭上ではイリスが呆れた顔をしているのだろう。

 格好はつかないけども、答えてあげなければいけない。女性に恥をかかせるな。前世の姉から口酸っぱく言われてたことじゃないか。


「イリス、返事だけども」

「あぁ、言わなくていいわ」

「えぇ……」


 何やねん。


「どうせ、断るんでしょ?」

「……どうして、そう思うんだ?」

「貴方が私以外の誰かを好きだなんて、とっくの昔に気づいてたわよ。私は欲しいものはすぐ手に入れたいの。会ってすぐに決闘を申し込むくらいにはね」

「…………」

「その私が、貴方をすぐに手に入れようとしなかった理由。わかる? 貴方の中にはいつも、別の女性だれかがいたから。告白しても、振られることがわかっていたから。今までの私は逃げてたの。貴方に拒絶されるのが。覚悟ができなかったのね。私らしくもない、情けないわ」

 イリスの頬に、涙で線が描かれる。


 俺はどうにかして拭ってあげたかったけど、どうすることも出来ない。

 彼女を泣かせたのは俺なのだから。


「ねぇ、誰なの?」

「誰って」

「貴方の中に居座っている女。誰? 同じパーティーメンバーの兎の人? 聖女? いつもフードを被っている金魔法使い? それともまさか、お姉様かしら? コーマイの使者? 誰? 誰なの? 教えてよ。それを知るくらいの権利、私にあってもいいじゃない!」

 歯噛みして、イリスが叫ぶ。


 完全に気圧されてしまっている。

 恋する女の子という生き物は、本当に度し難くて怖い。適う気がしない。


「今言った、誰でもないよ」

「じゃあ、誰よ!」

「多分、俺が二度と会えない人」


 イリスがぴたりと止まる。


「……その人、亡くなっているの?」

「さぁ、生きているか、死んでいるかもわからない。でも、遠くにいるよ。遠くにいることは、わかってる。でも、いいんだ。俺が知らないところで幸せになってくれればいいと思ってる」

「隣にフィルがいなくても?」

「あぁ、そうだな」

「……何それ。1人だけ先に大人になるの、やめてくれる?」

「俺よりかは、よっぽどお前の方が大人だよ。いや、大人というか、強い。そうだな。イリスは俺よりも、強い」


 イリスが脱力して、岩に腰掛ける。

 俺もその隣に腰掛けて、足をぷらぷらを動かす。

 彼女は静かに泣いている。

 何も話さない。彼女は強い。俺が声をかけなくとも、自分で気持ちの整理をつけるだろう。

 ここで慰めるのは、彼女への侮辱だろう。


 彼女には感謝しかない。

 俺も正直、驚いているのだ。自分にこれほどまで執着心があったとは。予想外の発見だった。

 前世で彼氏らしいことが出来たとは全く思わない。それでも、茜という少女はいつまでも俺の心に纏わりついていて離れない。まるで呪縛だ。でも、それが心地いい。前世の、俺の大切な人。異世界に行ってからやっと気づいた、本当に大切な人。

 俺は多分、茜のことが好きな、自分のことが好きなのだろう。

 そう思えた。

 イリスのおかげだ。


「……ねぇ、話の続きをしてもいい?」

「あぁ、いいよ」


 イリスが涙を拭う。

 水魔法で化粧もまとめて取り払う。素顔でも、やはり彼女は綺麗だ。この子を振った自分に正直、かなり驚いている。俺、よく振ったな、こんな美少女。いや、美人。


「私ね、ここには貴方に振られにきたの。決着をつけるために」

「そうか」

「これで安心して、適当な貴族を見繕って結婚できるわ」

「え」

「何驚いてるのよ。子どもを作るのも、王族の仕事よ」

「いや、わかってるけどさぁ」

「何か言いたいなら言いなさいよ」

「いや、それでイリスは幸せになれるの?」

「振った!あんたが!言うんじゃない!」


 イリスが執拗に俺の脛を蹴る。

 おい!やめろ!身体強化ストレングスと氷魔法ブレンドしてるだろうそれ!


「いて!いって!ごめん!ごめんて!」

「最低!ほんと最低!なんで私あんたなんか好きになったのよ!」

「俺に言われても!」

「あーもう!」

 イリスが頭を抱える。


「伴侶がダメでも!戦友としては隣に置けるわよね!」

「は?」

「置けるわよね!」

「はい!置けます!置けます!」


 今の状態のイリスの言うことなら、俺は何でもイエスマンを貫き通しそうだ。


「私、強くなったのよ!」

「おう」

「あんたに負けないくらい!強くなったの!あんたはまた勝手に強くなったみたいだけど!」

「お、おう」

「いい加減私も入れてよ!クレアも、お姉様も、あんたも!自分で勝手に苦しんで!誰かのことばかり助けて!そのくせ自分のことを助けようとしないもの!ふざけるんじゃないわよ!私はごめんよ!守られてばかりは嫌!戦うの!私にだってできるんだから!クレアのことを守れる!お姉様と対等に仕事だってしてみせる!あんたのことだってそう!」


 イリスが岩の上で、俺を押し倒す。


「守ってみせるわ。次の戦い。絶対に」

「……ありがとう」

「それは戦いが終わった後にいいなさい」

 すっと、イリスが離れる。


 頬が紅潮している。

 強引なことをしてしまったと思っているのだろうか。


「それと、これが言える勇気が出たのはクレアのおかげよ。今を逃したら一生言えないかもと、言ってくれたの」

「そうか」


 イリスとクレア。

 幼馴染で親友。

 俺の実妹にこんなにも素晴らしい友人がいる。それの何と数奇なことか。


「あんたはないの? 戦いの前に、誰かに何か言っておく必要はないの?」

「ないよ。次の戦いで、クレアも死なないし、イリス、お前も死なない。俺がそうさせない」

「あんた普段は謙虚なのに、何でそういうところだけ自信満々なのよ」

 イリスがため息をつく。


「イリス」

「何よ」

「お前を振ったの。ちょっと後悔したかも」

「死ね」


 岩場から俺が吹き飛ばされると同時に、夜空に花火が輝いた。

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