第299話 建国祭3
「見て、フィル!マジックロックアートだよ!」
「ふぃえてるふぃえてる」
アルが声を弾ませながら俺の手を引っ張る。
側から見れば小学校入学式で6年生のお兄さんに引率される新入生。その実態は、親戚の子どもに付き合う子煩悩なおじさんだ。
マジックロックアート。水魔法や風魔法で岩を切り刻み、作られた彫刻のことだ。単純なアートとしての地位を確立してもいるのだが、魔法使いとしての実力も見られる部門だ。というのも、魔法で岩を刻む時に調整を間違うと亀裂が入るからだ。より値がつく作品は希少な鉱物や岩を使ったもののほか、脆い材質の物も入る。それは高い技量の魔法使いが作った証だからだ。小さい作品は、安産祈願のお守りとしても売られている。露店ではそれらの小さな彫り物が所狭しと並んでいる。マジックロックアーティストとしての地位を確立できるのは、技量の高い魔法使いのみ。それにあやかり、魔法の才ある子が生まれますようにという願掛けである。
テラ教からすれば、異教徒のお守りに見えるだろう。
だが、テラ教はあっという間にこの流行り物を自分の宗教の公認お土産にしてしまったのである。フットワークが軽い一神教とは、かくも強いものなのか。
「もう!本当に見えてるの!?」
アルがしゃがんで覗き込んでくる。
「ふぃえてるって」
あんなでかいもん、余裕で見える。
男の魔法使いが、脚立の上で彫刻を刻んでいる。土魔法で削り、風魔法で細部を調整している。素晴らしい技量だ。
でも。
「ふぉれにもできほうだな」
「もう!口に食べ物頬張りながら喋ったらダメだよ!」
「ちょっと待って」
もきゅもきゅと口内のイカ焼きを咀嚼する。前世の日本は食べやすいよう上手く加工してたんだなと、痛感させられる。下処理が雑なのか、イカの弾力がものすごい。硬い。イカってこんなに硬かったのか。
「食べ終わったぞ」
「口の周りが汚いよ!さっきなんてリスみたいだったよ?」
アルが俺の口元をハンカチで拭う。
うぇ、それ絹製じゃん。屋台のジャンクフードのタレを拭うにはもったいなすぎる。コーマイとの輸出入が増えたから最近は安くなったとはいえ、高級品には変わりない。
「屋台の食べ歩きは、数少ない食事マナーを破っていい時なんだぜ?」
「クラージュ領ではそんな文化なかったけど……」
「俺の文化にはあるんだ」
アルが眉をハの字にして困る。
「さっきはなんて言ってたの?」
「あぁ、あれなら俺にも作れるかなって」
二人して、広場にて現在進行形で作られる彫像を見る。
げ、よく見たらうちの師匠じゃねぇかあれ。隣にはルーク・ルークソーンの彫像。戦争前の願掛けとかいうやつか。自国の英雄を並べて、モチベーションを上げようという魂胆だろう。有名なA級冒険者の彫像もちらほら見える。
「フィルなら確かに作れるかもね。生活魔法がとても上手いから」
「でもまぁ、真似できるのは技術的な所だけだな。美的感覚はないから」
「フィル、美術の成績酷かったもんね」
「言ってくれるな」
前世でも5段階評価で3までが限界だった。人には向き不向きがあるから勘弁してほしい。色彩感覚? 何それ?
悲しい思い出が噴出したが、アルが笑った。君が笑うのなら、それでいい。
「本当に見えてる? 肩車しようか?」
「だから全然……いや、見えないな。だっこ」
「え、肩車の方が高いよ?」
「やだー!だっこー!」
「フィルって僕と同じ13歳だよね?」
いいえ、今年で
俺はスーパーでおもちゃを買ってもらえなかった赤ちゃんのように地面に転がる。それ見て困るのは、母親ではなく同年代の少年である。
「もう、しようがないなぁ」
アルが俺を抱き上げる。
ぐへへへへ。アルに抱っこしてもらったぜぐへへ。いいにほいがする。
ふと、俺の視線が桜色の視線とぶつかった。
イリスだ。
ドン引きしている。
あと、クレアとロスも引いている。クレア。何で背中の矢に手をかけているんだい? お兄ちゃん、妹が暴力的なのはちょっと看過できないなぁ。
アルの肩越しで、俺は3人と見つめ合う。
「いや、ちゃうねん」
「何が違うのよ変態」
イリスの罵倒が雑踏に紛れた。
「えぇ!? フィルってば、あのイカ焼き食べたのかよ!?」
ロスが絶叫する。
「あぁ。思ったよりも硬かったけど、程よい弾力があって美味しいぞ?」
「えぇ、あんなグロい食べ物食えねぇよ」
「森にあんな気持ち悪い生き物はいないわ」
「そりゃ勿体無い、クレア。今度ご馳走してやろう」
「嫌がらせ?」
「いや、真心なんだけど」
「あんたマントのプレゼントといい、女の子に贈るもののセンスが壊滅的よ」
「虫竜のマントはセンス最高だろうが!」
全くもってありえない。イリスとは本当にセンスが合わない。あのマッドお姫様の従姉妹かつDV師匠の孫なのだから、合うわけがないのだけれども。
「アトランテと交流ができたから入った料理だよな。海の生き物って、何でこうグロいかね」
屋台に並ぶイカ焼きを見ながらロスが顔を顰める。
それ、営業妨害なんじゃないかな。
エクセレイだって何だかんだ海岸の国だから魚介類への抵抗が少なくてもいいだろうに。そりゃ、前世でも海産物を食べるレパートリーが日本ほど豊かな国は少なかったけどさ。
「森にだってグロい魔物なんていくらでもいただろう」
「グロくても倒す分にはいいんだよ。問題は食べることだろ」
「そうかなぁ。おっちゃん!イカ焼き2つ!」
「あいよ!」
「2つも食うのかよ!」
「いや、俺は一本しか食わないぞ?」
「え」
「まず一つ。俺は嫌がる女の子に無理強いはしない」
「お、おう?」
「二つ。アルは可愛いから大体女の子」
「えぇ!?」
「そうだな」
「ロスも!?」
アルが俺とロスの間に立ち、素っ頓狂な声をあげる。
「ということはだ。この残ったイカ焼きを食べる人間は、お前しかないよなぁ!」
「しまッ!」
俺はイカ焼きをロスの口元へ突き出す。串が危ないけど、まぁロスなら大丈夫だろう。龍人だし。
咄嗟にロスが口周りを両肘でブロックする。イカ焼きを持たない左手を肘と顔の間に突っ込み、魔力を流し込み外しにかかる。ロスが
「が、フィルこの!」
「海の幸御賞味あれぇ!」
嫌がるロスの口にイカ焼きを突っ込む。
突っ込んで気づいた。これ、普通に熱いよな? あ、ロスのやつちゃんと熱耐性魔法使ってやがる。流石。
「
「でも、大丈夫だったろ?」
「そうだけど!」
「で、味は?」
「む」
ロスが串を持って、ゆっくりと口を動かす。
険しい顔が少しずつ綻んでいく。
「美味いじゃん」
「そうだろ?」
「うん。何というか、この噛みごたえの良さは顎が強い
黙々とロスが食べる。
こいつは俺と同じで本当に美味しいと思ったら無言で食うからな。食べっぷりが良すぎる。イカに齧り付いて串から外す様も、粗野な動作のはずなのに様になる。これが皇族の品格というやつか。イカで知ることになるとは思わなかった。
ロスの食いっぷりが良かったからだろう。客が一気に屋台に殺到していく。おっちゃんが慌ててイカを焼きながらこちらへ視線を送る。俺は無言でサムズアップした。おっちゃんも返してくれる。
よく見ると、レギア国民が多く食べに行っている。これが皇族効果というやつか。戦争が終わったらロスやイリスに広告塔をしてもらって商売を始めるのもありかもしれないな。
などと考えつつ、俺たちは祭りの雑踏へとさらに足を踏み入れていった。
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