第298話 建国祭2

 ドアを開き、なだれ込むように玄関へ突っ伏した。

 うへぇ、床がちべたい。でも気持ちいい。書類の見過ぎで膨張しがちな眼球が冷やされて、とてもいい。速攻で意識を手放せそうだ。宿の中にある、オレンジの薄灯が心地いい。

 ん? あかり


「誰か起きてるのか?」

「起きてるわよ」


 芋虫のように這っていくと、居間ではフェリがポーション作りに勤しんでいた。デスクの上には複数の土がある。色が見慣れないものだ。


「これ、ハポンの土か?」

「えぇ。いい素材になると思って。向こうでは大体、トウツが父親と殺し合いばかりしてたから、暇で採取ばかりしてたわ」

「実の父親と殺し合いって、物騒な」

「何言ってるの。あれは父親関係なく常に物騒よ」

「確かに」


 俺は床を這い回り、フェリの向かいの椅子に上半身を乗せる。だらんと手を伸ばす。うげぇ、腱鞘炎がやばい。いくら修行して手の筋肉をつけても、イヴ姫へのレポートを書くときは必ず腱鞘炎にかかるのだ。ほんと、あの人は容赦がない。俺に。余念もない。知的探究心に。


「ファナは?」

「トウツに巻き込まれて殺し合いに参加してたわ」

「あの二人で勝てなかったのか?」

「えぇ。私が入って、ようやく勝負になるくらいね。フィオと瑠璃が入ればあるいわ、だけども」

「何だそれ」


 師匠レベルじゃないか。どこの国にもいるもんだなぁ、人間卒業してる人。

 俺はしばらく冷たくて心地のいい椅子に頬を預けていたが、フェリとの会話に集中することで少しずつ覚醒していく。人の話し声って、アラームよりもいい目覚ましになるよね。

 腰掛けつつ、魔法でポーションに使う薬草を粉微塵にしていく。えっと、こっちのハーブが15マイクロ角、あっちの赤いのが11マイクロ角だっけ。


「あら、手伝ってくれるの?」

「目が覚めちった。それに」

「それに?」

「約束したからな。ポーション作り」


 フェリが無言で黙々と作業を続ける。

 ほんの少し、彼女の口角が上がっているのが見える。

 それを見て、自分の口元も緩むのがわかる。


「市場でもうポーションは買えないかな」

「無理ね。戦争前だから。しかも建国史上最大と言われる大戦よ。品薄かつ、ストックしてあるものは商会が値段を釣り上げるために残しているものよ。何でも、騎士団とギルドで確保するポーションの量で揉めたとか。ラクスギルドマスターが上手く落とし所を作ったみたいだけどね」

「へぇ、どうやって?」

「国の名前を使っての大規模薬草採取クエスト。無いなら取ってこいということね。気前よく国の予算一年分は発注したそうよ。近隣の山を全て禿山にするつもりかしら。ギルドは大口の仕事が手に入る。騎士団には大量のポーションが。冒険者には仕事が。誰も損しない」

「冒険者は結局、高騰したポーションを買う羽目になるだろ?」

「だから落とし所よ。公平では無いかもしれないけど、公平感はあるでしょう?」

「うへぇ」


 嫌だなぁ。もっと脳みそ空っぽにして戦争しようよ。


「明日のお祭りでは、上限いっぱいに高騰したポーションが叩き売りされるでしょうね」

「相変わらず、この国の商人は逞しいなぁ」

「そうでなければ、魔物群生地であるこの国に商会なんて構えないわ」

「確かに」


 対魔物のインフラが整っているから忘れそうになるけど、ここは世界樹のお膝元だ。どの国よりも魔物の生きがいい。


「私たちのパーティーは恵まれてるわ。ポーションを大量生産できる私と貴方、聖女のファナがいる。トウツはそもそも毒殺拷問対策の訓練も受けてるみたいだし。瑠璃は、まぁ、ちょっと言い表しづらいわ。強さはわからないけど、世界を探しても私たちほど回復方法に富むパーティーは他にないわ」

「確かにね」


 しばらく無言になる。

 でもそれが心地いい。

 フェリがこちらを見る。目が合う。彼女の視線が、彼女の隣の椅子へ。

 俺は無言で移動し、彼女の隣に座った。


「ねぇ、フィオ」

「何だ?」

「楽しいわ。とても楽しい。ずっとこんな日が、続けばいいのに」

「そうだな」


 深夜の宿に、フェリが石臼を引く音が静かに響き続けた。






 アルが低い姿勢で特攻し、青薄刀を横なぎに振るった。

 ロットンさんが後退する。

 アルがそのまま横にスライドして追い縋る。体幹が整っているようにも見えなければ、膝やつま先の向きもてんでバラバラだ。それでも一瞬でロットンさんに追いついた。人体構造を完全に無視した戦闘センスと魔力量。

 アルの攻撃にギリギリ反応したロットンさんが、剣撃を受け止める。

 だが、火力は完全にアルが上回っている。

 ロットンさんが吹っ飛ぶ。


全て飲み込む蒼オリハルコンフリュウ


 空中で体勢を整えようとしたロットンさんを青い波動が飲み込む。


「そこまで!」


 審判の騎士が叫ぶ。

 それを聞いて控えめにガッツポーズをして震えるアル。


「参ったよ。いやぁ、強くなったね」

 苦笑しながらロットンさんが近づいてくる。


 苦笑したいのは俺のほうだ。

 あんた何であれ食らって普通に歩いてるんだよ。

 冒険者セミリタイアって絶対嘘だろ。


「そんなことないです!まだ全然剣技が追いつきません」

「そうかな。逆に言えば、僕が戦えてるのはそこしかないと思うけど」


 アルとロットンさんがにこやかに話しながらこっちへ歩いてくる。


「お疲れ様です」

 二人に回復魔法をかける。


「わお、質のいい回復魔法だね。ミロワよりも上手いんじゃないか?」

「それ、ミロワさんに言わないでくださいね? 俺が原因で家庭内不和は勘弁です」

「もっともだね。家では彼女の方が力あるからなぁ」

「そうなんですか?」

「あぁ見えて内弁慶なんだ。彼女」

「へぇ」


 意外だ。


「ごめんね、フィル。お祭りなのに、僕の我がままに付き合ってくれて」

「構わないよ。アルならいくらでも眺めていられるさ」

「あはは、いつも女の子にそんなこと言ってるの?」

「まさか」


 俺がここまで口説くのは君だけさ。

 いやもう、ほんと。

 デートできるかと思ったら知り合いのイケメンの兄ちゃんと斬り合いしたいと言い出して困ったぜ。全く、俺のハニーは我がままちゃんだなぁ。


「僕は医務室へ言ってくるよ。痛いなぁ。加減してあの威力か。相変わらずアル君のあの魔法はおかしい威力しているね」

「その割には元気ですけど」

「やせ我慢してるのさ」

 爽やかにロットンさんが笑う。


 ほんとにぃ?


「一年前までは、あれを食らわない立ち回りができたんだけどね。今はアル君のステップワークも剣技も追い付いてきたから、中々難しいよ。はっきりとした切り札がある人間は強いね。僕も火力には自信があったけど、アル君には敵わないなぁ」

「あ、ありがとうございます」


 照れるアルの頭を軽く撫で、ロットンさんが去っていく。足の動きはしっかりとしている。本当にやせ我慢なんだろうか。

 そういえば、瑠璃がさっきから遠巻きにいる。

 ウォバルさんも苦手と言ってたけど、ロットンさんにも甲羅を爆散されてたね。そういえば。


「おまたせ、フィル。お祭りに行こう!」

「おう」


 ほほ笑むアルが先行する。足取りが浮足立っている。

 俺を急かす彼を見ると、何だかんだまだ子どもなのだと思えてくる。ロットンさんと斬り合っていた人間とはまるで別人だ。

 この強さは、味方として無視できないだろう。

 エイブリー姫は予定通り、彼を戦力として数えて魔王と戦うつもりだろう。

 守れるだろうか。

 クレアだけでなく、アルやイリス、ロスたちも。


 いや、守るんだ。

 エルフの森深層へ潜ったのも、そのためだ。

 俺は下手糞な笑顔を作って、アルを追いかけた。

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