第22話 初めてのお使い2
「ストレガの弟子とかいうガキはお前か!」
大声をハウリングさせながらカウンター前へ来たのは、大柄な男だった。
ドワーフだ。
最初に感じた印象は「大きい」だ。縦にも横にも。アスペクト比がおかしい。ドワーフは人間よりも小柄な種族であるはずだが、この男は身長が180センチはゆうに越えているだろう。そしてドワーフ特有の隆起した筋肉。浅黒い肌とグレーの長い髪に髭、猛禽類のような目が威圧感をまき散らしている。
「ギルドマスター!声が大きすぎます!」
受付嬢のお姉さんが慌ててたしなめる。ギルドマスターなのか、この人。
「もうお前が暴露したんだろうがアキネ!大して変わらんわ!」
豪快にギルドマスターが笑う。
口角が動くたびに髭が跳ね上がるのが気になる。髭で空飛べそう。受付嬢のお姉さんはアキネさんというのか。心にメモしておこう。
「お面のガキ!お前さんが本当にストレガの婆さんの弟子か確かめる必要がある!カードを確かめていいか!?」
話す言葉全てが大声である。
「構いません。紹介の手紙も師匠から預かっています。」
「おう!見ておくわ!」
ギルドマスターが俺の手から、むんずとカードと書状をもぎ取る。ついでに指がもっていかれるかと思った。
『元気なおじさんだね、この人』
ルビーが隣で話す。
『ドワーフは齢が分かりづらい種族らしいから、若いかもよ?』
『纏っている魔素が老獪だから、おじさんであってると思うよ。』
ルビーが続ける。
『本当か?ちなみにどのくらい強い?』
『ワイバーンなら同時に3体くらい相手できそう。』
『絶対逆らわないようにするわ。』
『それがいいと思う。』
「ごめんなさいね。マスターはせわしない人だから。仕事は出来る方なのよ?」
アキネさんが僕に優しく話しかける。
「いいえ。わかりやすくて気持ちのいい人ですね!」
幼児っぽく答える。
「おい、坊主。」
低くて粗野な声が頭上から降りかかった。
「はい?」
俺は頭上を仰ぎ見ながら答える。
見ると、体躯が190センチ近くはあるだろう大男が立っていた。ギルドマスターほどではないものの、筋肉質な体。小麦色に焼けた肌。スキンヘッド。目玉はギョロギョロとしていてせわしなく動いている。魚介類を思わせる風貌をしていた。
「お前があの生ける伝説のマギサ・ストレガの弟子だって? 嘘だろう。あの婆さんは弟子をとらないことで有名だ。」
もしかして、俺はいちゃもんをつけられているのだろうか。
「あの。」
俺は口をはさむ。
「何だ?」
「師匠って有名なんですか?俺、師匠から何も聞かされてないんです。ただ、ストレガを名乗っていいと言われてお使いに来ただけなんです。」
「は?なんだって?」
男は拍子抜けをする。
「お前、自分の師のことを知らずにここへ来たのか?」
「そうですよ!何で知らないんですか!」
横合いから魔法使いの男が出てきた。先ほど、村を歩いているときに俺を凝視していた魔法使いだ。深緑のローブを着ている。ブラウンの髪は長く、清潔に整えられている。眉が小さく、人懐っこい瞳をしている。手には大きな青い宝石が埋め込まれたロッド。おそらく魔力増幅器だろう。
「知らない、とは?」
「最年少でこの国の宮廷魔導士になった方ですよ!? 数年前にエルフの森で隠居するまではこの国の魔法の中心を担っていた人物です!」
「あの、宮廷魔導士って何ですか?」
予想はつくが、質問する。
「宮廷魔導士を知らない!?」
「マジか。」
魔法使いの男と魚類顔の男が驚く。周囲もざわめき始める。驚いているアキネさん可愛い。
俺がお面で目線を隠しつつアキネさんを鑑賞していたら、ルビーにジト目で見られた。
「う、いや、でも。君、何歳だい?」
「五歳です。」
「それなら知らないのも無理はないのか……?」
「いやでもおとぎ話とかでよく聞くだろ。」
魔法使いの言葉に魚類が返答する。
「マギサ師匠はおとぎ話なんかしてくれません。」
「…………。」
「…………。」
居たたまれない空気が流れた。
おや、これは婆の虐待を周知するチャンスでは。
「えっと、宮廷魔導士はね。一番偉い魔法使いなんだ。国で、一番。」
しどろもどろに魔法使いが説明する。説明になってないが、五歳に与える情報としてはこんなものだろうか。
「そうなんですね。」
「き、君はどうしてマギサ・ストレガ氏に師事することができたんだい?」
心なしか、魔法使いの言葉使いが優しくなる。
「分かりません。師匠は森で拾ったと言っていました。」
魔法使いの男が気まずそうに目線を外す。魚類は体に纏っていた魔素を霧散させた。こいつ、俺と戦う気だったな。
周囲の人々は静かに食事を再開させる。酒を一気飲みしていた集団は、今はちびちびと飲んでいる。
「よう!照合が終わったぜ!カードも書状も本物だ!……何でお通夜みたいになってんだ?」
いい意味で空気を読まずに、ギルドマスターがドアを蹴散らして入ってきた。
「ガハハハッ!捨て子なんざ珍しくないだろうに!俺も捨て子だぞ!?」
ギルドマスターが快活に笑う。
「そうなんですか。捨て子仲間ですね!」
「違いねえ!」
俺はそのままテーブル席に通されてギルドマスターと話している。本来は個室に通されるらしいが、身元がばれてしまったので食堂の丸テーブルで話している。周囲には話が気になる冒険者たちが食事をしながらこちらの様子を伺っている。
「俺はゴンザという。ここのギルドマスターをやっている!といっても不良冒険者を叩きのめす用心棒みたいなもんだけどな。覚えておけ!忘れてもいいぞ!」
「フィル・ストレガです。」
「おう、よろしくな!」
ゴンザさんが俺の手を取り、ぶんぶんと振る。肘から先がとれそう。
「面倒なことは話さなくていい!お使いってなんだ、坊主!」
「素材の買い取りをしてほしいんです。」
「何の素材だ?」
「ワイバーンです。」
周囲がざわめく。
「へえ。」
ギルドマスターの目が光る。
「丸ごと一体あるのかい。」
「いえ、二体分と少しです。」
「三体全員倒したってのかい?」
「はい、師匠が。」
変に目立ちたくないので嘘をつく。
「師匠が?」
「はい。」
「お前じゃなくて?」
ゴンザさんの目じりが鋭くなる。
「はい。俺ではないです。」
すると突然、周囲の空気が変わった。
ゴンザさんが
俺は迷う。ここで抵抗してもいいが、ワイバーンを倒したのが俺だと疑われる。だが、この人の狙いはそれだけじゃないだろう。俺がマギサ師匠の弟子として適しているのか、はかっているのだ。俺が軽んじられれば、師匠の名を汚すことになる。あの人はスパルタだが、俺のために色んなことを教えてくれた人だ。なめられてはいけない。
俺は抵抗を始める。
ゴンザさんが支配しつつある魔素に、俺の魔力をねじ込む。魔素を読み取り、ゴンザさんが掌握している魔素を少しずつ剥ぎ取って威圧魔法を取り除いていく。読み取りが進むたびに、ゴンザさんの太い眉がピクリと動く。
「そんな、馬鹿な。理不尽だ。僕がそこまで出来るようになるために何年費やしていると思ってるんだ。」
近くにいた茶髪の魔法使いが呟く。
「もういいだろう。」
ゴンザさんが魔法を解く。
「本物だ。」
「マジだったのかよ。」
「いや、ゴンザさんの威圧を力技で解いたんだぞ?」
「疑いようがねぇ。」
周囲がざわめく。特に騒ぎ立てている連中は俺と同じ、ローブを着た人々だ。
俺は羨望という経験を前世ではしてこなかったので、居心地が悪くなる。
すごいのは俺じゃないのだ。すごいのはこの体。由緒あるエルフの血筋を引いた俺の体なのだ。俺じゃない。本来、クレアだけのものだった体だ。
「試すような真似して悪かったな。で、ワイバーンを倒したのは本当に師匠か?」
「はい。」
「そういうことにしておいてやろう。」
「ありがとうございます?」
どうも、ゴンザさんの中ではワイバーンを倒したのは俺で確定らしい。
実際そうなんだけども。
「ワイバーンといや、こないだの異変のやつか?」
「はい。森が荒れていたので。」
「ご苦労なこって。だが助かった。数体森の外れまで暴れてきてな、冒険者が十数人亡くなったんだ。森の奥で食い止めてなければ、被害はもっとあったはずだ。」
「いえ、師匠がしたことですので。」
あくまでも師匠がしたことだと、白を切る。
「ワイバーンはでかいからな。倉庫に案内する。そこで見せてくれ。」
ゴンザさんが立ち上がる。
俺はその大きい背中についていった。
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