第23話 初めてのお使い3
「ここが解体所だ。素材の査定所でもあるな。」
ゴンザさんが直々に連れてきて、説明してくれる。
おそらく俺は優遇されているのだろう。そこら辺の冒険者が素材をもってきても、ギルドマスター直々というのは中々ないだろう。
解体所の雰囲気は、元の世界のニュースで見たマグロのせりをする市場に似ていた。解体された魔物をギルドの職員が検品して、値札をつけていく。
ルビーが『わーい!』と言いながら飛んで行った。見学でもするのだろう。
「まぁ、小さい魔物や薬草は受付でそのまま査定するんだがな。」
ゴンザさんが付け足す。
隣にはバインダーをもったアキネさん。バインダーに綴じられている紙は少し茶色がかっている。森の奥に住んでいて何となく気づいていたが、この世界は製紙技術はそこまで進んでいないようだった。
だが、マギサ師匠が魔法で木を粉みじんにして圧縮魔法で押し固めて紙を生成していた姿を見ると、印刷技術を作ろうという発想が出てこないのには納得がいった。もう全部魔法でいいじゃん。
「どこに出せばいいでしょうか?」
「区画がわかれてんだよ。気化する毒をもつ魔物は密閉室とか、水生の魔物は鮮度が落ちないように水槽解体所とかな。ワイバーンみたいな単純に体格の大きいやつは広いスペースから選んで並べてもらう。今空いているのはB、C、E区画だな。」
見ると、使われているA、D区画では同じくワイバーンが解体されていた。F区画ではアーマーベアの鎧や毛皮が広げられている。
「Cが近いからCにするか。見ての通りだが、ワイバーンはこないだの異変で大量に狩られている。特需というやつだな。払った犠牲が多いから歓迎されたものではないがな。」
ゴンザさんは顔を歪ませながら話す。
俺は話を聞きながら、AとDで査定作業をするギルド職員を待つ冒険者を眺めた。Aには男女のペア。おそらく男は剣士だろう。大剣を背中に担ぎ、体からは良質な魔力が漏れ出ていた。
「気になるか?」
ゴンザさんが顎をしゃくる。
「はい。あの人たちは僕と違って、自力でワイバーンを討伐したんですよね。」
サブリミナルに嘘を盛り込んでいく。
「ああ、そうだな。Aにいるやつらは流れのA級冒険者どもだ。二十歳前後の若いパーティーだな。あの平均年齢でワイバーンを安定して狩れるのは天才の集まりだろう。正直、今回の異変時にいてくれて助かった。」
あっちからしても得したからいいんだろうけどな、とゴンザさんが付け足す。
「得した、とは?」
「ワイバーンは群れで行動する数少ない龍種だからな。今回みたいな異変でも起きない限り、群れからはぐれる個体が多くでることなんてありえねぇ。ワイバーンは他の龍種よりかは弱いが、単純に各個撃破するタイミングに恵まれない魔物だ。ギルドマスターの俺にとっては多くの冒険者を失った痛手だが、あいつらには特需だろうよ。」
「よくわかんないですけど、倒しやすくなったってことですね?」
子どもっぽいと思う返しをする。
「その考えで間違いねえ!」
ガハハハッと、ゴンザさんが笑い、俺の頭をばしばしたたく。頭がぐわんぐわんする。
「あっちの、ベテランっぽい人は誰ですか?」
ふと、その冒険者と目が合う。その男はつばの短いテンガロンハットを手でおさえて会釈してきた。俺も両手の指でローブの端をつまんで会釈を返す。紳士的で余裕がある人だ。
「あいつは地域指定の常駐上級冒険者だな。元A級パーティーだな。俺が昔所属していたパーティーのリーダーでもある。」
ゴンザさんの顔が喜色に染まる。
その顔を見れば、ゴンザさんの彼との冒険者生活が良いものだったことがうかがい知れた。
「地域指定?」
知らない言葉だ。
「地域指定ってのはな、町や村が全滅判定を受けないようにするための決まりなんだよ。簡単に言えば、強い冒険者を地域に一人は置いておけよって決まりだな。」
「そうすると、どうなるんですか?」
「今回みたいにワイバーンが暴れると、並の冒険者を送っても死体になって帰ってくるだけだ。死体も帰ってこないやつがほとんどだがな。だから、常駐戦力として強い冒険者が必要なんだよ。もしもの時はそいつに解決してもらう。具体的な決まりとしては、A級が一つ以上か、もしくはB級が3つ以上いればいいな。ただ、冒険者にも数に限りがある。決まりというよりも努力目標ってやつだな。ギルドがその冒険者に直接お願いするんだよ。一部賄賂や優遇も許されている。」
「そうなんですか。すごいですね。ゴンザさんもそんなパーティーにいたんですね。」
「もう残ってるのはあいつだけだがな。一人は故郷に帰って同じように指定常駐冒険者をやっている。魔法学園で教師も兼任している。もう一人はあいつの妻だ。子育てに専念している。」
異世界にきて五年以上経ったが、今が一番異世界を感じているかもしれない。そうなのだ。冒険者は仕事なのだ。ただの夢がある仕事ではない。身分も保証されているわけでもない。この人たちは楽しいとか面白いだとか、夢があるだけで自分の将来を選んでいない。
生きるために決めているのだ。
「——もし。」
「何だ?」
「もし、常駐冒険者でも解決できない魔物が出てきたらどうするんですか?」
「……諦める。」
難しい顔で、ゴンザさんは言葉をひねり出す。
「諦める。」
思わず復唱する。
「その地域で一番強いやつが敵わないならば、逃げの一手だ。その場合、貴族の騎士や傭兵、冒険者が時間稼ぎになって盾になる。傭兵や冒険者は給料分しか働かないから、たいていは逃げるがな。これは不文律だが、常駐冒険者が若いならば一緒に逃げる。ベテランならば殿をすることになっている。守らなくてもいい暗黙の了解だがな。」
「あの人は。」
俺はテンガロンハットの男を見る。
「ウォバルのやつか? あいつは当然ベテランだな。」
俺は思わず無言になる。
「そして、俺もベテランだ。」
ゴンザさんがニカッと笑った。
つられて俺も笑った。
「よし、ここにワイバーンを出してくれ。」
ゴンザさんがフロアを指さす。
「はい。」
俺は亜空間リュックからワイバーンの素材を出しては並べる。博物館に行ったときに、恐竜の骨格が並べられていたことを思い出す。それ通りに頭から尻尾まで綺麗に並べる。亜空間リュックは取り出し口が広がる設計になっているので、ワイバーンの大きな部位も出し入れ可能だ。ほんと、どんな仕掛けなんだろうか。目に魔力を込めて何度も解析しようとしたけども、てんでわからなかった。
「へぇ。几帳面じゃねえか。解体済みときた。けっこうな高値が付くぜ。」
「解体してたら高値が付くんですか?」
「手間賃ってやつだな。魔物の解体技術は専門技術だ。何故なら魔物の種類によって解体に必要な知識と技能は全く違う。ギルドには水生魔物の専門家、有翼魔物の専門家など多くの専門家がいる。そして、知識がいるやつの給料ってのはたいてい高い。」
なるほど。納得のいくシステムだ。
「ただし、解体が下手くそなら難癖つけられて値段が落とされるがな。器用じゃない冒険者は丸ごともってくるやつも多い。解体の手数料やいらない部位の破棄の手数料を差し引いての査定になる。お前さんみたいに亜空間ポケットをもってるやつは有利なんだぞ?」
「師匠のおかげです。」
頭の中で師匠がヒヒヒと笑う。いつも仏頂面だから笑うところはあんまり見たことないけども。
老婆の魔女って、怪しい笑いをしている印象があるよね。
「解体も丁寧だな。お前さん、あのエルフの森で育ったと聞いたが本当か。」
「はい、そうです。」
「あの森で育ったなら、この解体技術も納得だな。」
「そうなんですか?」
「エルフは外界と交流を取りたがらない種族だ。当然、侵入しづらい森を選んで住んでいる。あの森はワイバーンの繁殖地だから侵入者が少なくてうってつけなんだ。そして、少なくともワイバーンと共生できるだけの知恵や力をもつ魔物が住んでいる。それなりに高難度の森なんだぞ?」
俺は本当に何も知らないことを痛感する。マギサ師匠は魔法のことしか教えてくれない。おそらく、俺のこの世界での知識は偏っているのだろう。
決めた。俺はこの村で出来る限りの知恵をつけよう。将来、エルフとして隠れずに生きていくために。妹のクレアを守るだけの力を得るために。ルビーの友人でいられるために。
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