第24話 初めてのお使い4

「査定が終わりました。」

 アキネさんがバインダーをもって近づいてきた。


「3380万ギルトです。」

「…………どのくらいですか?」

 ギルトって何だ。初めて聞いたぞ。


「え、えっと。」


 まさかお金の価値を聞かれるとは思わなかったのだろう。アキネさんは困り顔になる。もっと困らせたい。


「さ、算数はしたことある?」

「足し算引き算はできます。」


 魔法を使う人たちは総じて勉強家なので、五歳で足し引きが出来るのは怪しまれないはずだ。


「そっか。えっと、一食分のお金が200ギルトくらい。お家を買うなら500万ギルトくらい。そこそこいいお家で1000万ギルトくらいです。なので、いいお家三つぶんくらいになりますね。」

「お金持ちだ!」

 子どもっぽく喜ぶ。


「そうだね、ぼくは今日からお金持ちだね。」

 アキネさんは困り眉を残したまま笑う。


「いい腕してるな坊主!今回のワイバーンの査定で二番目と三番目にいい値段がついたぞ!」

「はい、師匠はすごいです!」


 カマをかけてきたのを無邪気なふりしてかわす。


「一位は誰なんですか?」

「そりゃ、あいつよ。」

 ゴンザさんが顎でしゃくる。


 ウォバルさんだ。優し気な目が俺の目と、ぱちりとあった。テンガロンハットのつばをもって優雅に会釈してくる。俺も思わず頭を下げる。


「あいつはパーティー時代から万能だったからなぁ。解体もきれいに済ませるんだ。」

「そうなんですね。」

「あっちの流れのA級パーティーは、討伐に関しては一流だな。ただ、解体が得意というわけではない。倒したワイバーンの死体をそのまま亜空間バッグに入れて納品してきた。」

「なるほど。」

「ただ、それが悪いというわけではない。」

「そうなんですか?」


 出来ることは多い方がいいと思うけども。


「解体のことを考えずに魔物を損傷させてもってくる冒険者はごまんといる。もちろん査定に響くから値段は落ちる。それは仕事が雑という場合もあるが、ほとんどはパーティーの命優先で討伐してるだけだ。あのパーティーとも少し話したが、前衛が傷つかないようにするために後衛が殺傷力の高い魔法を選んでるだけだった。」

「なるほど。」

 全く気づかなかった。


 自分がワイバーンと戦っていた時を思い出す。売れる部位を傷つけないような配慮なんて俺はしていなかった。たまたま俺の魔力不足でワイバーンを大きく傷つけない戦い方になっただけだ。

 もし俺に豊富な魔力があって、ワイバーンを力押しできる状況ならばどうだ。間違いなく俺はそれを選ぶ。自分の安全マージンを取るために。


「少しは冒険者がどんなものかわかったかよ?」

 ゴンザさんが顔をくしゃりと曲げて俺に話しかける。


「はい。勉強になりました。」


 この人は俺に必要な人だ。

 俺の無知に付き合ってくれる。時々ここに寄っては積極的に話しかけることにしよう。


「それにしても、ウォバルさんはすごいんですね。ワイバーンをほとんど損傷させずに倒したってことですよね?」

「俺たちの戦い方は一撃必殺だからなぁ。ほれ、あれ見てみろ。」

 ゴンザさんが指さすその先には、ウォバルさんが肩にかけた戦斧バトルアックス


「あれで獲物を一撃。俺たちはずっとそうやって名をあげてきた。だから獲物に複数の傷がつかないのさ。」


 まぁ、おかげで空や海の魔物はてんで相手できなかったけどな、とゴンザさんが付け足す。


「後衛と索敵のフィンサー。後衛と回復のリコッタ。俺とウォバルが戦斧を使っての前衛。絵に描いたような脳筋パーティーだったよ。」

 ゴンザさんの目は、ウォバルさんを見ているようでどこか遠くを見ているようだった。


「フィンサーは都で魔法学園の教師をしている。ウォバルと同じように常駐上級冒険者にも登録している。お前がもし興味があるなら、行ってみるといい。あそこは勉強になる。」

「師匠が許可くださるのならば。」

「とと、いけねぇ。齢とってくると話が長くなりがちだな。査定は終わったんだ。金もって帰りな坊主。暗くなってから森に帰るのは大変だろう?おい、アキネ!金庫から金もってきてくれ!」

「はい!」

 アキネさんがパタパタと走り去っていく。


「森育ちなので夜目は利きますよ?」

 アキネさんを眺めながら返答する。


 森育ち関係なく、エルフだからかもしれないけども。


「醜聞というものがあるんだよ、坊主。幼子おさなごのお前を適当に帰したら、ギルドの評価に繋がるってもんだ。」

 ただでさえワイバーンの件で尻に火が点いてるんだ、とゴンザさんが付け足す。


「お前さんが今日大金をもらうことはギルドにいたほとんどの冒険者がわかっている。横取りするような阿呆は俺がもう村から締め出したが、そういう人間は冒険者業にはどんどん流入してくる。」


 荒事が仕事。そういう人間もいることは想像していたが、やはりいるのか。


「では、念のために私がついていこうか?」

 横合いから渋くて落ち着きのある声が聞こえた。


 頭上にはつばの短いテンガロンハット。ウォバルさんだ。


「いいのかよ?」とゴンザさん。

「いいんですか?」と俺。

 森に帰るくらい問題ないが、ここで断るのは自分が強いと誇示するようなものだ。ウォバルさんには申し訳ないが、お言葉に甘えたいところだ。


「構わないとも。私の家は村の外れの方にある。森の入り口はすぐ近くだ。」

 ウォバルさんが紳士然と笑う。


 これは女性が放っておかない人だなぁ。


「済まないが、僕たちも立候補していいかな?」

 後ろから若い男の声が聞こえた。


 僕ら三人が振り向くと、そこにはもう一組のワイバーンを討伐したA級パーティーがいた。

 大剣を担ぎ、質のいい魔力を体中から吐き出している男。短い金髪で青い瞳。片耳には銀細工のシンプルなリングピアス。軽装だがシルバープレートの鎧を簡素な服の上から着ている。他の冒険者よりもあか抜けている格好をしているが、どれにも魔力増強の効率化が図られた装いであることがわかる。表情には自身への絶対的な自信が張り付いている。

 斜め後ろに控えているのは薄幸美女という言葉がぴったりな修道女シスター。おそらく回復役ヒーラーだろう。黒い髪、黒い瞳をしているがアジア系の顔ではない。柔らかく丸い雰囲気をもつ女性だった。清潔な格好だからこそ、耳のリングピアスが目立って見えた。

 お揃いのピアス。お似合いの男女。


「どうしてだい?」

 ウォバルさんが尋ねる。


「どうしたもなにも、スカウトさ。」

 金髪のお兄さんが歯をきらめかせながら話す。


 嫌味がない爽やかさだ。口からシトラス出てそう。


「てっきりウォバルさんもそうなのかと思いましたよ。」

 金髪のお兄さんが続ける。


「私を知っているのかい?」

 ウォバルさんが怪訝な顔をする。


「当然ですよ。この村について真っ先に他の冒険者から聞きました。戦斧旅団アックスラッセル。ここだけでなく国中で活躍したA級パーティーの先輩達だ。」


「元だけどね。」

 ウォバルさんが清潔に整えられた髭を指でかく。


「ご謙遜を。自己紹介がまだでしたね。ロゼ出身冒険者のロットンです。こちらはミロワ。A級冒険者の末席を汚しています。」


 ロットンさんが綺麗に腰を曲げる。後ろのミロワさんも静々と目礼した。


「それで、スカウトとは?」

 ゴンザさんが先を促す。


「知れたことです。この少年は聞けばあのマギサ・ストレガ氏の弟子というではありませんか。今のうちに知己を結びたいと思うのは当然では?」

 自分の欲求に素直な人だ。


「ごめんね。」

 小声でぼそっと後ろから声が聞こえた。


 振り向くとミロワさんが困り顔で僕を見ていた。アキネさんといい勝負の困り顔だ。

 ロットンさんのスカウトが迷惑ではないのか心配しているのだろう。


「いえ。」

 僕も短く返事する。


「私はスカウトではないなぁ。もう冒険するには齢を取りすぎた。」

 ウォバルさんが低い声で笑う。


「では、彼のエスコートを我々に任せていただいても?」

 ロットンさんが優雅に提案する。


「ふむ。構わないよ。フィル君もそれでいいかい?」

 ウォバルさんが膝に手をついて俺に話しかける。


「はい、構いません。でもいいんですか?」

 俺はロットンさんを仰ぎ見る。


「いいとも。」

 ロットンさんはニコッと笑った。

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