第21話 初めてのお使い

 俺は森のふもとにある村へ来ていた。


 アルシノラス村。エルフの森に近いということもあり、自然を愛する人間種が集まる村らしい。発展よりもスローライフ。それを選択した人々が立ち上げた村だそうな。だからこそ、今日に至るまでこの村の人間たちとエルフが矛を構えたことはないという。エルフに弓を引く人間は、この村の者ではなく他所から来たものが全てだ。


 森に引きこもっていた俺が村に来るようになった理由は一つ。晴れてマギサ師匠の弟子になれたので、師匠の名前を使うことで社会的地位が生まれたからである。俺は今日より捨て子の名無しではなく、ストレガ家の何某さんである。ただ、フィオ・ストレガではなくフィル・ストレガと名乗ることになった。エルフたちに俺の正体を知られないようにするためである。俺の名前から一音とって「フィ」。ルビーの名前から一音とって「ル」だ。エルフたちからすれば、当時赤子だった俺が自分の名前を認知していること自体おかしい話ではあるが。

 俺の偽名に一部採用されたルビーは狂喜乱舞していた。『ステータスに名付け親が追加された!』と叫んでいた。可愛いものである。


 俺の今のいでたちは、ローブのフードを目深に被った怪しい子どもである。ローブは新しく新調している。深い赤みのある茶色だ。裏地は燃えるような赤。ルビーのパーソナルカラーをあしらって、俺自身が作った。

 付与魔法エンチャントは勉強中なので、師匠に甘えたが。素材となったワイバーンの皮膜が赤だったということもあり、素材の色をそのまま残した。

 耳を隠すために、ローブの中にキャップも被っている。ついでにお面も被っている。お面を被っている理由は、俺の顔がクレアと似ていると推測されるからだ。一卵性ではないとはいえ、双子である。気づく者は気づくだろう。

 第一、エルフの顔は整いすぎて目立つ。隠すのが吉だろう。ワイバーンの骨を削って作った狐のお面だ。俺と同じ世界出身の人間が気づけるように、ジャパニーズサーガで作ってある。

 どこかにいないかしら。日本出身の異世界人。白地に赤い線をあしらった狐の面、白の意味は無垢。赤の意味は魔除け。魔法的にも意味がある配色で、魔を払う時は魔力を補強してくれるように作ってある。ちょっとした付与魔法だ。こちらは俺の習作である。師匠に比べると、ほど遠い出来ではあるが。


『怪しいから森でエルフと出会ったら、即射抜かれるね!』

 とはルビーの感想である。


 うるさいやい。大事なのは見た目じゃないんだ。機能美こそ最優先されるのだ。


 俺は背負った亜空間リュックに手をかけ、のんびりと村のメインロードを歩く。メインロードといっても、土を踏み固められただけの道だが。


『人の村に来るのは久々!五十年ぶりくらい!』

 と、ルビーの独り言を横目に聞く。久しぶりのスパンが長すぎる。


 道行く人々が俺をまじまじと見る。中には軽装の鎧を身にまとった女性。槍を片手に持った男。俺と同じローブを身にまとった魔法使いもいる。その魔法使いが、俺のローブを見てぎょっとした。マギサ師匠の付与魔法に気づいたのか。はたまた素材がワイバーンだと気づいたかはわからない。


 失敗した。自分でもエキセントリックな見た目だとは思っていたが、周囲の反応が予想以上だった。

 異世界だから俺みたいなやつはいるだろうと高を括っていた。なめていた。異世界を。君ら、思った以上に常識的な格好をしているじゃないか。

 布面積が少ない闘士の女性はいた。動きやすさを重視した格好なのだと、見てわかる。が、流石にビキニアーマーはいなかった。


 ——そっか。

 いないのか。ビキニアーマー。

 そっかぁ。いてもいいと思うんだけどなぁ。ビキニアーマー。付与魔法でどうとでも出来るんじゃない? ビキニアーマー。どこかの変態貴族とか変態魔法具店が作ってそうじゃない? ビキニアーマー。


 俺は見られていることに気づかないふりをしながら黙々と歩く。

 おい、マッチョのおっさん。今三度見しただろ。二度見はまだわかるぞ。三度見ってなんやねん。


 俺が今向かっている先はギルドだ。この村の規模に合わせて、最低限の施設のみ準備しているらしい小さなギルド。冒険者登録、仕事の斡旋、報酬の受け渡し、他ギルドとの連携。この四つが仕事の本当に最低限のみのギルドだ。ただし、エルフの森が近くにあるので、希に災害級のクエストが湧いて出るギルドでもある。

 ——と、マギサ師匠に教えられた。


「お前さん、亜空間リュックがもう一杯だろう。何をため込んでいるか知らないがね、いらないものは売り払いな。」

 とは師匠の数日前のセリフである。


 つまり俺は、ため込んだ魔物の素材を売るために村へ降りてきたのだ。


 風景が次々と横切っていく。村とはいえ、ギルドがある場所だ。ギルドがあるということは、傭兵が常駐する村であるということ。治安はともかく、外敵から攻撃され辛い村ではあるのだ。道行く人は多い。

 三角の木製屋根の家々の前を通っていく。俺がいた世界の家は屋根が瓦だったし、もっと鈍角だった。この村の屋根は鋭角だった。雨よけとしてなのだろうか。もしくは雪よけだろうか。エルフの森と同じくらい雪が降るならば、この鋭角な屋根にも納得がいくというものだ。村のすぐ近くは草原地帯だったが、家の周りや道には草が全く生えていない。村として機能するように、ちゃんと手入れがされているのだろう。

 つまり、インフラが整っている。ここを統治する貴族とやらは、ちゃんと仕事しているということなのだろう。


 益体もないことを頭の中でつらつらと考えながら、俺は歩きギルドに到着した。道々に点在した家と同じ、木製で鋭角な屋根の建築物。だが、明らかに他の建物よりもサイズが大きかった。田舎の市営体育館がこのくらいの大きさだっただろうか。と、元の世界では田舎育ちの俺は考える。


「た、たのもー。」


 剣と斧の意匠があしらわれたウェスタンスイングドアを両手で押す。

 少しドキドキした。師匠以外のこの世界の人間と話すのは、カイムとの短い会話以外は初めてなのだ。前世でも社交的な方ではなかった。今世は森でヒッキーしてる。あれ、今回のミッション、実は高難度では?


 ギルド内の冒険者らしき人々は、食事や飲酒をしている者がほとんどだった。ほとんどの人間が俺を二度見して食事に戻る。人間というよりも、獣人などもいたが。いや、獣人は人間か。中には俺への好奇心が尽きないのか、じっと俺を見続ける者もいる。

 そんなに俺が怪しいか。全身ローブで狐面の俺が。…………怪しいか。そうだよな。


『フィオ、ずっと見られてるね。』

 隣でルビーがほくそ笑む。


『人前で話しかけないでくれよ。変な人に勘違いされる。』

『フィオは最初から変だよ?』

『言ってろ。』


 俺は事務カウンターの方へ向かう。カウンターは左手の方へあった。右には広いホール。正面奥にはバーカウンターがあった。奥は厨房だろう。バーテンがせわしなく酒を作り続けている。冒険者は印象通り、酒豪が多いようだ。


 カウンターには小さな小窓がついていた。ガラスはついておらず、本当に壁に窓型の穴が開いているような作りである。よく見ると窓枠に設置型の防御魔法が張ってある。事務の受付嬢を守るためだろう。その窓の向こうには受付嬢たちが冒険者たちをさばいている。白いワンピースタイプの服。その上からチェックの上着を羽織っている。それに花柄をあしらったストール。ここの制服だろうか。

 俺はカウンターの脇に置いてあった小人族ハーフリング用の台座の上に立って受付嬢に話しかける。ユニバーサルデザイン助かる。


「こんにちは。」


 挨拶は大事。古事記にもそう書いてある。一番美人に話しかけたのは意図的ではない。たまたまだ。


「こ、こんにちは。……ぼく?」

 ぎこちない笑顔でサービススマイルを浮かべるギルド事務員のお姉さん。


俺の姿が変質者に見えるからだろう。疑問形なのは小人族と迷っているからだろうか。


「えっと。ぼくであってます。人間です。」

「あ、そうなの。よかったぁ。小人族は小さくても骨格がちゃんと大人だから。」

「へえー。そうやって見分けるんですね。ギルドの人はすごいなぁ!」

 わざと子どもっぽく大人を持ち上げてみせる。


「あら、お上手ね。僕はなにしに来たのかな?」

「お使いです。」

「お使い? ギルドに?」

 お姉さんが懐疑的になる。


太い眉がハの字になる。くりくりした丸い目と合わせてチャーミングだ。もっと困らせてみたい。

 ギルドは魔物を狩った人間が寄るところ。お姉さんが疑問に思う通り、お使いに来る場所ではないだろう。


「はい。」


 ふと周囲の気配を探ると、俺とお姉さんの会話に聞き耳を立てている人間が四人ほどいた。俺がマギサ・ストレガの弟子であることは知られない方がいいだろう。深くは話してくれないが、おそらく師匠は下界では有名な魔法使いであるはずだ。


音界遮断サウンドボーダーインセプト。』


 空気のほんの少し薄い層を遮断して、密閉空間を作る。これにより音の振動は伝わらず、聞き耳は立てられなくなる。


「あの、お客様。」

 お姉さんがおずおずと話しかける。


「はい。何ですか? お姉さん。」

 俺はニコニコしながら聞き返す。


子どものふり、辛い。師匠相手には取り繕わなくてよかったのに。

 仮面で顔全体は見えないとはいえ、目だけは見えるので笑っているのは伝わるはずだ。声色も子どもらしく明るくしている。


「ギルド内での魔法の使用はお控えください。」

 お姉さんが困り顔で続ける。

 

 ドキッと、心臓が跳ね上がる。隠ぺいして魔法は行使されたはずだ。森の魔物たちも、気づけたものはいなかったのに。


「す、すいません。そんなルールがあるなんて。」

 子どもらしく、しおらしい反応をしてみせる。


「いえ!今度から気を付けてください。」

 お姉さんが顔の前で手をふる。


おさげの長い髪が左右に揺れて、太い眉がハの字に曲がる。可愛らしい反応である。子どもって便利だ。しばらく身長は伸びなくてもいいかもしれない。


「でも、気を付けてくださいね。魔法を使用すればこちらの事務部には分かるように作ってあるから。」


 ちらりとカウンターの奥を見やると、屈強な事務服を着た男がこちらを見つめていた。殺意はない。敵意もない。だが、強い警戒心を感じた。


「はい。次から気を付けます。」

 幼児っぽいイントネーションにも気を付けながら話す。


「ところで、どんな魔法を使ったのかな?」

 お姉さんが優しく語り掛ける。


その目には幼児に対する慈愛しか宿っていない。彼女が自身の力で俺の魔法を感知したわけではないようだ。ということは、後ろの事務の誰かだろうか。もしくはこのギルド自体がそういった作りなのか。お姉さんはおそらくマニュアル通りに質問しているだけなのだろう。

 難しいのは後ろに控えている男。明らかに俺を疑っている。変な嘘をついたら立場が悪くなるだろう。そしてその立場は、俺だけのものではない。今日から俺はストレガなのだ。師匠に迷惑をかけるわけにはいかない。


「音遮断の魔法を少し。聞き耳をたてられていたので……。」

 しおらしいふりをして答える。


「まぁ、その齢で音遮断の魔法が使えるの? 風魔法の中でも上級のはずだけど。」

 お姉さんが口元を抑える。


 周りに聞こえないように小声で話してくれたようだが、聞き耳をたてている者の中には兎人の獣人もいた。普通の人族よりも聴覚が発達している種族。おそらく聞き取られてしまっただろう。


「えっと、今日は素材を買ってほしくて。」

「あらありがとう。でもぼく、素材の売買はギルドカードが必要なの。ぼくの年齢だとそれはできないわ。」

「えっと、師匠が自分のカードを持って行けって。」

「それも駄目よ。ギルドカードの使用が認められているのは本人と、その本人が認めているパーティーの人間のみよ。例外は認められないわ。」


 俺はまだ五歳。ギルドカードを発行もできなければ、パーティーに入ることもできない。


「ううんと、師匠がギルドマスターに私のカードを見せればわかるって。」


 俺はおずおずとカードをお姉さんに渡す。幼児言葉に疲れてきた。


「あら。これは……マギサ・ストレガ。ストレガ!?」


 お姉さんが思わず大声を出す。そしてすぐに自分の口元を両手で塞ぐ。顔には「やっちゃった。」と書いてある。


 ギルド内が騒がしくなってきた。

「ストレガって、あのストレガ?」

「元宮廷魔導士の?」

「いや別人だろ。」

「エルフの森に住んでるとは聞いてたぜ。」

「本当か!?じゃあマジかもしれないな。」

「あのガキ、師匠とか言ってたぜ?」

「それこそ嘘だろう。あの婆さんは弟子をとらないことで有名だ。」


 俺、何かやっちゃいました?

 いいえ、やったのは受付のお姉さんです。

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