第20話 休息

「阿呆だね、お前は。」


 疲労困憊で帰ってきた俺への、マギサ師匠の第一声がこれだった。


「何が阿呆なんだ。優秀な弟子だろ。初挑戦でワイバーンを3体狩ったんだぞ。」


 一体はほぼカイムが倒したようなものだが、幼龍を2体倒しているし、実質3体だ。実質。カイムが倒した奴がたぶん一番強かったけども。


「それが阿呆だというんだよクソガキ。勇敢と無謀をはき違えるんじゃないよ。」

「そのくらい、わかってるよ。」


 俺は巻き込まれたんだ。誰が予測しろというんだ。ワイバーンの巣に雷が落ちて一斉にバーサク状態入るなんて。


「お前さん、ポーションを持って行ってなかったろう。」

「え、あー。うん。」


 確かに、持っていけばもっと余裕で対処できたかもしれない。

 いや、出来ただろう。


「死ぬ前に学べてよかったじゃないか。クソガキ。」


 ぐうの音も出ない。

 隣ではルビーがしきりにうなずいている。


「これに懲りたら金魔法にも手をつけるんだね。」

「金魔法。錬金術かあ。便利というのは間違いないけども、気が進まないな。」


 物の合成や化合、分離などを行い、効能があるものや金銭価値のあるものを錬成する技術。ちなみに貴金属の錬成をして商売するのは禁止とされている。ただし、商売しなければ自分で錬成した貴金属に付与魔法エンチャントして使うのはありだ。個人の趣味の範囲内とかいうやつだろう。


「お前さんは『考える』という一番大切な労働を放置しがちだよ。危機に直面した時はある程度回るようだがね。普段から考えることを意識付けしたいならば、金の魔法はうってつけさね。いいかい。長所を伸ばすことも短所を潰すことも成長だよ。」

「はい。」


 俺は今、火・水・風・土を中心に練習している。光魔法が使えれば傷も治すことができるから戦略の幅が広がるのは確かだ。

 ただ、今のところはマギサ師匠のポーションがあることで何とかなっている。

 師匠はつまりこう言いたいのだろう。「私に頼るな。」と。

 厳しそうでいて、優しい人である。ポーションくらい自前で準備しろということだ。単純に回復魔法を覚えるのもいいだろう。

 だが、俺はまだ体が発達していない。つまり、魔力の絶対量も頭打ちだ。回復魔法も当然、魔力を消耗する。

 であれば、金魔法を覚えて予め回復薬ポーションを作っておいた方がいい。マギサ師匠がいいたいのはこういうことなのだろう。


「少しは頭を回したじゃないか。」

「人の心読むなよ、ばばあ。」


 悟り妖怪かよ。


「読んでないさね、クソガキ。お前の顔がわかりやすいんだよ。」


 え、そうなの? と、隣のルビーに目配せする。

 ルビーは『えへへ。』と苦笑いした。こいつ、わかってて黙ってやがったな。


「さっさと風呂に入りな。薪も自分で燃やすんだよ。蜥蜴の血が臭くてかなわない。」

「わかった。汚れを落とす前に、その蜥蜴の肉の燻製を表で作っておいていいか?」


 亜空間リュックの容量がけっこうギリギリなのだ。こんなことは初めてである。今までとってきた魔物を中に入れっぱなしというのもあるのだろうが。

 ちなみに魔物の素材をリュックにストックしているのは、ここを出た時の軍資金にするためだ。目の前の師匠は厳しそうに見えて、俺が出るころに金を工面してくれそうな気がする。貯えがあるということで断るための準備である。


「今夜のスープは蜥蜴の肉だね。魔素が濃い味になりそうだ。」

「え、魔素って味すんの?」

 思わず聞き返す。


「肌や目、耳で魔力感知してるのに舌はしてないのかい。」

「あ、成程。」


 それは盲点だった。言われてみればそうである。五感ほぼ全部を使っていたのに、なぜ俺は舌だけ使ってなかったのか。


「今度それも考えながら飯作るよ。」

「頼むよ。素材を上手に扱った魔物料理はね、魔素も生き生きしているんだ。」

「楽しみにしといて。」

「期待はしないよ、クソガキ。」

「言ってろ。」


 俺は外に出る。

 ワイバーンの肉を煙で燻しながら気づく。


「げ。師匠からもらったローブ。ボロボロだ。どうすっかな、これ。」


 俺が闇魔法で苦しむまで、あと2時間と47分。




「全く。師匠不孝な弟子とは思ってたが、これほどとはね。」


 椅子に座り憤慨する師匠。その下には風呂に入ったはずなのにボロボロの俺。というか師匠不孝ってなんだ。初めて聞いたぞそんな言葉。


 テーブルにはワイバーンの肉を使った料理が並んでいる。全部俺が作ったものだ。ナハトとジェンドが呑気にそれを食している。ルビーはジェンドに感覚共有をして味を確かめている。師匠もいくらか口をつけている。俺だけ一口も食べていない。


「5歳児を呪うなんて。虐待だ。料理も作るだけ作らせて食べさせないなんて。児相に通報されろばばあ。」

「ジソウにツウホウってなんだいそりゃ。異世界語使うんじゃないよ、クソガキ。」

「DVだ。DV。」

「あんたわざと分からない言葉使ってるね。」

「ぎいいあああああ!」


 また体に痛覚が走る。俺は魔法を食らったワイバーンみたいな奇声をあげる。


「魔法使いのローブをこんなにしちまって。消耗品じゃないんだよクソガキ。」

「すいませんすいません。」

「付与魔法にどれだけ時間かかったと思ってるんだクソガキ。」

「すいませんすいません。」


 マギサ師匠がため息をつく。


「ローブの意味を教えていなかった私も悪いかもしれんね。一応教えておくかね。」

「え、意味あるんですか。」

「お前、着ていて何も感じてなかったのかい?」

 師匠が呆れた顔をする。


「少し魔素を練ってみな。」

 俺は目を閉じて空中の魔素を読み、練る。


「次はローブを着てやってみな。」

 言われるがまま、練る。


 すぐに違和感を感じた。


「気づいたかい。どんな感じだい?」

「ローブがあった方が、魔素の色が見やすい? いや、俺の魔力を空中の魔素に混ぜるときに抵抗が少ない?」

「そうさね。それがローブの力だよ。今では形骸化してしまったがね、本来のローブの使い方はそれさね。親や師が自身の魔法の本流を練りこみ付与魔法エンチャントする。困ったときはそのローブに練りこんである私の魔法パターンを読み込んでみな。お前がまだ知らない魔法のヒントもあるだろうよ。」

「ありがとうございます。師匠。」

 俺は思わず居住まいをただす。


「ふん。貴族などは固有魔法をもっている。血統魔法とかいうやつだね。ローブにはそれが練りこまれる。万が一に先代が急死しても、ローブが魔法を覚え続ける。あらゆる固有魔法が消えずに残り続けるのも、これが大きい。だからね、クソガキ。」

 ローブを無くすんじゃないよ。それは魔法使いにとって命より重い、と師匠は続けた。


「命より重いわりに、今まで教えてくれなかったんですね。」

 俺が口をはさむ。


「お前を正式な弟子にする踏ん切りがつかなかったからねえ。お前がどこかでのたれ死んだらナハトに回収させてたさ。毒を食らわば皿までだよ。」


「俺は毒かよ。」

 酷い扱いである。


「ただし、私の固有魔法をお前さんに継承させようとは思っていないよ。私が編み出した魔法もそのローブに埋め込んではいるがね。どうせお前さん、自分で思いついた魔法を優先して使うだろう?」

「はぁ。」

「普通の魔法使いは自分で新しいものを作ろうとは思わない。先人の踏襲をするのが普通さね。お前はわがままな人間だからね。どうせ人まねなんてしないだろうさ。」

「師匠に似たんですね。」

「言ってろクソガキ。」


 師匠が眉間に指を乗せる。少し疲れたのだろうか。俺に。


「——今日から名乗っていいよ。」

 促されて席に座った俺に、師匠が言う。


「何がですか?」

「私の弟子さね。ワイバーンをその齢で倒したんだ。名乗っていいだろう。」

「————ありがとうございます。」


 感激した。俺はこの世界に来てから、いろんな目標が出来た。その一つがこの人に認められることだったのだ。


 俺はただ、目礼し続けた。

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