第19話 vsワイバーン5
「いい感じに焼きあがったかな。」
『次!次は僕肩ロースの味が知りたい!』
ルビーが俺の肩の横で可愛らしくリクエストする。
俺とルビーは今、横穴の中でバーベキューをしている。ドラゴンステーキだ。
親ワイバーンは体が硬くてさばく余裕がなかったので、幼龍をさばいて焼いているところだ。
亜空間リュックからアーマーベアの表皮から作った金属プレートを出し、加熱しながら肉を焼いていく。
ついでに、リュックに入れていた非常食の野菜なども焼いていく。
魔力の温存のために火魔法で種火だけを出し、亜空間リュックから出した薪を燃やす。
「ロースは脂身が少ないから、俺も好きだ。」
脂、苦手なんだよね。
いつもの食事のように、ルビーは俺の舌と感覚共有している。俺が咀嚼するたびに空中で『うー!』とか『うぇへへ。』とか言いながら悶えている。
今更だけど、妖精ってけっこう雑食で美食家だ。ルビーだけなのかもしれないけど。
俺は現実逃避してバーベキューをしているわけではない。
魔力の回復にはどの道時間が必要だし、食事をとればそれが加速するのだ。魔力を回復せずに加勢したところで、エルフたちの足を引っ張りかねない。
これは逃げではない。攻めのバーベキューである。
「次はレバーかな。」
『レバー嫌い。』
「好き嫌いは駄目です。」
『ふーんだ。』
「あ、おま!今感覚共有切っただろ!」
『外の見回りしてきまーす。』
スッとルビーがワイバーンの死体を通過して外へ消えていく。
「ずるいぞ!俺だってレバー得意じゃないんだからな!」
苦手だけど、鉄分は補給しなければならない。
あちこち擦りむいていて、服に血がにじんでいる。
俺の体は小さい。血を補充しなければならない。
「ただでさえ血抜きも簡略したから不味いのに。」
かなりテイストが野生だった。
焼いても若干血の味が残っていた。ルビーは美味しいと言っていたけれども。
そこは俺が前世で加工されたものばかりを食べていた弊害なのだろうか。
『フィ、フィオー!』
ルビーがワイバーンの口から飛び出してきた。
「心臓に悪いところから飛び出すなよ!」
ルビーの体色が全体的に赤いから、一瞬ワイバーンの死体が
『フィオ!大変だ!』
「どうした? やっぱりレバー食べたくなったか?」
『じゃなくて!』
ルビーが手で払うジェスチャーをする。
『外!外が!外にワイバーンが出待ちしてる!』
「何だって!?」
『殺したワイバーンの
「詰んだ。血抜き手抜きしたバーベキューが俺の最期の晩餐か。」
韻を踏んでいる場合じゃないわ。
『諦め良すぎない!?』
「普通に考えて、今世の俺って赤子の時点で死んでるのが普通だからなんか受け入れられる。」
割とバトルウルフとの一戦は奇跡の連続だったと言えよう。南無三。
『駄目だよ!』
むぅっと、ルビーが膨れる。
「わかってるって。冗談だって。ルビーがいるから死なないよ。エルフの連中にも俺を受け入れてもらうという目的も残ってる。」
『それでよい。』
ルビーが尊大にうなずく。
「ワイバーンたちは、中に俺がいるのを知ってる感じだったか?」
『たぶん。今は警戒して不用意に攻撃してこないみたい。』
「今度は慎重な個体なのか。困るな。」
いや、今は助かるのか。問答無用で攻撃されたら俺は死んでいた。
『本当にね。どうする?』
「今のところ、ノープラン。」
どう考えても、俺が4体のワイバーンを倒せるビジョンが思い浮かばない。
「でも、逃げることだけは決まってる。」
戦うわけないだろ!お前俺は逃げるぞお前!
外が騒がしくなってきた。ワイバーンたちの咆哮が聞こえる。
「外で何かあった?」
『見てくる!』
ルビーがまたワイバーンの死体の口へ消えていく。
『ワイバーンたちが攻撃されてる!あの光の矢の魔法だよ!』
「ルアーク長老か!」
ということは、時間稼ぎが成功したのか!
「ルビー!脱出する!ワイバーンたちが長老たちに気をとられているうちに!」
『合点!』
「
俺はワイバーンの死体の脇の岩盤を魔法で破壊して外に飛び出した。
雨粒が突き刺さるように顔に当たる。ワイバーンの鳴き声。雨音。魔法の風切り音。耳から大量の情報が飛び込んでくる。
外に出てすぐのところにワイバーンの足があった。俺の土魔法の爆発音に驚いたのか、横穴から飛び出た俺とワイバーンの目が合う。
「うおおお!?」
俺は股下を滑り込むようにして走り抜ける。
ワイバーンのストンプをサイドステップでかわす。かわして加速しようとした瞬間、ワイバーンがその場でスピンして尻尾を振るう。ハードル走のようにしてまたぎ越す。一気に身体強化をかけて加速する。
肩越しに後ろを見ると、ワイバーンが俺めがけて口内に火球を作りだしていた。
そのワイバーンの頭部が消し飛んだ。
光の線が側頭部を突き抜けたのだ。
長老ルアークの光の矢の魔法だ。
「うおおおお!長老感謝ぁ!」
よく考えると長老ルアークさんに命を救われたのは二度目である。お礼を言う暇はないので走ることに集中する。
すでに横穴を包囲していたワイバーン4体のうち、3体が倒れ伏していた。残るは一体。
光の矢の魔法はどうやらインターバルがあるようだ。
ということは、俺がすべきことは————。
「時間をかせぐ。」
『なんで逃げないのあほー!!』
ルビーが絶叫した。
「へいこっちだよ!蜥蜴野郎!」
俺は
ワイバーンが体を反転させ、火球を放つ。
「はっや!?」
横に飛び前転しながらかわす。
今度は高速の火球が4つ飛んできた。俺がかわす間にワイバーンの口内に魔力が収束する。
「こいつ!他の個体よりも魔法の出が早い!?」
口から熱線が吐き出される。
「うおおおおおお!!」
身体強化と
熱線がちりちり当たりかけて背中が熱い。
俺はワイバーンの周りを300度ほど全力で駆けてから熱線をかわし切った。
すぐにワイバーンは腕立て伏せのようにして地を突き放し、頭から俺に突っ込んでくる。
顎を身体強化した掌底でいなす。腕がびりびりと骨の芯からしびれる。
ワイバーンはいなされた方向にスピンして翼で打つ。俺は地面に土の字になって張り付きかわす。
今度は尻尾が地面をえぐりながら迫ってきた。風魔法で体を宙にホップさせてかわす。
すぐ頭上にワイバーンの口があった。口内には火球が5発。
————死ぬ!
ワイバーンの顔が横から蹴り飛ばされ、火球が明後日の方へ飛んで行った。
「誰だ!?」
俺は地面を転がって立ち上がり、横合いから入ってきた人物を見る。
「私はエルフの狩人だ。貴様が何者かは知らないが、森を荒らす龍を止めてくれて感謝する。」
俺を助けた人物は、そう言った。
名は名乗らない。
だが、この場合俺に名乗る必要はないのだろう。
なぜならば俺はこの人を知っているからだ。
カイム。
ピンチを救ってくれたのは、今世の俺の父親だった。
ワイバーンが乱入者であるカイムに尻尾を振るう。
カイムは土魔法で壁を作り防御する。
「いや余韻は!?」
5年ぶりの再会なんだけど!?
俺は慌ててカイムからもらったナイフをローブの中に隠す。見られたらばれる。それはまずい。
「なんっのことだ!」
ワイバーンの攻撃を、次々と土壁を作り防ぎながらカイムが応える。
「なんでもない!援護する!」
「助かる!」
俺は水魔法で水弾を放つ。
ワイバーンは翼で俺の水弾をはじく。
そのすきにカイムが土魔法で土の槍を地中から出し、翼に穴を穿つ。
「ガアアア!?」
ワイバーンはたたらを踏んで後退する。
「長老の魔法は来ないのか!?」
「貴様!何故長老の魔法を知っている!?」
カイムが反応する。
「どうでもいいだろ!あの魔法、そんなにインターバル長いのかよ!?」
「構成に時間はかからない!あの方は超人だ!だが、今は別のところの援護をしている!」
ふと見ると、2キロほど離れたところで空中のワイバーンが撃ち落とされたのが見える。
空中でエルフがワイバーンに持ち上げられて食いちぎられているのも見える。
確かに、こちらよりも向こうが予断を許さない状況だ。
ワイバーンが今度は俺に火球を放つ。水弾で相殺する。
「くそ!こいつは俺たちで倒せってことか!」
「そうだ!そのために私がここを担当している!」
「あんがとよ!」
息子だと気づかれないように、わざと粗野で対等に聞こえる言葉使いで叫ぶ。
「貴様の得意魔法は何だ!?」
「土魔法と水魔法だ!魔力に余裕はない!」
ワイバーン2体と幼龍2体分の魔力を取り込み、30分の休憩と食事をしたとはいえ、本調子には遠い。
「二属性使えるのか!優秀だな!」
「ありがとよ!あんたは!?」
本当は火と風も使えるが黙っておく。
カイムは土魔法、俺は水魔法でワイバーンをけん制しつつ話す。
「私は土と風だ!メインは土!」
「オーケー。体術もあんたが上のようだ!俺が後衛をする!」
「頼む!」
カイムが加速してワイバーンに肉薄する。
ワイバーンの口内に火球が形成される。
「させねーよ!」
俺は口元に向かって水弾を放つ。着弾。ワイバーンの首が傾ぐ。
「ふんっ。」
カイムが持っていた剣でワイバーンの太ももを切断する。
俺はそのカイムの実力に驚く。
「どんな身体強化したらワイバーンの鱗を切れるんだよ!?」
魔力を練りながら叫ぶ。
「貴様も鍛えれば出来るぞ、
「俺は小人族じゃ、いや小人族です!」
慌てて訂正する。
俺は小人族。俺は小人族。
ワイバーンが体勢を崩して前足で体を支える。頭の位置が降りた。
「今だ!
ワイバーンの下顎が土の柱でかちあげられる。
「脳震盪コースだ!」
思わず叫ぶ。
ふと気づくと、カイムがワイバーンの背の上に乗っていた。あっという間に剣でワイバーンの頭を輪切りにする。
ワイバーンは音もなく崩れた。
「協力、感謝する。小人族の冒険者よ。」
カイムが背中の革製の鞘に納刀しながら話しかけ、軽やかにワイバーンの背中から跳び下りる。
「たまたまだよ。こんな異変に巻き込まれるなんざ、今日は運が悪いね。」
「それでも貴君は荒れたワイバーンをともに討ってくれた。エルフは恩を忘れぬ種族だ。」
「そうかよ。残りのワイバーンは大丈夫なのかよ。」
「そろそろ長老が群れのリーダーを討つころだ。後は傷んだ森の修復くらいか。」
「そうかい。それは手伝えそうにないね。俺はこのワイバーンを解体して帰るよ。」
「ああ、そうするといい。ワイバーンが数を減らした以上、この森はまだしばらく荒れるだろう。」
「忠告痛み入るぜ。俺が倒した、そこの横穴に顔突っ込んでいるやつはもらっていくぜ。」
「今倒したやつも、もっていくといい。」
「いいのか?」
「礼だ。言っただろう。エルフは恩を忘れない。解体も手伝おう。」
「いや、いい。ギルドに納品するんだ。納品に適した解体の仕方、知らないだろう?」
俺も全くもって知らないが、ギルドの冒険者のふりをして話す。
「む、確かに。人里のルールには明るくない。差し出がましいことを言った。」
「いや、厚意は受け取っておくよ。俺はいいから、お仲間の援護に行けよ。」
「かたじけない。」
カイムがその場を去ろうとする。が、足が止まる。
「もし、小人族よ。」
「何だ?」
「体をまとう雰囲気が我々の同族に近いのだが、魔法の師はエルフか?」
ドキッと、心臓が跳ね上がる。
大丈夫だ。この質問をするということは、カイムは俺をエルフではない前提で話している。俺が落ち着いて回答しさえすればいい。
「ああ、そんなところだな。」
「そうか、では。」
そう言って、カイムは音もなく森の奥へと消えていった。
ナハトが戻ってきたのは、ワイバーンを解体し始めてしばらくしてのことだった。
君、肝心な時にいないよなぁ。
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