第18話 vsワイバーン4

「ルビー!エルフたちを護衛しやすい位置を教えてくれ!」

『合点!』

 ルビーが返事しながらホバリングして巨大樹の上へと消えていく。


 俺は走りながらアーマーベアの頭蓋骨で作ったヘッドギアを投げ捨てる。マギサ師匠からもらった茶色のローブを手で引きちぎり、耳ごと結んで頭を隠す。

 死んだことになっているとはいえ、俺は忌子。正体がばれるわけにはいかない。

 またローブを引きちぎり、口元を隠す。

 万が一エルフに遭遇したら、小人族ハーフリングということにしてごまかす。


『フィオ!北西の方角!旋回してるワイバーンの群れにエルフが包囲されてる!』

「わかった!」


 身体強化ストレングスをかけて走り抜ける。魔力も心もとないが、時間もない。時間が無くなるか、魔力が底を尽きるか、勝負だ。

 しばらく走ると、巨大樹の木々の間を飛ぶワイバーンの腹が見えた。エルフたちを包囲しているワイバーンのうち一体だ。

 ふと別の個所を見る。西の方角数キロ先だ。次々とワイバーンが光の矢に撃ち落とされていく。とてつもない魔力だ。

 おそらく、俺が知るエルフの中であんな芸当ができるのは一人だけ。


「長老、ルアークか。」


 向こう側は長老がいる限り大丈夫だろう。

 問題は、森の破壊を止めるために散開したことでワイバーンと接敵しているエルフたち。

 おそらく彼らは時間稼ぎが仕事だ。そして駆け付けた長老が仕留める算段なのだろう。

 俺は頭上のワイバーンのヘイトを俺に向けるよう、仕向ける。雨が降っているので、得意の火魔法は使えない。


水弾ウォーターバレット。』


 圧縮した水の塊がワイバーンに的中する。頭部にヒットして、ワイバーンの頭が少しかしぐ。

ワイバーンを仕留めるだけの魔力は俺に残っていない。俺にできるのは他のエルフと同じ、とにかく時間を稼ぐことだ。


 攻撃を食らったワイバーンが俺めがけて降りてくる。

よく見ると腹に幼龍も二体ついている。若い個体なのか、さっき俺が仕留めたワイバーンよりも判断が短慮だ。

助かった。ここでさっきの個体くらい慎重なやつがいると、それこそ詰んでいた。


部分身体強化ストレングス・パート

 ワイバーンから逃げながら聴覚を強化する。


「包囲網の穴が出来たぞ!」

「今だ!抜けろ!」

「俺たちじゃない魔法じゃなかったか!?」

「今はそれどころじゃない!」


 雨音のせいで小さいが、エルフたちが退避を始めるやり取りが聞こえる。

 よし、とりあえずやるべき仕事は終えた。あとは俺が逃げ切るだけだ。


 ワイバーンが巨大樹の木々の枝をへし折りながら低空飛行をする。俺の足で逃げ切るわけがなく、どんどん距離が縮まる。熱い魔素の反応を感知する。


吐息ブレスか!」


 俺は後ろを見ながらジグザグに走る。

 ワイバーンの口から火球がまとめて2発放たれる。空中の雨粒を蒸発させながら火球が突き進んでいく。


「天候関係なしかよ!化物か!」


 大きくステップを踏みながら火球をかわす。

 雨だからか、火球一つ一つに多めに魔力を込めている感じがする。火球が俺に届くまでに威力を維持するために、多めの魔力をつぎ込んでいるのだろう。


「フィールドはこっちを味方している。いけるはずだ!」

『フィオ!魔力の残量気をつけて!』

「わかってる!」


 俺は身体強化ストレングスを解く。

 このままいけばじり貧だ。

 身体強化ストレングスしたところで空を飛ぶ相手の方が速い。どのみち追いつかれるのならば、ステップワークで火球をかわし続けた方がいい。

 魔力の温存が優先だ。

 ワイバーンはおそらく、火球を一度に5~10発程度撃てる種族だ。だが、雨のおかげで相手は火球の魔力密度を引き上げている。

 結果として2発ずつしか俺に向かって撃てていない。


『フィオ!南東300メートル先にアーマーベアの横穴!』

「助かる!」

 俺は悲鳴を上げている足に喝を入れて全力で駆ける。


また火球が後ろから飛んできた。今度は3発だ。


「3発撃てるのかよ!」


 ぬかるんだ地面をローリングしながらぎりぎりでかわす。

体が泥だらけになる。顔を茶色いローブの切れ端で覆っているので、今冒険者と出くわしたら魔物と勘違いされるかもしれない。

 木々が多いコースを選び、ワイバーンの視界を遮りながら走る。


『フィオ!横穴はそのまま直進して左手!』

「オーケー!」


 駆け抜けると、木々の緑色が一瞬抜けて岩肌が見える。その岩肌の間にぽっかりと直径2メートル程度の穴があった。大きさからして若いアーマーベアの巣だろう。

 俺は前転ローリングしてその巣穴に飛び込む。

 当然、ワイバーンは入ってこれない。

 俺が倒したワイバーンは翼幅よくふく10メートル程度の大物だった。俺を追いかけてきた個体は6メートル程度。ワイバーンとしては小さいとはいえ2メートルの巣穴には流石に入らない。

 ワイバーンが悔しそうに外で叫び声をあげる。


 よし、土魔法で壁作って吐息ブレスさえ防げば時間が稼げる。

 そう思った矢先、2つの影が横穴に侵入してきた。

 先ほどまで親ワイバーンの腹に張り付いていた幼龍たちだ。


「おいおい。休ませてくれないのかよ。」

「ギャルルルル。」

 喉を鳴らしながら、2体の幼龍がかぎ爪で地を這い距離をつめてくる。


 俺の身長は1メートル程度。

 向こうは幼龍とはいえ1.5メートルはある。それも2体。親ワイバーンが狩の練習に最適と判断したのだろう。


「君たちには悪いけど、狩る側は俺だよ。土塊崩壊サンドコラプス。」


 土魔法を発動する。横穴の入り口近くの天井を破壊する。

 この魔法は魔力効率がかなり高い。土の中の魔素を読み取り、土と土のつながりを断ち切るだけ。そうすると重力に負け、勝手に形を保てなくなるのだ。山では簡単に地滑りを起こせるし、こういった洞窟では————。


 ドズン


 と、大きな崩壊音が鳴る。親ワイバーンの姿が見えなくなり、視界が暗くなる。

 このように、入り口だけを塞ぐことも可能だ。


 横穴の向こう側から、くぐもった親ワイバーンの声が聞こえる。


「ギギギ!ギギギ!?」


 幼龍たちが親と切り離されたことに混乱し始める。

 おまけに突然の暗闇になり、俺の位置を見失っている。どちらの幼龍も、明後日の方向へかぎ爪を振り回す。


「ごめんな。これは生存競争なんだ。俺を恨んでいいから。」


 俺は幼龍たちの懐に飛び込み、ナイフで首を切り落とす。


 おそらく子どもの絶命を察したのだろう。外から親ワイバーンの絶叫が聞こえる。

 幼龍たちの魔力が、存在としての力が俺に流れ込んでくる。ほんの少しだが、また魔力が回復した。


「魔力を使わずに、ナイフと体術だけで魔物を殺し続ける。そうすれば魔力は回復し続ける。」

『可能なの?』

 ルビーが聞く。


「出来る出来ないじゃない。やるんだ。そうでないと死ぬだけだ。ルビー、知恵をかしてくれ。」

『言われるまでも!』

 顔を強張らせながら、ルビーが応える。


「ここで使いやすい魔法は土魔法だ。というか、残りの魔力的に土と水魔法くらいしか出来る余裕がない。」


 雨なので火魔法は使えない。

 俺はワイバーンみたいに天候を無視した高魔力高密度の火魔法なんてできない。

 周囲には大量の泥と水。これを活用するしかない。


『前、コボルトを溺死させてた水玉魔法は?』

 ルビーが提案する。


 水玉魔法とは浮遊水球フロートウォータースフィアという魔法のことだ。

 俺が作ったわけではなく、元から存在していた魔法。水球を宙に浮かせるだけの魔法だ。

 ただ、俺は魔素を読むのに長けている。生き物を追尾して顔を水球で覆い、溺死させることも可能だ。


「それは難しい。ワイバーンは顔が大きすぎる。大体、爬虫類がどのくらい息がもつかわからない。たぶん俺の魔力が尽きるのが先だ。」

『発動時間が短い魔法の方がいいんだね。』

「そうだ。リーズナブルで頼む。」


 ズンッ、と地鳴りがした。


「野郎、岩壁に体当たりしているな。」

『子どもを殺したんだ。フィオを殺すまでは引いてくれないだろうね。』

「勘弁してほしいね、ほんと。」

『水魔法はやめた方がいいかも。どうしても浮遊魔法の併用とセットになっちゃうから。』

「そうだな。ルビーの言う通りだ。」


 土魔法のいいところはそこにある。

 水は形をもたないから、維持するのに魔力がいる。浮かせるのに魔力がいる。

 土魔法は一度作ってしまえば自身の硬度で形を維持してくれる。魔力の節約がしやすい系統の魔法なのだ。

 ただし、水はどこに行っても空気中に存在するが、土はどこにでもあるわけではない。そして土は質量があるから最初の起動はけっこう魔力を食う。一長一短なのだ。


 ズガンッ、と音がする。


「だいぶ岩が崩れてきたっぽいな。」

『そうだね。』

「時間がない。」

『手はある?』

「一つだけ考えたよ。ルビー、ワイバーンがどんな風に岩盤を壊しているかわかるか?」

『見てくるよ。』

「頼む。」


 ルビーがすっと、岩の中に入っていく。


「実体がないって便利だな。ワイバーンもチート生物だけど、妖精もたいがいチートだ。」


 触れられないというのは、攻撃されないということ。

 それはつまり、種が途絶えることが決してないということだ。

 最強生物じゃないか。

 あれ、もしかして俺、ルビーがいないと役立たずなんじゃないか?

 横穴の土中の魔素を読み取りながら考え込む。


『ただいま!』

「お帰り。ルビー、いつまでも親友でいような。」

『……? 言われなくてもずっと親友だよ?』

「ルビーはもしかしたら妖精じゃなくて天使だったんじゃないかな。」

『いきなり何言ってんのさ!』

 ルビーが顔を手で覆い隠しながら体をくねらせる。


 バガンッ、と轟音が響く。近い。


『時間がない!ワイバーンは頭突きをして岩を壊してるよ!』

「オーケー。頭だったら何とかなるかも。」

『頭だったら何とかなるの?』

「ああ。」

『尻尾とかで岩を壊してたらどうしてたの?』

「どうにもならん。詰んだ。俺は死ぬ。ゲームオーバーだ。」

『諦め良すぎない!?』


 仕様がないだろ!俺は特別頭がいいわけでもない普通の高校生だったんだぞ!


 ズガアアアアアアン、と音を立ててワイバーンの頭が横穴の中に滑り込んできた。

 ぎょろりとオレンジの眼球と黒い眼が暗闇の中で光った。瞬膜が眼球を一瞬覆う。そのオレンジ色の玉が、俺の姿を視界にとらえる。にいぃ、とオレンジの三日月ができる。

 ガバッと、口を開く。口内に熱源が出来始める。火炎吐息ファイアブレスだ。


土柱生成サンドメイクピラー!」


 魔法で土の柱を作り出す。横穴の地面から生まれた柱がワイバーンの上顎を突き上げる。天井から生まれた柱は下顎を押さえつける。


「ギャギャギャ!?」


 ワイバーンが口をあんぐり開けたまま固まる。予想外の事態になって焦ったのか、口内に生成されかけていた火球が霧散する。


「間抜けな顔だなぁ!蜥蜴野郎!」


 俺はワイバーンの口内に飛び込み、上顎めがけてナイフを突き立てる。


「この辺が脳みそだろうが!知ってんだぞ!!」

「ガアアアアア!」


 ワイバーンが白目、いや、オレンジ目になって泡を吹く。何度も口内に突き立てたナイフをねじっていると、痙攣したのち絶命した。

 魔力が体に流れ込んでくる。今の土魔法で魔力切れ手前だったが、また首の皮一枚繋がった。


「すげえ。俺、ぎりぎりで生きてる。」

『もう流石に無理しないでね。』

「もう少しエルフたちの様子を見るよ。」

『流石に次は撤退してね?』

「魔法なしで手伝えることがあるならする。ないなら撤退。これでいいか?」

『よろしい。』

 ルビーが胸を張る。


「そういえば。」

『……?』

「これ、どうしよう。」


 目の前には絶命したワイバーンの巨大な顔。その長い首が横穴の入り口をふさいでいる。

 俺にもう魔力は残っていない。

 詰んだ。出れない。

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