第247話 始まる最悪3
悪夢を見た。
俺ではなくクレアが獅子族の男に腹を貫かれる夢だ。俺はその光景を近くではなく、何故か遠くから眺めていた。遠視魔法で彼女が地面を転がり吐血する様を泣きながら眺めている。
何故?
何故夢の中の俺は、そんな遠くにいて、クレアに駆けつけることすらしていないんだ?
夢の中の俺が、必死にもがいて動こうとするが、椅子にしばられて動けない。何故椅子に縛られているんだ? どうして椅子から脱出できないんだ? 何かしらの拘束魔法がされている? でも、夢の中の俺は魔法を解こうとする挙動が見られない。魔法以外の何かで縛られている?
わからない。何が起きているのかがわからない。
俺は変えたはずだ。未来を。彼女の死という未来を変えたはずなんだ。それがどうして?
俺は跳び起きた。
「うお、どうしたの? フィオ」
枕元にいたのだろう。トウツが少し驚いた顔で言う。
今日は週末。パーティーメンバーと過ごす日なのだ。
「最悪な夢を見た」
「……こないだ見たばかりだよね?」
こないだとは、レギアが滅ぶ夢のことである。パーティーメンバーにも、既に報告してある。この夢に関しては、みんなに知らせていいだろう。知らせてはならないのは、俺が死ぬ託宣夢だ。でも、その土台が崩壊してしまった。クレアの代わりに俺が死ぬ未来という土台が。
「それとは別だ」
「魔王が動く感じ?」
「そうじゃない。でも、知り合いが死ぬ夢だ。何とか改変しないと」
あくまでもここは知り合いにとどめる。ここで妹の話をすると、俺が死ぬかもしれなかった未来が気取られる可能性が出てくる。
「……言っておくけど、そのために「自分が危険に身を投じるのはなし、だろ?」」
「分かってるじゃん」
トウツがほほ笑む。
「任せてくれ」
「嘘だね」
「え」
「嘘ついてる顔をしてる。フィオは相変わらず嘘が下手だねぇ」
「…………」
しまった。こいつを騙すには付き合いが長すぎる。
「その話、本当?」
「だとしたら、わたくしも黙っていられませんわね」
『わしらは一連托生だからのう』
フェリ達も話に混ざってくる。
「……済まない。でも、助けたい人なんだ。多分この人を助けないと、俺はこの世界に転生してきた意味が、ないと思う」
「条件がありますわ」
「?」
俺はファナの方を見る。
「フィオが誰を守りたいのかは知りませんわ。そこは聞きませんの。でも、その戦いにわたくしたちをちゃんと混ぜること。これが条件ですわ。トウツもフェリも瑠璃もいいですわね?」
俺の周りで3人がうなずく。
「……いいのか?」
「いいも何も、ここで拒否したら、フィオは私達から隠れて動くじゃないの」
フェリが眉をひそめて言う。
「……ありがとう。済まない」
「それは言わない約束ですわ。わたくしたちは、他人と呼ぶには距離が近すぎますの」
「あぁ、ありがとう。俺と一緒にいてくれて」
俺は笑う。
「することがあるんだ。少し、外に出ていいか?」
「構わないよ」
「ありがとう」
トウツの言葉を背に、俺はドアを開け放ち、走り出した。
俺は今日夢を見た。
ということは、昨日何かしらの改変を行った者がいるということだ。それが意図して行ったものか、それか偶発的なものかはわからない。
でも、一番改変する可能性の高い人物は知っている。
クレアだ。
俺と同じ、
俺と同じで夢を見る彼女ならば、改変する手立てはあるはずだ。
まずは学園だ。最近はイリスと一緒にいるはずだ。
魔力を足に込め、全力で駆け抜ける。
「クレア!クレアはいますか!?」
「あら、フィル君。久しぶりね。元気にしてたかい?」
ほのぼのとした表情で、女子寮母のおばあちゃんが言う。
「はい、お久しぶりです!あの、クレアは!?」
「さぁ、分からないねぇ。外出許可をもらって今日は学外へ言っているはずだけども」
「ありがとうございました!」
「あぁ、紅茶はいいの?」
「すいません急いでいるので!」
紅茶の支度を始めた寮母をしり目に、全力で学園のキャンパスをかけ始める。
痕跡だ!魔力の痕跡を追えば何とかなる!今朝出たばかりなら追えるはずだ!
僅かな残滓を探しながら、走り始める。
そして気づく。その魔力の残滓が、王宮へ続いていることに。
今日は確か、王族の国民への報告会だ。王宮のバルコニーから定期的に演説し、都の住民と触れ合う日。王自ら話すこともあるが、王は多忙なためほとんどは代わりに王族の誰かが話す。
嫌な予感がする。そんな行事がある日に、クレアが王宮にいる。しかも託宣夢が書き換えられた。ここに全く繋がりがないとは考えられない。
「私が当代の巫女。コヨウ村の誇り高きエルフの狩人、クレアです」
何だこれは。
「先ほどのエイブリー姫の宣言に驚いた方も多いでしょう。魔王が復活したと。レギアが滅ぼされる、と。夢物語と感じた方も多いかと存じます。ですが、これはエイブリー第二王女殿下の狂言ではございません」
何なんだこれは。
「私はそれを証明するためにここに立っています。審問官は彼らに任せてあります。まずはヴェロス・サハム様。
クレア、何でお前はそこにいるんだ。
「もう1人はレギアの審問官、ジオン・ブリッスン様です。エクセレイでは馴染みがないかもしれませんが、レギアでは随一の魔法の使い手と聞き及んでいます」
王宮のバルコニーから話すクレアを、俺は広場から見上げる。先ほどまで、エイブリー姫のレギア侵攻の演説を聞いていきり立っていたレギアの民は、この急展開に困惑している。当然だ。俺も何が起こっているのか、頭が追いつかない。
ジオンと呼ばれた人物が竜化する。変身した理由は、彼がレギアの民だと市民に誇示するためか。
「最後に、公平を期す為にテラ教からラクタリン枢機卿を招いています」
社会的信頼。それらが集中している3者がバルコニーで黙礼する。
俺は駆け出した。あそこへ行くのだ。エイブリー姫に問い詰めなければ。あの人が一体何を考えているのか。知っているはずだ。俺がクレアを守るために日々を生き抜いていることくらい、頭のいい彼女は知っているはずなのだ。
それがどうして、巫女という極秘情報をこんな衆目でバラすのだ。
それもクレア本人に!
これだ。
託宣夢が変更された原因は絶対、これだ。あの人が変えさせたんだ!俺が何のために戦っているか知っているくせに!どうしてこんなことするんだよ!
「では聞きましょう。イエスかノーでお答えください。エルフの狩人クレアよ。貴女は本当に巫女の一族ですか?」
「イエス」
ラクタリン枢機卿の質問にクレアが答える。3人がそれぞれ嘘探知にクレアが掛からなかった、彼女が言うことは真実だと述べる。広場のオラシュタット市民やレギアの民がどよめく。
俺はそれを集音魔法で聴きながら路地裏を駆け抜ける。
王城の壁をよじ登り、バルコニーへ乗り込むのは無理だ。防護魔法が大量に敷かれている。しかも側にイアンさんがいる。あの人の警戒網を正面から突破するのは難しい。
「では、重ねて質問を。貴女が見たレギアが滅ぶという託宣夢は本当ですか?」
「イエス」
「何言ってんだよ、何言ってんだよクレア!」
俺は身体強化を練り上げ、さらに加速する。
そんなこと言ったら魔王が知ってしまうじゃないか!お前が巫女だと!それが知られれば、お前の命が狙われることになるんだぞ!
王宮の門に差し掛かる。
そこには近衛が見張をしていた。2人とも槍を既に構えている。まるで俺が来るのをわかっていたかのように。
「ストレガ殿!お止まりください!」
「どけぇー!」
「出来ませぬ!王命です。例えストレガ殿でもこの喧伝は止めてはならぬとエイブリー姫が!」
「
俺は近衛ごと王宮の門を破壊し、宮内へ侵入する。大怪我させたかもしれない。申し訳ない。でも、それを慮る余裕など俺にはない。
王宮の警報が鳴る。侵入者が入った時になる、魔法のシグナルだ。俺はそれらのシグナルに魔力を飛ばし、対消滅させる。騎士達と戦っている暇はない。少しでも早くバルコニーへ行く。
王宮の中を全力疾走する。
喉元に闘気が飛んできた。
横にステップしてかわす。わずかに遅れて、剣先がかすむ。
「……メイラさんですね」
「久しぶり、フィル君」
「よう」
「ドルヴァさん……」
近衛騎士の2人だ。イアンさんの部下。この2人がすぐに対処するということは、俺が乗り込むことも織り込み済みということかよ!
「ごめんね。止めろと命令だから」
「恨みはねぇよ。すまねぇな」
メイラさんとドルヴァさんが一斉に動く。メイラさんは速く鋭く、ドルヴァさんはパワフルに。先手のメイラさんがかく乱役で、無視できない火力持ちのドルヴァさんのコンビ技だ。
「ふっざけんなよ!」
体内を電気が駆け巡る。一瞬で動き、メイラさんとドルヴァさんの胴に拳を叩き込む。
「速い!?」
「がっ、くそ!」
2人がたじろぐ。
「
俺はそれを無視して奥へ突き進む。
「待ちなさい!」
「くそ、はえぇ!」
2人を置き去りにして加速する。戦っている暇はない。クレアのところへ一秒でも早く到達する。
「クレア!」
扉を火魔法で吹き飛ばし、バルコニーのある部屋へ躍り出る。
すぐさま首元にレイピアが突きつけられた。
「……イアンさん」
「フィル君、落ち着きなさい。これは不敬罪どころでは済まされない」
「どいてください!」
「いや、無理だな。これ以上進めば国民にも見られる。衆目で不敬を働いてみなさい。我々も君を庇えなくなる」
「そこまで計算ですか!イヴ姫!」
俺は怒りを込めて彼女を見る。
「……えぇ、そうよ」
エイブリー姫は、冷たい相貌で俺を見やる。
「あんた約束したじゃないかっ!一人でも多くの人を死なせない選択をするって!これじゃあ話が違う!」
「……ごめんね」
「……ずるい!ふざけるな!何でそこで謝るんだよ!ふざけんなよ!」
くそ!くそ!くそ!
憎らしい。
この人の全てが憎らしい。
頭がキレるところも、恐らくこの選択がエクセレイにとって最もいいであろうことも、何よりも一番後悔している人が彼女自身であることも、クレアを犠牲にすることが恐らく一番まともな選択であろうことも。全て、全てが憎らしい。
俺は行き場のない怒りを出鱈目に魔力にぶつける。
師匠が見れば破門されそうなくらい、汚い火魔法を構築して壁を吹き飛ばす。
「ふ、不敬だ!その者をとらえよ!」
事情を知らないであろう貴族が叫ぶ。
「で、ですが、彼はストレガです!」
「なんだと!?」
このフロアにいるその場の全員が、俺への対処に困り、慌てる。
「フィル!? どうしてここに!?」
演説が終わったのか、クレアがこちらへ来る。
「クレア……」
俺は悲痛な顔で彼女を見る。
どう声をかければいいのかわからない。
叫びたくなる。死ぬのは君ではなく、この世界の異物である俺であるべきなのだと。俺は君の兄で、一緒にコヨウ村で生まれたのだと。君は幸せになるべきなんだと。間違っても、あの獅子族の男に腹を貫かれる、悲しい終わりをすべき人間ではないのだと。
でも、言えない。
言えば全て台無しになる。
ルアーク長老の配慮も、カイムやレイアの安全も、パーティーメンバーの安全も、俺と関わった全ての人々に不幸が降りかかる。
「……クレア」
「何?」
クレアが不安そうな顔で俺を見る。
「ちょい待ち、そこまでだ。拘束させてもらうぜ」
邪魔が入ってしまった。
ドルヴァさんだ。俺の手を後ろに回し、両手でロックする。
「王宮に不法侵入したんだ。その上、破壊行為まで。どんだけ暴れれば気が済むんだ。ったくよう。いくらストレガでもやっちゃいけない限度があるだろうよ」
「姫様、いかがしましょうか?」
メイラさんがエイブリー姫に指示を仰ぐ。
「地下へ幽閉なさい。まずは一週間よ」
冷たい目をして、エイブリー姫が言う。
「頭を冷やしなさい」
メイラさんが耳打ちする。
あぁ、これは守られてるのか。
俺がここで暴れることも想定済みで、先にエイブリー姫が罰を与えることで俺を守ろうとしてくれている。彼女が裁けば、他の貴族は何も言えなくなる。
情けない。本当に情けない。一体何をしているんだ俺は。こんなんじゃあ、クレアを守るだなんて、夢のまた夢じゃないか。
脱力し、俺はされるがまま連行される。
「あぁ、それと姫様」
「何? ドルヴァ」
「魔王陛下のためだ。死んでくれ」
ドルヴァさんの火魔法が、エイブリー姫を襲った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます