第35話 初めてのクエスト4

「私とゴンザが威力偵察に行った理由は、何もギルド依頼の難易度を測るためだけじゃない。アスピドケロンには最も厄介な部位があってね。」


「バジリスクの尾。」

 シャティさんが呟く。


「そう、それだ。あれがとても厄介なんだ。面倒なことに、この村と両隣の三つの村ではあいつの被害が絶えない。とは言っても片手で数えるくらいだが、毎年確実に冒険者の被害を出している。」

「危険度のわりに、被害は少ないですね?」

 ロットンさんが質問する。


「あれはキメラの中では特別だからね。おそらく、頭もいい個体だ。森の奥の湖からほとんど動かないんだよ。これ以上森を降りていくと冒険者の接敵が多くなり、いずれは討伐される。その上、エルフの森から離れるということは質のいい魔素の恩恵を受けられなくなる。ただでさえ自力の弱いキメラが、その恩恵なしにタラスクを始めとした伝説級の魔物たちの外装を維持できるとは思えない。逆に森の奥へ行くと自分以上に危険な魔物に出くわしてしまう。」

「ちょっと待ってくれ。じゃあ近づかなければいいじゃないか。」

「————冒険者は貴方みたいな馬鹿が多い。」

 シャティさんがぼそっと呟く。


「久々に切れちまったよシャティ。表に行こうぜ?」

 ライオさんの額に皺が寄る。


 シャティさんからも闘気が漏れ出す。冷静な人かと思ったが、気の置けない仲間に対してはぶしつけな人なのかもしれない。


「そんなことしてる場合じゃないだろう。」

 ロットンさんが呆れる。


「ライオ君が馬鹿というわけではないけども、その通りだね。警告は定期的にギルドで行っている。でもね、冒険者は人の話を聞かないやつが多い。逆に挑戦して返り討ちになる連中も割と多い。調べてキメラの正体に行き当たると、なめてかかるんだろうね。単純に迷ってアスピドケロンのテリトリーに入ってしまうやつもいる。」


 その場にいる全員が苦笑いをしている。自分が若い時の失敗を憂いているのか。

それとも他の冒険者の失敗をあざ笑っているのか。

 おそらく前者だろう。


「バジリスクの尾はもちろん、生前の能力を持っている。つまりは石化魔法だ。これは固有魔法というよりも、固有体質に分類される。多くの魔力を必要としない常時発動型の魔法だ。」

「化物かよ。」

 ライオさんがうなる。


「正直、バジリスクそのものが相手じゃなくてよかったよ。本物のバジリスクであれば、自分の視線上に獲物をおびき出す立ち回りの戦い方を熟知している。私とゴンザが威力偵察に行ったときは、キメラが自分の体を上手く使えている様子はなかった。」

「威力偵察に行ったのはいつです?」

 ロットンさんが質問をはさむ。


「私が常駐冒険者になってすぐだから、3年前になるかな。」

「3年前か。」

「体に慣れるには十分な期間。」

 ライオさんとシャティさんが顔をしかめる。


「そうだね。バジリスクの眼は使いこなしている前提で考えた方がいいだろう。」

 ロットンさんが言う。


「全員フードを目深に被って、視線を狭めて戦うしかない。視野が狭くなるのは危険度が増すが、ここにいる面子なら対応できるだろう。」

 ウォバルさんがまとめる。


「私もそう思うよ。次はタラスクの甲羅だ。」

「ありゃあ、えげつない硬さだった。武器強化ストレングスをかけた斧が駄目になっちまった。」

 かなりの業物だったんだけどな、とゴンザさんが呟く。


「ゴンザの言う通り、かなりの防御力を誇る。それに関しては伝承の通りだよ。ただ、不幸中の幸いがあった。」


「不孝中の幸い?」

 ロットンさんが先を促す。


「タラスクの甲羅を使った防御はね、魔法を使って完成するんだよ。3つの魔法を使う。身体強化で硬度を上げる。障壁バリアで魔法の通りを悪くする。最期に反射カウンターで攻撃してきたものを傷つける。」


「何だよそりゃ。手の出しようがない。」

 ライオさんが言う。


「その通り。私たち冒険者は本来敵わない相手もパーティーを組んで倒す。ただ、タラスクにはそれが通じない。生まれもった強靭な甲羅。それを守る3つの魔法相手にごり押しできるだけの魔力や火力をもつ人間でなければ、そもそも挑戦権すら与えられないんだ。」

「ただ、今回はその3つの魔法がない。」

「そうなる。」

 ロットンさんの言葉にウォバルさんが返す。


「クラーケンの足は?」

 シャティさんが質問する。


「とにかく手数が多い。結論から言うと、バジリスクの視線とクラーケンの手足、ワイバーンの顎をかわしながら一撃しか与えられなかった。ゴンザの斧で一撃。その時点で斧が大破。すぐに撤退という形をとった。」

「むしろ前衛二人だけでよくそこまで出来たな。」

 ライオさんが驚く。


「腐っても我々はA級認定された人間だからね。」

「俺はドワーフだぞ。」

「今はそういうことを言ってるんじゃない。」


 珍しく、ウォバルさんが他人を雑に扱う。旧友のゴンザさんだからか。


「だが、今回はありがたいことに後衛職が多くいる。これを使わない手はない。」

 ウォバルさんがライオさん、シャティさん、そして俺を見る。


「改めて、対策会議をしよう。まずはバジリスクだ。」


「それならうちのライオを使うべきだ。」

 ロットンさんがすぐにライオさんを推す。


「私もそう思っていた。まずは彼の矢で目を潰そう。」


 全員が頷く。


「だが、保険として石化解除の薬は持っていくべきだ。前もってギルドで取り寄せている。全員2つずつは持っていけるはずだ。」

「流石旦那、準備がいい。」

 ライオが調子よく合いの手をかける。


「アスピドケロンには、うちのギルドは長年煮え湯を飲まされている。このくらいどうってことねぇ。」

「ゴンザはこれやワイバーンの件で、ギルド長としての評価がかかってるからね。」

「うるせえ!」

 ウォバルさんの茶々にゴンザさんが怒鳴り返す。


「タラスクの甲羅は、私が。」

 シャティさんが名乗りをあげる。


「うん。それがいい。というよりも、このクエストはシャティさんの火力ありきで依頼していることだからね。」

 ウォバルさんが頷く。


「ライオの矢でバジリスクの眼を潰す。片目がつぶれたら、ライオは引き続き残りの眼を狙い続ける。」

「おうよ。」

 ロットンさんがまとめ、ライオさんが頷く。


「シャティは潰れた眼の死角を移動し続けて、魔力を練り上げる。強力な一撃を頼むよ。」

「わかった。」

 シャティさんも頷く。


「ミロワは集合ポイントを設けるから、そこに待機。怪我したものや魔力切れを起こしたものを介抱する。ウォバルさん、撤退の判断はミロワに任せていいですか?」

「構わないよ。」

 返答するウォバルさんを見て、ミロワさんが拳をぐっと握る。


「敵の陽動は私とゴンザ、ロットン君で行う。敵の注意を出来るだけシャティさん、ライオ君、ミロワさんから離す。後は、フィル君とトウツさんだね。どうする?」


 その場の人間の視線が俺と後ろのトウツさんに集まる。


 どうすべきか。俺には何ができるのか。場合によっては、俺にこの人たちの命がかかるのだ。

 貢献はしたい。

 だが、この人たちの命がかかる役割を俺がしていいのか、という不安もある。

 いや、不安じゃない。おそらく俺は逃げたいのだ。責任から。

 もしうまくいかなかったとき、「最初から俺はいてもいなくても関係ない役回りだった。」と言い訳をしたいのだ。

 それだけは嫌だ。

 俺はこの世界では自分の欲に忠実に生きたいのだ。

 だが、俺の実力がそれに足るかの判断がつかない。怖い。わからないは怖い。

ウォバルさんは、ロットンさんは、俺に何を求めているのだろう。迷惑だけはかけたくなトウツさんが俺のズボンに手を突っ込んだ。


「ひいいいいいいいいいいやああああああああああああああああ!」

 思わず俺は生娘みたいな声を上げた。


 テーブルを乗り出して、はす向かいにいたミロワさんの胸に飛び込む。驚きながらもミロワさんは俺をキャッチしてくれた。


「な、な、な、何をするんですか!!」

 俺はトウツさんをにらみつける。


「いや、何か緊張してたみたいだから、ほぐしてあげようかと。ついでにナニもね。」

 トウツさんが俺のズボンから抜いた手をなめる。


「っ!変態!変態!変態!」


 俺は今、転生して一番感情がざわめいている。何だこの感情。この恐怖。バトルウルフよりもワイバーンよりも怖いぞ。


「トウツお前、それは流石に。」

 とゴンザさん。

「ドン引きだわ。」

 とライオさん。

「フィル君大丈夫?」

 とミロワさん。


「えー。場を和ませようと思ったのに。」

 トウツさんは顔の前で自分の手のひらを見る。


 そして自分の手のひらと、俺の股間を交互に見る。心なしか視線が熱い。


「ひい!」

 俺はミロワさんの膝上を跳び下りて、椅子の後ろに隠れる。


「あっ。」

 ミロワさんから残念そうな声が漏れたが、気のせいだろう。


「トウツさん、君の性癖は私も聞き及んでいる。だが、これは大事な会議だ。フィル君も嫌がっている。謝罪を。」

「えー、どうしよっかなぁ。」

 ウォバルさんの言葉にトウツさんが反抗的な態度を見せる。


「謝りなさい。」

 ウォバルさんの言葉に、その場の空気が一瞬で冷え込む。


威圧インティミデントだ。かけられていない俺も思わず委縮する。その場で平気そうな顔をしているのはゴンザさんだけだ。


「う~。わかったよ。フィル君ごめんよ。」

 ぺこり、と彼女が頭を下げる。


兎耳がだらりんと、フードから零れ落ちる。


「う、ゴンザさん。俺の護衛って、この人以外じゃダメなんですか!?」

「残念だが坊主、ここじゃあウォバルを除けばそいつが一番腕利きだ。」

「ぐううううううううううう。ゆ……許します。」

「フィル君、えらい。」

 周りに聞こえるか聞こえないかの音量で、ミロワさんが呟く。


「善処しまぁ~す。」

 トウツさんが適当に返事をする。


「それ守らないやつじゃん!やっぱ無理!」


 俺の叫び声がギルド長室に響き渡った。

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