第36話 初めてのクエスト5

「なにこれ。私は囚人かなにかかな?」


 トウツさんは縄にぐるぐる巻きにされて座っている。

 椅子に直接縛り付けられる形だ。

 あの後、俺たちは席替えをすることになった。トウツさんの両脇にはゴンザさんとウォバルさんが座っている。ウォバルさんの隣にはロットンさん。向かいの席では、ライオさん、シャティさん、俺、ミロワさんと座っている。

 ちなみにルビーはトウツさんの側頭部を全力で殴ったり蹴ったりしている。触れられていないけども。見たことないくらいの怒りの形相をしている。


「囚人みたいなもんだろお前。」

 ゴンザさんが呆れた声を出す。


「フィルが訴えれば、罰金が発生する案件。」

 シャティさんが追撃する。


「僕も育ちが悪いから色んな人見てきたけど、君みたいなタイプは初めてだなぁ。」

 ロットンさんが言う。


 孤児院育ちとは聞いてたけども、今のロットンさんを見ると育ちが悪いとはとうてい思えない。ミロワさん然りである。


「う、ウォバルさん、トウツさんのせいへきってなんですか?」


 ショックが大きくて、肉体年齢に引っ張られて本物の幼児みたいな呂律になってしまう。


「私が聞いた噂では、年端のいかない男児に性的興奮を覚えるとか。たまたま私のところに生まれた子どもは娘だったからね。安心したけれども。リコッタはもし次生まれる子が男の子だったらどうしようと相談しに来たよ。」


 半分指名手配犯みたいな扱いじゃねぇか!というかショタコンじゃねぇか!


「こいつが村に来てからは、男児を兎人の前に出すなとお触れが回ったなぁ。」

 ゴンザさんが言う。


 なまはげかな?


「いやでも、僕我慢したでしょ? この村の子は誰もお手付きにしていないよ?」

 トウツさんが全力で弁明する。


「今はな。」

「今はね。」

 この村が長い二人が全く信用していない。


「すまないフィル君。彼女の性癖は知ってはいたのだが、まさかこんな衆目の場で行為に及ぶとは。」

 ウォバルさんが謝る。


「もっと早く言ってほしかったです。」


「本当すまねぇ。だが仕事は出来るやつなんだ。そうでなきゃ今頃俺が村を追いだしている。」

 ゴンザさんも謝ってくる。


「もういいんです。クエストの話をしましょう。」

「僕とフィルたんの役割だったよね。」

「フィルたん!?」


 トウツさんが俺への態度を隠さなくなっている。怖い。

 隣でルビーが『死ね!あばずれああああああ!!』とか叫んでいる。親友が壊れた。


「僕はあくまでもフィルたんの護衛だからね。フィルたんの役割によってすることは変わるかな。ね、フィルたん?」

 トウツさんがぱちりとウィンクする。


 ぞわりと背中を悪寒が走った。

 彼女は普通に可愛い。長くて白い髪はさらさらで、肌も陶磁のようだ。赤い瞳も宝石のように美しい。直立した白い兎耳は、正直彼女でなければ触ってみたい。体も出るとこ出てるし、正直変態でなければ仲良くしたい。

 でも無理だ。この人からは害意しか読み取れなくなってしまった。


「う、変態。」

 俺は呟く。


「はぁ、はぁ、はぁ。美ショタが罵ってくれる。」

 こいつ無敵かよ。


「というかお面被ってるのに、顔が綺麗とかわかるのかよ?」

 ライオさんが言う。


「いやライオちゃん、見てくださいよこの子!美男子オーラが出てるでしょ!わかんないかなぁこれが!臭う!臭うよ!」

 今日一で大きい声をトウツさんが張り上げる。


 あんた大声出せるのかよ。びっくりしたわ。


「いやわっかんね。」

 ライオさんが呆れる。


「話を戻していいかい?」

 ウォバルさんが苦笑いしながら司会進行を務めてくれる。


 小学校の時の学級委員のみっちゃんを思い出す。わがままなクラスで、頑張ってみんなをまとめていたみっちゃん。優しいみっちゃん。元の世界では今頃中間管理職への道を爆走してそうなみっちゃん。


「フィル君の役割だが、前衛も出来るんだったかな?」

「はい。」

「では、中距離魔法で私やロットン君を援護しながら陽動に加わるというのはどうかな。そうすれば、トウツさんという戦力も前衛に投入できる。」

 ウォバルさんが落としどころを提案してくれる。


「はい。それがいいです!それにします!」

 俺は思わず大きい声を出して返事をした。


 嬉しかった。人に役割を与えられることが。人に必要とされることが。

 それも、この村で一番信頼されている冒険者のウォバルさんにだ。嬉しくないわけがない。


「異論はあるかな。」

「う、あぶない。——なんでもない。」

 ミロワさんが何か言おうとして思いとどまる。


 俺を心配してくれているみたいだ。


「ミロワ。大丈夫だよ。僕とウォバルさんが近くにいる。」

 ロットンさんがミロワさんをなだめる。


 流石幼馴染。相手のことをよくわかっている。


「決まりだね。では、各自の判断でポーションなどの買いだめはしておくように。タラスクもバジリスクも毒持ちだ。解毒薬は多めに持っておくように。消耗品の武器も点検しておいた方がいいだろう。細かい点は私とゴンザで詰めておこう。導き手の小屋ヴァイゼンハッセには代表としてロットン君に知らせておく。フィル君とトウツさんペアには、トウツさんに伝えておこう。」

「あの、この人と情報のやり取りしないといけないんですか?」

 俺はウォバルさんに質問する。


「心配するな。坊主がこいつと合流するのはギルド内でだ。ちゃんと衆人環境で情報のやり取りはしてもらう。」

 ゴンザさんが横から助け舟をだす。


「そ、それならいいです。」

 俺はほっと、胸をなでおろす。


「え、何それ。僕ってそんなフィルたんに嫌われてるの?」

 トウツさんがきょとんとした顔をする。


 当たり前だ。


「こいつ心臓が鋼で出来てやがんぜ。」

「鎖国しているはずのハポン出身だけども、もしや亡命なのでは?」

 ゴンザさんとロットンさんが呆れる。


「後は前日にもう一度集まってミーティングだ。解散!」

 ウォバルさんが無理やり解散させる。


 次々と導き手の小屋ヴァイゼンハッセのメンバーが退室していく。

 それに続いてウォバルさんが退室する前に俺を見た。


「そういえば、フィル君。」

「はい? なんでしょう?」

 俺は怪訝な顔をして応える。


「私は先ほど、君の戦歴にワイバーン討伐と言ったのだが、何故訂正しなかったんだい?」

 そう言って、ウォバルさんが退室していった。


『ばれてる。』

『ばれてるね。』


 ルビーと一緒に戦々恐々とした。やはり大人は怖い。


「俺も出るか。」

 ゴンザさんがトウツさんから酒を取り返して退室する。


「フィルたんフィルたん。」


 何か呼ぶ声があるが、無視する。


「え、シカト!? これ!この縄!ほどいてほしいんだけど!フィルたんに縛られたならそういうプレイとして納得できるんだけど、むさいおっさんに縛られたやつじゃ興奮できないんだよね。え、聞こえてる? フィルたん? おーい!おーい!」


 俺は無言で扉を閉めた。

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