第37話 初めてのクエスト6

『ルビー、索敵を頼む。』

『あいあい。兎に気を付けてね!』


 ルビーがホバリングしながら樹上へと消えていく。

 今日はまた森に潜ってひたすら魔物を狩っている。

 倒した魔物の魔力を吸収して総魔力の底上げをするためだ。

 アスピドケロンとの戦いは確実に持久戦になることが予想されるからだ。

 前にはワイバーン、後ろにはバジリスクの眼がある。索敵能力は高い方だろう。タラスクの甲羅による防御力の高さ。それだけではなく、クラーケンの足があるため接近も容易ではない。


 俺は今回のクエストに参加するメンバーでは最も魔力の容量が少ない。それも圧倒的にだ。

 ポーションが尽きたらミロワさんに回復魔法をかけてもらうことになる。そうなると、俺はアスピドケロンとミロワさんのいる休憩スポットを何度も往復することになるのだ。

 そしてその行き来が増えれば増えるほど、アスピドケロンがミロワさんの存在に気づくリスクが高まることになる。


 ミロワさんが管理する休憩スポットが潰されることは、イコールで撤退のサインである。

 そして撤退するとどうなるか。アスピドケロンは少なくとも今回クエストに参加したメンバーを警戒することになるだろう。

 ウォバルさんやゴンザさんは既に面が割れているから仕様がないけども。

 ウォバルさんは「私が一番陽動としては機能するだろうね。」と言っていた。その通りかもしれない。


 もう一つの即撤退を判断しなければならない条件は、シャティさんの魔力切れだ。今回の参加メンバーで最も火力の高い魔法の使い手。

 であれば、ミロワさんの回復魔法を一番受けなければいけないのはシャティさんになるだろう。

 俺が頻繁にミロワさんの所を訪れて、貴重な魔力タンクを消費するわけにはいかないのだ。


「ワイバーンの討伐が出来ないのは痛いね〜。あれ、いい養分なんだけど。」

 隣でトウツさんが独言る。


 そう、今日は連携を確認する意味も含めて一緒に行動しているのだ。

 ちなみに俺はここに着くまでに彼女の半径2メートル以内に近づいていない。


「仕様がないですよ。これ以上数を減らしたら森のパワーバランスが崩れると、ゴンザさんが判断したんですから。」

「それはそうだけどさ〜。」

 トウツさんが刀の頭を手で弾いて、テコの原理で小尻を跳ね上げる。


 それ、そんな雑に使っていいのだろうか。元の世界の感覚だと美術品だが、彼女にとっては手荒に扱う武器だから問題ないのだろうか。


「倒しすぎたら駄目だなんて、俺も思いませんでした。」

 危ないから全部倒す、では駄目なんだな。


「割と冒険者あるあるなんだよね。エリアの主を討伐しちゃったら、ゴブリンとかの一番有害なやつが人里潰しに暴れまわるとかね。あれ、繁殖力だけはあるから、間引きするやつがいなくなると生き生きするんだよなぁ。」

「トウツさんの国にも、ゴブリンみたいなのいたんですか?」

「いたよ。名前は違って、僕らは餓鬼と呼んでいた。もしくは小鬼だね。」


 俺がいた世界の日本の伝承と近しい情報が、トウツさんの口からはポンポンと出る。

 俺はそういった話題が出るたびにドキッとするのだが、なるべく平静を保つようにしている。

 彼女は勘が鋭いから、気付いているかもしれないけども。


『戻ったよ!フィオ何もされてない!?』

 垂直降下しながらルビーが叫ぶ。


『大丈夫だって。ルビーは心配症だなぁ。』

『フィオは呑気すぎる!』

 ルビーが空中で憤慨する。


 実際、あのギルドマスター室での一件以来、彼女は俺に何もしてこない。物理的には。

 時折妙な視線で見てくることはあるのだが、それだけだ。


「時々さ、フィルたんってさ~。虚空を見ながら無言になるよね。何かと交信してるのかな~?」

 トウツさんが言う。


魔素マナを読むトレーニングをしているんですよ。」

 俺は予め準備していた言い訳を言う。


「なるほど。魔素か。うちの国では気と呼んでたなぁ。」

「気、ですか。こっちと魔法の体系が違うんですかね。」

「かなり違うと思うよ~。でも、教えるのは難しいかも。」

「難しいというと?」

「こっちみたいに学門って考え方じゃないからね。修行して目覚めるものって扱いだから。ここでは学術的な理屈を通して体得できるという扱いみたいだけど、あっちでは色々試したら偶然できた。理屈はわからないけど機能しているから使っとこうみたいなノリだからね。」

「それ、魔法として機能しているんですか?」

「それが意外なことに機能しているんだよね~。」

 トウツさんが可愛らしい舌をチロチロさせながら話す。


『フィオ!アーマーベアがあっち!』

 トウツさんに威嚇しながら、ルビーが指さす。


『オーケー。』

 俺はトウツさんに気取られないように、さりげなく進路の変更をする。


「でも、その魔法の学び方だと使い手が少ないですよね?」

「うん。こっちよりは割合的には少ないと思う。でも、その代わり使い手の平均レベルはあっちの連中の方が高いと思うよ。」

「体系化されてないのに?」

「体系化されてないからこそさ。」

「どういうことです?」

「自力で学ぶことが出来る者は、どの世界にいたって強いのさ。」

 トウツさんが刀の柄をカチカチと鳴らす。


「なんとなく、わかる気がします。」


 元の世界でもそうだった。自力で学べることが出来る者は、強い。

 前世での学校のクラスメイトたちもそうだった。人に教えられることを待っている人よりも、自力で調べているやつが成績は良かったように思う。今振り返ってみればの話だけど。


「まぁ。こっちの連中が教えられることにかまけて貧弱だと言うつもりはないけどね~。」

 トウツさんがのんびり話す。


「トウツさんは、何でソロなんですか?」

「おや、僕が気になるのかい?」

 にへら、とトウツさんが笑う。


「いえ、興味はないです。ただの会話の流れで。」

「フィルたん、僕に塩対応になったね。」

「貴方が健全な人なら正しく対応しますけど。」

「残念むね~ん。」

 トウツさんがため息をつく。


「その質問には答えてもいいけど、お返しに君にも質問に答えてもらいたいなぁ。」

 流し目で聞いてくる。


「質問にもよります。」

 俺はお面の端をいじる。


「じゃあ~、質問。どうして顔を隠すの?」

「見せられる顔ではないので。」

「そういう玉虫色の答えはだ~め。」

 トウツさんが顔の前に指でばってんを作る。


 いちいち仕草が可愛い人だ。変態でなければ友達として仲良くしたかった。


「俺のプライベートな問題なんです。トウツさんには申し訳ないけど、話すわけにはいかないんです。でも、全部解決したら顔を見せに行きますよ。」

「ほんと~?」

 トウツさんが腰を曲げて俺をのぞき込む。


 俺の翡翠色の目と、彼女の赤目がぱちりと合う。


「本当です。」

「出来ればショタのうちにしてくれると助かります。」

「それは難しいと思います。」

「じゃあいいや。」


 いいのか。


「次は僕が答える番だっけ~? ソロかぁ。ソロになった理由は簡単だねぇ。ほら、僕小さい男の子が好きだからさ。」

「う、うん。」

「え、さりげなく距離開けるのやめてよ~。傷つく。」

「俺が傷つかないための処置なので。」

「これなんて言うシチュエーションだっけ? ハリネズミのジレンマ?」

「俺は貴方に近寄りたくないので、その言い回しは間違いですね。」

「ひっど!」

 あはは~、とトウツさんが笑う。


「まぁ~、でも実際男の子好きなのは理由の一つなのは間違いないんだよなぁ。」

「冗談で言ったわけじゃないんですね……。」

「うん。ほら、僕って兎人じゃない?」

「そうですね。」

「僕らの種族って、年中発情してるんだよね。」

「え、あ、うん、はい。」

 突然の猥談への舵きりに俺はまごつく。


 慌てた俺の姿を見て、トウツさんが花開くように笑った。

 可愛い笑顔してんな。

 でも俺は知っているんだ。こいつは今、まともなことを考えていない。


「そういえばフィルたんには性知識は早かったかなぁ。もしかして、僕色に染められる?」

 トウツさんが湿った目つきで俺を見る。


「それはないです。」

「あぁあぁあ。フィルたんの冷淡な目。そそる。」

 トウツさんが片手を頬に当てて、もう片方の手で胸を揉みしだいている。


 ドン引きだよ。


「年中発情してて、どうしてソロになるんですか?」

 まともに付き合いたくないので、質問を重ねる。


「そりゃ~あれだね。僕は行為に及びたいのは美少年だけだから。でも、兎人の特性知ってる男は寄ってくるんだよねぇ。」

「ああ。」

 身体目当ての冒険者が寄り付いてしまうのか。


「実際、僕らの種族って娼婦や男娼になるやつが多い種族だからねぇ。僕も物心ついた時に真っ先に教えられた魔法は避妊魔法だし。でも残念ながら、僕はグルメだから成人した男性はお断りしているんだ。」

「俺、一刻も早く大人になりたい。」

『それは困るよ!』

 隣でルビーが叫ぶ。


『冗談だよ。』

 嘘だ。半分本気だ。


 ルビーとしては、俺が大人になったらお話出来なくなるから死活問題なのだろう。それは俺にとってもそうだ。


「それにね、女性冒険者もやっかみで付かなくなったんだ。」


 そりゃ、男性トラブルが透けて見える上にショタコンな女とパーティーを組もうなんて人間、中々いないだろう。

 その上、トウツさんは黙っていれば美人である。男女のパーティーに入った暁には、確実にパーティークラッシャーになるだろう。


「だからね~。今日は実は嬉しかったんだぁ。一時的にとはいえ、フィルたんとパーティー組めたからねぇ。」

 華やぐような笑顔をトウツさんが見せる。


 俺には彼女のその笑顔が、嘘偽りのないものに見えたのだ。


「こう見えてもね。かなり禁欲して生きてきたんだ。兎人にとって性欲を絶つというのは、かなりの覚悟なんだよ? 普通の人族のフィルたんにはぴんとこないかもだけども。僕もね~、馬鹿じゃないから自分の性癖が世間に迎合されないことくらいわかっているんだよ。」

 だからありがとうねぇ、と彼女はゆるんだ笑顔を見せた。


 俺は少しだけ、彼女に近づいて横を歩いた。


「およ~?」

「短い間ですけど、大事なパートナーですからね。よろしくお願いします。」

 俺は仏頂面で、そう言った。


「そんな可愛いこと言われるとアナル開発したくなるなぁ。」

「やっぱペア解散していいですか?」


 早くアーマーベア出てこい。

頼む。

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