第38話 初めてのクエスト7

 アーマーベアが出てきてくれた。

 サンキュー、アーマーベア。

 フォーエバー、アーマーベア。

 君は俺の救世主だ。

 まぁ、討伐するんだけども。

 残念だけど、これって、クエストなのよね。


「ガアアアアアアアアア!」

 大声でアーマーベアが威嚇する。


 つい最近までワイバーンの件で森が荒れていたので、ほとんどの魔物はこんな感じで攻撃的だ。


「どうする~? 手伝う?」

 トウツさんが刀の柄をいじりながら言う。


「いえ、俺の実力を把握してほしいので、見ていてください。」

「お~け~。じゃあ、次は僕がソロ討伐して実力の程を見てもらおうかなぁ。」

「それでよろしくお願いします。」


 俺は身体強化ストレングスをかけてアーマーベアの懐に飛び込んだ。

 アーマーベアが反応して、眼前に来た俺に向かって爪を横なぎに払う。俺は姿勢を低くしてかわす。

アーマーベアは敵が接近したら、ほぼ確実にこの攻撃を使う。その上、俺は的が小さいから対処しやすい。

魔法があるこの世界では、体格の小ささは大きなハンディキャップではないのだ。

 上からアーマーベアの顎が迫る。俺は口が開いたタイミングで、あらかじめ手のひらで練っていた魔力を火の魔法に変換し、ぶちかます。


火球ファイアーボール。」

 至近距離でアーマーベアの顔が爆発する。


 俺は爆風を受けながら後転して後ろに下がる。

 しばらくすると、アーマーベアが地面に倒れ伏した。


「お~。いい火力だぁ。」

 トウツさんが間の抜けた声を出して拍手する。


「どうですかね。俺は、アスピドケロンとの戦いで戦力になりますか?」

「なるだろうね。クラーケンの足の露払いくらいにはなると思うよ。」

 トウツさんが頷く。


 ソロでB級まで成り上がった人物に褒められた。

 俺は自己評価を少し上方向にシフトする。

 大丈夫だ。出来る。俺はマギサ師匠の元で魔法を学んだんだ。ルビーだっている。俺は出来るはずなんだ。


「ありがとうございます。」

「フィルたんさ、深刻に考えすぎじゃない?」

「何がですか?」

「フィルたんは新人なんだし、気負う必要ないと思うなぁ。その役割はウォバルおじさんのものだと思うよ?」

「責任を負うのに、役割なんてあるんですね。」

「そりゃ~そうだよ。ちなみにフィルたんの安全の責任を負うのは、僕ね。お客さんでいろとまではいかないけど、腕試し程度に考えといた方がパフォーマンスは上がると思うよぉ。」

 ふわふわした雰囲気で、トウツさんが真面目な助言をしてくれる。


 いい人だ。変態でなければ。


「ご忠告、感謝します。」

「固いなぁ。」

 トウツさんが苦笑いする。


 貴方は柔らかすぎると思いますよ。

 性格も見た目も。


「アーマーベアを解体、はしなくていいですね。今回はたくさん魔物を倒すのが目的なので。」

「そうだねぇ。亜空間リュックに適当にぽいでいいんじゃないかな。」

 僕はいつもそうだけども、とトウツさんが付け足す。


「了解です。」


 俺は亜空間リュックにアーマーベアを詰め込む。


「よく見ると、顎の中身だけ綺麗に焼かれてるんだねぇ。重要な表皮や骨は傷んでいない。火力調整も上手なんだねぇ。」

「俺は魔力が少ないですから。節約も出来ないと話になりませんし。」

「その考えに五歳で行き着くのは異常だねぇ。」

「そうなんですかね。」

「そうだと思うよ~。知らんけど~。」

 トウツさんが刀に手をかけた。


 彼女の視線の先を見ると、もう一体のアーマーベアが歩いてきている。歩くたびに地面から振動が伝わる。

 ワイバーンほど強くはないが、こと重量と体の頑強さに限っていえばアーマーベアはワイバーンを上回っているといえるだろう。


 トウツさんの姿が掻き消えた。


「え?」


 そう、俺が間抜けな声を出すころには、トウツさんはアーマーベアの真後ろに立っていた。


「切られたことにも気づかないなんて、お間抜けさんだなぁ。」

 トウツさんがぼんやりとした口調でアーマーベアに話しかける。


「ガア!ガアアアア!?」

 振り返りながら吠えたアーマーベアの体がずれた。


 縦一文字にずしゃりと体が崩れる。思い出したかのように血しぶきが壊れたスプリンクラーのように噴き出す。


「見えた?」

 トウツさんがにこやかに俺に聞いてくる。


「いえ、全く。」

「なるほど~。もしかしたら見えるかもと思ったけども。流石に五歳でそこまでは無理かぁ。」

 なるほど~なるほど~と、トウツさんが一人で納得している。


「速いですね。ハポンの技術ですか?」

「ただの身体強化ストレングスだけど、うちの国特有の体さばきは使っているかなぁ。あ、あと風魔法で空気抵抗を減らしているよ~。」

 トウツさんが返答する。


「あ、風魔法って風を起こすだけじゃなくて空気を薄くできるのか、なるほど。」

「お姉さんはフィルたんの吸収が早すぎて将来が楽しみなのです。成長は止まってほしいけど。」

「すぐに筋骨隆々の大男になってみせますよ。」

「いきなりグロい話やめてくれる?」

 トウツさんが出会ってから一番深刻な口調で言う。


「今の話のどこにグロ要素があるんですか……。」

 俺は呆れる。


 でも、一つ勉強になった。空気抵抗を減らす魔法。俺も今度やってみよう。


「取り敢えず熊さんは倒したねぇ。次はどうする?」

「俺たちの仕事はクラーケンの足を一本でも多く潰すことです。あくまでも陽動なので。俺は森ではソロで動くことが多かったので、多対一の戦闘経験が少ないんですよね。」

「疑似クラーケンの足対策かぁ。群れで行動する魔物と戦いたいのかな。」

「そうなりますね。判断能力の高さを養いたいです。」

「よし、それにしよう。数も多くさばけるから、魔力も上がるでしょ~。しかしフィルたんは結構チャレンジャーなんだねぇ。」

「何がですか?」

「二人組のパーティーで群れの魔物を討伐するなんて、普通B級以上の冒険者がする発想だよ?」

「…………師匠が特別なので。」

「その言い訳、便利だねぇ。」


 自分でも苦しい言い訳なのはわかってるわい。


「フィルたんが何を隠したいのか、何者なのかは詮索しないけどねぇ。嘘つく練習はしておいたほうがいーよ?」

「肝に銘じておきます。」

「よろし~い。」

 トウツさんがほんわかと頷く。


「ではでは、魔物の群れにごー。ここら辺だと、ゴブリンかコボルトか魔猿だね。」

「とりあえずゴブリンにしましょう。あれは絶滅させても問題ないっぽい種族なので。」

「だね~。何であれいるんだろ。神様のエラーだと思うなぁ、僕。」


 散々な言いようである。


 トウツさんがアーマーベアを亜空間ポケットに入れるのを確認する。

俺のはリュック型だけど、彼女のはウェストポーチの形をしていた。抜刀の邪魔にならない形を選んでそうなったのだろう。


「じゃあ、行きますか~。」

 トウツさんが刀を振って血のりを飛ばす。


「ご指導よろしくお願いしますね、先輩。」

「あ、いいね~。その呼び名。色々はかどる。」


 俺は何がはかどるかは深く聞かず、無言で歩みを進めた。

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