第39話 初めてのクエスト8

 今日の俺の立場は荷物持ちポーターである。

 冒険者の年齢制限に引っかかっている俺がクエストに参加する方法は2つある。

 とはいっても、マギサ師匠の威光という裏技を最初から使っているのだけれども。


 一つは奴隷に落ちること。

 奴隷になると、人権がなくなる。つまりは物扱いになるのだ。物にライセンスは必要ない。奴隷は主の道具としてクエストについていくことができるのだ。

 ただし、飯炊き係や夜の相手、寝ずの番や魔物の群れに遭遇した時の囮など、まともな扱いを受ける人は少ないらしい。

 要は雑用兼肉壁である。


 二つめは今俺がやっている荷物持ちポーターだ。

 荷物持ちになる条件はいくつかある。

 昔から魔物が出る場所の地形を知っている地元民が道案内としてクエストに参加することが一つだ。

 この場合、世襲制になることが多い。弟子をとって育てることもあるらしい。

 力のある荷物持ちがいる町や村では、たとえA級冒険者でも依頼をすることは多いらしい。

 冒険者にとっての最低条件は生き残ること。生き残ることに大切なのは情報。そしてそれをよく知っているのは地元の荷物持ちということだ。

 中にはこの仕事を蔑視する冒険者もいるようだ。戦わずにおこぼれに預かる卑怯者、ということらしい。


 世襲制や弟子でもない場合は、ギルドから認定される必要がある。

 最低限の戦闘能力と、知識を推し量られる試験があるらしい。

 俺はギルドマスターのお墨付きをもらってパスしたわけだが、今回の俺の立場はこれに当たる。森に住んでいたから知識は十分だし、戦闘能力も申し分ないとのことだそうだ。


『フィオ!この先800メートル行けばコボルトの群れ!』

 ルビーが目の前を飛びながら話す。


 ちなみに、トウツさんと話すときにルビーは何度もトウツさんの顔に重なるようにして飛んでいる。

 俺の視界に入れたくないほどこの兎が嫌いなのか。理由は推して知るべしだけども。


「トウツさん、何か感じますか?」

「んー。魔物の群れが近い、かな?足音の軽さからして哺乳類系だね。たぶん、コボルト。」

「やっぱすごい耳ですね。」

「確信はないけどね。ちなみに感度もいいよ? 触ってみる?」

「ゴブリン討伐を変更して、コボルト討伐にしましょう。」

「あん♡塩対応♡」


 この人無敵かよ。


「次はどうする~?」

「連携の練習をしましょう。俺はさっき火魔法を使いましたが、土・風・水も見せながらサポートします。風魔法はたぶんトウツさんの方が上手なので、俺のバフは必要ない感じですかね。」

「そうだね~。僕もソロ歴が長いから、下手な連携するよりかはいいかも。」

「なるほど。」

「あと、変に僕に接近した敵を狙う必要はないかなぁ。誤射が怖いし。たぶん、かわせるとは思うんだけど、無駄な動作が増えて怪我する確率が上がっちゃうかも。」

「なるほど。」

「だからね。僕から遠い敵を丁寧に減らしていく感じでいいと思うよ。アスピドケロンもそれでいいと思う。敵のヘイトをばらすことが、ソロにない利点だからねぇ。それに、群れで行動する魔物は不規則に見えて規則的な連携をしてくるから。僕だけを相手にする場合はその連携が機能するけど、フィルたんが魔法で倒すだけ連携のパターンが崩れるんだよ。だから、僕が息をつく余裕も出てきてスタミナ管理がしやすくなるの。」

 コボルトくらいでは息は上がらないけども、とトウツさんが付け足す。


「なるほど。」

 俺はただ頷く機械になってしまう。


「フィルたんは後衛だから、本来はヘイトが向かない方がいいんだけど、万能選手みたいだからね。多少はいいのかなって感じ。おーけー?」

「オーケーです。それでいきましょう。」


 そうこうしているうちに、コボルトの群れに接敵した。クエストが始まる。

 コボルトは犬のような二足歩行の魔物だ。二足歩行だが、イヌ科の生き物のように足の甲が細長く、狭い。

 彼らの群れは二十を越えていた。一般的なコボルトの群れとしては多い方だ。

だが、異常な数ではない。常識の範囲内だ。

 おそらく、ワイバーンを警戒するために二つの群れが合流したのだろう。ボスらしき体の大きいコボルトが二体いることから推測した。

 彼らが群れの数を増やす時の最大の理由は囮を増やすためだ。より多くの個体が生き延びるために、強者から襲われたときに足手まといを食べてもらう。そしてその間に他の個体が逃げるのだ。群れが合流すれば、その囮候補が増えるということだ。

 非情だが、合理的。俺たち人間では、よほど精神が狂っていなければ出来ない作戦である。


「フィルたんは五歳なのに、気配を消すのもお手の物だねぇ。偉いねぇ。」

 トウツさんが息を殺しながら俺を褒める。


 小声で会話できるようにするために、俺はやむなく彼女のすぐ前に陣取っている。草むらの影から彼らを観察する。


「つむじがいいにおい。」

 トウツさんが俺の頭に鼻をこすり付けてふがふがする。


 どうしてこんな緊張すべき場面でこの人は空気を壊してくるのか。

 ルビーが発狂している。


「クエストにショタコン討伐とかないですかね。」

「おお、怖い怖い。」

 トウツさんが小声で笑う。


「相手は気づいていません。アーマーベアみたいに、力試しついでに正面からやりますか?」

「いんや~。早く終わるのに越したことはないでしょう。ここをさっと終わらせて、次のゴブリンと魔猿の群れに突っ込もう。」

「そうですね。それにしても変な種族だなぁ。犬みたいな顔に二足歩行って。」

「そうかな。魔物たちからすれば、僕らみたいに進化することが不自然だと思うけども。」

「それもそうですね。」

「ま、でも中途半端な進化しないで、ちゃんと獣人に進化しとけよとは思うけどねぇ。」

「何でですか?」

「ああいう手合いがいるから、僕らみたいな獣人が魔物と勘違いされて蔑視されていたからね。気分のいいものじゃないよ。」

「……苦労していたんですね。」

「いや、僕の場合の苦労は自分の性癖のせいだから別にいいよ?」

「わかってるんなら改めてくださいよ……。」

「それは無理だねぇ。」

「はぁ。」

 思わずため息がでる。


「怒らないで聞いてくださいね? ああいった魔物と獣人の違いって何です?」


 かなり失礼な質問だと思う。

 だが、なんとなくトウツさんは怒らないだろうという確信があったので、俺は尋ねる。


「そういうことは知らないのかぁ。フィルたんの知識は偏ってるな~。んん~。強いて言うならば、言語と文明かな。」


「言語と文明。」

 思わず復唱する。


「そ、言語と文明。フィルたんはあいつらと意思の疎通ができると思う?」


 そう言われて、俺はコボルトたちを観察する。

 彼らは小動物の死肉を奪い合っている最中だった。周囲に血が飛び散っているが、お構いなしだ。お互いに噛みつきあいながら奪い合っている。その目に知性はかけらも宿っていなかった。


「およそ文明的じゃないですね。無理だと思います。」

「でしょう? あれで起源がエルフに近いってんだから驚きだよねぇ。」

「え、そうなんですか?」

「あれの祖先は犬型の妖精や精霊と言われている。僕でも目に魔力をひたすらためて凝らして見れば、なんとなく精霊っぽい聖気は感じるね。あながち俗説でもないっぽいよ。」

「あれが妖精や精霊?」

 俺は思わずコボルトたちとルビーを見比べる。


『僕らもピンキリなのさ。』

 ルビーは空中で肩をすくめる。


「僕の抜刀よりも、フィルたんの範囲魔法の方が一度に数を減らせると思うけど、出来る?」

 トウツさんが会話を続ける。


「任せてください。」


 俺は魔力を練り上げる。

 火魔法や水魔法は大気の気温差、土魔法は音で勘づかれやすい。ここは風魔法でいこう。


風刃ウィンドカッター

 風の刃がさく裂する。


 手前にいた7体のコボルトが、頭部と胴体がお別れする。


「ナイス。」

 俺の横を鋭い一閃の風が通り過ぎる。

 トウツさんだ。


 気づいた時には2体のコボルトを切り伏せていた。


「速すぎでしょ。」

 俺は慌てて戦闘に参加した。


 そこから先はまさにワンサイドゲームだった。

 トウツさんが鬼神のごとくコボルトたちを切り伏せていく。コボルトたちは何が起こっているのかわかっていないようだったが、敵がトウツさんであることには気づいているようだった。

 トウツさんに挑むものはことごとく切断されていく。怯えて距離を取るものや、機会をうかがっている個体を俺が風魔法で刻んでいく。

 目で追えない速度の敵。そしてアウトレンジからの範囲攻撃。コボルトたちはすぐに統率がとれなくなった。


 あっという間にコボルトたちのせん滅が終わった。


「パーティーって楽だね~。」

 トウツさんが血のりを飛ばしながら言う。


「本当ですね。」

 亜空間リュックにコボルトの死体を詰め込みながら、俺も言う。


「どうだい、フィルたん。僕ら正式にパーティ「お断りします。」返事早すぎない?」


 次は魔猿とゴブリンだ。どんどん行こう。

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