第288話 世界樹5

「う~ん。成功? イヤ、失敗かな? いやでも先行投資の分は働いたから成功かな? どちらにせよ燃費が悪すぎるね。アーキアは」


 魔王城のバルコニーで、トトが遠くを眺めながらつぶやく。

 そこには地面の上で生きた心臓のように表面を波打たせている肉塊がある。ゴブリンメイジから吸い上げた呪いと魔力が尽きたのだ。今は活動を停止している。

 周囲は更地だ。

 巨人達を滅するついでに、アーキアが作り上げた光景である。アーキアは何でも食らう。生物、有機物、魔力、そして呪い。特に魔力と呪いについては、取り込んだあと自身の活動エネルギーへと転換する。

 トトが「燃費が悪い」と言ったのはその点に尽きる。

 出せば確実に「破壊」という結果を残す。

 だが、出すまでの労力が大きすぎる。


「魔王様が出張れば、こんな美しくない戦略兵器を使わなくてもいいですけどねぇ」

 むき出しの指の骨を打ち鳴らし、トトが独り言ちる。


 そして魔王が消耗すれば、自分が後ろから刺して世界の王になるというのに。

 だが、まだ実行には移さない。

 トトは魔王を正しく恐れている。何故ならば、魔王は自分が謀反を起こすと分かっていて手元に置いているのだ。しかも、いつでも攻撃できる近衛という立場に置いている。トトは恐ろしくて仕様がなかった。楽しくて仕様がないともいう。「お前程度、いつでも返り討ちにできる」と言われているのだ。不死王ノーライフキングという存在へと上り詰めたのち、自分をこのような扱いにした人物など、魔王以外にはいない。

 トトはいつか魔王を裏切る。

そうではあるが、同時にその圧倒的な力に心酔もしているのだ。


「終わったかしら」


 美しい女性がバルコニーへ現れた。

 露出が多く、身体のラインが浮き出るようなドレスを着ている。彼女のパーソナルカラーは紫だ。髪色も唇もアイシャドウも、綺麗なまでに紫で統一している。死人のように青白い肌が、彼女の危険な色香を更に際立てている。

 レイミア・ヴィリコラカス。

 吸血鬼の女王にして、真祖に最も近いと目される者だ。

 当代の魔王の四天王を務めている。


「おやおやレイミアさん!見ものでしたよ!貴女も外にいればよかったのに!」

「日差しは嫌いよ。あと、私をレイミアと呼んでいいのは魔王様だけ」

「はは~!すいませんね!私、脳空のうからですので!文字通り!」


 トトの笑いが頭蓋骨で反響して空しく響く。

 もちろん、レイミアは笑っていない。


「大体、ヴィリコラカスさんは日差し遮断魔法が出来るじゃないですか!」

「心理的にもきついのよ。雑魚の処理はあなたに任せるわ」

「おや、巨人の血はお好きでない?」

「洗ってない皮靴みたいに臭くて、嫌いよ」

「皮靴を食べたことがあるので?」


 レイミアが無言で血の塊を槍にして飛ばす。

 それがトトの肋骨をするりと通り抜けて空を切っていく。


「危ないですねぇ。貴女はエレガントなところがいいのに、バイオレンスなところで台無しです。淑女らしくもない」

 飄々と、トトが笑う。


「どうでもいい。アーキアを回収する。あれはまだ役割がある」

 キリファが前に出る。


 彼が柵に手を置くと、地面が隆起する。盛り上がった地面はアーキアの真下へ到達し、地面ごと魔王城へ引きずられて戻ってくる。


「いつ見てもでたらめな金魔法ですねぇ」

「気色悪いわね」

「分かります。別種の魔法に見えてキモイんですよね」


 2人はキリファの魔法を勝手に批評して貶す。

 当の本人は無視して、黙々と肉の四天王を回収する。


「退却だな」


 バルコニーに現れた魔王がつぶやく。

 キリファと同じくローブ姿だが、出立ちは地味なブラウンだ。足元のブーツは土汚れが目立ち、年季が入っている。


「オヤァ!何故でしょう閣下!もう少しで巨人どもを大量鹵獲出来るというのに!マァ、エクセレイに攻め入るには十分捕まえましたけどね!」

 飄々と、トトが言う。


「気付け。鈍感なところが貴様の至らぬところだ。トトよ」

「ん〜?」

「キリファは気づいておるぞ」

「ほ〜?」


 トトが見やると、キリファンが耳をそばだてていることがローブの外からわかる。


「……コーマイの虫けらどもですか」

 トトが舌打ちをする。


 舌はないが、わざわざ魔法で舌打ちの音を再現しているのだ。


 東の方から大量の魔力の粒が押し寄せてくるのが分かる。速い。虫人族の国には陸空共に速い種族が多いのだ。

 あまりにも援軍が早い。コーマイの新王は思った以上にフットワークが軽いようだ。


「エクセレイが間に入り、協力体制を築いていたとは知っていたが。予想以上だったな」

「いいのか? アーキアは休眠モードに入ったが、コーマイの援軍もろとも滅ぼすことは十分に可能だ」

「エルドランの再建には時間がかかる。我々がエクセレイに攻め込んだとして、追いかけてくる余裕などないだろう」

「……承知した」


 口では同意したものの、キリファは納得しかねていた。魔王はエクセレイを異常に警戒している。トトが「私至上そこそこの傑作」と評していたオゾス・ダシマやノイタ、ドルヴァを含め、間者も多く配置していた。あの国のどこが怖いのか。理解が及ばない。及ばないが、魔王にも考えがあるのだろう。彼は疑問に蓋をする。


「さて、エクセレイに乗り込もうか。北の小国の殲滅に行っているライコネンを呼び戻せ。エルドランの王と一騎討ちできずに気が立っているからな。いい仕事をするだろう」


 魔王の指示に、一人の吸血鬼が飛び立つ。


「あの獅子族の王ですか。私、脳筋は嫌いなんですよね。魔王様、何であんな頭の弱い男を四天王にしてるんです? もっとスマートな集団にしましょうよ」

「ただの肉の塊であるアーキアを四天王にしているのだ。あれこそ文字通り単細胞だろう。今更単細胞が増えたところで問題ない」

「単細胞? はて、単細胞って何です?」

 トトの目が空洞であるはずなのに、興味で光る。


「……こっちの話だ。キリファ、動かせ」

「承知した」


 針のような城が動き出す。

 魔王軍がエクセレイへ着くまで、あと少し。







「さて、どこから話そうか。そうだね、この世界樹がどういった場所かというところからいこうか」


 ルアーク長老の言葉に、俺は居住まいを正した。


「ここは、この世界の管制室のような場所だよ。制御室と言ってもいいかもね」

「制御室」

「この世界において大事な構成要素は魔素だ。それのバランスを保つことが世界樹の役割。ここは魔素マナが濃いだろう?」

「はい。今まで体感したことがないくらいに」

「当り前だ。ここで魔素が生まれているのだからね」

「……道理で」


 納得がいく。

 むしろそうでないと、この魔素の濃さには説明がつかない。


「正確に言えば、循環して再利用されているが正しいね。全ての命は死ぬと、一部は他者に移る。冒険者達はそれを、魔物を倒したご褒美だと勝手に思っているが、それは違う。消えた魔素は一度、死者の世界へ流れる。それを生者に適応するよう作り替えるのが世界樹の役割だ。死んだ生き物の魔素が全て世界樹へ流れてきた場合、処理に時間がかかる。だから、鮮度が保たれた魔素はそのまま現世へ滞留するのだよ。結果として、すぐ近くにいる生き物へ乗り移る。最後に魔力が触れた者や、直接接触した者にね」

「な、るほど?」


 でも、それっておかしくないか?


「でもそれじゃ、魔物以外の生き物を殺しても、魔力を抜き取れるということじゃないですか?」

「あぁ、そうだよ」

「え“」

「人間で魔物を越える生命力を持つ者は少ないからね。普通に生きていたら気づかないだろう。気づいた人間は、教会に口止めされるか粛清される」

「テラ教、ですか」

「あぁ。異世界の人間は驚くらしいね。ほぼ全ての国がテラ教を国教指定しているこの世界に。フィオ君の世界は、多くの宗教が混在している上に、本当に偶像を崇拝しているらしいね。驚いたよ。こっちは違う。教会には明確な役割がある」

「テラ教の人間は、全員それを知っているんですか?」

「まさか。ほんの一部の人間だけだよ。その一部に、少なくともファナ・ジレットは入っているがね」

「…………」


 ファナが狂戦士であることは言うまでもない。

 だが、ずっと引っ掛かっていた。

 彼女はむやみやたらに人を殺すような人間ではない。それでも、異教徒を根絶やしにしてきた記録が教会にあった。その異教徒が世界樹の機能を停滞させるような輩だとしたら?

 当然、粛清だろう。

 ほかならぬ、世界の安寧のために。


死霊レイスやアンデッドも世界のバグといえるだろうね。循環すべき魔素を現世に停滞させているのだから」

「あぁ。だから、そうか」


 だから浄化魔法の使い手は教会に集まるのか。死霊系の魔物が地上に跋扈したら、魔素が循環しなくなる。そうなると、新しい命が生まれない。

 何て、面倒な世界なんだろう。

 元いた世界の方が不健全に見えてたが、こっちもたいがい不完全に感じる。


「ここは通り道でもある?」

「何のですか?」

「君の、だよ」

「あ」


 思い出した。

 この真っ暗な空間。

 そうだ。

 俺はここに来たことがある。

 茜の目の前で車に轢かれた後、しばらくここで滞留していたのだ。

 レイアのお腹の中だと思ってたけど、あれはこの空間だったのだ。


「世界の魔素のバランスを調整するために。調整というよりも、足りない分を補填するためかな。世界樹は時々、外来種を連れてくる」

「それが、俺達転生者だと?」

「そうとも」

 ルアーク長老が頷く。


「でも、本末転倒じゃないですか。転生者が原因で滅ぶかもしれないんでしょう? この世界」

「緩やかに確実に停滞して滅ぶのと、賭けに出ること。フィオ君ならどちらを選ぶかね?」

「…………そりゃ、まぁ」


 座して死を待つなら、動くしかないよね。


「大抵の転生者は消滅する」

「え“」

「異界の間を行き来するのだよ。普通の魂ならば形を保たない。ただの魔素となって流れ着くのみだよ」

「えぇ……」

「でも、君みたいに魂が壊れずに生まれ変わってしまうラッキーな者もいる」

「そこはラッキーのひと言で片づけないでほしいんですけど」


 え、俺が生きてるの、運がいいだけなの?


「そして、君たち転生者が持ち込んできたもので、とても厄介なものがある」

「厄介……?」

「これはアーカイブなのだがね。三代目、だったかな。かつての巫女が託宣夢で見た光景を、そのまま映像化したものだよ。君たちがこの世界に持ち込んだものが発展すると、これになる」


 そう、ルアーク長老が言うと、真っ黒な空間にぽつりと明るい空間が現れた。

 そこに映像が流れる。

 ただの、地表が移された立体映像だ。荒野が広がっており、所々緑があって、幾つか村や町も見える。


「この映像が何だって――」


 俺は言葉を失った。


 映像が真っ白にフラッシュした。

 ぽっかりと白い光が円形に輝く。

 輝いたかと思うと、地面を押し潰して膨張し始めた。

 遅れて巨大な轟音が鳴り響く。

 真っ白なマッシュルームのような煙が円形に爆発的な速さで広がったと思うと、それが点に押し上げられていく。上空には急速に熱が伝わったからか、雲が押し広げられ同じく白いリングをかたどっている。

 それらの白い煙を押し上げるのは、重量感のある細く黒い煙だ。

 その黒い煙の内部では、なおも爆発が起こっているらしく赤黒い。

 白い煙と共に衝撃波が伝わり、地上の物という物を吹き飛ばしていく。

 影さえ焼き尽くすような爆発。


 あぁ、最悪だ。

 見たことがある。

 俺は前世の修学旅行で、これを見たことがあるぞ。


「原子爆弾」

「やはり、知っていたか」


 俺の呟きに、ルアーク長老が視線を落とす。


「これが、この世界で君たちが生きづらい理由だよ。君以外にも転生者は時々現れた。だが、彼らは全て自身が異世界出身だと明かさずにその生涯を終えている。そう。君たちはこれを人類の英知の炎と呼んでいるんだっけか。あるいは、化学と」

「……はは、何だよそれ」


 勝手にこっちの世界に呼び込んでおいて、いたら困る?

 なんだよそれ。

 なんだよそれ、なんだよそれ、なんだよそれ。


 じゃあ俺は、何のためにここに生まれたんだ?

 クレアのため?

 エクセレイのため?

 魔王を倒すため?




 誰のため?

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