第289話 世界樹6

「くそがぁああ!」


 荒野の中心で巨男おおおとこが叫んだ。

 周囲には千々にぶつ切りにされた同胞達の亡骸がある。死体が形を保っていたものは数名拉致されてしまった。

 完全な敗北である。エルドラン有史以来、これほどはっきりとした「負け」を突きつけられたのは初めてのことだ。

 同胞を惨殺されたことは、もちろん怒りの感情への大きな一因である。

 だが、何よりも彼が許せないのは巨人という種族の戦歴に最も大きな傷をつけたということである。過去の英霊達に顔向けができない。死んだ戦士達も、勝ち戦であれば手向けになったはずだ。不甲斐ない。この国で一番の戦士である自分が手も足も出なかった。面目がまるで立たない。


「許さん。アーキアと言ったか、あの肉の塊。あれは俺が殺す。絶対に叩き潰してやる」


 ティッターノ王は、もはや自身の立場を放棄しかけていた。一人の戦士として、かの魔王の手先を打倒する算段を頭の中で立てている。腹心の文民に国の再建を任せ、今すぐにでも針のような城を追いかけたい。だが出来ない。この国はまだ滅んでいない。無辜の民のため、責任ある立場である自分が直情的に行動してはならない。

 地面を叩きつぶし、抉り、焦土となった自国を見渡す。


「一からだ。この国を立て直して、あいつらの鼻っ柱を折る。絶対にだ。この国を滅ぼさなかったことを後悔させてやる。首を洗って待っていろよ」

「はは!エルドランの王はたくましいな!」

「……コーマイの新王か」


 気づいたらそこに男がいた。

 ハンミョウ族の男だ。翅を虹色に輝かせている。これだけ視認性の高い配色をしているというのに、そばに来るまで気づくのが遅れた。この男が特段隠密に長けているわけではない。接近が早過ぎて認知が遅れたのだ。


「何をしにきた? 隣国の危機を嘲笑いに来たのか?」

「ふむ。その回答は輝いていないぞ、エルドランの王よ。助けに来たに決まっているではないか!」

「助ける!? 助けに来ただと!? お前達の国がか!弱小国家ゆえ、複数の種族で連立しなければ我が国ともレギアとも、まともに外交出来なかったお前らがか!笑わせてくれる!」

 ティッターノは笑う。


 だがそこに、いつもの豪快さはない。コーマイの王は助ける立場。自身は助けられる立場。つまり現状、こちらは下の立場である。自分はそれを飲まなければならない。他でもない民のために。力こそ最大の是としてきた彼の種族性を鑑みると、屈辱である。


「ふぅむ」

 自重気味に笑うティッターノを見て、パスは思案する。


「いや、申し訳ない巨人の王よ。貴方は輝いてるな!とても輝いている!戦争に敗北しておきながら心は敗北していない!天晴れだ!」


 能天気にそう言うパスを見て、ティッターノは目を丸くする。巨人ゆえ、丸くなった目玉がパスからはよく見える。


「……ふん。助けられてやる。だが、巨人は弱者の立場に留まることを良しとしない。そちらの利となる条件を要求しろ。しのごの言わずに飲んでやる」

「いいのか? 一国の王がそんなに軽く約束などして」

「……まぁ、手前は大丈夫だろう」


 彼は既に感触として実感している。目の前のハンミョウ族の男は、自分と同じ馬鹿であると。


「はっはっは!交換条件は部下たちと話して決めよう!都が崩れたままだから巨人族に建物やインフラの再建を手伝ってもらうくらいが妥当な線かな!」

 豪快に笑いながらパスが手を差し伸べる。


「…………」

 ティッターノは、考えなしに見えてすぐ平等な条件を話してみせたパスへの評価を少し引き上げる。


「馬鹿。握手は出来ねぇよ。俺がお前の手を握り潰してしまうじゃねぇか」

「はは!そうであったな!」


 ティッターノが立ち上がり、両者が拳を突き合わせる。


「パス王!いくら足が速いからって、単独先行しちゃ駄目じゃないですか!」


 慌てて駆けつけたハンミョウ族やムカデ族の虫人が苦言を呈す。

 少し遅れてリュカヌ・セルヴォランも追い付く。


「いやはは!すまんすまん!」

 怒る部下をよそに、飄々と笑う。


 巨人の王は、自分も我儘な方の王だが、こいつほどじゃないなと心中で思う。口には出さないが。


 両国は協力し、ここから一気に国の補強を加速させていくことになる。

 ちなみに。バッタ族で鈍足のラウ・ウェアがエルドランに着くのは、この2日後のことであった。






「で、君らは何でまた入国してるのさ」


 憮然とした表情で述べるのはトウツ・イナバだ。


「いやはは!よいであろう、よいであろう!」

 飄々と笑って返すのは、ハポン将軍家の息子トウケン・ヤマトだ。


 エクセレイは危険だ。船の上で、魔王軍がエルドランを打倒したとの凶報が届いたばかりなのである。ハポンとしては、大事な後継であるトウケンを異国の地で亡くすわけにはいかない。当然、家臣たちも反対していた。

 だが、この男はあっさりと無視してトウツ達についていたのだ。

 トウツには彼の胸中がわからない。彼女は自身の欲に忠実な人間である。自由を欲しがったのも、フィオも欲しがったのも、欲に従ったからだ。トウケンは欲以外の何かに突き動かされているように見える。それが何かはわからないが。


「よくありません、若様。若様がエクセレイで死んだらどうなります? 私のキャリアに傷が付きます」

「うんうん、アズミ。お前の素直なところ、余は好きだぞ? だが、何というかこう、もっとやわ餅みたいな表現はできんかのう?」

「もうエクセレイの領海に着きましたのよ? いいかげんハポンの言語ではなく大陸の言葉を使ってくださいな」

 ファナ・ジレットが苦言を呈する。


 この民族は一人一人でいると大人しいものだが、数が集まるとどうも多弁になるらしい。ハポンに行って実感したことである。大陸の国々が滅多に侵略にいかないわけだ。海を渡った上に、妙に結束の高い国民性をもつ彼らと戦わなければならないのだ。面倒この上ないだろう。


「おお、すまんな!いやぁ、気の強い女性陣が多いと気苦労するのう、なぁハンゾー!」

「若様、その話を振られるのは返事に苦慮いたします」

「はは、すまんすまん。だが女性が元気のいいのは良き国である証拠だ。存分に喋るとよいぞ!だが甲板で殺し合いはしてくれるなよ?」

 トウケンがトウツとファナに釘を刺す。


 航海を共にしてわかった。あの小人族の少年がこの女性陣を学園の敷地内へ受け入れるのをいつも渋っていた理由を。少し目を離すと当たり前のように殺し合いをするのである。この二人は。もちろん、死ぬまではいかないが、重傷までは普通に追い込む。先ほどなんて、「エクセレイに帰って最初にフィルへ抱きつく権利」を賭けて殴り合っていたのである。ひょっとしなくても馬鹿である。船に帯同が義務付けられている治癒魔法の使い手がいるのだが、彼は彼女達の生傷が絶えないのでノイローゼになっていた。オーバーワークだ。今は船室で寝込んでいる。可哀想に。

 もう一つ、見誤っていたことがある。

 フェリファンである。

 トウケンはてっきり、彼女はフィルと共に彼女達を止める立場なのだと思っていた。蓋を開けるとそうではなく、肉体派ではないだけで彼女も好戦的であった。むしろ、一番喧嘩を焚き付けているまである。

 子はかすがいと言うが、小人が鎹である。最年少であるはずの彼がこのパーティーのリーダーをしていたのも理解できるというものである。

 見た目だけは大人しいダークエルフと目が合う。見すぎてしまったか。彼女はフィル以外の男性に見られるのを極端に嫌う。ハポンで共に過ごしてわかったことだ。


「私が何か?」

「いや、不躾に見てしまってすまぬ。そちは見られるのが嫌いであったな」

「別に。でも確かに、貴方の国の人間は不躾すぎるわ。城下町歩いているときは視線に酔いそうだったわ。何なのよ、あれ」

「重ねて申し訳ない。ダークエルフはあまりにも珍しくての。あの国では」

「エルフ、いないの? あの国」

「いや、いる。数は少ないがの。ただ、エクセレイの者よりも更に引きこもりなんじゃ」

「ヒキコモリ」

「そう、ヒキコモリ」


 エクセレイにはない言葉である。不思議なイントネーションにフェリファンが舌を困らせる。


「ダークエルフなんて、どうでもいいじゃない」

「いいであろう、お主は。フィルが居場所になってくれたのであろう? 普通のダークエルフには、安住の地なんてあり得ぬ。あやつと行動を共にしてからは、エルフの追跡者トラッカーも大人しくなったのじゃろう?」

「貴方、私たちの機嫌を取るときはフィルを出せばいいと思ってるでしょう?」

「バレておったか」

 トウケンが舌を出す。


 フェリファンが視線をトウケンから海へ向ける。

 言外に「あっちへ行け」と言われたと察したトウケンは席を外す。


「ダークエルフが何? 私は私」


 海を見て、フェリファンがつぶやいた。






「え、ダークエルフってこれの副産物? どゆこと?」


 一方、フィオ・ストレガの頭上には疑問符が飛び交っていた。

 この世界に科学が入り込むことで、ダークエルフが生まれた。ルアーク長老によると、そういうことである。


 俺は原子爆弾の映像を指差しながら困り果てた。

 え、これのせいでダークエルフという種族ができたの? 何で?


「因果がわかりませんよ、因果が」


 ほんとやめてほしい。

 俺、考えるの苦手なんだけど。


 困り果てた俺を見る長老の顔は、まるで出来の悪い小学生を眺める校長先生のようだ。俺、この世界に来て小学生の追体験しすぎな気がする。

 前世で卒業してるはずなんだけどなぁ。

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