第314話 魔軍交戦11 夜戦
針の城にある無数の窓から、吸血鬼達が飛び立った。
黒のコートにタキシード。およそ戦場には似つかわしくない、社交パーティーにでも行くかのような恰好である。
それは彼らの矜持である。
絶対的な捕食者であることを誇示するため、冒険者や騎士達が着るような防具を彼らは身に着けない。
傲慢とも言えるプライド。
だが、それを許されるほどの種族としての強さを彼らは持っている。
「始まったねぇ」
のんびりとした雰囲気で、トウツが言う。
「すごい魔力量だな。生命力の塊と言われる種族だけはある。あれと戦わないといけないなんて、教会の人たちは大変だな」
「相性の問題があるから。力がある魔法使いも駆り出されるだろうけど、ほとんどは
イリスが俺の袖口を引っ張る。
身長差があるので、引率のお姉さんに連れて行かれる園児のようになってしまう。
「どうどうどう。わかってるよ」
イリスは自分の仕事を完遂することに躍起になっている。イヴ姫も俺もクレアも、この日のために準備していた。それを傍目で見ていて、思うところがあったに違いない。
やっと与えられた自分の役割が、級友の護衛というのは申し訳ないけども。
「…………」
ふと、路傍の石をじっと眺める。
手に取り、さわさわと触る。
う~む。戦いには参加できないけど、出来ることはあるよなぁ。
少しばかり、細工はしていてもいいかもしれない。
……自分の魔力の回復インターバルを考えると、こんなものだろうか?
「何してんのよ!もう!早く行くわよ!」
イリスの声が聞こえる。
石を置き、俺達は王宮へと戻った。
「魔王様。行ってまいります」
「うむ。行ってこい」
レイミア・ヴィリコラカスの言葉に、魔王は覇気のない返答をした。
目線はこちらを向いているものの、目の焦点が自分に合っていないことにレイミアはすぐに気づく。
この男はいつもそうである。
吸血鬼も、魔人族も。魔物も。
あらゆる種族をそのカリスマで引き寄せておきながら、自分は徹頭徹尾他者に興味がない。まるで自分だけ違う世界に生きているようだ。その浮世離れした超人めいた雰囲気もまた、彼の周囲に人間や魔物が集まる要因となっている。
恐れと神秘。
それがこの男のカリスマの根源。
今から、この男のために多くの同胞が死ぬ。
そしてこの男はそのことを歯牙にもかけないだろう。
それでいい。そうでなければ、魔の王たりえない。
夜を生きる自分たちの種族を束ねることが出来るのは、千年以上姿を現さない真祖ではなく、この男なのだ。
「…………」
それを眺め、レイミアは静かに闇夜に溶け込み、飛び始めた。
「行きましたねぇ。どうですカ? プライドだけは高い高慢ちきな吸血鬼を利用している気分ハ?」
ぬるりと、魔王の玉座の後ろから現れ、トト・ロア・ハーテンが話す。骸骨姿だというのに、流体のように気色が悪い動きである。
豪奢な貴金属で着飾っているトト。古びたローブ姿の魔王。
事情を知らない人間が見たら、玉座に座るのはトトの方ではないかと見間違う組み合わせである。
「どうも思わん」
「で、しょ、う、ね!フフフ、貴方はそうでなきゃ!」
くつくつと、トトが笑う。
顎の骨をカタカタと鳴らせて、魔王の顔のすぐ横で耳打ちをする。
「貴方を
トトが顎をカタカタと鳴らしながら笑う。
魔王はその様子を、洞のような目で眺めていた。
吸血鬼が飛翔した。
「なんだあれは。吸血鬼の使い魔は、夕刻前にほとんど倒したんじゃなかったのか?」
空を見上げてラクタリン枢機卿がうめく。
「神父様。どうも夕方に来たコウモリ共は、ただの先兵だったみたいだぜ?」
ライオが呟きながら弓を引く。
発射。
空中で
目がぱちりと合う。
紳士然とした雰囲気だったタキシードの男が豹変し、凶暴な形相になる。
「やっこさん。こっちにターゲットを絞ったらしい。動くぜ」
「えぇ!またですかい!?」
「ほとんどマラソンじゃないですか!」
「しょうがねぇだろ!ボウ・ボーゲンやソム・フレッチャーにも狙われてるんだぞ!」
日が落ちてからは、ライオ達はひたすら動いては航空戦力を撃ち落とす戦いをしている。矢を一本放つ度に場所を捕捉され、ソムやボウの矢が飛んでくるからだ。
「あんたら
「きついもんはきついんでさ!」
そう叫び返し、シャーフが大楯を担ぐ。
彼らの体力消耗の大きな原因が、この大楯だ。
命を守るための防具とはいえ、担いで何度も移動するのは骨が折れる。普段のクエストではパーティーメンバーの誰かが亜空間バッグを持ち、そこに収納している。
だが、ここは魔法、矢、魔物がどんどん飛んでくる異常な戦場だ。
盾を持たないことは、死に直結する。
「待たんか!私は一般人だぞ!?」
ラクタリン枢機卿が慌てて走り出す。
「神父様よう!せめて
「五月蠅い!私が使うのは四肢ではなく頭なのだ!くそう、こんな時代でなければ普通に昇進できたものを!」
「聖職者の言っていい台詞じゃねぇ!」
「忘れろ!私のキャリアのために!ここは戦場だ!」
「ライオは……まだ大丈夫そうなの、かな?」
防壁を登ってきたタイラントアントを両断し、ロットンが呟く。
本音を言えば、パーティーメンバーでそろって戦いたいところだが、どうも自分たちのパーティーは分かれて戦った方がいいようだ。
そもそもが、攻撃の要であるシャティは王宮つきになっている。
その時点で以前のようなパーティーの戦い方はできない。
ライオは他の冒険者と連携が出来ているようだし、自分は変わらず遊軍の方がいいだろうと判断した。
今は
同じパーティーは固まっていた方が、生存率が上がる。連携がしやすいからだ。それでも彼女達は戦況を見て離れることを選択した。
流石は
「ガァルル!」
「おっと!?」
突然、人型の影が襲い掛かってきた。
慌てて長剣の面で弾く。
「痛いな。攻撃が重い」
ロットンが手元の痺れに驚く。
大型の魔物と打ち合った時と同じくらいの衝撃。
だが、相手は自分とほとんど変わらない体躯の持ち主である。
「どういう……本当にどういうことだ?」
目の前にいたのは、どう猛な牙を持っていた。黒く鋭い爪。血走った目。鼻がひくひく動き、常に周囲の様子をうかがっている。人間以上に太く、屈折した足。毛深い全身。
ワーウルフ。
二本足で歩く狼型の魔物である。
犬人族や狼人族とは違い、文化や知性、言語を獲得できなかった怪物。満月の夜には、元から凶暴な気性を更に激しくさせる。
そして今日は満月である。
吸血鬼もそうだ。満月に真価を発揮する種族。
ロットンは針の城がゆっくりオラシュタットにたどり着いた理由に気づき、歯噛みする。
「何で君がここにいるんだい? 魔王軍にワーウルフはいなかったはずだけ、ど!」
一瞬で懐に飛び込んできたワーウルフの一撃を、ロットンが弾き返す。
2回の打ち合いでわかった。B級以上の冒険者でなければまともに戦うこともできない。
「狐娘さん。増援の依頼を」
「はい!ですか!」
「いいから早く!」
「わかりました!」
「判断が早くて助かるなぁ。おっと……困るね」
防壁の縁に、かぎ爪がかかっている。
次々にワーウルフ達がよじ登ってくる。
ロットンは時間稼ぎも厳しいと判断し、じりじりと後退する。
ワーウルフ達がゆっくりと、その包囲網を狭めていく。
「我々、夜戦組の出番のようだな」
「……助かるよ」
ロットンの背後には、いつの間にか黒豹の集団がいた。
獣人族は夜に強いため、野戦要因に多く回されていたのだ。
「あんな獣畜生、すぐに倒してくれる」
「獣かぁ。僕には犬人族のみんなとの違いが分かりづらいんだけどね」
「前々から思っていたのだが、普人族の目は節穴なのではないか?」
黒豹師団のリーダー、ナミルが顔をしかめて言う。
「そう?
「……そうだな。人間と猿の見分けはつくかな?」
「つくね」
「そういうことだよ」
「そういうことかぁ」
ナミルの説明に、ロットンが得心顔でうなずく。
「そんな御託どうでもいいからよ、ぶっ潰そうぜ!」
2人の間を通り抜け、クバオがワーウルフの群れへ突っ込んだ。
「やられたわ」
「姐さん、どういうことです!?」
報告を聞いたタヴラヴは唇を噛んだ。
「見なさい」
タヴラヴに言われるがまま、若い
そこには、バトルウルフたちが四本足から直立していく姿があった。
全員がそうではない。ほとんどのバトルウルフは四本足のままで、ゴブリンの死骸を食らっている。
「……ゴブリンライダーが運んでいるのは、ゴブリンじゃなかった」
「そういうことね」
バトルウルフも、それに乗るゴブリンも、全てワーウルフ達が防壁に到達するためのおとりだったのだ。
大量のバトルウルフの中に、ワーウルフが混じっていた。
「空からは吸血鬼。陸からは魔物とワーウルフ。こちらの注意を分散させる作戦ね。
タヴラヴが耳をそばだてると、人間の悲鳴が聞こえる。
早く手を打たなければ、敵主戦力である吸血鬼が都を飲み込んでしまう。
「……日中の戦力を叩き起こすよう、下にいる騎士達に伝達して」
「ですが、明日の戦いに支障が出ます!」
「今死ぬか、明日死ぬかよ!早く!」
「は、はいぃ!」
情けない声を上げながら、若い狐娘が伝令に走る。
入れ替わるように、防壁から狼の顔がのぞく。
「……勘弁してほしいわね。私は戦闘要員じゃないのだけれど」
じりじりと、タヴラヴは下がる。
下がっていくと、岩にぶつかった。
否、岩ではない。
人間の筋肉だ。
「ガハハハッ。早速仕事みてぇだな!腕がなるぜ!」
耳元に轟音が鳴った。
耳が敏感なタヴラヴは耳元を抑えてしゃがみ込む。
「ゴンザ。獣人族の前で、その声量はやめなさいといつも言っているでしょうに」
岩だと思った肌は、ドワーフのものだった。
そしてその隣には、華奢で流麗な立ち姿のスーツの男性。モノクル眼鏡が知性の高さを引き立てている。そして、テンガロンハットの冒険者。
「やぁ、お嬢さん。先ほど君の部下の伝令と会ったよ。大変な局面のようだね。でも大丈夫。ここには斧を持ったおじさんが三人いるからね」
何故、斧を持っていれば安心なのか、理屈が全くわからない。
全くわからないが、タヴラヴは妙な安心感を覚えた。
「……私は下がります。ここをお願いします」
「任された」
斧を持った冒険者、ウォバルは肩をぐるりと回す。
横ではドワーフのゴンザが「来いや!犬っころ!」とワーウルフを煽る。
犬扱いされるのは、最もワーウルフを苛立たせる口撃である。
「犬っころでは、フィル君の使い魔と同じ扱いではありませんか。ここは呼称を変えるべきでしょう。チワワはどうですか?」
もっと性格の悪い紳士がそこにはいた。
毛深いが、ワーウルフ達の顔に青筋が入るのがウォバルには見えた。
「相手のボルテージを無駄に上げるのは、若い時からの君の悪い癖だよ」
ウォバルがフィンサーに苦言を呈す。
「普段は教育者として、悪口は封印しているんですよ。こんな場所くらい、いいでしょう」
「もうお前一生仮面被っとけや!」
そう叫びゴンザが突撃するのは、ワーウルフ達が動くのと同時であった。
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