第315話 魔軍交戦12 夜戦2

「一刀両断!」


 ワーウルフが砕け散った。

 ゴンザの足元に狼の頭部がどちゃりと転がる。


「それは両断とは言わないです、ゴンザ。叩き潰すと言うのです」

 鮮やかにワーウルフの首を撫で斬りにしながら、フィンサーが言う。


「それにしても数が多くて困るねこれは」


 ウォバルが足元を強襲したタラントを踏み潰し、そのまま回転しながら斧をスイングする。

 斧から衝撃波が生じ、数メートル離れたタイラントアントとワーウルフを襲う。

 タイラントアントは両断されるが、ワーウルフはギリギリかわし、腕が弾け飛んだ。


「単体B級上位の魔物は、無駄に機敏で困るねぇ」

魔物の大氾濫スタンピードで散々経験したろうが!今回も平気だ。ガハハハッ!」

「あの時は若かったから何とかなったけどねぇ」

「二人とも。面倒なのに目をつけられたみたいですよ」

「おっと」

「お?」


 フィンサーが投げ斧を腰だめに持つのを見て、ゴンザとウォバルが構える。この男がすぐさま投擲姿勢をする時は、決まって面倒な魔物を相手するときだった。二人とも、長い付き合いでそれを知っている。


 ばさり、と。黒い影が三つ外壁に舞い降りた。

 厳かにマントをはためかせ、タキシードの男たちが優雅に歩き、寄ってくる。


「おいおい。顔が青白すぎるぜ。栄養失調か?」

「歩き姿も無駄に気取っていますね。都で流行っているモデルのようです。つまりは戦えない婦女子のようだ」

「君らセミリタイアの身なんだからさ、もう少しその毒舌何とかならないかい? 僕らももう、いい歳だよ?」


 早速挑発するゴンザとフィンサーに、ウォバルが小言をつぶやく。


「ふん。貴様らのような羽虫には、我々の流儀は理解できまい」

 一人の吸血鬼が口を開く。


「おいおい、まじかお前。羽虫と会話しちゃってんの?」

「えぇ、えぇゴンザ。そうですね。羽虫の言葉にも耳を貸してくれるとは。案外吸血鬼という種族も心が広いものですね」

「俺はてっきり洋館に引きこもってる根暗かと思ってたぜ!」

「自分の年齢を超えることのないワインを後生大事に抱えているだけの種族かと」

「夜な夜な処女の血液求める変態だな」

「服装が黒赤2色の取り合わせというのも非常に見ていて痛々しいものがありますね。うちの中等部の生徒も流石にその色の取り合わせは卒業していますよ」

「美的感覚がミレニアム無刷新だな」

「無刷新なのではなく、腐っているのですよ、ゴンザ。彼らにとっては良いものを維持している感覚なのでしょうが、変わることをやめた敗北者です。たかを括りすぎて我々人間に人口で負けた哀れな種族ですよ。どうですか? 家畜に山へ追いやられた結果、見栄を体現したような洋館を建てて棺で眠り続ける日々は? 貴方たちのリーダーも気が狂ったものですね。まさか吸血鬼のボスである神祖ではなく、どこの馬の骨ともわからない魔王なんかに与するなんて。プライドしか取り柄のない種族なのに、今はそれすら捨て去って魔王に顎で使われる召使いですか。誇り高き種族が聞いて呆れますね。貴方たちに残っているものは何ですか? あぁ、持ち前の生命力ですか。それは素晴らしい。私の生徒にフィル君という男の子がいましてね。彼の報告した魔物に丁度そういう魔物がいたそうですよ。イビルプラナリアとかいうやつです。切っても切っても再生するだけの体液がドロドロのナメクジみたいな魔物です。ふふ。つまり貴方たちはプラナリアですね」

「へいへいへい。言い過ぎだ。流石に俺も引くわ」


 流石にゴンザも待ったをかける。

 隣のウォバルも気の毒そうにテンガロンハットに指をかけている。


 吸血鬼たちは。ただでさえ青白い顔をさらに蒼白にしている。青い血管が浮き出ている。


「神祖様は改めて全ての種族の頂点として統べるべく、今は力を蓄え眠っておられるのだ。ヴィリコラカス様は神祖様が帰る場所を死守するために魔王と手を組んでいるだけである。貴様ら人間のような野蛮な行動原理では動いていないのだ。下等種族めが」


「へいへいへい。ハポンの諺で聞いたことあるぜ、それ。なんて言ったか? おい、教員。答えてみろや」

「争いは、同じレベルの者でしか起こり得ない」

「そう。それだ。それよ」

「それって、諺だったっけ?」


 したり顔のゴンザの横で、ウォバルが訝しげに言う。


「ま、何にせよだ」


 ゴンザの腕の筋肉が盛り上がる。同時に、魔力が暴れるように膨れ上がる。

 対面する吸血鬼が身を低くして構える。コウモリのように野生的に。それでいて瀟洒しょうしゃに。


「こんなクッソつまんねぇ戦争に参加している時点で、お前らも下等種族おれたちと同じ穴の狢よ。仲良くやろうぜぇ!?」


 ゴンザが叫んだ瞬間、フィンサーが斧を投擲した。

 魔力を練り上げ、挑発していたゴンザに気を取られていた吸血鬼たちの反応が遅れる。一人の吸血鬼の方に斧が突き刺さる。

 すぐさま肩の傷を治癒しにかかるが、目の前にウォバルが肉薄していた。


「とった」


 ざっくりと、吸血鬼の体が縦に割れる。

 ベシャリと二つに分かれた体が地面に転がる。

 ウォバルはすぐさま後退してゴンザとフィンサーの手前に戻る。両脇に避けた吸血鬼二人が、すぐさま挟み撃ちしようとしていたからだ。


「おいおい、見殺しかよ。吸血鬼は血も涙もないのかい? 確かに貧血そうな顔つきしてるけどよ」

 ゴンザがさらにトラッシュトークを重ねる。


 そこで吸血鬼たちがようやく気づく。

 このドワーフが挑発魔法をさりげなく使っていたこと。戦う前に舌戦を仕掛けたのは時間稼ぎのためであること。

 つまり、この冒険者たちに自分たちを倒すすべがないこと。


「見殺しだと? 笑わせるな。貴様らの下劣な刃で死ぬ我々ではない」

 吸血鬼がニヤリと笑う。


 ずるりと、肉塊が立ち上がった。地面に溢れている血液が逆再生のように体へ戻っていく。肌がミチミチと繋がり、元の姿に戻る。


「どういうわけか、貴様らには退魔師がついていないようだな。ふふ、実力はあるようだが、捨て石扱いのようだな」

「…………」


 彼らについてきた退魔担当の修道女は、ルーグの治癒に当たるために教会へ戻ってしまった。新しい退魔師と合流する前に魔物や吸血鬼と接敵してしまったのである。ゴンザとフィンサーがよく喋っていたのはそのためだ。

 本来彼らは血気盛んな冒険者であり、見敵必殺をむねにしていたのである。


「なぶり殺しにしてやる。最後は身体中の血液を抜き取り、心の臓を口の中に突っ込んでオブジェにしてくれよう」

「やっぱお前ら美的感覚おかしくね?」


 ゴンザが小言を述べた瞬間、吸血鬼たちが飛びかかった。






 西部防壁は激戦区であった。

 針の城と王宮を直線で結ぶ、その中継地点。最短距離の戦闘地帯であるため、当然簡単な命令で動いている魔物たちが殺到している。それに便乗して鉄竜や吸血鬼たち。知能が少し高いアラクネやグリフォンも突撃してきている。吸血鬼を退魔師が相手する。その退魔師を騎士や冒険者が、魔物から守る。

 敵味方入り乱れての混戦となっていた。


放射する愛ラジエイトラヴリー


 一筋の炎が煌めいた。

 宙を舞う吸血鬼やグリフォンを焼き尽くす。その炎には浄化魔法が組み込まれており、飲み込まれた吸血鬼は再生が間に合わずに地面へ叩きつけられる。

 吸血鬼たちは慌てて地上に降りて、白兵戦を仕掛ける。


 今の魔法の使い手に狙われたら終わりだ。

 彼らはただ漫然と長生きしている種族ではない。プライドは高いが、強者をすぐに認めるくらいの柔軟な頭は持ち合わせているのだ。


「あらあら、歯応えがありませんわ。我らが主のために、一体でも多く天に召し上げなければなりませんのに。嫌ですわ、白兵戦は。効率が良くありませんもの」


 露出の多い、筋肉質な修道女が堂々と戦場の真ん中を歩く。

 わざと開けた場所を歩くのは、敵への挑発。自身の実力への絶対的な自信。

 周囲の騎士や冒険者の士気が上がる。

 彼女は平時こそトラブルメイカーだが、戦時では聖女としてのカリスマを遺憾なく発揮していた。


 ファナ・ジレット。

 今代の聖女であり、教会史上最悪の問題児である。


 ワーウルフが飛びかかる。

 ファナが剛腕をするりとかわし、脇腹に正拳突きを叩き込む。

 肋骨が粉砕された音が周囲に鳴り響く。衝撃波が遅れて風を生み出す。


重すぎる愛シュヴィエドゥアー


 黒光りする巨大な十字架を振り下ろし、ワーウルフだったものが周囲に飛び散る。

 彼女を包囲しようとしていた、他のワーウルフが距離をとる。グリフォン達が方向転換し、西での戦闘を諦めて南北へ分かれて飛んでいく。


「あら、誰も相手してくれませんの? そんな、それではいけませんわ。わたくしは一匹でも多く異教徒を昇天させてあげなくてはなりませんのに。誰かお相手してくれませんの? 来世、テラ教に改宗すると約束なさるならば安らかに息の根潰してあげますことよ?」


 ワーウルフの返り血をぬぐい、ファナが華やかに笑う。

 美しい笑顔である。

 それゆえに、吸血鬼達には獰猛に映った。


 ふわりと、紫の影が彼女の前に舞い降りた。

 満月を背に、優雅に歩いて近づいてくる。

 それを見て、ファナが嗜虐的に笑う。


 その人物は、ひと繋ぎのドレスを綺麗にはためかせて、胸に手を添えて優雅にお辞儀をする。


「吸血鬼頭目兼魔王軍四天王、レイミア・ヴィリコラカスよ。覚えなくていいわ。貴女は死ぬもの」

「ファナ・ジレット。当代の聖女ですわ。わたくしの名は覚えておいた方がいいですわ。わたくしに殺されたことは、あの世で我らがテラ神に愛される最短パスポートですもの」

 ファナがエクセレイ式で挨拶を返す。


 眉間にレイピアのきっさきが飛び出てきた。


 ファナがバックステップしつつ、十字架で剣を受け流す。


「あら。重そうな獲物だけど、機敏に動けるのね」


 レイミアがレイピアの刀身を眺める。

 わずかな、ファナの血液が付着している。


「この形状はテラ神への親愛の証ですわ。重さに入らないですわ」


 にっこりと、ファナが笑う。


「貴女こそ、戦いの場には似つかわしくないドレスとハイヒールですわ」

「血ぬれの戦場にも、気品は必要よ。貴女もそう思わない?」

「異教徒と意見が合うのは癪ですが、言う通りですわ。流儀を持つことは美しいことですの」


 ファナが十字架のハンドルを握る。

 レイミアがレイピアについた血を舐めとる。粗野な行為であるはずのそれは、妙な品の良さとフィチズムを纏っていた。


「教会の人間は好きよ。みんな処女童貞だから、血が美味しいもの。時々非処女もいるけど。貴女は格別に美味しいわね。はしたないけど、殺した後即身仏になるまで吸い取ろうかしら」

「今、何て言いましたの?」


 ぞわりと、殺気がファナから飛び出した。

 レイミアは思わず、レイピアにかける指の力を強める。


「貴女の血を、吸い尽くすわ」

「その、前ですわ」

「……貴女達教会の人間の血は美味しいわ」

「違う!違う違う違う!その後ですわ!何と言いましたの!?」


 鬼気迫るファナの様子に、レイミアは訝しげな表情になる。


「……時々非処女もいる」

「そう!それですわ!あぁ!何と嘆かわしい!操を神に捧げておきながら姦淫など!異教徒。異教徒ですの!そいつらは今どこにいるのですか!?」

「全員殺したわ」

「そう。では構いませんわ」


 すん、とファナのボルテージが冷える。

 さっきまでの鬼気迫る表情が嘘かのように真顔になる。


「よくわからないけど、貴女も同じところに送ってあげるわね」

 レイミアがレイピアを構える。


「そんな連中と同じ場所だなんて、願い下げですわ。わたくしが地獄へ落ちるときはフィルと姦淫してからですの」

「……貴女も異教徒じゃないの? それ」

「いいえ。真実の愛ですわ。わたくしは愛ゆえに、姦淫しますの」

「意味がわからない」


 十字架とレイピアが激突する。

 細身のレイピアとは思えない衝撃音が鳴り響く。


 そのグラウンドゼロのような戦いを背に、周囲の冒険者たちはこう思った。


 フィル君逃げて。超逃げて、と。

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