第313話 魔軍交戦10 カンダタの糸は自分で掴むもの2

「何なのよあんた!鱗が固過ぎよ!」


 アルク・アルコは苦戦していた。

 周囲には水生の魔物の死骸が所せましと並んでいる。

 一部は雷撃隊が倒したもの。一部はトウツ・イナバとフィル・ストレガが刻んだもの。そして残りの全てはアルク自身が倒した魔物達である。

 戦争ではなく、ただのクエストであれば報酬を想像してほくそ笑んでいるところだが、今はその余裕はない。


水刃ウォーターカッター


 水の刃がリヴァイアサンを切り刻む。

 だが、鱗を少し刻むだけに留まる。皮下には全く通っていない。


「鱗に滞留している魔力が頑強すぎるわ。魔力の塊と言われる竜種らしいわね。もっとも、人間相手にここまで警戒して守りを固めるなんて、逆に竜種らしくないとも言えるけども」


 このリヴァイアサンは、自身の種族としてのプライドを捨てて戦いに臨んでいる。エクセレイという国への畏怖か。それとも、後ろから操る魔王への畏怖からか。


「どっちでもいいけど、ね!」


 アルクが飛んだ。


 小人族ハーフリングはその体躯の小ささから、戦いに適していない種族と誤解されがちである。

 だが、彼女はその軽い体を利用した魔法を多用することに長けていた。

 その一つが風魔法による飛行。

 軽いということは、動かす時の運動エネルギーが少ないということである。そのメリットを最大限に使い、鳥人族バードマンにも負けない速度で飛ぶことができる。

 矮小な体躯に反比例した豊富な魔力をもつ種族特性。その面目躍如である。


 リヴァイアサンが首を揺り動かし、彼女を視界から失わないよう睨んでくる。


「あぁ、やっぱりね。あんた。からくりが解けたわ」

 アルクはにんまりと笑う。


 リヴァイアサンが白い翼を広げ、競うように飛び立つ。

 魔王から与えられた、魔物とも思えぬ美しい翼。


 顎ががばりと開く。

 ワニのような長い口の中で、魔力が充満する。


水息吹ウォーターブレスか!」


 アルクが高度を上げる。

 追いかけるように水の柱が飛び出した。

 圧縮された轟水が襲う。

 アルクは自身の周囲に風の膜を張った。その空気の壁を水が押し出す。押し出された空気がアルクの身体を運び、息吹ブレスをかわす。


「ふふん。竜種対策に考案した回避魔法よ。あんた達の魔法、威力が高すぎるわ速すぎるわでかわすのが大変なのよ。であれば、勝手によける魔法があればいい」


 アルク・アルコ。

 ルーク・ルークソーンという絶対的な前衛がいるため目立たないが、本来は単体で魔物と戦うのを得意とする魔法使いである。誰かの後衛をするのが魔法使いの定石だが、彼女は例外である。

 勇者パーティーや、この戦いで水路の防衛に抜擢された所以である。


「あんた達は私達を敵と思っていないわ。魔力の塊のような種族。人間が蟻に注意を払わないのと同じで、本来は私を目で追うわけないもの。でも、貴方は一時も私を視界から離さない。理由は簡単。その鱗、弱点があるわね? そして私の魔法であれば、貫通できる」


 リヴァイアサンが水弾ウォーターボールを連弾で放つ。


「その反応はビンゴね!」


 アルクがゆらりと飛びながら水弾をかわす。

 返す刀で、水刃を返す。

 バツンと、音が鳴り弾かれる。


「……オーケー、大体わかった。角度ね?」


 アルクが高度を上げる。

 天を上るかの様に、リヴァイアサンが身体をうねらせて追いすがる。


「その鱗は絶対防御。でも、決まった角度の攻撃しか弾かない。恐らく、鱗に鈍角で入った時のみ攻撃を周囲に分散して霧散させている。私の魔法は弾かれたんじゃない。四方に散らされていたのね」


 水龍の周囲を高速で飛び回りながら、アルクは分析する。


「なら、簡単」


 アルクがギアをトップスピードに切り替える。

 一気にリヴァイアサンに肉薄する。

 吐息ブレスが目の前にさく裂するが、木の葉のようにゆらりとかわす。


 アルクが竜の背に乗った。


「この角度なら、肉も千切れるでしょう?」


 鱗の付け根の部分に水刃を叩き込む。


「ギア、がガア!?」


 リヴァイアサンが鈍痛に苦悶の声をあげる。


「ビンゴね」


 暴れる水龍の背中を、彼女は掴んで離さない。


「我が国の繁栄のために、死になさいな。魔に堕ちた水龍」


 リヴァイアサンの胴体が切り刻まれていく。肉体に打ち込まれた水魔法が爆発し、水龍の胴体を内部から破壊する。


「覚えておきなさい。私はアルク・アルコ。この国は私がいる限り、あんた達の根城にはならない」


 事切れた水龍が水路に轟沈する様を眺めて、彼女は勝利宣言をした。







爆散掌底バーンナックル

「ギチチ!」


 アラクネマザーが吐き出した子蜘蛛をルーグが焼き払う。


 彼はまともに戦おうとしなかった。

 自分はあの小人族の少年のように、特別ではない。自分が今日まで生き残っているのは、狡猾さであり、経験であり、悪運の良さである。決して自分が強い訳ではない。

 出来ることは、時間稼ぎ。

 すぐさまそう判断した。


 以前戦ったからこそ、敵の動きは知っている。

 子蜘蛛を吐き出すモーション。足を絡めとる糸の速さ。頑強さ。8本の足による移動の速さ。

 仲間がゴミのように殺される中、彼が観察してきたことだ。


 がぱりと、綺麗な女性の顔が横に割れる。


「知ってるぞ、ボケ」


 アラクネマザーが吐き出した糸を、火魔法で焼き払う。

 同時に、アラクネマザーが距離を詰めてくる。

 糸に気を取られた敵を仕留める、アラクネ種の定石。


「それも知ってる」


 バックステップをしてかわす。


紅蓮線グレンライン

「ギギ!?」


 突然出た遠距離攻撃に、アラクネマザーが慌てて下がる。


「くそ。散々近距離攻撃パンチで攻撃して警戒を解いたのによ。反応速度が違いすぎる」


 あの少年の火魔法であれば、もっと発動も速度も威力も上だった。間違いなく仕留めていただろう。

 自分の実力のなさにルーグが苛立つ。


 そもそも、遠距離魔法の適正がなかったからこそ拳で戦うことを選んでいたのだ。

 もっと早くから自分の才能を諦めずに遠距離魔法を磨いていれば、結果は違ったかもしれない。今も、仲間が死んだ時も。


「ちッ。クソが!」


 改めて、戦闘態勢をとる。

 手を前に突き出した、紅蓮線も放てるような、絶妙な構え。

 もちろんブラフである。

 適正のない魔法を無理やり使ったため、ルーグの魔力は残り少ない。


 だが、効果はあった。

 アラクネマザーも火魔法を警戒しているのか、距離をとる。

 紅蓮線でのブラフは成功だった。

 時間稼ぎという目的を果たせているのだから。


「ニクイ」


 呪詛のような言葉がアラクネマザーから漏れる。


「ニクイ、ニクイ。ニクイニクイニクイニクイニクイ!」


 喉の作りが人間と虫の中間だからか、不明瞭な発声で呪詛を吐く。

 アラクネマザーの叫びに呼応するかのように、腹が膨れ上がっていく。


「馬鹿の一つ覚えだな」


 悪態を吐きながら、後ろに下がる。

 あれはアラクネマザーの奥の手だ。

 かつての自分のパーティーでは引き出せなかった、最後の切り札。あの少年は引き出した、アラクネマザーの決死の攻撃。


「クモノコチラセ」


 腹が爆発し、タラントが一斉に地面を這い回った。


「きったねぇ出産だな。爆散闊歩道バーニングレーン


 足元ごとタラントを焼ききり、ルーグが逃げた。

 自分には対処できない。

 ならば即撤退。

 冒険者としての定石を徹底して守った判断だった。




「ニクイ」




 逃げるルーグの真横に、アラクネマザーが現れていた。

 ルーグの目が驚愕に染まる。

 タラントを大量出産したばかりのアラクネは腹がまだ柔らかい。足腰を支える胴体の強度が足りないのだ。フィル達の報告によると、産んだタラントを食べることで自身の強度を取り戻していたはず。

 あるはずのインターバルがない。

 破れた腹を引きずりながら追い縋ったのだ。

 自己の生命保存すら無視させる、魔王の意識改造である。


「クソが!」

「ニクイィ!」


 アラクネマザーの手刀がルーグの腹を貫く。


 それを、彼は受け入れた・・・・・

 自分の腹に腕を突っ込むアラクネマザーを、そのまま抱きしめる。


「捕まえたぞ、クソアマ」


 ルーグの体が発火する。


「ア、ア? アアアアァアアアァ!」


 狙いに気づいたのか、アラクネマザーが暴れる。

 だが、上半身は人の力を大きく離れていない。身体強化ストレングスをしているルーグからは逃れられない。


「お前が中途半端に馬鹿な魔物で助かったぜ。爆散抱擁バーンベアハッグ


 腕の中でアラクネマザーが焼き切れていく。

 焼かれながらもルーグの肩を食いちぎる。肩がすぐに痺れてまともに動かなくなる。毒が流れ込んだのだ。

 すぐに腕を火魔法で焼き、切り落とす。


「はは。両腕なくなっちまったなぁ!もう関係ねぇけどな!」

「アアアアァ!ニクイニクイニクイ!」


 腕の中で魔物が焼ききれる感覚がする。焦げた臭いに死臭が混ざる。自分の肉が焼ききれる臭いも混ざり、鼻がイカれそうになる。


 どのくらいそうしていただろうか。

 熱気に意識が朦朧とする。


 腕の中で蠢く気配がなくなる。

 生命が事切れる感触がした。

 アラクネマザーが死んだのだ。


 アラクネマザーの死骸の上に、覆い被さるようにルーグが倒れる。

 腕をすぐに千切ったが、僅かに毒が回ったのだ。魔力も、もうない。


「あぁ、クソ。結局こいつらに殺されるのかよ」


 カサカサと音がする。

 ぼんやりとした視界の中で、子蜘蛛が這い回り近づいて来る。


「納得といえば、納得だがな」


 本来、仲間と共にこいつらに殺されるはずだったのだ。

 そう思えば、人生の着地点としてはこうあるべきだったのかもしれない。

 目を閉じ、介錯を待つ。

 人が生きるのは、何を手に入れたのかではなく、何を残したかである。そう言ったのは、どこの冒険者だったか。

 思い出せないが、ロッソとノイタがいる。

 不器用だが、冒険者として最低限のことは教えることができた。

 それで十分。

 自分という冒険者が残すには、それで十分と言えるだろう。




 遅い。


 タラントがいつまで経ってもとどめを刺しにこない。

 いい加減、回った毒と焼けた腕の断面が痛い。

 やるなら早くしてくれとルーグが思った時、蜘蛛以外の気配が近づくことに気づいた。


「驚いた。都の冒険者は気骨のある人間がいるもんだね」


 渋い声が聞こえた。

 見上げると、夕日にテンガロンハットのシルエットが浮かんでいる。

 夜戦担当の冒険者だろうか。


「来るのが遅いんだよ、ボケ」

「そんな軽口が叩けるなら、教会にぶち込めば死なんだろ!」


 ガハハと大声で笑う人物がいる。

 焼けた耳には煩すぎる。


「あー!手甲のお兄さん、また死にかけてる!」


 ひょっこりと、テンガロンハットの男の後ろから修道女が顔を出す。

 ノイタに殺されかけた時に、手当をした女だ。


「……生き汚ぇな。俺の人生」


 ルーグは静かに意識を手放した。

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