第8話 作戦準備

『やだね!絶対手伝わない!』

 ルビーが空中で手をばってんにして怒る。


『そう言わずに、頼むよ。何でもと言ったのは君だよ。ルビー。』


『じゃあこれ以外!これ以外なら手伝う!』

 べーっだ!とルビーが小さな舌を突き出す。


『そうは言ってもなぁ。』


 俺は困り果てていた。作戦をルビーに伝えて以降はずっとこうなのだ。

 俺がエルフたちの嫌われ者になって、妹の代わりに死ぬ。

 そのために父親に向かって本気の魔法を叩き込む。

 ない知恵を絞って出てきた案は、それだけだった。


 仕様がないじゃないか。ルビーに聞けば、エルフが掟を曲げることは決してない頑固者だというし。そのルビーは精神体としての種族らしいから俺を直接救うことはできない。

 できることといえば、魔法を実践してみせて俺の手本になることや話し相手くらいのものらしい。妖精が実体をもつ生物に直接干渉できるのは限られたときのみらしく、今はそれに該当しないのだそうだ。

 だが、ルビーがいたからこそ俺はこの決断ができたともいう。

 死んでも魂が世界の器に帰るだけという、妖精の死生観。それは最初に忌避感を覚えたが、この上なく正しいことに思えたのだ。

 であれば、俺が死んでも大きな違いがないのでは。妹が人生をそれでおう歌できるのであればそれでよいのではないか。

 というか俺、人生二回目だし。妹一回目だし。全然問題ないのでは。

 という結論だった。


 しかし、意外にもそれにルビーは反対してきた。妖精の死生観からすれば、俺が死ぬことに関しては悲しまないと思っていたのだが。


『なんでだよ。君は妖精だろ。個としての記憶に拘りがないんじゃなかったのか?』

『今拘り始めたの!僕でも何でなのかわかんないよ!』


 わーっと、ルビーが空中を飛び回る。

 何だその飛び方。知恵の輪みたいな空路たどったぞ今。


『頼む。友達の一生で一度のお願いだ。』

『ずるい!その頼み方はずるい!断れないじゃないか!』

 うわーん、と空中で泣き出すルビー。


『大体一生で一度って、君一生が始まったばかりじゃん!しかもお願い使い逃げじゃん!僕は君に頼み事したことなんてないのに!』

『そこはほら。俺がまた転生したらこき使ってやってくれ。』

『妖精と話せるエルフなんて早々いないよ!というかその個体は同じ魂だけど君じゃないし!うわー!何で僕は君という個体に拘っているんだ!意味わかんない!意味わかんない!』

 激高するルビー。


『絶対だからね!絶対だからね!次会ったら僕の一生のお願いを聞いてもらうんだからね!約束しろ!ここで約束しろ!』


 指で俺の頬をえぐりこむようにつついてくるルビー。彼は精神体だから当然、頬を透過するわけだが。


『わかった。わかったから。絶対聞く。約束する。』

『本当!?嘘はなしだからね!』

『ああ、じゃあ指切りしよう。』

『……指切りってなに?』

 ルビーが涙目で聞いてくる。


 異世界にはないのだろうか。指切り。


『約束をするときのおまじないだよ。俺の世界ではするんだ。』

『契約魔法ごっこみたいなものか。』


 ああ、近しいものはあるのね。


『契約魔法ごっこがどんなものかは知らないけど、それに近いと思うよ。こうやって小指を重ねて、歌うんだよ。』

『うん、わかった。歌詞を教えて。』


 俺はルビーに歌詞を教える。二人で小指を重ねて、神語で歌いあった。

たぶん、周囲の誰にも聞こえていない歌。

 俺たちだけの、テレパシーの歌。

 歌い終わると、ルビーは落ち着いて話し始めた。


『うん、わかった。手伝うよ。君が死ぬのを。』


 ルビーが据わった目つきで僕を見る。

 これって自殺幇助なんだろうか。


『すまない。』

『いいよ。僕らは友達だからね。』

『今世の初めての友達は頼れるやつだ。』

『そうだろう?魂に刻むといいさ。』

『ああ、刻むよ。必ずな。』

『よろしい。』


 ルビーの、魔法講座が始まった。


『目的からおさらいしようか。フィオはエルフたちの標的を妹さんから自分に移したいんだね?』

『そうだね。』

『そのために嫌われる必要がある。』

『そうだ。』

『でも君は赤子だからコミュニケーション手段をもたない。』

『困ったことにね。』


 人から嫌われるには、赤子に手段は少なすぎるのだ。

 言葉さえ話せれば嫌われる手段なんて、いくらでもあるのに。


『長老あたりはできそうだけどなぁ。』

『長老って?』

『ここのエリアに住むエルフたちのリーダーだよ。長寿なだけではない。知性が優れていなければ長老には選ばれないものだよ。』

『じゃあ、その長老とかけあうのは?』

『それはよした方がいいかも。』

『何で?』

『君が転生者だと知ったら、利用価値を見出すかもしれない。そうなると――。』

『俺が生き残ってしまう。』

『そういうこと。』

 僕としてはそれでいいけども、とルビーが付け足す。


『君が魔法を学びたいと言ったのは、そういうことだろう?』

『そう、その通り。魔法でエルフの誰かを攻撃する。そうすれば、ヘイトが俺に向けられる。』

『そのためには、誰を攻撃すればいいのかと、どの魔法を使うべきかだね。』

『俺が使う魔法の威力によるけども、大きな怪我をしないくらいには頑丈な人を狙った方がいいよね。』


 そう考えると、クレアは論外。レイアも難しいだろう。

 第一、俺が女性に向かって攻撃魔法をできる気がしない。


『消去法だと、父親のカイムだよなぁ。』

『一応、君の母親もかなりの魔法の使い手だよ。』

『そうなの?』

『ああ。君の血筋はかなりのものだね。おそらく、このエリアのエルフで一番いい遺伝子をもらっているよ。』

『君が俺を見る目がなんだかモルモットを見る科学者みたいな気がしてきたよ。』

『モルモット?科学者?』

『ごめん。俺の世界の話だ。続けよう。』

『オーケー。じゃあ、僕は君に魔法の基礎を教えた後、父親の観察をしてくるよ。今日は丁度エルフたちが狩に出かける日だ。』

『頼む。』

『それと、使う魔法を大まかに決めておこうか。』

『そうだね。うんと嫌われるやつがいい。』

『そう考えると、闇魔法か火魔法だね。僕は火魔法をお勧めするけども。』

『何でだ?』

『火・水・風・土・金魔法がこの世界の主流さ。そこに稀有な例として光と闇がある。』

『へえ。火・水・風・土は何となく用途がわかるなぁ。金魔法ってなんだ?』

『ものを組み合わせて錬成する術だね。戦闘には使いづらいけど、間違いなく食いはぐれない魔法と言われている。』

『錬金術とかいうやつか。』

『それも君の世界の言葉?』

『実在するわけではなかったと思うけど、ファンタジーの言葉としてあるよ。』

『なるほど。』

『光魔法や闇魔法は?』

『わかりやすく言うと、闇魔法は呪いだね。できることの範囲が広すぎるというよりも、体系化されていないから術者によってできることが違いすぎるんだ。僕が闇魔法じゃなく火魔法をお勧めしたのはここにある。前例や実例で説明できないものほど教えにくいものはない。』

『確かに。それは間違いないね。』

 俺は挿絵のない教科書のページは適当に読み流すタイプだ。


『光魔法は逆に、それを払う魔法だ。回復魔法もそこに含まれる。僕ら妖精からすれば呪いの除去と回復魔法は体系としては全くの別物なんだけど、人間たちは同一視しているね。』


 怪我を治すのと病気を治すことが別物という認識でいいのだろうか。

 病院は本来専門ごとにわかれているけども、今のところ総合病院しかないという認識でいいのだろうか。

 興味は尽きないが、時間がないので俺は続きを促す。


『なによりも、僕は火の精だからね。自分の得意なものを教えるに限る。』

『助かるよ。』

 友人が神様に思えてきた。


『それにエルフは火を忌避するからね。彼らは自然を愛する種族だ。だから水・風・土魔法の使い手が多い。土を肥やすために枯れ葉を焼くことはあるけども、山火事を起こしかねない火を基本的に彼らは嫌う。』

『料理とかは?』

『魔法を使わずに火を起こしているね。火魔法を使えるやつは、山火事が起きた時にどうしても容疑者になってしまうんだ。だから普通のエルフは自分の子どもに火魔法は教えない。』

『なるほど。もし俺が火魔法を使えるようになれば。』

『この上なく不気味な赤子に見えるだろうね。』

『よし、その作戦でいこう。』

『僕は気が進まないんだけどね。』


 ルビーは複雑な表情をした。

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