第7話 そうです、俺が忌子です

 あっという間に当日がきた。


 今日がいつもとは様子が違うことはすぐにわかった。

 それがわかったのは、ひとえに魔法を教えてくれたルビーのおかげだろう。

空気中の魔力の流れで、多くのエルフがこちらの家に近づくのがわかる。空中に滞留している魔力が押しつぶされ変形していく様が、俺には手に取るようにわかった。


『覚えがいいなんてもんじゃない。君は天才だねえ。』

 とルビーが言っていた。


 そんなわけない。ソウマという人間はどこまでも凡庸だった。

この体がスペシャルなのだろう。


 出入りするエルフが両親以外にたくさんいる。俺には時間がなかったので、それが正確に何人なのか推し量るほどの感知能力が身に付かなかった。

 ルビーは『それで充分。』と言っていたけども。

 わかるのは10人以上はいるだろうという、ざっくばらんな情報だけ。

 だが、よくわかる魔力が三つある。

 二つは両親の魔力。血が繋がっているからか、普段から接しているからかはわからないが、俺には両親の魔力が心地よく感じた。

 もう一つは、えげつない魔力量だった。密度も質も、他とは比べられないくらい高い。他のエルフに比べて、両親の魔力の質が明らかにいいのはわかるが、その一人の魔力はそれを誤差に感じるくらいには圧倒的だった。

 だが、俺にはそれがどのくらいすごいのかわからない。貧乏舌の人間がA5の牛肉を食べて漠然と美味しいとわかるのだが、物差しがないので測れない。そんな感覚。


 危険だ。そう感じた。

 おそらく事前にルビーが俺に教えてくれた、エルフの長老だろう。村の中での政治の全てを取り仕切るエルフのリーダー。


 妹を救うために、今日俺は魔法を使う。

 だが、こんな規格外な魔力の持ち主が近くにいたのでは、計画がとん挫してしまう。

 俺が魔法を行使しても、止められるかもしれない。俺の意図を看破するかもしれない。

 でもやらなければならない。

 俺に準備された時間は2日間だけだったのだ。元より出たとこ勝負である。あとは掛け金が返ってくるか、それだけの話なのだ。


 エルフたちが全員、ベビールームに入室し終えた。

 やはり全員が美形だった。エルフ同士であれば、顔の違いを簡単に見分けられるかもしれない。

 だが、残念ながら俺の中にあるOSは人間仕様なので、誰がどう違うのか見分けがつかない。

 不思議とカイムとレイアだけは判別がついたが。

 エルフたちはレイアやカイムと同じ、白いワンピースみたいな民族衣装を着ていた。腰に簡単な帯をつけている。呪術的な意味があるのだろうか。それぞれの服には幾何学な模様がついている。


「ふむ。子に別れを告げて来なさい。カイム、レイア。」

 厳かに口を開いたのは、えげつなく魔力が高いエルフだった。


 やはり、この男性エルフがこの集団のリーダーなのだろう。

 何歳なのかわからないちぐはぐな印象を受けた。

 エルフは誰もが美しく若い。

 であるのに、彼からは老人のような老獪さと、子どものような快活さが同時に感じられた。

 不思議な男だ。


「は。」

 カイムが短く返事をする。


 口元を引き締めているところを見ると、おそらく感情を殺しているのだろう。隣ではレイアが力なくうなずいている。


 まず、レイアがクレアに近づき抱き上げた。


「クレア。ああ、クレア。ごめんなさい。生んだのが私でごめんね。生かせてあげられなくてごめんね。愛しているわ。ずっと愛しているわ。永遠によ。」


 レイアが俺と瓜二つであろう妹の額を愛おし気になでる。彼女はわが子を抱きしめたまま、しばらく動かなかった。

 部屋に静寂が満ちる。

 周りから彼女の様子を見ているエルフの中には、泣くものもいた。


 泣くくらいならば、こんな掟、壊してしまえばいいのに。

 俺は今世の母への心配と共に、怒りを心に燻ぶらせながらそれを見ていた。


 もう時期だ。

 もうすぐ俺の出番が来る。

 魔法を使うのだ。今世の最初にして、最期の俺のマジックショー。絶対成功させるんだ。させなければ、妹に未来は、ない。


 レイアはクレアの頬にキスを落とすと、泣きながら後ろに下がった。

 クレアは泣いている母を不思議そうに眺めている。


 カイムが顔に影を落としたまま、静かに前に出てきた。


 今だっ!


火球爆散フレアボム!』

 俺は今唯一使える魔法の詠唱を、カイムへの殺意を込めて唱えた。


 ベッドに近づいたカイムに火の玉が吐き出される。

 カイムはすぐに気づいて慌てて防御魔法を展開した。火の玉がカイムの目の前で弾かれる。

 今世の父を信頼してよかった。カイムがエルフの中でも優秀な狩人であることは、ルビーに調べてもらって知ることができていた。

 ならば防げるだろう。赤子が一朝一夕で身に着けた魔法程度。

 そのために殺意を込めて放った。


 そして俺が放った魔法はただの火球ファイアボールではない。爆散魔法なのだ。

 カイムが防御した火球は火の粉をまき散らして爆発した。

 もちろん、クレアに火の粉が跳ばないように調整してある。


 カイムの近くにいたエルフの服に引火してパニックが起きる。

ベッドの裾に引火して、慌ててレイアがクレアを抱き上げる。

 この家は全てが木製だ。瞬く間に床や壁に引火し、燃え広がり始める。


「即刻に通達。消火の準備を。水魔法が使える者は全て呼びなさい。」

 リーダーらしきエルフが落ち着いて支持を飛ばす。


 隣にいた身長の高い男が、弾かれるように出口から出て行った。


「糞っ!」

 カイムが俺を抱き上げる。


 おいおい。何で俺を抱き上げるんだ。そうじゃないだろう。

 俺は予想外のことに驚く。


「カイム!何をしている!そいつはお前に向かって攻撃魔法をしかけたんだぞ!しかも火魔法だ!」

「そうだ!やはり忌子いみごだったのだ!そいつはそこに捨て置け!」

 周りの数人のエルフがカイムを責める。


 そうだ、それでいい。

 これで忌子は俺になる。死ぬのはクレアじゃない。俺だ。俺になるんだ。


「だがこの子は俺の子だ!殺さなければならぬのなら!その瞬間は俺に選ばせてくれ。」

 カイムが逞しい腕で俺を抱き上げながら仲間を説得する。


「どうなっても知らないぞ!」

 エルフたちは慌てて家を後にする。


 出てからはあっという間に時間が過ぎた。

 外に出るとさらに多くのエルフたちが集まっていた。近所に住んでいたエルフたちのようだ。

 彼らは慌てて土魔法を使って巨大な土壁を作り出した。周りの家に引火するのを防ぐためだろう。

 しばらくすると、他のエルフも駆け付けた。新しく来たエルフたちは全員水魔法の使い手だった。呪文を唱えると胸元からポンプのように水が飛び出し、あっという間に消火されていく。

 よく見ると土魔法を使うのは男が多く、水魔法を使うのは女が多いようだった。


 消火が終わると、エルフたちがぐったりと焼け落ちた家の前で休憩し始める。

 見物に来た者もいた。その中には数が少ないが、子どももいる。長寿だから子どもは少ないのだろうか。


「悪魔だ!」

 一人の男のエルフが、俺を指さして叫ぶ。


「そうだ!悪魔だ!カイム!その子を手放せ!今すぐにだ!」

「俺は見た!そいつはカイムに向かって殺意を込めて魔法を放った!」

「しかも火魔法だ!」

「おぞましい!」

「やはり忌子だったのだ!」

「掟は正しかった!」

「そのまま家と共に焼き死ねばよかったのだ!」

 村のエルフたちが俺に向かって怨嗟を吐き始める。


 その場の空気が熱く、どす黒いものに変わっていく。


「待ってくれ!様子がおかしい!確かに殺意は感じたが!それだけじゃないんだ!」

 カイムが言い返す。


「言い訳はよせカイム!その子は呪われている!」

「狩人としてはお前を尊敬しているが、それは駄目だ!」

「掟は絶対だ!」

「父親として絆されたか!」

「その子は悪魔の子だ!お前の愛を受け取る資格はない!」

「カイム!お前のためなんだ!目を覚ませ!」


 村人の罵声を聞き、カイムが俺の頭上で顔をしかめる。

 上空では、ルビーが宝石のような目をさみしそうに伏せていた。


「そうだ!長老!長老はどうお考えなのですか!あの悪魔をどうするのです!」

 一人の男が話をふった相手は、あの魔力が人一倍高いエルフだった。

 そうか。やはり彼は長老だったのか。


 村人たちが一斉に彼の方を向き、静まった。

 この村で最も敬意を集めているであろうことが、この一瞬でわかる。


「ふむ。」

 長老は静かに歩いて俺とカイムの方へ来る。


「カイムよ。その子を私に預けてくれぬか。」

 青年なのか年寄なのか、わからないテノールの声で長老はカイムに話しかけた。


「いや、しかし。」

 カイムが俺を抱く力が少し強まる。


「今すぐ殺しはせぬよ。」

「……は。」

 カイムは少しの間ためらったが、俺を長老に渡した。


「ふむ。」


 長老が俺を見やる。透き通りそうな青眼。何もかも見通されそうで、俺は思わず首をそむけた。

 長老はちらりと上空を仰ぎ見た。

 ルビーのいる方向だ。


 嘘だ。見えるはずがない。だってルビーが言っていたじゃないか。妖精が見えるのは魔法の素養が強い子どもだけだと!


「元より我らに与えられた択は変わらぬ。このフィオと、そちらのクレアどちらを選ぶかだ。」


 長老の声は大きくない。だが、その場の空間に重く響いた。

 レイアが悲壮の表情を浮かべる。


「この場で決をとろう。予定通り、クレアを贄にするべきと思う者。」

 誰も手を上げない。


「ではこちらのフィオを贄に挙げるべきと思う者は。」

 その場にいるエルフのほぼ全員が手を上げる。


 両親と、少数の女性のエルフのみがどちらにも手を上げなかった。


「これでよいのかな。転生者どの。」

 長老が俺の頭上でささやいた。


『っ!?』


 心臓が跳ね上がる。

 作戦に関しては気づかれているかもしれないとは思っていた。

 まさか転生者であることまで把握されているとは。

 どうやって気づいたんだ。

 まさか、心を読む魔法でもあるのか!?

 焦る俺を置いてきぼりにして話は進む。


「決まりであるな。では贄はフィオとする。方法は『森返もりがえし』だ。」


 レイアが俺と長老のところへ駆けつける。彼女は両手に俺とクレアを抱いたまま、さめざめと泣き始めた。カイムが後ろから彼女を抱きしめる。

 周囲にいたエルフは一人、また一人とその場を後にした。


 四人のエルフの家族の上では、赤い妖精も泣いていた。


 上空でルビーが泣く姿を眺めながら、俺は気絶した。

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