第58話 後始末3

「ギルドマスターはお仕事中なので、もうしばらくお待ちください。」

 アキネさんは困り眉を作って言った。


「忙しいんですか?」

「あの人、アスピドケロン討伐を名目に事務仕事から逃げたんですよ。だから今は罰として逃げた分の仕事をまとめてしてもらっています!二日間軟禁生活です!もう、本当に困ったんですよ!」


 ぷんぷんとアキネさんが怒る。可愛い。


 労働基準法的に大丈夫なんだろうか、それ。

そういえばこの世界の法律、よくわからないな。


「えっと、すいません?」

 討伐に参加したので、つい謝る。


「フィル君は巻き込まれた側なのでいいんです!ギルドマスターはやれば仕事が出来るのに普段、全然本気でやってくれないんです。」


「あー。」

 あの人、面倒くさがり屋っぽいもんなぁ。


「ドワーフはそもそも事務仕事には適さない種族だから仕様がないねぇ。」

 トウツさんが隣で口をはさむ。


 確かに、戦いか鍛冶をしている印象が強いよなぁ。

 ゴンザさんは鍛冶の腕も確かだ。クリエイター気質なのかもしれない。モチベーションがわかないと動けないみたいな。


「そういうわけで、申し訳ないのですがもうしばらくお待ちください。」

「待つついでに、質問いいですか?」


 俺は後ろに他の冒険者が並んでいないのを確認してから話す。


「いいですよ?」

「俺はまだ五歳ですけど、定期的にクエストは受けたいんです。今回は特別に荷物持ちポーターということでしたけど、受注するにはどうすればいいですかね?」

「そうですね。アスピドケロン討伐時にお伝えした通り、冒険者ライセンスがなければ荷物持ちをするのが妥当といったところでしょうか。ただし、副ギルドマスター以上の権限を持つ者から適宜許可をもらわなければいけません。フィル君はマギサ・ストレガ氏が討伐した魔物を時々持ってきてくれますが、それもグレーなんですよ?」


 はい、ごめんなさい。それも俺です。全力でブラックですね。

 ただ、この状況を宙ぶらりんにするのも気が引ける。人をだまし続けながら金銭を稼ぐ。それは褒められたことではないだろう。俺は正しい身分を手に入れて仕事をしていきたい。  

 この世界では五歳だが、前世を含めればいい歳なのだ。


「ではクエストを受ける度に許可をいただけばいいんですね?」

「そうですけど、ギルドマスターは忙しいですからね。」

「副ギルドマスターさんは?」

「五歳児に討伐許可出すような破天荒な人はゴンザさんしかいませんよ!」


 言われてみればそうである。

 俺がギルド職員だとする。

 現れる幼児。

 「まものをたおすので、きょかください!」と言われても「NO!」と言うだろう。俺は「NO」と言える日本人なんだ。今はエクセレイ王国民だけども。


「ゴンザさんとの連絡が常にとれないといけないのか。」

「もう一つの選択肢はあるよ~?」

「何ですか?」


 俺は真上を見る。何故真上なのかというと、この人は距離感が異常に近い。逃げても俊足で回りこまれるから無駄なのが腹立つ。


「奴隷になればいいんだよ~。奴隷になれば物扱いになるからねぇ。所有者が冒険者ライセンスもっていればお~け~。というわけで、フィルたん奴隷になって僕をご主人様にしない?」

「ゴンザさんと定期的に連絡とることは難しいですよね?」

「え、無視~?」

「忙しいから無理でしょうね。」

 アキネさんもトウツさんを無視して話を進める。


「ですよね。」

 振り出しに戻ってしまった。


「ありがとうございました。ギルドの医療施設まで使っていただいて。」

「構いません。フィル君は未来のホープだもの。ギルドマスターも先行投資だって言ってました。」


 何だかんだ、あの人もやり手である。

 俺が売られた恩を無視できない性分なのは多分、見透かされているのだろう。元々鍛冶を得意とする種族である。商売事のやり取りは慣れているということなのだろう。


「お腹すいた。トウツさん、ご飯食べながら考えません?」

「いいよ~。デザートはベッドの上で「言わせねえよ。」最近フィルたん冷たい。」


 最近じゃなくて最初以来ずっとだよ!

 俺とトウツさんはギルドの食堂へ寄る。


「食堂以外の飲食店には寄らないの?」

 トウツさんが尋ねる。


「ここは栄養を考えてくれてるので。」

「そうだけどここ、成長期の子ども向けの食事は少ないと思うなぁ。」

 味が濃いし、とトウツさんは付け足す。


「そこは文句いいませんよ。この歳で勝手にここに来ているのは俺の方ですから。」

「達観してるねぇ。」

 トウツさんが手を上げてウェイターを呼ぶ。


 俺とトウツさんが適当にメニューを頼む。トウツさんが頼んだ野菜スティックがすぐに届き、二人でポリポリと食べる。

 人参スティックを食べるトウツさんを見て、兎が進化した種族なのだと再認識する。


「よ。」


 トウツさんが亜空間ポーチから何かを取り出す。はらりとなびいたローブの下に忍び装束が見える。


「何ですか、それ?」

「ん~? 味噌。」

「味噌!」

 俺は思わず声をあげる。


「およ? 知ってるの~? この村で知っている人は初めてだなぁ。」

「あ、いえ。師匠の文献で見たので。」

「元宮廷魔術師の家には何でもそろってるんだね~。」

 のほほんとトウツさんが言う。


 よかった。怪しまれていない。

 いないよな?

 この人ぼやってしているように見えるだけで、頭も察しもいいのだ。


「気にはなっていました。異国の調味料は興味があります。」

「ほんと~? どれ。」

 トウツさんがナイフの先端に味噌をのせて渡す。


 俺はそれを持っていたきゅうりに付けて食べる。口の中に大豆の香りが広がる。鼻の中まで酵母が突き抜けてくる。


「美味しい!」

「この美味しさがわかるとは、嬉しいね~。はい、あ~ん。」

 トウツさんが人参に味噌をつけて俺の前にかかげる。


 俺は迷わず机を乗り出して口でぱくつく。


「うそ。フィルたんが僕の言う通りに。味噌すげ~。」


 彼女にいいようにされるのは癪だが、味噌にはかなわない。仕様がないじゃない。味噌だもの。日本人はお米と味噌がないと死ぬ。え、それじゃあ今までの五年間俺は死んでいたの? いや、これから俺は生きるのだ。味噌がある限り。お米食べたい。お米欲しい。


「すいません、美味しくてつい。」

「五歳児の味覚でこれを気に入るか~。フィルたんは前世ハポン人かもね。」


 いいえ、日本人です。

 でもこのハポンという国、多分元の世界でいう日本だよなぁ。少しパラレルワールドの要素があるが、どういった世界なのか。

 考えたところで結論は出ないので先送りするけども。


「もっと欲しい?」

 トウツさんが意地悪そうな顔をする。


「ぐ……欲しいです。」


 くそ。明らかな罠なのに肯定しちゃう!


「仕様がないな~。ストックは少ないんだけど、特別にフィルたんに進呈してあげよう。」


「おお!」

「お礼は今夜「ごめんなさいやっぱいいです。」まだ何も言ってないんだけど。」


 あっぶねえ。悪魔に魂売るところだった。

 味噌で。

 白米まであったら危なかった。


「じゃあさ~、私が毎日味噌汁作ってあげるから一緒に暮らそうよ~。」

「トウツさんと結婚する予定はないです。」

「およ? この言い回しも知ってるの?」


 俺、墓穴掘りすぎじゃない?


「……本に書いてあったんです。」

「フィルたんは博識だね~。」

 トウツさんが嗜虐心旺盛な瞳で俺を見る。


 これはどっちだろうか。

 俺を転生者だと確信しているのだろうか。それとも気づいていない?

 いや、確定要素が少なすぎる。大丈夫なはず。大丈夫大丈夫。


「それはそうと、冒険者の活動はど~する? 僕の専属荷物持ちとして登録でもしてもらう? ただその場合、活動はここのギルドの管轄のみになると思うんだけど。」


 そうなのだ。現状、俺の活動に許可をしてくれそうな権力者はゴンザさんのみ。

 そしてゴンザさんの権力が及ぶ範囲はこのギルドの管轄内なのだ。よそのギルドに行けば特例は認められない。ゴンザさんが珍しいだけなのだ。

 普通はお役所仕事対応で相手をされないことが多いとは、アキネさんの助言である。


「そうなんですよね。冒険者として活動したいならば、どこでも出来ないと意味がないです。」

「そもそもが五歳で活動始めること自体が異常なんだけどねぇ。」


 ぐうの音も出ない。


「やっぱり僕のど「それは絶対ないです。」じゃないかな。」


 最近、トウツさんが言いたいことが大体わかるようになってきた。

 以心伝心?

 いいや違う。これはもっとおぞましい何かだ。


「しばらくは様子を見るしかないですね。ここでクエスト受ける分には困らないので。」

「そ~だね。」


 注文した料理が来たので、二人で食事を始める。

 そういえば師匠はどうしてるんだろうか。ちゃんとご飯食べてるのだろうか。あの人のことだから研究にかまけて食事を疎かにしていそうだ。


「やぁ。元気になったんだね。よかったよ。」


 見ると、ウォバルさんが来ていた。手には食べかけの食事をプレートに乗せて持ってきている。わざわざこちらに来てくれたみたいだ。


「おかげ様で、大きな怪我もありませんでした。」

「そうか。相席しても?」

「ど~ぞ~。」

 隣でトウツさんが応えつつ、俺の真横に陣取る。

 しまった。素早くウォバルさんの横に移動すればよかったものを。


「君たち、パーティー組むんだって?」

 ウォバルさんがフォークを動かしながら聞く。


「はい。トウツさんから学ぶものは多いので。」

「素直に褒められると照れるぜ。」


 隣でトウツさんが身もだえる。怖い。


「なるほど。彼女は武術のエキスパートだ。君は魔法での戦闘がメインのようだからね。学ぶことは多いだろう。純粋に戦力のことを考えれば、いい選択だと思うよ。」

「そうでしょうか?」

「そうだとも。フィル君の今の最大の弱点はフィジカルだ。彼女は華奢ではあるが、そこを補うには十分すぎる実力者だよ。」

「トウツさんが俺の戦力補強というよりも、俺がトウツさんのおまけみたいなもんですけどね。」

「自分を卑下するものじゃないよ。君は若い。直に我々にも追い付く。ゴンザが君をアスピドケロン討伐に連れて行った意味。君ならわかるだろう?」

「今回の討伐は俺にとっていい経験になりました。ありがとうございます。」

「ゴンザや導き手の小屋ヴァイゼンハッセのメンバーにも言ってやってくれ。」

「はい、必ず。」

「君の14歳での門出が本当に楽しみだ。その時は、私やゴンザ、リコッタも呼んでくれよ。」

「はい、是非とも。」

「それとこれはゴンザに言われたことだから、守らなくてもいい。君が冒険者としてベテランに差し掛かったら、私の後釜を考えていてほしい。」

「その時体が空いていれば、もちろん!」


 この人の後釜なんて、光栄以外の何物でもない。


「よう。待たせたな。」


 ゴンザさんが現れたのは、俺たちの食事が丁度終わるころだった。

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