第59話 それとの契約

「全く、ロベリアといいアキネといい、ギルドの事務部に俺への敬意があるやつはいないもんかね。こちとら命がけのクエストから帰ってきたんだぜ? それが顔を出した途端やれ書類だのやれサインだの。」

 ゴンザさんは現れるなり自分の妻や事務部への不平不満をもらす。


「ロベリアたちの言うことは尤もだと思うがね。君が普段から事務仕事に精を出していればこうはなるまい。」

 ウォバルさんが言う。


「おいおい。昔からのよしみで俺に味方してくれねぇのかよ。勘弁してくれ。四面楚歌だ。」

「逃げ道を作っているのは君だろうに。せめて元からあった仕事だけでも処理して出ていればロベリアも文句は言わなかっただろうに。」

「あいつが家にいるせいで、俺は帰っても職場にいるような気がしてならねぇ。勘弁してくれ。」

「冒険者時代に受付の彼女の尻を追い回したのは君だろうに。」

 ウォバルさんが苦笑する。


 ゴンザさんは見事なまでに尻に敷かれているようだった。

 あの細身なロベリアさんが家庭内でのヒエラルキーはゴンザさん以上だと考えると、不思議な気持ちになる。


「とと、くだらない与太話は後だな。フィル坊。」

「はい。」

 俺は呼ばれたので椅子から立ち上がる。


「あの変な犬との契約をする。本当にいいんだな。」

 ゴンザさんがしゃがみ、俺と同じ目線になって言う。


 変な犬と呼称したのは、ここが衆目の場だからだろう。アスピドケロンやキメラという単語は当然、使えない。


「はい。後悔はありません。」

「……シャティから報告があってな。あれは精霊化しかかってるんだってな? ただ、情報の出どころがお前のみだ。午前から魔法に明るい者には事情を伏せて見せている。が、お前と同じ結論にたどり着いたものはいない。もう一度確認するぞ。本当にあれは安全な生き物か?」

「おそらくそのはずです。もし危険であれば……。」

「危険であれば?」

「——俺が責任をもって殺します。」

「ふん。」

 ゴンザさんが髭をなぞる。


「その根拠は?」

「あの犬はかなりの長寿です。それは取り込んだ魔物の数からもわかると思います。」

「ああ、驚いたぜ。中には数世紀前の魔物の部位すら吸収していやがった。」

「数世紀か。それはすごいね。」

 ウォバルさんが言葉を挟む。


 数世紀か。長いとは思っていたが、そこまでとは思わなかった。

 だが、当然といえば当然なのだろう。キメラは元々、力の強い魔物ではない。それが精霊化するというのだ。精霊化とはすなわち、魔物の中での神格化に近い。弱い魔物が存在の位をそこまで引き上げるとすれば、長い時間を必要とするのは当然だと言えるだろう。


「ただ、長く生きている割には他の魔物との交流が希薄に感じました。」

「そうだろうな。お前があの犬と対話できたと、そこの兎から報告があった。」

「まぁ。僕には何を話しているのかさっぱりだったけどね~。」

 トウツさんが肩をすくめる。


「あれの戦い方が臆病だったのは、それがあると思います。恐らく、今まで接したものは全て敵か捕食者だったのかと。」

「その推測はあながち間違いじゃないかもな。だが、根拠がない。そして、仮にそれが本当だとして、やつがお前を仲間だと判定する可能性が高いとも言えねぇ。」

「おっしゃる通りです。ですがもし精霊化をしていた場合、我々は敵に回してはいけない集団に弓を引いたことになります。」


 精霊は魔法と密接な関りがある種族だ。

 そしてその精霊にはそれぞれの属性に王と呼ばれる者がいる。

 特定の属性の精霊王を怒らせたら、その属性の魔法を全人類が使えなくなる。最悪、そういった事態すらあり得るのだ。

 ただ、これは方便だ。

 その可能性は限りなく低い。精霊たちはその力が強すぎるがゆえ、自分たちの力に無頓着な種族だ。

 同時に、他種族の動向も気にもとめない。

 何故ならば、どう他種族があがこうがいつでも潰せるほどの力を保有しているからである。たかだか新人一匹潰されたくらいで怒るような狭量な種族ではない。

 もし彼らが切れやすい種族であれば、人類なんて大昔に滅んでいる。というのは、師匠の弁だ。


 だが、世の中はそう簡単に進まない。

 宗教だ。

 精霊信仰の宗教家たちがもし、精霊になりかけの動物や魔物を殺したというニュースを聞きつければ、実行者を金に糸目をつけずに消しにかかるだろう。

 宗教家は恐ろしい。何故ならば自分たちが信じる正義にどこまでも盲目になれるからだ。


「——いいだろう。俺が責任ケツはもってやる。交渉してみろ。出来なければ俺がその場で処分する。いいな?」

「もちろんです。」


 これはかなり俺の我儘を通してくれたのだろう。

 ゴンザさんはここの最高責任者だ。ここの管理不行き届きで誰かが事故死でもしてみたら、その責任は全てゴンザさんに降りかかる。

 俺は責任をもって自分で殺すといった。

 だが、この世界で俺は五歳の子どもだ。責任は取りたくてもとれない立場なのだ。ゴンザさんはその責任を代わりに被ってくれている。

 応えなければならない。結果で。


「ウォバルにも礼を言っておけ。あの犬を二晩監視していたのはそいつだ。」


「あ、ありがとうございます!」

 俺は慌ててウォバルさんに頭を下げる。


「ゴンザ。そういうことは黙っておけよ。」


 ウォバルさんが帽子をいじる。おじさんが照れているだけなのに、この人は妙に画になる。


「阿呆。俺はお前と違って子どもには恵まれなかったがよう、子どもには大人の努力を逐一教えてやるべきだと思うぜ?」

「覚えておくよ。」

「本当に覚えておけよ? リコッタの小言にロベリアと一緒に何度も付き合っているんだぜ?」

「それは初耳だ。耳が痛いね。」

 ウォバルさんが苦笑する。


「よし、フィル坊。魔力は十分か?」

「完全に復調しています。準備万端です。」

「腹ごしらえも済んだみたいだな。変な犬のところに行くか。」


 ゴンザさん、変な犬呼びを気に入ったのかな。

 俺たちは立ち上がり、ゴンザさんの後ろをついていく。


「そういやフィル坊。師匠とやらに連絡はとらなくていいのか?」

「ジェンドが病室から出ていったので、大丈夫だと思います。」

「ジェンド? なんだそりゃ?」

「師匠の使い魔です。黒猫の姿をした。」

「あ?そんな奴いたか?」

「いたね。討伐の時にも近くにいただろう?」

 ウォバルさんが言う。


 俺は頷く。


「多分、討伐に参加してたメンバーで気づいてたのは、僕とウォバルおじさんだけだねぇ。」

 トウツさんも言う。


「そいつぁ、高性能な使い魔なこって。」

 ゴンザさんが顔をしかめる。


「時々模擬戦の相手をしてもらっているんですけど、勝てたためしがありません。まだワイバーン三体相手したほうが、勝ちが見えます。俺の体感での話ですが。」

「伝説級にもなると、使い魔もバケモンなんだな。」

「まぁ、強くても俺の戦いを手伝ってくれたことはないんですけどね。」

「はは!元宮廷魔導士様はスパルタだな!」

 ゴンザさんが威勢よく笑う。


導き手の小屋ヴァイゼンハッセのメンバーはどうしていますか?」


 俺は出立する前に彼らに礼を言いたいので、尋ねる。


「シャティが午前に他のメンバーへ、お前の復調を伝えたみたいだぜ。今日中にはお前のところに全員で来ると言っていた。」


 そんな。俺の方から行くのに。

 世話になったのはこちらの方なのだ。クエストといい、看病といい、俺は彼らに恩ばかり売られている。債務者になりそう。

 一行は査定所を通る。

 そこには床の面積をほぼ全域使っての査定が行われていた。

 アスピドケロンだ。タラスクの甲羅。クラーケンの足。俺たちは戦闘中、見ることはなかったが胴体まである。ワイバーンの骨格も大量にある。鱗を大量にならべて職員がうなりながら算盤を弾いている。小さな魔物も群れ単位で並べられていた。


「ここを通ったら変な犬を飼っている場所になる。一応、今はB級数名に依頼を頼んで檻の番をしてもらっている。檻見るだけで高給がとれるもんだから、連中喜んでたぜ。」

「そんな予算の使い方していいんですか?」

「何言ってんだ。その予算を作ったのはお前だぜ?」

「俺?」

 はて、何かしただろうか。


「本来逃げられていたはずのあいつを捕獲したのはお前だからな。剥ぎ取れなかったはずの素材が大量に手に入った。おかげで金が増える。予算ってのはな、プールしすぎると駄目なんだよ。お、お前お金まだ持ってるな。だったら助成金はいらないな?ってな。ある時に使って、恩を売れるやつに売っておかなきゃ、長い目で見ると損なのよ。」


 なるほど。よく出来ている。

 ゴンザさんはこんな風に、割のいい仕事を定期的に冒険者へ流しているのだろう。

 聞けばこのギルドは片田舎の割に腕利きのC級やB級が多いと聞く。それはひとえに、ゴンザさんたちの経営手腕によるものだろう。

 もちろん、エルフの森という魔物の宝庫があることも大きいが。


「役に立てたのなら幸いです。」

「おう、大活躍だったぜ? だが、申し訳ないが素材の取り分は予定通り等分だ。俺はギルド側の人間だから少ない。トウツも討伐ではなくお前さんの護衛という名目だから少なくなるな。だが、敵内部に突貫して一番危険度が高い役回りになっちまった。危険手当はこっちから金銭で渡す。それでいいな?」

「もちろ~ん。危険手当はむしろ予想外の収入なので助かります。」

 トウツさんが頷く。


「よしきた。」

「ゴンザさ~ん!」

 パタパタとアキネさんが走ってきた。


「おい、何だ?」

「何だじゃないですよ!もっと人員割いてくださいよ!こんなのいつまでたっても査定が終わらないですよ~!」

「それを終わらせるのがお前らの仕事だろうが!」

「そんなこと言われても!マニュアルに載ってない魔物もあるんですよ!あんなの値段すらつけられませんよ!」

「そいつは王都からマニアが来るまで放っておけと言っただろうが!」

「えー!そんな。じゃあ私たちは終わるまで永遠に査定し続けるんですか?」

「この一週間で終わらせるのは四分の一程度でいい!」

「え、サボっていいってことですか!?」

「そうは言ってねぇ!どの道量が多すぎるんだよ。ただでさえうちからワイバーン出し過ぎて値崩れ起こして色んな所から文句出てんだぞ!アスピドケロン抜きにしてもまだ倉庫には大量のワイバーン貯蓄してあるんだ。ワイバーンの査定はまず全部後回しだ!」

「それを最初に言って下さいよ~。」

「そんくらい自分たちで判断しろや!このマニュアル人間どもが!」

「酷いです!労基に訴えます!大体ゴンザさんがクエスト前に仕事終わらせてればここに顔出せて今の指示出せたんじゃないですか~!」

「え、すまん!」


 そこは素直に謝るのか。


「どちらにせよ。クラーケンとタラスクの甲羅、群れごと吸収されている魔物は四分の一だけ査定しろ。これをまとめて市場に流したら価格崩壊だ。特にクラーケンとタラスクの甲羅は専門家の意見を聞いてからじゃないと市場には流さん!知名度が高くて安い魔物はどんどんさばけ!マニュアルに載っていない魔物は後回しだ!以上!」


「了解です~。」

 アキネさんがトボトボと査定に戻る。


 あの素材の多くは俺がとってきたものだろう。

 いいことをしたはずなのだが、申し訳ない気分になってくる。


「気にすんなフィル坊。嬉しい悲鳴ってやつだ。これで数年は収支が安定するだろうからな。ひと段落ついたら職員の連中にも交代で長期休暇を与える予定だ。」


「よかったです。」

 俺はほっと胸をなでおろす。


「よし、こっちだ。来い。」


 俺たちは地下室へ案内される。


「ここの地下室はな、副ギルドマスター以上の権限か許可がないと入れない。冒険者をいれることなんざ稀だ。」

 ゴンザさんが言う。


「さぁ、交渉してみろフィル坊。」


 俺はゴンザさんに導かれるまま、暗い地下室の中に入っていった。

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