第57話 後始末2

 身体が重い。


 おかしい。さっきアキネさんと話した時は快調だったし、寝なおしてすっきりしているはずなのだ。この下腹部の重みはなんだろう? 何か乗っている?


『起きて!フィオ!起きて!食べられちゃう!』


 食べられちゃう? ルビーは何を言っているんだろう。ここはギルドの療養所だ。敵が来るなんて有り得ない。ゴンザさんやウォバルさんが近くにいるんだぞ。

 そう思いながら、目を開ける。


 黒い山が二つ、目に映った。かぐわしい香りもして、落ち着く。

 いや、待て。落ち着いてる場合じゃない。これはまずい。


「ふん!」

 俺は全力でブリッジする。


「おっとっと~。」

 上に乗っていたトウツさんがとぼけた顔をしてベッドの隣に着地する。


「油断も隙もないですね!?」

「僕に隙を見せるフィルたんが悪い。」

「あんた俺の味方だよな!?」

「永遠のパートナーを捕まえておいて何を。」

「パートナーじゃない!」

「でもパーティーメンバーだろ~?」


 ぐぬぬ。


「……何しに来たんですか。」

「大事なバディが心配だから面談に来るのはおかし~?」

「いえ、ありがとうございます。」

「うんうん。素直な子はお姉さん好きだよ。」

「……丁度良かった。キメラに会いに行こうと思ってたんです。それとギルドで三人目を早く探しましょう。」

「もうパーティーメンバー探すの?」

「あんたと二人は何かと危険だ。」

「ん~。でも、フィルたんが冒険者登録できるのはあと9年後でしょ~? 待ってくれる酔狂なやつって、僕くらいだと思うけど。」

「ぐ。」

「ぐうの音も出ないねぇ。」


 いや、「ぐ」は出たよ?


「ウォバルさんたちは? さっきアキネさんにこの辺にいると聞いたんだけど。」

「フィルたんが心配だからって、この三日はみんなギルドで食事をとってるよ。シャティちゃんが寝起きにいたでしょう? 一応ローテーションで見守ってくれていたんだよ?」

「それは……お礼を言わないとですね。」

「僕は何故か外されたけども。」

「当たり前だ。」

「まぁまぁ、怒らないの。導き手の小屋ヴァイゼンハッセは君と挨拶したらすぐに出立するらしい。」

「そうか。待たせてしまったんですね。」

「あの人たちも義理堅いよね~。もう少し冒険者業で稼いでから引退するって。ライオちゃんはベテランに差し掛かる年齢だし、シャティちゃんやミロワちゃんは結婚適齢期を少し過ぎちゃってるからね。ロットンちゃんだけはどこかのパーティーに雇われるかもしれないらしいけど。」

「え。」

「え、とは。」

「いえ。まだ続けるのかなと思っていたので。」

「身体の衰えを自覚する前に辞めるべし。冒険者で一番大切なのは死なないこと。死なないこととはつまり、引き際を心得ることだよ。それは単体のクエストでもそうだし、人生という長いスパンで考えても変わらないよ。」

「そうか。そうだよな。」

「ライオちゃんはあの人柄だから地元でいくらでもすることはあるんだって。村に1人いれば間違いなく自警団として活躍するだろうしね。シャティちゃんは魔法関連の職業で引く手あまただろうね。雷魔法なんて、使い手が本当に限られてる。ミロワちゃんはロットンちゃんと結婚するだろうね。」

「あ、やっぱり付き合ってたんですね。あの二人。」

「あれで隠してたつもりらしいねぇ。あの二人。」


 マジかよ。


「ロットンさんはもしかしたらフリーになるのか。」


 ミロワさんは家庭に入るとして、ロットンさんは稼がないといけない。子どもが出来た後にミロワさんが復帰することもあり得るが。


「誘おうなんて思わないでね。」

「何でですか?」

「君は大きな戦いの渦中に、いつか身を投じる気がするんだよね~。僕は身一つ以外何もないから付き合えるけど、家庭をもつころになるロットンちゃんを巻き込んじゃ~ならないよ。」

「俺はそんな危ないことするつもり、ないんですけど。」

「倒さなくていいキメラを倒したのに?」


 それを言われると弱い。


「どの道、フィルたんが冒険者をするころにはロットンちゃんも三十路くらいでしょ。パーティー組んだところで5年程度しか出来ない。」


「そうだね。」

「……キメラのところ、行く?」

「行きます。」


 俺は立ち上がり、ローブを身にまとう。流石ワイバーン製だ。師匠の付与魔法も手伝って、傷一つついていない。これがなければ魔槍の爆発で足だけでなく胴体もやられていた。師匠は本当にチートだ。転生したのは俺の方なのに。


 トウツさんに連れられて俺はギルド内を練り歩いた。


「あの兎、本当に男児連れてやがる。」

「可哀そうに。」

「奴隷制度も合法とはいえ。むごい。」

「いやでもあれ、ストレガの弟子だろ? 噂の。」

「マジか。」

「誘おうと思ってたのに、あの兎のお手付きじゃ手が出せねぇ。」

「ウォバルさんならまだ常識あるから、交渉くらいは出来たのに。」


 ギルド内にいる人々には俺が連行されている囚人のように見えるらしい。

 本当にトウツさん、普段の行いどうにかしたら?

 ジト目で俺はトウツさんを見る。ちなみに隣でルビーも威嚇している。

 あ、やばい。目の中がハートになってる。怖い。

 俺は慌ててトウツさんから目をそらす。


「そのお面、何とか出来るといいねぇ。」

「そうですか?」

「不便だと思うよ~。何よりもフィルたんの綺麗なお顔を見たいからね~。」

「俺、しばらくお面でいいです。」


 狐の和柄のお面、元の世界を思い出すから落ち着くんだよなぁ。


「だ~め。それを考える旅に出てもいいかもねぇ。」

「俺、七歳になったら魔法学園通わなきゃなんですよ。それは出来ないですね。」

「冒険者する予定なのに、魔法学園行くの? 変わってるねぇ。」

「おかしいですか?」

「シャティみたいなのは机上で完成した持論を実地で流用できるか試すために冒険者やってるからねぇ。馬鹿を納得させるには戦果というわかりやすい方法が一番だから。」

「なるほど。」

「それに対して、君は冒険者という収入も社会的地位も不確かなもののために魔法学園に行くと言っている。矛盾してるねぇ。普通は貴族のお抱え魔法使いになるか、研究しつつ身銭を稼ぐかだよ。もしくは都や町の魔法師団に入る。まぁ、公務員みたいなもんだね。」

「なるほど。」

「特に君はストレガの弟子という、ハイブランドを抱えている。ますます命をかける必要がない。」

「それもそうですね。でも、魔法学園も冒険者も俺にとっては手段なんです。」

「手段?」

「はい。俺は守りたいものがあるんです。そのためには、強さが必要なんです。」

 俺はトウツさんを見上げる。


「ふ~ん。まぁ、暇だから手伝うよ。」

「いいんですか?」

「いいよ。僕が君を手伝うの、別に好みの美少年だけが理由じゃないよ? 見た目が気に入っただけで付き合うほど、僕は酔狂じゃないからねぇ。」

「……ありがとうございます。」

 俺はこの人に礼を言ってばかりだ。


「代償として体で支払ってもらおうか?」

「台無しだよ!」


 対価じゃなくて代償と言ってる辺り、確信犯だろお前。

 俺はずんずんとギルドの奥へと進んだ。


 とりとめもない話をトウツさんとしていると、ギルドのカウンターにすぐについた。片田舎とはいえ、本当にここのギルドは色々揃っている。ゴンザさんの前のマスターが商業寄りの人だったとか。


「あら、フィル君。もう動いていいの?」

 カウンターからアキネさんが顔を出してくる。


「はい、大丈夫です。ゴンザさんはいますか?」


「ギルドマスターですね。呼んできます。」

 アキネさんがぱたぱたと奥へ行く。


「な~んか、僕と違ってフィルたんあのお姉さんへの対応優しくな~い? 声音とか絶対作ってるでしょう。」


「胸に手を当てて考えてみろ。」


 トウツさんが屈む。俺の手を取る。俺の手のひらを自分の胸にあてる。


「あん。」

「何してんだてめえ!!」

 びっくりして飛びのく。


 飛びのいたら壁に後頭部を打ち付けて悶絶した。


「フィルたん、フィルたん。」

「ごめん待って。頭痛いちょっと待って。」

「アスピドケロンと戦ってる時は、そんなお間抜けしなかったのになぁ。」

「あの時は戦いに集中してたから。じゃなくて、何?」

 後頭部をさすりながら聞く。


「胸に手を当てて考えてみました。」

「俺の手をな。」


 本当びびったわ。何だこいつ。


「ちょっと発情した。」

「俺、この人がパーティーメンバーで良かったのかなぁ。」

「お待たせしました~。……何かありました?」


 アキネさんが目をぱちくりさせる。今日もハの字の眉がお美しい。


「いえ、何でもないです。」

 俺はごまかすしかなかった。

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