第330話 魔軍交戦27 ベヒーモスと俯くもの

「おい、こいつぁやべぇんじゃないか?」


 ゴンザが呟く。

 針の城の根元には、祭壇のようなものがあった。巨大な長方形の大理石ベッド。端の縁には幾何学模様の装飾が施されている。おそらく、魔法的な意味が込められているものだろう。どう考えても、儀式的な魔法を用いるための施設である。大理石ベッドの上には、年期の入った血のシミがある。緑や紫のものもあるので、おそらく人間の血だけではない。

 ウォバルがキサラの方へ目配せをする。

 キサラは黙って首を横に振る。

 この場で一番魔法の趣旨に深いのは、後衛魔法使いであるキサラだ。彼女が分からないということは、幾何学模様の魔法式がどんなものか解明出来る者はいない。


「何か召喚でもすんのか? これ」

「予想として考えられるのは、例のエルドランを半壊させたやつだね」

「四天王アーキア」


 ウォバルの呟きに、フィンサーが答える。


「巨人たちの報告では、連中は実験をしているようだったと。しかも、例のアーキアというのは不完全なようだね」

「巨人の国をたったの一日で半壊させるバケモンだ。今投入されたら、この国は終わりだろう。ストレガの婆さんが両手いっぱいのようだからな。聖女も休眠に入ったらしいし」

「儀式的な何かが、アーキアを呼び出すには必要、か。もしくは起動か? おそらく、鉄竜と近しい扱いなんだろう」

「頼れる人は大体過労で倒れてる」

「おっとここに頼れる人間が」

「いよいよ勇者の出番ですね」

「話を僕のハードル上げる方に誘導するの、やめてもらいます?」


 ルークが苦笑する。


「ねぇ、この祭壇の用途はまだ不明だけど、はっきりわかったことが一つあるわ。いや、二つね」

「おう、何だいねえちゃん!?」

「ゴンザ。いちいち大声を出すのをやめなさい」


 敵地で声を張るゴンザをフィンサーがたしなめる。


「あの二体の魔物。他の魔物とは違う指令で動いているみたいね。そうね、例えば、ここを守れとか?」

「!?」


 全員が臨戦態勢に入る。

 あの二体・・・・が動き出した。ベヒーモスと俯くものカトブレパスだ。ベヒーモスは猪のように突進して近づいてきている。俯くものカトブレパスはゆっくりと、足元を確かめるような足取りで近づいてくる。

 ベヒーモスは北から。俯くものカトブレパスは南から。挟み撃ちだ。


「そういうことかい。一気にあいつら投入すれば都はやばいのによ、動かないのは変だと思ってたんだよ。別の命令を受けていたんだな」

「逆に言えば、あれ2体足してもアーキアとやらの戦術的価値には及ばないということだね」

「何よそれ。テンション落ちる分析やめてほしいんだけど」

「どうするよ? 勇者様」

「一度に二体相手するのはまずいですね。接敵の早いベヒーモスを速攻で倒します。早く倒すことが最優先課題とします。最悪なのは二体同時に相手取ることです。これだけは必ず避ける。ベヒーモスを討伐出来ない次点で俯くものカトブレパスが合流した場合、すぐに撤退」

「わかったよ」

「承知したぁ!」

「任せて」


 言うや否や、前衛のルーク、ウォバル、ゴンザがベヒーモスの方へ突っ込んだ。後ろからフィンサーがけん制で手斧を投げる。キサラが魔力を練る。

 ベヒーモスは手斧を一本角で弾く。

 ヘイトがフィンサーへ向いた。

 フィンサーは自身に敵の視点が合ったのを確認すると、大きくステップを踏んでキサラから距離を置く。左へ、左へ、大きく旋回していく。

 突っ込んだ前衛は左側にウォバルとゴンザ。右側にルーク。

 ヘイトが向いたフィンサーにベヒーモスが足を進めると、自然とウォバルやゴンザとベヒーモスが衝突することになる。


「うおあぁ!?」

「あ、斧が」


 武器強化ストレングスで全力に鍛え上げたウォバルとゴンザの斧が弾かれて砕かれる。ベヒーモスの表皮に傷はついたが、継続ダメージは望むべくもない。

 が。


「右が空いたな?」


 ゴンザが笑う。


 フィンサー、そしてウォバルとゴンザに注意が向いたベヒーモスは食らうことになる。この戦いに参加した人間で最も火力のある前衛、ルークのつるぎを。


「風水土よ、大岩をも削り切りたまえ。粒子斬りジャルノクーペ


 ざっくりと、ベヒーモスの半身が断ち切られた。

 風と水、そして土魔法で操作したミスリル銀で、高圧出力して敵を切り裂く魔法である。高圧に圧縮するには強力な魔力がいる。それを正しい方向へ出力するにも、超絶技巧の魔法コントロールを要求される。それらを高いレベルで3属性同時に実現できる、ルークのみが使える魔法である。

 何でも斬れる魔法。

 分かりやすい代名詞の魔法があることが、プロパガンダとはいえルークが勇者たる所以である。

 ちなみに何でも斬れるのに、その辺のB級冒険者でも斬れる大岩と比喩しているのはルークの謙虚さからである。王族から「もっと自分を大きく見せんかい」と要求されたが、彼はこの詠唱を意固地に守っている。


「うおお!? マジで!?」

「僕らの斧で細かい傷しか作れなかったのになぁ」


 ゴンザとウォバルが驚愕し、賞賛する。


「ブモォー!」


 ベヒーモスはたじろがず、ルークに正対した。


「え、嘘。普通死ぬんだけどなぁ」


 予想外のことに、ルークが驚く。


「どうにかしろ勇者!」

「ごめんなさい。この魔法、間隔インターバルが長いんです」

「役立たずかお前ぇー!」


 ベヒーモスの傷口に、ミスリル銀が練りこまれた竜巻が叩き込まれた。


「ブモー!」


 ベヒーモスが斜めに倒れる。


「でも、大丈夫です。僕の間隔インターバルは、いつも彼女が完璧に管理しているので」

「だからといって、軽々しく魔力をまとめて消費しないでほしいわ」


 汗をぬぐいながら言うキサラを、フィンサーは「おぉ」と感嘆しながら見る。


 かつて、フィオ・ストレガは勇者パーティー魔法英雄師団ファクティムファルセを、一人の前衛のために優秀な後衛で塗り固めたチームと表現した。

 それはあながち間違いではない。

 最強の鉾でありながら、分かりやすい弱点をもつルーク。

 逆に言えば、その弱点さえ埋めれば彼のパーティーは最強なのである。

 キサラ・ヒタールは彼の幼馴染だ。勇者パーティーの戦い方は、彼らが2人だけで行動していた時から雛形が出来ていた。彼らは2人だけでも、十分勇者パーティーたり得るのである。


「次の一発でやれます。ウォバルさん、ゴンザさん。あれを十数秒起き上がらないようにできますか?」

「鬼発注だねぇ」

「ガハハハッ!ギルドマスターの時でもそんな依頼聞いたことないわい!」


 文句を言いながらも、亜空間ポケットから新しい斧を取り出した二人がベヒーモスに突っ込む。右後ろ脚に力が入ったのを確認。すぐさま二人が斬りつける。バランスを崩したベヒーモスが、反対の後ろ脚で踏ん張ろうとする所に、待っていましたとばかりにフィンサーの投げ斧が強襲する。何とか踏みこたえようとするが、キサラが水泡ウォーターカノンでの連弾で、それを許さない。


「もう十秒余裕で経ったんじゃないか!?」

「待たせすぎですよ!」


 ゴンザとフィンサーがたまらず叫ぶ。

 戦斧集団アックスラッセルの三人は、夜から戦い続きだ。ここで戦って勝つのはいいとして、魔物の中を通って都へ帰る体力を温存しなければならない。ギリギリの状況だ。


「ありがとうございます。さっきは半身しか削れなかったので、念のために多めに魔力を練りました」

「お前の念のために命かけてるおじさんがいるんだけど!?」

粒子斬りジャルノクーペ

「聞けよおい!?」


 ベヒーモスが綺麗に両断された。

 巨大な体躯から、濁流のように血液が噴き出す。

 ドスンと大きな音を響かせて、巨躯が倒れる。


「よっしゃー!まず一匹!」

「逃げて!ルーク!」


 喜ぶゴンザの声に、キサラの悲鳴が混ざった。


「な!?」


 四人が振り向くと、キサラの下半身は既に石化していた。


「石化の魔眼!? ちょ、待」


 ゴンザは悪寒がし、目を腕で覆った。横を巨大な影が通過した感覚がしたと思ったら、身体が吹っ飛ばされる。


「ゴンザ!」


 ゴンザがおそらく、尾で弾き飛ばされたのは何となく分かった。

 だが、視認は出来ない。

 目で確認することは、すなわち死を意味する。

 俯くものカトブレパス。石化の魔眼をもつ魔物。キサラはそいつの目を見てしまったのだろう。

 ウォバル達は目を伏せ、地面を見ながら敵の気配を察知しようと急ぐ。


「まずいなぁ。足が速かったのか、あの魔物。ゆっくり動いていたのはブラフか」

「ベヒーモスが倒れた瞬間襲った。こちらの気が一番緩む時を待っていたのでしょう」

「貴方のバディが不意打ちとはいえ、石化魔法に引っかかるとは思えません。俯くものカトブレパスの能力は、もちろん事前に知っていたのですよね?」

「当り前です。キサラが敵の得意な術中に簡単にかかるなんて。何かがおかしい」

「む!?」


 ウォバルが焦る声がした。

 足元には、地面が広がっている。それが恐ろしい早さで金魔法により姿を変え、金属質な地肌を見せる。そして鏡面加工のような輝きを見せた。

 目、目、目、目目目目。

 地面いっぱいに反射した、老人とも獣とも似つかない眼光が視界を支配していた。


「まずい!二人とも、目を完全に閉じて!敵は鏡を作っている!」


 ウォバルがそう叫ぶと、足先から石化していく。


「金魔法!? 魔物が!? 人間並みの高度な知性がないと出来ないはずだ!」

「出来ているんだから仕様がないです!ルーク!私が手斧で出来るだけ時間を稼ぎます!貴方は魔力をひたすら練ってください!一撃で倒さないとまずい!」

「ですが、外れたら」

「それしか方法はない!」


 フィンサーとルークが目を引き結び、音とかすかな魔力を頼りに位置を探る。

 わずかな砂が揺れる気配を察知し、フィンサーが斧を投擲する。風が揺れ動いた。あっさりとかわされたらしい。


「あんな老人の獣みたいな見た目で、俊敏ですね」

「最悪な状況です。うちにはもう斥侯スカウトはいない」


 ルークの言うスカウトとは、ソム・フレッチャーとボウ・ボーゲンのことである。他のA級パーティーから代わりの者をヘッドハンティングしても良かったが、ルーク達の連携に付いてこられる斥侯スカウトはついぞ見つからなかったのだ。


「うちは私が斥侯スカウトを兼任していましたが、ここまで気配を隠すのが上手な敵だと、手が出せませんね」


 フィンサーとルークがお互いの声を頼りに近づき、背中を合わせる。


「ルークさん。もしもの時は、私が囮になります。私に攻撃が集中した瞬間、その方向へ斬撃を飛ばしてください」

「僕の剣は何でも斬れますよ? 貴方に当たるかも。大丈夫ですか?」

「大丈夫です。私のシュレへの愛は本物だ。愛は最後には勝つ。私には君の斬撃は当たりません」


 どういう活用で、どういう拡大解釈なんだ。

 この死にそうな中で、何を言ってるんだこの人。

 ルークはそう思ったが、フィンサーの声色がシリアスなので突っ込みづらい。


追い風操作ウィンドプロモーション


 フィンサーの周りから風が流れ出す。

 しかし、風を押し返す物体はない。つまり、俯くものカトブレパスは動いていない。こちらの探知に気づいている。


「金魔法を使うだけあって、知能は高いですね。そこそこ頭のいい人間相手と思ってください」

「獣並みに早くて石化魔法が使えて、金魔法で鏡を作って自分の視線を増やせる上に人並に頭がよくて10メートル越えの敵と戦え、ということですか?」

「ギブアップします?」

「いえ、勇者を始めてから大体いつもこうです」

「肝の座り方が助かりますね、どうも」


 ため息をつき、フィンサーがモノクルの眼鏡をいじる。


「しゃらくせー!」

「ゴンザ!?」


 大声が聞こえたと思ったら、その声が移動している。叫びながら俯くものカトブレパスの方へ向かっているのだ!


「こっちだ勇者ルーク!外すなよ!絶対に外すなよ!うおおー!」


 ただでさえ声量の多いゴンザが、声を張り上げながら走っている。フィンサーの風魔法に大きな物陰が引っかかった。ゴンザの特攻に驚いたのだ!

 ゴンザの足音がゴツゴツと異音を放っている。


「足が石化している!? ゴンザの馬鹿め!目で俯くものカトブレパスの位置を把握しているのですか!?」

「フィンサーさん!どっちです!? やつはどっちですか!?」

「虎の方角!距離30!」

「こっちだぁー!」


 フィンサーの指定した方角から、ゴンザの叫び声が聞こえる。声が震えている。身体が大きく揺さぶられているのだ。

 俯くものカトブレパスにしがみついている!


「当たっても知りませんよ!? 粒子斬りジャルノクーペ!」


 斬撃音が空気を震わせる。

 目を瞑っている代わりに、肌が鋭敏になっているフィンサーの知覚を風切り音がけたたましく叩く。その風切り音が、肉を割く音と共に止まる。

 べしゃりと、何かが倒れる音がする。


「目標、倒れました」

「やったん、ですかね?」

「念のために私が先に目を開けます。最後に残るべきは貴方だ」

「…………」


 何かを言おうとしたが、拒むことが出来ずにルークは口をつぐむ。

 目を開けたであろうフィンサーが、走る足音が聞こえる。


「何を無茶してるんですか」

「おう。あの勇者のあんちゃん、やるじゃねぇか」


 そこには、真っ二つに斬れた俯くものカトブレパスと、その横に間一髪で髭がごっそり切れていたゴンザがいた。首元が薄皮一枚切れている。あと数十センチずれていれば、首が切断されていた。


「危うく死ぬところだったんですよ?」

「でも、上手くいったろ?」

 ゴンザはニカっと笑いながら言う。


 彼は既に腰まで石化している。


「教会に石化魔法の解除ポーション、在庫どれくらいあったっけか?」

「あれ、高いから仕入れるのは根気がいるんですよね」

「おい、お前マジかよ」

「……流石にジョークですよ」

「お前のジョークは時々マジに聞こえるんだよ!」


 ゴンザが叫びながら固まる。フィンサーに突っ込みを入れた後なので、驚愕顔で固まってしまった。


「もう少し男前な顔で石化出来ないんですかね」


 変な顔にした張本人が、人様の石化顔に駄目押しをする。


「あの、僕もう目を開けていいですか?」

「あ」


 ルークの問いに、今思い出したかのようにフィンサーが声を漏らした。


 しばらくして、魔法信号が針の城から都へ送られる。


『勇者。敵の主戦力魔物、ベヒーモスと俯くものカトブレパスを討伐せり』

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