第329話 魔軍交戦26 北から来たれり使者死者屍者

「というかよ、獅子族はスルーして良かったのかよ?」


 魔物の中を爆走しながら、ゴンザが呟く。

 ちなみに、壁の上の魔法使い達は「何やってんだあの人達!? 死ぬ気か!?」と仰天しながらも、支援魔法を放っている。

 だが、その援護射撃も長くは続かない。ルーク達はどんどん都から離れていく。攻撃射程から遠ざかっていく。

 驚くべきことに、あまり魔物達はルーク達に関心を寄せない。エイブリーの読み通り、魔物は単純な命令で動いているようだ。その虚を突いた。おそらく、今魔物達に送られている指令は、「都に侵入して、出来るだけ人間を殺せ」だ。

 魔物の真ん中を突っ切ってくる人間がいるなんて、想定されているわけがない。


「問題ないよ。地獄宿根草ヘルゲウム血濡れの女王プリンセスブラッドショーは、あくまでも獅子族を引き上げるやぐらでしかない。壁の外へ出れば、あれの餌食になるだろうけど、壁の中にいれば安全だ。獅子族はそうだね。血気盛んな連中が待ち伏せしてるから大丈夫だよ」

「血気盛んな連中?」


 ルークの説明に、ウォバルが眉をひそめる。


「恐らく、今日の戦いを一番心待ちにしていた人達さ」

「へぇ。この地獄のような戦いを楽しみにしていた連中なんているのか。関わり合いになりたくねぇなぁ」

「そうだろうね。弔い合戦は、本人達にやらせるべきさ」


 ルークがそこまで言ってから、3人は「連中」が誰なのかを察する。


「そいつぁ、関わり合いにならなくて正解だぁな」


 ゴンザが神妙に髭をなぞった。







「理解に苦しむな」


 獅子族の副将、ダンデ・アンプルールは呟いた。


 壁を降りた300人の獅子族を待ち受けていたのは、竜人族だった。

 顔を怒らせ、既に竜化している者は鱗を逆立たせている。

 獅子族の拳に対抗できるのは、竜鱗をもつ竜人族のみ。エクセレイの決定である。


「理解に苦しむというのは、何かね?」


 竜人の陣形の中心にいる王、ドラキン・ジグ・レギアが答える。

 両脇にはロプスタン・ザリ・レギアとショー・ピトー・ハイレン。後ろには竜人一の俊足、コリトフ・アニナエが控えている。


「ここは貴様らの国ではないだろう。戦う理由がない。我々の部隊と戦う人員が一番、戦死者が多くなるはず。しかも、王とその子息まで戦場に出張るとは。竜人はいつから集団自殺を趣味にし始めたのだ? 故郷を焼かれて気が狂ったか」

「逆に聞こうか。好戦的と名高い獅子族は、いつから戦う前に雑談などするようになったのだ? 牙が抜けたか、腑抜け集団め」


 ダンデの後ろで、獅子族達が怒りに表情を染める。

 それをダンデが手で制す。


「そうだな。牙が抜けた、というのはある意味で正しいかもしれない」


 肯定されるとは思わなかったのか、ロスが驚きを隠さずに獅子族達を訝し気に見る。


「獅子族は戦いを愛する。常に最強を目指す。個々が、己を最強の戦士と信じて自らを鍛え続ける種族だ。だが、それも終わりを迎えた。俺の父、ライコネンの存在によって」


 竜人達は、改めて自分たちの右側から感じる圧力プレッシャーを意識する。おそらくこの圧力の正体は、そのライコネンとやらだろう。建物などの遮蔽物で見えないのに、この存在感。規格外である。

 ただ歩いているだけ。

 歩いているだけで、戦場の空気を変えている。


「獅子族は族長を一騎打ちにて代替わりする。だが、父はあまりにも強すぎた。獅子族の目ぼしい強者つわものは、父の手によって全員死んだ。獅子族は死に体だ。数を減らしすぎた。誇りを捨て、代替わりの儀式、一騎打ちを廃止するほどにな」


 ダンデは言葉を切る。


「父は同族に見切りをつけた。だからこの戦場にいる。だが、我々にも矜持がある。この戦争で最も戦果をあげるのは、我々だ」

「それは無理な相談だにゃん」

「な?」


 ダンデのすぐ横。

 一人の戦士の太ももから、鮮血が飛び散った。


不意打ちアンブッシュ!? 卑怯な!」


 慌てるのは一瞬。

 獅子族は戦闘態勢をすぐに整える。


「おっせぇよ!」

「がっ!」


 ダンデの顎に、コリトフの膝がさく裂した。

 たたらを踏んで、ダンデが後退する。


「俺の故郷を潰したお前らの矜持なんざ知るか!全員吹っ飛ばす!」


 吠えるコリトフの隣に、ギルドマスター、シーヤ・ガートが着地する。


「……猫人族の女か。姑息な」

「こっちはお前らよりも小さいから、多少のだまし討ちは許してほしいにゃん。卑怯なのはお前らの体格にゃ。なんにゃんそれ。固過ぎだにゃん」


 シーヤの太ももが、異常なほどに膨れ上がる。

 次の一撃を準備しているのだ。


「同じ猫科同士、仲よくしようにゃ」


 シーヤの後ろで、竜人達が一斉に竜化する。

 シーヤとコリトフのヒットアンドアウェイ。そして竜鱗を持つ他の竜人がフィジカルで押す。それがこの防衛ラインのオーダー。


「各個撃破!」


 ドラキンが叫んだ瞬間、ロプスタンを始めた土魔法使い達が地形をまるごと・・・・・・・変えた。民家は形を変え、土の塊の建造物オブジェが大量に作られる。整備され硬かった石畳の道も、サラサラとした砂地に変化する。

 砂漠の中に、大量のキューブのような建造物が乱立する光景。これは、レギアの村をそのまま模した、等身大のジオラマである。


「我々は砂漠の民でな。戦いやすい地形で戦わせてもらう。悪く思うなよ」

「……面白い」


 ダンデの号令で、獅子族が散開する。

 竜人族もまた、チームを組んで動き出した。

 砂漠のゲリラ戦が、都の一角で勃発した。







「よりにもよって、北かよ」


 ナミル達、黒豹師団パンサーズクラウンは唾棄するかのような表情で、侵入者を眺めていた。

 死霊高位騎士リビングパラディン

 そのどす黒い陰気なオーラを放つ鎧は、十数分ほど前に西部でライコネンがやったように跳躍し、あっけなく外壁の上に到達した。今は外壁の上から下を眺めている。何かを探しているのだ。それが何であるかは、ナミル達には見当がつかない。


「北へ回って正解だったわ。来てすぐにあれが現れたんだもの。防壁上の冒険者や騎士達はおそらく全滅よ。実力がある連中は、西から逃げてきた傭兵を上手く盾にして逃れたみたいだけれど」

 ナミルの隣にタヴラヴが立ち、言う。


「逃げ切ったというよりも、あれは他者に興味を示していないように思えるな」

死霊レイスなのに、生者せいじゃに興味がないと?」

「そんな死霊騎士リビングアーマーなんて、聞いたことがない」

「珍しいわね。でも、ありえないとは言えない。私たちはここ数年で例外を見すぎているわ」

「あそこから動かない。何か探しているのか?」

「どうでもいい。あいつはジータのかたきだ。殺す」


 狩猟せし雌犬カッチャカーニャと黒豹師団の話し合いを、クバオが切る。

 今にも飛び出しそうなほど表情に怒気が入り混じっている。それでもこの場に留まっているのは、どう足掻いても自分1人では敵わないと理解できるからだ。あれは強い。魔女の帽子ウィッチハットの工場で接敵した時、確かに強かったがあれほどではなかった。2年前までは勇者パーティーからひたすら逃げていたと聞いている。

 ルーク・ルークソーンを過小評価するわけではないが、あれだけ強力な魔物が何かから逃げる必要があるのだろうか?


「加勢しよう」

「ウッカか」


 戦士めいた木こりファンテランバージャックスの面子が後ろから現れた。北の防衛が崩れたことを聞き、東から走ってきたのだ。

 リーダーのウッカは、神妙そうな顔で口を開く。


「ただし、あんたらの集団自決に付き合うつもりはない。わかってくれ。俺の責務は、俺のパーティーを生き残らせることだ」

「わかっているさ」

「いや、わかってないね」


 怪訝な表情のナミルを、ウッカは厳つい目つきで見下ろす。


「あんたら黒豹達はいいだろうよ。同郷の仇討ちだ。自分たちが死んでも、あれに一矢報いれば心地よく死ねるだろうよ。あんたらは戦士だ。戦場で死ぬことは大きな問題ではない。でもな、ナミル。あんたはもう、黒豹の種族だけのことを考えていい身分じゃあない」


 ウッカがタヴラヴを見る。

 彼女は下を向き、軽く息を吐く。


「こうなることは、彼と一緒になった時から何となく察していたわ。覚悟は出来ている。ナミル。貴方は好きなようにやって」

「……すまない」


 彼らがそこまで話すと、外壁の上にいた死霊高位騎士が飛び降りた。

 目指すところを決めたようだ。


「南も死霊、北も死霊。都は呪われてるな」


 クバオがつぶやく。


「ついでに西は獅子だ。東にも何か出るんじゃないか?」

「よせ、言うな。本当にそうなるじゃないか」


 その場の全員が笑う。


「包囲網陣形だ。狐娘達は下がって。ここを突破されたら学園・・だ。小さい子どもはもう疎開してるとはいえ、残っている子どももいる。戦力として志願して残っている者もいる。通すわけにはいかない」

「わかってら」

「任せろ」


 黒豹師団と戦士めいた木こり達が包囲網を作り、徐々に鎧を取り囲んでいった。

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