第331話 魔軍交戦28 黒豹の意地
「ここに、石化状態回復ポーションが一つあります」
「もっと早く出せなかったんですか?」
ルークが小瓶を掲げると、フィンサーがあきれ顔で応えた。
「あの戦いのさ中に、味方へポーションを振りかける余裕なんてないですよ。あと、敬語はやめてくださいよ。フィンサー
「いやいや、国お抱えの勇者様と対等などと。恐れ多い」
「先生のそういうところ、学生の時から苦手でしたよ」
「そうかい。済まないね」
フィンサーは黒光りした笑顔を見せる。
「さて、じゃあそれをさっさとキサラ嬢にかけるといい」
「いいんですか?」
「一つしかないんだろう?」
ルークは困る。
石化している二人の男は、フィンサーの冒険者時代のパーティーメンバーだ。魔王の城の下へ放置するのは危険だ。
それを承知で、あっさりとキサラの石化を解除すべきと提言した。
「元教え子だからですか?」
「純粋に戦局を見たまでだよ。僕らとキサラ嬢では、都の人間へ与える影響は段違いだ。勇者パーティー二人が五体満足で大物二体を倒して戻ってくる。これ以上ない士気向上効果が狙える」
「二人をどうします?」
「土の下にでも埋めよう。ただの石だから大丈夫だろう」
この人達、仲がいいパーティーだったのかな、とルークは他人事ながら心配してしまう。
「それと、石化が解ければキサラ嬢もポーションを持っているのだろう? つまり、石化したままの人間は一人に限られる」
「あぁ、気づいていたんですか」
「当然、保険はしていただろう?」
フィンサーの言葉に、ルークは頷く。
石化状態解除ポーションは、入手が困難である。それは材料の希少性や、作り手に求められる金魔法の技量だけが原因ではない。単純に
そういうわけで、誰も発注しないものだから作られないのだ。
だが、運がいいことにここは魔法立国である。過去いた金魔法使い達が時折作っていたのだ。需要がないのに何故と問う人間がいるかもしれないが、彼らは「作れたから作った」と答える。研究者というものは知的好奇心のみで動くことが多々ある生き物なのだ。
こういう輩は放置しておくと金策をせずに餓死するので、国が支援することも多くある。フィルがこの事実を知った瞬間思ったことは「絶滅危惧種かな?」である。趣味が極まった魔法使いは、生きることが下手すぎるのだ。
というわけで。
王族の保険として国庫に置いてあった石化解除ポーションを2つルーク達はもっていた。お互いが石化した時に解除するために。
フィンサーの言う保険とは、そのことである。
ただし。
「それが、保険を潰されたようでして」
「?」
フィンサーがキサラの石像の方を見ると、腰にかけているポーチが射貫かれている。地面には白い羽の矢が刺さっている。
「ソム・フレッチャーですか。そういえばここは彼らの射程距離ですね」
ポーチはキサラの亜空間ポケットである。それが破壊された。つまり、ポーションはルークが持つ一つのみになったということだ。
「彼らが我々を射ってこないのは、何故です?」
「腐っても、元同じパーティーメンバーです。この距離なら僕が撃ち落とせるのを彼らは知っています」
「なるほどね」
嫌な信頼関係である。
城の上を見ると、時々矢が都方面へ飛んでいくのがわかる。
「キサラさんを戻しましょうか」
「はい」
「その前に」
フィンサーが魔法で地面をめくりあげ、そこへ雑にウォバルとゴンザの石像をしまう。
こんなに雑でいいんだろうかと、ルークは冷や冷やする。
「それ、元に戻った時に文句言われませんか?」
「文句はいつも言われてるから、変わらないかな?」
何てお互いにとって雑な関係性なんだ。
ルークは呆れつつも、キサラを戻す。
「逃げて!ルーク!」
戻った瞬間、キサラが叫ぶ。
「その
「へ?」
フィンサーの言葉に、キサラが素っ頓狂な声をあげる。
「えっと、つまり、そういうこと」
照れるルークの後ろに、首の長すぎる牛のような魔物の死体が見える。キサラが先ほど目が合った怪物、
必死に叫んだ様子をフィンサーに見られたことに気づいたキサラの頬に、朱が刺す。
「た、倒したのね」
ギリギリで面子を保とうと、キサラが落ち着き払った声で言う。
「今更そんなしなくても。君の失態は学生時代にいくらでも見てるよ」
「あぁー!もうフィンサー先生!そういうところですよそういうところ!学園の高等部生一年までの女子人気は高かったのに、二年生以上になると一気に人気が落ちたのはそういうところですフィンサー先生!」
「え、私ってそういう扱いだったのかい?」
「最終的には学園長好きなだけの人って認識に落ち着いてたよね。僕らの世代はみんなそう思ってましたよ」
ルークが苦笑する。
「昔の談義に花を咲かせるのはいいけども、都が危ないからね。早く戻ろう」
話逸らしたな。
話逸らしたわね。
その場にいる勇者パーティー二人が思った。
ルークがちらりと、ウォバルとゴンザが埋まった場所を見る。
本音を言うと、この戦いには最後まで参加してほしかった。
だが、死人ゼロであの魔物2体を倒すことが出来た。これは大きな戦果だ。
「急ぎましょう。フィンサー先生。都の戦況をひっくり返せば、ウォバルさんと
ゴンザさんを元に戻す算段もつきます」
「あぁ、構わないとも。前衛が君だけになったね。帰りは大丈夫かい?」
「元よりキサラと二人で潜入する予定でしたからね」
「そりゃ心強い」
フィンサーが肩をすくめた。
仇討ちではなく、一分一秒でも長くこの鎧騎士をここへ留めること。
「おい、逃げた方がいいんじゃないか?」
「馬鹿言え。もうこの船は入れない船なんだよ」
ウッカが肩で息をしながら、クバオに返答する。
最初に餌食となったのは
一瞬にて接近し、あっさりと命を絶たれた。
呪いを詰め込まれた長剣。
触れたら聖職者以外は即死である。その上、この魔物は生前の近衛騎士としての剣技を完全に思い出している。
続いて、足の速さで勝負を仕掛けた黒豹師団のメンバー。ナミルの次に速い男だった。それがあっさり速さで負け、胴を両断された。
動揺した
それを見て、残ったメンバーは慌てて一箇所に集まり陣形を組んだ。
足の速いナミルを先頭に。一番腕力があるクバオをその後ろへ。後衛の多い
タヴラヴは
「やつのつま先がわずかにでも動けば、全方位へ攻撃しろ。やつはナミルよりも速い」
「クバオよりも強いな」
「マジで勘弁してくれよ。あれがA級? S級認定していいんじゃねぇの?」
どろりと、
「来るぞ!」
そう叫んだ男の首が胴から離れた。
「は!?」
飛んだ首に気を取られた三人の上半身が、下半身から切り離される。
横なぎ一閃。
その一撃に反応できたのは、ナミルだけであった。
「
獅子族が力の種族だとすれば、豹は速さの種族である。
ナミルの抜き手は確実に死霊高位騎士の脇腹を貫いた。死霊の
が。
そのフィンガーアーマーが呪いに食い潰される。
「都で買える一番いい武器のはずだったんだがな」
長剣が腹部に突き刺さる。
ナミルが膝からくず折れる。
意識を手放しそうになるが、再び足に力を入れ、腹に突き刺さった剣を握る。恐ろしい速さで呪いが精神を侵食していく。
気が狂いそうだ。何もかも投げ出して死にたい。
「こんな苦しい思いしてまで、この世に留まる必要なんてないだろう」
こいつは部下の仇だ。そのはずだというのに、長剣の呪いを通じてナミルの心中に浮かんだ感情は、同情である。
「最高だぜ。リーダー」
クバオが大槌を抱え上げた。
ナミルのフィンガーアーマーと同じく、シュミット・スミスの遺作に教会が退魔魔法を込めた傑作である。
「いい加減あの世へ行けやオラァ!」
ピタリと。
縦に振りかぶったはずの大槌を、片手で静止されてしまった。
浄化魔法は効いている。間違いなく。
だが、浄化しても次から次へと新しい呪いが死霊高位騎士から吹き出している。
「あぁ、糞ったれ」
クバオの体が縦に両断される。
ナミルが地面に伏す。
掠れた視界の中、ウッカが死霊高位騎士へ飛びかかり、肉片一つ残さずに消し飛ぶ様子が見える。
その掠れた視界に、誰かが入ってきた。
「……タヴラヴか?」
「満足、したかしら?」
消えゆく意識の中、ナミルは彼女の声を聞いた。
「あぁ。みっともない終わりだ。それでも、いい。あれに敵わないことはわかっていた。それでも、俺は戦士として死にたかったんだ。部下を殺されて、のうのうと日常を享受する人間になりたくなかった。済まない、タヴラヴ。君を巻き込んでしまった」
「違うわ」
タヴラヴがナミルを抱きしめる。
ナミルの内部に蔓延りつつある呪いが、タヴラヴにも伝播する。
「巻き込まれたんじゃない。私が望んで貴方のそばに寄ったの。良かったわ。貴方の死に目に、横にいることができて」
タヴラヴの後ろに、死霊高位騎士が見える。
呪いの長剣を、ゆっくりと振りかぶっている。
「ありが……とう」
そうナミルが述べた瞬間、黒剣が振り下ろされた。
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