第332話 魔軍交戦29 魔法学園の決断
「う〜ん。まずかね」
シュレ・ハノハノは悩んでいた。
北から明らかにやばい敵が近寄ってきている。
だが、どう足掻いても自分一人の力量でどうにか出来る相手ではない。その証拠に、接敵したA級冒険者パーティーが手も足も出ない形で屠られたらしい。
「西のやつもやばかね。この国であれ倒せるの、マギサお婆ちゃんくらいじゃなかと? でも北のやつもそうやろうしなぁ。南はどうじゃろ。聖女ファナをうまく使って何とかといったところか。お婆ちゃん頼みやねぇ、この国。あぁ、フィンサー。はよう帰ってこいフィンサー。頭脳労働担当はお前でしょうに」
「学園長!」
「おう、リラちゃん」
旧姓セーニュマン。現リラ・ミザールを始めとして、教員が大勢学園長室になだれ込む。
「いっぱい来すぎたい。教職員規則を忘れたとか? 有事の際は、教室を子どものみにしてはならんとよ」
「ですが、都で評判の高い冒険者パーティー
リラの言葉に、シュレはしばらく考える。
後ろに控える体育教員たちを見る。既に彼らは、自らの命を覚悟した眼差しをこちらへ向けている。
命を賭して子どもたちを守れ。
そう命令すれば、彼らはそうするだろう。
確実に。
「だから学園長なんてやりたくなかったんよ。背負う命が多すぎたい。小規模な冒険者集団だった時の方が、気が楽たいね」
シュレがため息をつく。
自分を除けば1番の強者であるショー・ピトー・ハイレンがいないのは痛い。
だが、彼は元々レギアからレンタルしていたような存在である。仕様がない。
壁内へ侵入しているのは西と北の怪物だけではない。
獅子族も、魔物とゾンビの軍勢も大量に侵入している。また日が落ちれば吸血鬼と死霊系の魔物も加わってくる。
北から来る鎧とやら抜きにしても、ここも時期に戦場となる。
「軍属上がりは、全員残って交戦。それ以外は王宮へ退避したのち、戦況を見て東へ避難」
「国を見捨てるのですか!?」
「子どもを守ることが、国を守るこったい」
言い返した教員が、言葉を失う。
「私もここに残る。それと、騎士志願者の大学部生徒を。志願者のみ、残す。あの子らも大事な生徒たい。でも、今回ばかりは守られる側ではなく守る側になってもらう」
シュレが唇を噛みながら言う。
周囲の教員が、彼女の悲痛な表情を見て消沈する。
涙を流す教員もいた。
「リラちゃん」
「何でしょう?」
「一番嫌なお願いをする。断ってもよかよ?」
「やります。今、私ができることは何でも!」
リラが力強い眼差しでシュレを見返す。
「アルケリオ・クラージュをここに」
リラの表情が歪み、涙が一筋零れ落ちた。
「やぁ」
「ベヒト君。避難しないの?」
「うちは騎士の家系だからね」
それは理由にならないんじゃないのかな。
そう、アルケリオ・クラージュは思った。
どんな出自であれ、中等部以下の生徒は避難するという話だったはずだ。
かく言う自分も、避難を始めずにぐだぐだと
自分は子どもだ。守られるべき存在。リラ先生も、学園長も、フィルだって。みんなそう言っている。フィルも子どものはずなんだけど、何故だか初めてあった時から、彼は僕の中で頼れる保護者なんだ。
でも、分不相応にも、自分には何か出来るのではないか?
そう思っている。
することもないから、フィルから貰った宝物である青薄刀をぬぐっていた。14歳になってすぐ冒険者登録をして、多くの魔物を切ってきた。それでもオリハルコンという物質がすごいのか、蒼い輝きが刀身から消えることはない。まるで新品だ。
「それ、今日使うつもりか?」
「え。どうだろう?」
ベヒト君が横に座る。
ベヒト・ハイトマン。初等部で、唯一僕やロス以外でフィルに最後まで決闘を挑んでいた友達だ。
フィルは初等部の時点で、どんどん通学する日が減っていった。気づけば魔物の討伐クエストに出かけていて、帰ってきたと思えばまた出かけていた。
フィルが帰ればお祭りが始まるのが恒例になっていた。
誰が決闘でフィル・ストレガの膝に土をつけるのか。
話題はそれ一色になった。
フィルは自分の強さに無頓着で、それには気づいていなかったみたいだけど。
中等部ではロッソ先輩くらいしか挑んでいなかった。高等部も、当時の最優秀成績の人が負けてからは全く。ほぼ大学部の人ばかりがフィルに挑んでは、負けていった。
先生達に隠れて賭け事をする人たちもいた。
シュレちゃん先生は多分、気づいていて黙認していたと思う。というかフィンサー先生が気づかないわけがない。
賭けの内容はどちらの勝利に賭けるか、ではなかった。
フィルに一撃与えられるか、とか。何秒もつか、とか。フィルが今まで見せなかった魔法を使うか、とか。フィルが勝つ前提のオッズばかりがあがった。
僕が戦った時は、僕の勝利に賭けた人もいたらしい。
嬉しいけど、どうなんだろう。
決闘だから対等に戦えたけど、「生死問わず」の戦いになれば、僕はまだフィルに全く敵わない気がする。
二年間の南遠征から帰ってきたフィルは、また途方もなく強くなっていた。僕は彼に追いつけるのだろうか?
ベヒト君が、
「ベヒト君も、それ、使うの?」
「あぁ、そうだよ」
僕は目を丸くする。
そうか。使うのか。戦うのか。魔王軍と。
フィルも、ロスも、クレアも、イリスも。
僕の周りには、覚悟を固めるのが早い人が多すぎる。
ためらったら置いていかれそうで、怖くなる。
「全身鎧は高価で、成長期が終わらないと配られないんじゃないの?」
「よく、騎士団の決まりまで知ってるね」
「僕の家系が運営している領は貧乏だから。領主を継ぐよりも、騎士になることを視野に入れてもいいかなって」
「確かに。アルは貴族じゃなくて、剣を振った方がお金持ちになりそうだ」
ベヒト君がくくくと笑う。
彼の膝は震えていた。
怖いのだろう。僕も怖い。
「父さんは多くは語らない人なんだ。それでも、俺の気持ちはいつもで理解を示してくれたよ。俺が、父さんの跡継ぎであることに重圧を抱えていることだって、ずっと前から知ってた。だから、この戦いに俺が参加するであろうことも、わかってたんだろうね」
照れくさそうに、ベヒト君が言う。
「少し早めのデビューだって言って、この鎧を置いていったんだ。お母さんは激怒したけど、最後には納得した。いや、諦めたのかな? お前はお父さんと同じで頑固だって言ってた」
「お父さん、近衛騎士だっけ?」
「そう」
王宮が戦場になるのは最後だから、俺が先に武勲立てちゃうかもね。
ベヒト君がそう言って笑う。
僕も笑う。
「ありがとう、アル。少し気が落ち着いたよ」
「そう?」
「そうだよ。俺は一人じゃなかったみたいだし」
「どういうこと?」
「もう、ロスが戦ってる」
ベヒト君が、西を指さす。
「そして、アルも戦うつもりなんだろう?」
「……うん、そうだね。きっと、そうだ」
ベヒト君が校舎に戻っていく。
多分、教師に逃げるよう説得されるだろう。
そして多分、ベヒト君は我を通すだろう。
何となく、そう確信できた。
「僕には何ができるのかなぁ。教えてよ、フィル」
ベヒト君と入れ違いで、リラ先生が屋上に入ってきた。
先生は泣いていた。
嫌だなぁ。
リラ先生には、いつも笑っていてほしいのに。
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