第333話 魔軍交戦30 獅子族vs竜人族

「だぁあー!糞が!」


 ライコネンの攻撃は尽くいなされていた。

 7色の魔素を一挙に把握できるほどの魔法センスと、他を寄せ付けない肉体強度フィジカル。最強という名を欲しいままにしてきた彼でも、マギサ・ストレガという敵は今まで見たことのない曲者くせものであった。


 全ての属性魔法を一挙に固めた獅子王咆哮ライレクスローア

 7種の属性魔法をそれぞれ個別に発した獅子王咆哮ライレクスローア

 1種の属性に絞り、威力と速さを高めた獅子王咆哮ライレクスローア


 異なるタイプの魔法を用いたが、それらすべてが完封された。

 戦いの中で、あの老婆と自身の魔力量は、自分に軍配が上がることは確信できる。だが、魔力効率の悪い戦いを強いられているのは自分の方だ。このまま一日中戦えば、押している魔王軍の援護攻撃が始まるだろう。そうなれば自分の勝ちだ。

 だが、それは恥だ。

 一騎打ちにて倒す。そうでなければ意味がない。

 口元がほくそ笑む。

 自分が戦いのさ中で、時間と魔力残量を気にしている。久しく考えていなかったことだ。それが楽しくて楽しくて仕様がない。


「逃げてばっかいんな婆さん!」

「よく吠える猫だね」

「ラ・イ・オ・ン・だ!」


 1種縛りの獅子王咆哮ライレクスローアを放つ。

 あっさりと魔素の陣取りゲームに負けて捻じ曲げられる。

 人間の反応速度では間に合わない速度の魔法のはず。それでも曲げられる。老婆のくせに反射神経が早すぎる。こいつ本当に人間か?

 ライコネンは訝しむ。


「ふん、馬鹿弟子がもってきた魔法も使いようさね」


 自動神経制御エレキマリオネット

 シャティ・オスカが発明した雷魔法をフィオ・ストレガがアレンジして生み出した魔法である。神経系の命令に使われる微弱な電気を意図的に操作する魔法。元々は、体躯の小さなフィオが体格差を埋めるために、速度を底上げすることを目的として生み出した魔法。

 これはマギサにとってもうってつけな魔法だった。

 身体面フィジカルのハンデは、高齢者であるマギサにも当然ある。単純な筋力や素早さは身体強化ストレングスでどうにでもなるが、反射神経だけはどうにもならない。

 もし弟子がこの魔法をもってこなかったら、マギサ・ストレガは魔力の温存をしつつ獅子王と戦えなかっただろう。


「魔王を相手取るために、ある程度魔力は温存する必要がある。つまらない勝ち方をさせてもらうよ。無駄に毛深い猫」

「何だじゃあ、もっと速く動けばいいのか」


 真横から、野太い声が聞こえた。


「ちっ」


 箒を操舵して加速する。

 マギサがいた空間をライコネンが削る。

 その空間に暴風が吹き荒れる。

 間髪置かずに獅子王咆哮ライレクスローアで追撃する。今度は追尾型ホーミングだ。箒でしばらくドッグファイトをし、マギサが逃げる。


「何でまた、空にいるんだお前さん」


 追いかけてきた獅子王咆哮ライレクスローアを曲げながら、マギサが呟く。

 ふと見ると、浮遊物があった。


 民家の瓦礫である。


「なるほどね。土魔法で浮遊させてるのかい。武器強化ストレングスで強度を確保し、踏み台にして跳躍。頭いいけど、頭悪い戦い方だね」

「誉め言葉か? それ」


 ライコネンが浮遊する瓦礫の上に立ち、問う。


「そうさね。少なくとも私は絶対にしない戦い方だね」

「誉め言葉として受け取ったぜ婆さん!」


 ライコネンが瓦礫を跳躍して肉薄する。

 飛行魔法が使えないならば、物体を浮かせて自分は飛ばずに跳ぶ。めちゃくちゃだが、身体能力が閾値を超えているライコネンのみが出来る戦闘方法である。


 一人で前衛と後衛をまとめてこなす。

 マギサは上空から一方的に攻撃できるというアドバンテージを失った。


「ふん。作らなければない足場ほど、不安定なものはないさね」


 自動神経制御エレキマリオネットによる反射にて、ライコネンの拳をかわし、獅子王咆哮を曲げる。

 その後すぐ、ライコネンの着地点の瓦礫を水砲ウォーターカノンで弾き飛ばす。


「おぉ!?」


 着地するはずの地面がなくなり、ライコネンがそのまますっ飛んでいく。


「いい的だねぇ」


 雷撃。

 落雷放電グロムドンナで追撃する。


「がぁあ!痺れる!」

「痺れるくらいで済む魔法じゃないんだけどねぇ」


 意味がわからない体力タフネスにマギサが呆れる。


「さて。魔王が来る前にどう攻略したものかね」


 マギサ・ストレガは考える。

 自分と弟子、そしてこの国。

 最も被害の少ない形で、この男を倒す方法。


 ところが、エクセレイ最強の彼女でも、何の被害もなしに獅子王を屠る方法が、どうにも思いつかなかった。







「貴様がショー・ピトー・ハイレンだな」

「あぁ、そうだな」


 ダンデ・アンプルールがショーに語り掛ける。

 それにショーが応じる。


「ショー」

「坊ちゃんは横の獅子族を」

「だが」

「こいつは俺一人でやります。こっちの方が人数は多いが、3対2よりも1対1の方がやりやすい」


 ロスが横にいるコリトフを見る。

 レギア本土から唯一生還し、伝達を行った健脚。


 ダンデの横に控える若い獅子が、ゆっくりと離れる。目線で「こっちへ来い」と誘っている。


「子どもだからって、なめられてるのか?」

「あの種族は、自分たち以外の種族全てを非力だと思ってますよ」


 ロスの独白に、コリトフが応える。


「コリトフ。坊ちゃんを頼む」

「任せて下さい。国を目の前で失った。その上、王の子息を目の前で失うなんざ、死んでもさせません」


 ロスに合わせて、コリトフが動く。

 竜人族は獅子族を各個撃破するために、スリーマンセルで動いている。

 驚くべきことに、獅子族はその目論見にあっさりと乗った。

 お前らごとき、1対3で殺せる。

 本気でそう思っているのだ。


 だが、ショーへの評価だけは別だったようだ。

 ダンデが1対1で戦うために、部下を動かしたのだろう。


「行ったな」

「人の心配をしている場合か?」


 ロスを見送るピトーに、ダンデが話しかける。


「あんたはよく喋るやつだな」

「他の同族みたいに、戦いだけ考えていれば良かったのだがな。私はどうにも、無駄なことを考えてしまうらしい。だから副将などという面倒な役職も押し付けられた。もっとシンプルに生きていたかった。父上のように」

「今からでも遅くないんじゃないのか? 俺とお前、ここには二人だけで、ここは戦場だ。この上なくシンプルな状況だろ?」

「……それもそうだな」


 助言してしまったことに、ピトーは舌打ちをする。

 この若い副将軍と、高等部の生徒が被って見えてしまった。


「教員に染まりすぎたな。進路指導員なんてしなきゃよかった。いけねぇ、俺は武官だというのに」

「小言が多いのはお互い様だな。本当をいうとな、貴様は無傷にしておけと命令されていたのだ」

「……何でだ?」

「父上はお前との一騎打ちを所望していた」

「そいつぁ、高く評価してくれたようでどうも」


 あれと一騎打ち? 冗談じゃない。勇気と蛮勇は別物だ。自分は恐らく手も足も出ないだろう。


「だが、今決めた。お前は俺の得物だ」

「へぇ。いいのかよ?」

「父上はストレガとの戦いで満足するだろう。私とて獅子族だ。自分が見つけた強者くらい、自分で仕留めたい。それが真のおのこだ。そうであろう?」

「間違ってねぇよ。お前はほとんど間違ってない。だが、一つだけ。いや、二つ間違えたな」

「ほう、何だ?」

「選んだ戦場が、レギアとエクセレイって点だよ。馬鹿が」


 ショーが竜鱗を逆立てる。

 ダンデが牙をむき出しにし、襲い掛かった。







「さて、ここでいいかな」


 ロスが立ち止まると、少し先にいる獅子族も立ち止まった。


「ふん。若い兵と戦経験のない皇子か。他の種族だと王族の首をとれて大喜びなのだろうが、外れだな」

「そうじゃないかもよ?」


 獅子族の男の脇腹に岩の拳が突き刺さった。


「がっ!?」


 吹っ飛んだ獅子族が転がり、すぐに起き上がる。


身体能力ストレングスを発動するのがめちゃくちゃ早い」

「大した打たれ強さっすね。坊ちゃんの土魔法は、竜人の軍属でも嘔吐するくらい威力があるのに」


 ロスとコリトフが冷静に敵の実力を見積もる。

 敵の増長は、決して慢心ではない。

 ロスもコリトフも、こいつには1対1タイマンでは敵わないだろう。根拠のある嘲りを敵は示している。


「……名を聞こう。いや、こちらから名乗ろう。スィン・アンプルールだ」


 獅子族が名乗りを上げた。

 対等な敵と認めた時の礼儀である。


「竜人族が皇子、ロプスタン・ザリ・レギアだ」

「コリトフ・アニナエ」

「そうか。では、いざ!」


 スィンが爪を立てて飛び込んできた。







「こ、んな。猫畜生などに……」


 一人の獅子族が血まみれで膝をついていた。

 目の前にはアルシノラス村のギルドマスター、シーヤ・ガートが腕を組んでいる。


「猫畜生って、お前も同じ猫科だにゃん」


 シーヤが呆れて言う。

 獅子族だけじゃなく虎や豹など、大型のネコ科獣人は何故か猫扱いをされることを嫌がる。似たようなものだというのに、何が嫌なのだろうか。

 そういえば、この都にいた黒豹師団とかいう連中は紳士だった。自分と会った時に礼儀正しく冒険者としての経過報告をしてくれたものだ。いい連中だった。また会いたいものである。

 今や有名人になったフィル・ストレガは言っていた。「普人族が猿扱いされるのを嫌がるのと同じ感情なんじゃないですかね?」と。

 なるほど確かに。

 自身に部分的に似ているが、明らかに劣った存在は蔑視しやすい対象なのだろう。

 理屈としてはわかるが、その蔑視する方向が自分に向くのは敵わない。


「私がここに配置されたのは、お前らとの相性がいいからだにゃん」

 シーヤが爪を出す。


 爪先には、既に獅子族の血がついている。


「私は獅子族に比べれば非力だにゃん。でも、速さと跳躍力だけは負けない。軽いからにゃ」

 トントンとリズムよく地面をかかとで叩く。


「お前ら獅子の先祖は、平原で狩りをしていたにゃん。強いから、遮蔽物に隠れる必要がなかった。でも、逆に遮蔽物がある狩は不得手だにゃん。私らは違うにゃん。高く跳躍できるから、立体的な狩ができた。そしてここには、竜人が作った立体的な建造物オブジェクトがたくさんにゃ」


 獅子が周囲を見回す。

 壁。天井。キューブ。建物から建物へかけられた岩の橋。

 それらは全て、シーヤが跳躍する足場となっている。逆に獅子族は、砂地に足をとられて機動性を失っている。


「覚悟するにゃん」

「くっ!」


 正面から突っ込むシーヤに、獅子族の男は腕をクロスして防御しようとする。シーヤは横へステップして壁へ垂直に着地する。太ももの筋肉が盛り上がり、再び跳躍。首元をガードしているので、敵の太ももを切り裂く。

 獅子族の男は苦悶の声を上げて座り込む。

 ガードの上から切り刻む。

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。

 シーヤの攻撃は威力が足りないが、確実に獅子族の男の腕を潰していた。


 何度か繰り返すうちに、腕の腱が千切れ、首元を晒してだらんと地に落ちる。


「いっちょあがりにゃん」


 獅子族の首が飛ぶ。


「うにゃにゃ!返り血が毛にこびりつくにゃん!」


 戦場には似つかわしくない心配をするシーヤ。

 しかしそこは流石に元冒険者。

 残心し、すぐに周囲を索敵する。


「……戦況が芳しくないにゃん。3対1でも勝率は五分五分。いや、それ以下か。本当、馬鹿げた戦闘種族にゃん。このままだと竜人も獅子族も共倒れにゃん。どっちへ先に援軍が来るか。そこが勝負の分かれ目か」


 シーヤはため息をつく。

 一人倒せば、十分ノルマは達成したと言えるだろう。

 だが、この状況を黙して眺めているわけにはいかない。嫌々ではあるが、次倒す敵を見つけなければ。せめて、殺されそうな竜人を見つけて助け、レギアに恩を売ろう。

 ギルドマスターになるだけあって、シーヤは打算ができる描人なのだ。


「はぁ。こんな戦場に私のような非力な女の子は似つかわしくないにゃん。それもこれもあいつらのせいにゃん。あいつらが私をアトランテなんかに連れて行かなければ。罰でも当たればいいのに」


 あいつらとは、戦斧集団アックスラッセルのことである。ちなみにその3人のうち2人は石像になっているので、罰が当たっていると言えば当たっている。


 ただし、シーヤ・ガートがその事実を知る由はなかったのであった。

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