第334話 魔軍交戦31 独白と需要なき実験レポート報告

 キリファの隣で、レッドキャップ達がいきり立っていた。


 隠そうともせずに陰茎を勃起させている。

 ここには人間の雌の臭いが多くあるのだろう。すぐにでも人間の雌に襲い掛かりたいはずだ。それでもこいつらが自分の周りを離れることはない。魔王に自分の護衛を命じられているからだ。確か魔王は、プログラミングと言っていたか。

 下卑た生き物の醜態に、キリファは悪態をつく。

 だが、よくよく考えれば亡き妻以外の女性がどうなったところで、何も感じることはない。それとも、このゴブリン達に実の娘が犯されれば、自分の心は少し動くのだろうか。


「行け」


 キリファは命じる。

 レッドキャップ達が「キキ?」と不思議そうな目で見返す。

 キリファには、ある程度簡単な命令権を魔王から与えられている。守れ。戦え。追え。単純な命令しか出来ないが、そもそもゴブリンは、メイジを除けば頭の悪い種族だ。このくらいの命令しか理解できない。


「行け。私の護衛はいらん」

「ギギャギャギャ!」


 喜び勇んでレッドキャップ達が走り出した。

 走って行ったゴブリンのうち、ほとんどは殺されるだろう。それはどうでもいいことだ。

 何匹かは女体ごちそうにありつけることだろう。それもどうでもいいことだ。

 愛する妻以外は、どうでもいい。


「待ち伏せか。蕪雑ぶざつな」


 キリファは敵が潜伏している民家に手を置く。


 金魔法は解析できた物質に限り、必要な魔力を流し込んで変形させる魔法だ。複雑なものであればあるほど解析が難しく、多くの魔力を要求される。密度や質量が大きいものもまた、同様だ。

 民家は複数の素材を用いて作られている。内部においてある家具や小物も含めれば、解析は高度になる。並みの金魔法使いであれば、家を丸ごと錬金しようなどとは思わない。

 キリファは数百年前からそれを可能にしていた。

 それでも、人間は直接錬金できない。

 命は神の創造物。それの構造を理解することは、すなわち神になるということ。


 キリファは死んだ妻を蘇らせたい一心で、神になりたかった。


 しかし研究すれどもすれども、自分が神に近づく気配は一向にしなかった。賢すぎるがゆえに、人間一人錬金するなど不可能だという結論にも達してしまった。

 魂はあまりにも複雑だ。

 その上、リアルタイムで構造を変える。構造を変えるのはその人間が蓄積する経験であり、感情だ。体調も左右してくる。つまり、一定であることが常にない。

 解析が不可能な上に、解析した端から解析内容が変化する物質なのだ。生き物の魂は。その変質速度は、人間の神経系ではとても追えない。解析できたとして、負荷に耐え切れずに頭が割れて死ぬだろう。

 ゆえに不可能。

 キリファはそう結論付けた。


 それではどうすればいいか?

 自分は神にはなれない。


 ならば、神を殺せばいい。

 そして魂を創造する法則を捻じ曲げればいい。

 それが出来れば、亡き妻にまた会えるかもしれない。


 丁度いいことに、それを可能としそうな男を発見した。

 魔王だ。


 それこそ彼が、魔王に与する理由。


「不意打ちで私を殺すつもりだろうが、それは無理だな。私はあの男の闘争を最後まで見なければならない」


 民家がサイコロに変形した。

 血が周囲に飛び散る。

 キリファはフードで返り血から身を守る。

 40坪以上は広さのある民家だった。それが、一瞬で一辺3センチ程度のサイコロに生まれ変わる。

 中にいた騎士は、当然圧死した。

 およそこの世に存在する物質で、もっとも密度の高いものに変化したサイコロが、地面にめり込む。


「私に神のような叡智があれば、君そのものをサイコロに変えられたのだがな」


 キリファは次々に、冒険者や騎士が潜伏する建物をサイコロにして圧死させていく。北西部はもはや、彼の独壇場になっていた。







「おんやぁ? 私の試作品が、北で暴れていまスねぇ。これはイイ意味で予想外デス」


 トト・ロア・ハーテンが動きを止めた。

 アルク・アルコやラクタリン枢機卿は、慌てて周囲の退魔師たちに陣形を整えるよう指示を飛ばす。


「いやはやァ。試作品とはいえ、愛着があるのデスよ。聞いてくれませんカネ? 私の制作秘話!」


 楽し気にトトが手を広げる。

 周囲の退魔師たちは何も言わない。

 言わないが、ここは聞いておくべきだとラクタリン枢機卿が周囲に目配せする。自分たちには休憩が必要であるし、聖女ファナ・ジレットがここへ来るまでに時間稼ぎをする。それが最も勝率の高い選択である。


「フムフム。エクセレイは魔法立国だけあって素晴らしい学徒が多くおいでダ。嬉しいですねェ!実に嬉しい!魔王軍では、私の演説にまともに耳を貸すのはキリファ君だけだったカラねぇ!」


 トトがカタカタと歯を鳴らす。


「さてサテ。北で暴れているのは、諸君は死霊高位騎士リビングパラディンと呼んでいるんだったカネ? 中々いいネーミングじゃないカ!」


 退魔師達がぴくりと反応する。

 吸血鬼も倒さなければいけないというのに、北にまた死霊系の怪物が現れた。もはや自分たちはこの戦争で全員死ぬかもしれない。その場の全員が覚悟を固め始める。


「あれは強くなっタ。予想以上にネ。だが、駄目だねあれハ。兵器として不完全が過ぎるヨ。やはり、死んでいるとはいえ人間の魂がベースのモノは駄目だネ。完璧に制御するには、魂は複雑すぎル。その証拠に、あれは自立行動スタンドアローンしつつアル。命令を厳守できない兵器は二流品だヨ。この戦争が終わったら、再改造カネぇ」


 トトが顎に指骨を添える。

 退魔師が陣形を組み、トトを囲み始める。


「魂の制御は、あれ以外にもたくさんやったヨ。君らのお仲間さんを使ったこともあったネ。人の性格や人生観を丸ごと変えるのは難しイ。だから私は、まず白紙にすることカラ始めタ」


 あぁ、多分、今から聞かされるのはとても胸糞悪いことだ。

 そう、アルク・アルコは思うが、話を止めることは出来ない。


「君らのお仲間の騎士達。拷問に拷問を重ねてネ。人としての尊厳という尊厳を奪いきっタ。廃人になった後にネ、教育を施したのだよ。洗脳の方が近いカナ? でも、失敗だったヨ。肝心なところであれらは自我を取り戻しタ」


 アルクは近衛騎士のドルヴァを思い出す。

 土壇場になった時、洗脳を力づくで解いたという。忠誠心の塊のような男。


「別のアプローチでも似たようなコトはやったのだヨ? 白紙といえば、まだ人生経験の全くない赤ん坊ダ。真っ白なキャンバスのように、何色でも塗れル。どんな教育せんのうでも綿のように吸収する。そう考えテ、魔人族の赤子を何人か飼って実験もしてみタ。あれは一定の成果を得ることが出来たネ。既に魂に色がついた大人よりは動かしやすかっタ」


 ラクタリン枢機卿が、報告にあったノイタという少女を思い出す。悪意なく、人を殺せる少女。そういう風に、作られた少女。


「でも、全体的に失敗だったヨ。子どもは脆い。一部の試作品を除いて全部死んでしまった。尊い犠牲だったヨ」


 よよよ、とトトは泣きまねをする。


「そこで私は閃いた。天才だから、閃いタ。複雑な生き物は制御が難しイ。では、単純な生き物であれバ、制御出来るのではないかとネ。それがアーキアだヨ。まだ試作段階だけどネ。魔王は確か、単細胞生物と言っていたかネ?」


 トトの周囲にヘドロが浮かび上がる。

 その全てが呪いの塊であり、触れれば即死の猛毒である。演説が終わった瞬間に、こいつは攻撃してくるだろう。退魔師達が身を引き締める。


「エルドランと同じく、是非アーキアを体感してほしイ。まぁ、いけ好かない猛獣ライオンが解き放たれたから、アーキアの現地実験はお預けだろうがネ」

「放て!」


 ラクタリン枢機卿の命令で、退魔師が一斉にトトのヘドロを弾き飛ばす。


「おやおヤ、堪え性がないデスねぇ。出来れば無傷で君たちをお迎えしたいのデスよ。死霊高位騎士リビングパラディン。アーキア。魔女の帽子ウィッチハット。魔王軍の手駒の中で、私の勢力は拡大しつつあります。内側からいけ好かないあの男を食い千切り、私が真の王になル。貴方達はいい魂を持っておいでデス。魔女の帽子ウィッチハットになれば、絶対にいい兵士になル。従順な私の手駒ニネ!」


 浄化魔法が追い付かないほど、黒が南のエリアを侵食していく。


「枢機卿!浄化が追い付きません!」

「それでも何とかするのだ!西はストレガが守っている!北も危険だ!ここを死守しなければ、オラシュタットを追われることになるのだぞ!」

「あーもう!早く帰ってきなさいよルーク!」


 浄化魔法を込めた水砲を放ちながら、アルクが叫ぶ。


「フフフ。皆、私の人形にナッテ下さいね。ゑ?」


 トトの頭上が暗くなった。

 トトの頭の中で疑問が浮かび上がる。はて、自分の頭上にヘドロを顕現したはずはないのだが。

 だが、すぐに自身の周囲に影が落ちた理由がわかる。


 ワイバーンだ。

 頭上に、ワイバーンが降ってきた。


「ちょちょちょ!」


 ワイバーンがトトのヘドロに突っ込んだ。

 慌ててトトが自身を守るために、呪いを固めて防御する。


「ビックリしましたァ!あの大きな亀、とんでもないコトしますねェ!」


 見ると、瑠璃のクラーケンの触手がワイバーンの尻尾を掴んでいた。呪いがクラーケンの足に侵食するが、すぐさま瑠璃は足を分離パージする。

 目の前では、ワイバーンが苦しみもがいている。


「改めて、変なキメラですねェ。実験動物にほしイ。ん?」


 変だ。

 何か違和感がある。トトはそう思った。

 自分の呪いを割けて浄化魔法を放ってくる人間達。

 こちらを高いところからじっと見つめている巨大なキメラ。

 目の前で呪いに苦しむワイバーン。


 そして、思い当たる。

 違和感の正体に。


お前ワイバーン。私の呪いをそれだけ浴びテ、何故まだ生きているのデスか?」

「ガァア!」


 ワイバーンが火を噴いた。

 ただの火ではない。浄化魔法が込められた、聖火の炎だ。


「がぁあア!? お前、ただのワイバーンではないデスね!? 確か南カラ来た……貴様、深層の魔物カ!?」


 体が急速に浄化されたことに慌てて、トトが距離をとる。


 ワイバーンは怨敵を見るような目でトトを見ている。トトは、すぐにこの魔物のヘイトがキメラから自分に移ったことに気づいた。

 何故かはわからないが、こいつは自分を殺さない限りヘイトを切り替えることはない。

 トトが気づかないのも無理はない。ワイバーンは嫌いなのだ。死霊レイスが。深層の森で、死霊レイスに関してはこれでもかというほど嫌な思い出がある。

 その原因が、自身が先ほど饒舌に語っていた試作品のせいだとは、トトは知る由もない。


「あの魔物、死者の王ノーライフキングを攻撃したぞ!?」

「魔王軍じゃないのか!?」

「まさか野生!?」

「嘘だろ!? このタイミングで野生のワイバーンが都に入り込むなんてあるのかよ!」

「どうでもいい!あれを盾にしてもう一度魔力を練るんだ!」


 目の前の塵芥どもが、息を吹き返した。

 その事実が、トトを不機嫌にさせる。


実験動物モルモットの分際デ、粋がるなヨ」


 トトは更に広範囲へと、呪いの触手を伸ばした。

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