第175話 会議は短く、国営は長く2

「魔王がマギサ・ストレガという一個人の魔法使いを恐れているということですの?」


「その通りです。」

「にわかには信じがたいですわね。」

 ファナが眉をひそめる。


「伝承では周囲の生物に一瞬で死を与える。山を消し飛ばすなど、荒唐無稽なことが書いてありましたね。本当であれば、いくらストレガ様とはいえ、特定の個人を恐れることがあるのでしょうか?」

 フィンサーさんが言う。


「あら、フィンサー様は大戦でお婆様を直接見たのでしょう? それでも実力のほどを信じられない、と?」

「信じる信じないではありません。私たちは魔王の実力をまだ知らない。」

 フィンサー先生の言葉に、全員が腕を組み考え込む。


「でも、師匠なら出来そう。」

 ボソッと、俺が呟く。


「確かにそうたいね!あの婆さんなら魔王と同じで山くらい吹っ飛ばせそうじゃ!」

「わしもそう思いますのう。かの魔法使いは、文字通り別格であった。」

 シュレ学園長とヴェロス老師が楽しげに言う。


「話がそれたようだな。ピトー武官、続きを。」

 ラクスさんが言う。


「了解しました。レギアが追い詰められた原因、その二つ目です。インフラの打撃ですね。先ほどは地方の隠滅でしたが、これも言ってしまえば人的資源インフラの打撃です。敵は国の中心との情報手段が希薄な地方を潰しました。ですが、逆に頻繁に情報が行き来する地方もあったわけです。魔物の大反乱スタンピードがあった日の1ヶ月ほど前から、突然街道の破損、橋の崩壊、荷馬車の破壊、移動手段として用いられる使い魔の惨殺などの報告が増えています。」

「道と足を潰しにきたか。」

 ヴェロス老師が言う。


「その通りです。そしてそれだけではありません。要人の暗殺です。」

「レギアの要人といえば、武に秀でた人物ばかりだ。暗殺は容易ではないと思いますが。」

 フィンサー先生が口を挟む。


 先生の言う通りだ。

 ロスが言っていた。レギアを構成する主要種族は竜人族。そして彼らの中で敬意を集めるのは優れた武人である。ゆえに、戦場で名を挙げたものが要人のポストに収まることが多いと。その代わり、文官や商人などは竜人族以外にポストを譲り、人種間での抗争がないようにしていたと。


「えぇ。ですので、暗殺されたのは竜人以外の要人です。つまりは、商人。」

「道を一番知っている人物か。」

「その通りです。ラオインギルドマスター。国を繋ぐ道を最も熟知しているのは、普段から使っている者です。つまりは流通に携わる者、商人です。魔王軍は幾らかのインフラを破壊工作しましたが、代わりの道を見繕うことは出来たのです。それが商人達には出来た。そして、我々がその道に一番精通している人物が必要だった時、彼らは既にこの世にいなかった。」


 ピトー先生の言葉に、その場の全員が黙る。

 もしエクセレイ王国にも同じことを魔王軍がしてくるとしたら、各商会の道に精通した人物を今後数年護衛しなければいけないのだ。金も人もいる。しかも、護衛につく人物たちには全ての情報を与えることができない。

 これが防衛側の難しさ。


「この国で、まず守るべき商人は?」

「タルゴ・ヘンドリックですね。」

「ヘンドリック商会の現当主ですか。確かに彼は替えが利かない。」

「既に、腕の立つ騎士を冒険者のふりをさせてつけています。」

 ラクスさんとイヴ姫が話す。


 俺の心臓が跳ねた。

 カンパグナ村で、俺たちにアラクネ討伐を頼んできた商人だ。大手商会の中心人物。オフィスの奥に坐するのではなく、現場で働き続ける人だ。最近では、俺に緑茶や味噌やお米を卸してくれている人。

 あの人の命が狙われている?


「魔物が暴れると同時に、田畑も破壊されました。火事場泥棒の仕業かと思われましたが、レギアを潰しにかかる計画的な犯行と思えば納得がいきます。レギアの兵士は少ない備蓄食料で戦うことを余儀なくされます。」

「竜人族の変身は体力を使う。」

 ラクスさんが言う。


「近代の戦争でも、ここまで徹底的な潰し方は例がありません。」

 イヴ姫が言う。


「兵士を直接潰しにかかったのは、死体を再利用するため。徹底的に食料と情報網、インフラを破壊しにかかっている。こんなものが戦争なのか?」

「本当じゃのう。普通は倒した敵国の資源を欲しがるはず。道や田畑まで徹底的に潰すとは。得るものは兵士のみ。魔王軍とやらは、何もなくなったレギアを手に入れてどうするつもりなんじゃ?」

 ナミルさんの疑問に、ヴェロス老師が付け加える。


「それか、全てを破滅させようとしているのか。」

 トウツが小さくぼやいた。


 場の空気が重くなる。

 

この場のみんなの反応を見て思う。

 この世界はまだ国家総力戦というものをあまり経験していないように感じる。勝者も得るものが少なく、敗者は復帰することが敵わないほどの潰し合いとなる戦争。食料、人口、資源、場合によっては文化すら破壊しつくすほどの争い。

 戦争を経験したことがない俺が、偉そうなことは言えないけども。

 この世界は恐らく、双方得るものが少ないと気づいた時点で引くことが出来る国同士のやり取りが出来たのだろう。


 ……そうか、魔法だ。

 魔法があるからだ。

 魔法で国同士にホットラインを繋いでいれば、国のトップ同士が示し合わせて談合することが容易い。

 俺がいた世界の近代よりも、損切りがしやすい環境だったのだろう。この世界は。

 それだけではない。この世界では「個人」の価値が高い。マギサ師匠やエイダン・ワイアットなど、人間が一番の兵器なのだ。俺がいた世界の銃やミサイルなどの普遍的な武器が脅威なのではない。影響力の強い人間が「自分は降りる」と言えば、国も争いをやめることになる。その上、この世界で影響力も武力も高いとされる人間のほとんどは、自由を愛する冒険者と呼ばれる人種なのだ。

 そして、今は敵側にその「待った」をかける人間がいない。酷い話である。断れないチキンレースを強いられているのだ。


「整理しましょう。インフラの防衛は難しいでしょう。代わりの足を考えておきます。」

「それが無難じゃの。」

 イヴ姫にヴェロス老師が応える。


 その通りだ。全ての道に護衛をつけるなんて、素人の俺でも無理だとわかる。


「要人のピックアップもしておきます。皆さんの知見の中で、国難時にいなければ困る人間を挙げておいてください。」

「承知した。パーティー内で考えておきます。」

「了解です。」

「よかですたい。」

「それと、いざという時のために戦力増強を。」

「育成に力を入れましょう。」

「うちの学園でも、戦闘に関する授業を増やすかの。派手じゃないくらいに。」

 ラクスさんとシュレ先生が応える。


「エイダン・ワイアットは招集出来ますか?」

「難しいでしょう。あの男は流浪の人間です。先の大戦に現れたのは、奇跡のようなものです。」

「ラクスの言う通りたいね。世界が滅びようが、世界の片隅で煙管でも吹いてそうな男たい。」

 イヴ姫の問いに、ラクスさんとシュレ先生が答える。


「では、シュレ学園長は、卒業生の中で戦える人材、戦争指揮ができる人材もピックアップしておいてください。」

「教え子を戦場にね……了解ですたい。」

 渋面を作りながら、シュレ先生が言う。


「細かい決定は、後日に。各位、シュレ・ハノハノ学園長かラクス・ラオインギルドマスターから連絡を受け取ってください。」

「わかりました。」

「了解です。」

「承知しました。」


「では、最後に。」

 すっと、イヴ姫が立ち上がる。


 立ち姿が凛としていて美しい。


「勝つのは我々です。それをもたらすのはこの場にいる皆さんです。ご健闘を。解散。」


 イヴ姫の言葉に、次々と人々が退席していく。


「フィル。」

 シャティ先生が呼び止めてきた。


「何ですか?」

「約束、覚えてる。」

「約束……あぁ、蔵書点検ですか。いいですよ。いつしますか?」


 そういえば、クエスト時にシャティ先生を裏切り者だと勘違いしてしまい、約束したのだった。


「うん、それもあるけど、次がメインの話。」

「何でしょう?」

「雷魔法、知りたくない?」

「……すごく。」

「教えてあげる。悪用されたから、体系化したけど一般には流布していない。蔵書点検のご褒美。」

「ありがとうございます。」

「いい、みんな強くならないと。フィルは特に。」


 シャティさんの翡翠色の瞳が、俺を力強く見つめる。


「学園で。」

「はい、学園で。」

 シャティ先生が退室する。


「フィル君、こっちこっち。」

 イヴ姫が手招きする。


「はい、何でしょうエイブリー第二王女殿下。」

「もう、イヴ姫でしょう?」

「ちょっと待ってください。」


 背後で祈り始めた修道女と暗器を取り出そうとしている兎がいるので。

 イアンさんが慌てた表情をしている。レアだ。

 トウツ、近衛騎士の身体検査をすり抜けて暗器持ち込んだのか……。


「はい、落ち着いて。姫様の冗談だから。」

「ところでフィル君、イリスとの婚約の件だけども。」

「お願いしますからお黙りやがって下さいませんでしょうかごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」


 わかった。わかったからイアンさん、その闘気をしまってください。お願いします。そんなに怒るんだったら貴方の主を御して下さいよ!

 イヴ姫がころころと笑う。


「で、何でしょうかイヴ姫。」

「フィル、何でそのお姫様を愛称で呼んでいるんだい? お姉さんに話してごらん?」

「そうですわ。よりにもよって王族を愛称で呼ぶだなんて。」

「で、何でしょうかイヴ姫。」

 俺は後ろの女性陣を無視して会話を続ける。


「これは命令というよりも、頼み事ね。出来れば、イリスを鍛えてほしいの。何かがあった時に生き残れるように。私にはあの娘といられる時間が少ないから。そして、アルケリオ君たちも。」

「……あいつらに生きていてほしいのは俺も同じです。任せて下さい。」

「うふふ、任せたわ。」


 俺は王族にガンつける兎と聖女を引っ張りながら退室した。


 おいお前ら、不敬罪になっても俺は知らないかんな?

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