第174話 会議は短く、国営は長く

「まずは、クエストの遂行大儀であったと言わせていただきます。そして、尊い犠牲に敬意を。」

 イヴ姫が祈る。


 その場にいる人間が、全員倣ってジータさんへ黙祷する。

 今日、王宮へ呼ばれたのは魔法英雄団ファクティムファルセからヴェロス・サハム老師。黒豹師団パンサーズディヴィジョンからナミルさんとクバオさん。学園からはシュレ学園長、フィンサー先生とシャティ先生、ピトー先生。ギルドからはラクス・ラオインギルドマスター。俺たちのパーティーからは、俺とトウツ、そしてファナだ。

 イヴ姫の後ろには、近衛のイアンさん、メイラさん、従者のパルレさんが控えている。


「まず、この場での発言は自由といたします。私に配慮する必要は全くありません。この集まりは、最終使命のことを考えれば皆対等という扱いでよろしいでしょう。さて、今回の貴君達の働きにより重大なことが分かりました。闇ギルドにいた新種のゾンビ。いえ、これは正確にはゾンビとも言えないでしょうね。敵の呼称通り魔女の帽子ウィッチハットと呼ぶことにします。」

「敵と同じ呼称で良いのでしょうか。こちらが気付いていることに敵はまだ気付いていないのでは。」

 ナミルさんが問う。


「いえ、十中八九気付いているでしょう。吸血鬼は自身の配下が死ねば気付く。そういう種族です。それならば、こちらは知っていると主張した方が敵も慎重になります。」

「わしらに必要なのは時間ですからのう。」

 ヴェロスさんが言う。


 ヴェロス・サハム。マギサ師匠や先先代の王と同世代の回復役ヒーラー。国を影から支えてきた重鎮であり、ルークさんのチームメイトだ。


「現状、魔王対策を国中に要請することは不可能じゃ。どこに魔王の手先がいるかも分からぬ。夢物語と信じる者も多く出るじゃろう。もし世論がそうなれば、王族は空想の中に生きている愚か者だとし、求心力を失う。そのタイミングで攻められれば終わりじゃのう。」

「同意ですわね。教会の終末信者は、すぐに信じそうですが。」

 ファナが応える。


「今回の闇ギルド討伐で、ようやく魔王の尻尾を掴むことが出来ました。フィル・ストレガが持ち帰った敵レポート。そしてレギア皇国の武官、ショー・ピトーが持ち寄ってくれたレギアの集積データから、敵の行動予測が可能になりました。」

「本当ですか?」

 俺たちだけでなく、多くの人間が反応する。


「ピトー、ここから先の説明を。」

「了解しました。」


 ピトー先生が立ち上がり、地図をテーブルに広げる。隣国レギアの地図だ。


「我々の国レギアは現在、半壊状態にあります。ここエクセレイ王国に逃げ延びた者もいれば、レギアに留まった者もおります。いずれにせよ、飢餓に苦しんでいる者が多くいる現状は変わりませんが。エイブリー姫殿下には、彼らに職を与えて頂いたことに改めて感謝申し上げます。」

「慈善で仕事を与えたわけではありません。竜人族は屈強な戦士。これから戦力はいくらあっても足りません。」

 イヴ姫の返答に、ピトー先生が目礼する。


「レギアが衰退した理由は、すでにこの場の全員がご承知おきかと。」

魔物の大反乱スタンピード。」

「その通り。」

 返答したクバオさんに、ピトー先生が応える。


「短く、大戦とも呼ばれる凄惨な災害でした。俺たちはこの魔物達の強襲が、突然起きた事だと考えていた。ですが、それは違うということが分かりました。エイブリー姫殿下から拝命賜り、レギアに残された記録を全て見直しました。まず……。」


 ピトー先生が地図の端にある数カ所をペンで印をつける。


「大反乱が起こる数年前から、これらの町村からの連絡が途絶えていました。いずれも統治している貴族が怠惰であるか、そもそも立地条件が厳しく首都との連絡が取りづらい村落です。」

「予備戦力を削りおったか。」

「その通りです、シュレ学園長。」

「国の末端を支配されていたとなれば、他国への応援要請も遅れたじゃろうの。」

 ヴェロス老師が言う。


「その通りです。この国からはマギサ・ストレガを始め、多くの主戦力が応援に来て頂いた。この場にも、あの惨状の経験者がいますね。」


 俺はシュレ学園長とフィンサー先生を見る。彼らは素知らぬ顔をして紅茶とコーヒーを口に含んでいる。ティーカップを持つタイミングがシンクロするところが、まさに夫婦然としている。


「他国からはS級冒険者のエイダン・ワイアットを始め、多くの援護がありました。ストレガとワイアットの投入により、災害級の魔物が討伐された。結果としてレギアは、滅亡を免れます。ですが。」

「救援が遅れ、国が死に体となったということですね。」

「その通りだ、フィル。あー、教え子がいると調子が狂うな。」


 その場の空気が、ほんの少し緩くなる。


「その救援が遅れたのは他でもない。俺たちの国は、戦いが始まる前から地方を潰されていたんだ。大反乱があり、慌てて皇族は地方と他国に救援要請を送った。だが、とっくの昔に地方が敵の魔の手にかかり、その地方で他国へのメッセンジャーが殺されていたのさ。」

「……同じだ。」

 ナミルさんが呟く。


「我々が今回当たったクエストと同じだ。闇ギルドの拠点は国の端の、都からのアクセスが悪い地方の村だった。」

「その通り。」

「ということは、レギアの次はエクセレイが標的ですの?」

「そうとは限りません。」

 イヴ姫が口を開く。


「純粋な国力でいえば、エクセレイはレギア以上です。レギアを先に狙ったのは、エクセレイを確実に落とすためでしょう。」

魔女の帽子ウィッチハットの補給路、ですか。」

「その通りです。フィンサー教諭。」

「えげつない敵じゃのう。国を落とせば落とすほど、死体が兵力として加算される。」

 ヴェロス老師が言う。


「ヴェロス様の言う通りです。死体がそのまま兵力になる。しかもネクロマンサーという希少な魔法使い要らずです。ナミル殿、我々の同胞は強かったですか?」


 ピトー先生の質問に、ナミルさんが目を丸くする。同胞とはすなわち、魔女の帽子ウィッチハットに寄生された竜人族のことなのだから。


「強かったです。まず体の頑強さが違う。ゾンビになるとパワーのリミッターが外れます。その代わり、生前の知性は残らない。攻撃は単調なものでしたが、全ての兵がC級冒険者相当の力をもっていると考えていいです。」


 ナミルさんは、魔物の討伐ランクではなく、冒険者の腕前で例えた。


 ナミルさんの言葉に、ピトー先生が目を瞑る。

 ピトー先生は、大反乱が起こった時期はまだ子どもだったはずだ。ナミルさんの報告に、何を思っているのだろうか。

 向かいの席では、シュレ先生が「うへぇ、相手したくなか。」と呟き、顔をしかめている。


「もし、この騒動の中心が本当に伝承に残る魔王だとして、戦力補給をレギアだけで済ませるでしょうか? ごく自然に考えれば、他の国も並行して潰しにかかっているはずです。」

「姫様、他の国との連携は取れているのですかな?」

 ヴェロス老師が聞く。


「難しいですね。目下交渉中ですが、如何せん他所の国は巫女への信頼が薄い。今回のレポートも、魔王という言葉を御伽噺と一笑に付すでしょう。私たちはレギアとエクセレイの機密文書を擦り合わせることで対処出来つつあります。それを他の国にしろと言うのは、機密文書をエクセレイに開示しろという話になります。協力は得るのは難しいでしょう。ですが、手をこまねいているだけではありません。魔王復活の喧伝が出来なければ、別の理由を使って国内外に兵力増強をしていただきます。つまり、魔物の大反乱スタンピードです。」

「どういうことですの?」

魔物の大反乱スタンピードを手引きしたのは魔王です。他所の国も我が国のほとんどの人間もそれには気付いていない。ですが、魔物の大反乱自体は知っているのです。」

「魔王対策ではなく、大反乱対策で兵を揃えろと喧伝するということですのね。」

 ファナの言葉にイヴ姫がうなずく。


「フィル君が敵から奪取した手記によれば、魔王には魔物の力を増幅させ、活性化させる力があります。伝承では、『魔物を率いる』という簡略化された言葉でしたが。他国の情報は抜き取ることが出来ません。ですが、ギルドの情報は異国同士でも交流があります。ラオインマスター。」

 姫様に促され、ラクスギルドマスターに注意が集まる。


「我がエクセレイと同じく、近隣諸国でも魔物の異常は多く散見されています。存在進化、亜種、異常行動。何でもござれですな。」

「説得力のある注意喚起は可能、ということやね。」

 シュレ先生が言う。


「ここまでで、何か質問はないだろうか。」

 ピトー先生が言う。


「わしからいいかの。」

 ヴェロス老師が言葉を発した。


「フィル・ストレガが奪取した書記は拝見した。敵軍は犯罪者も取り込んでいるようじゃの。行方不明者や戸籍の異常を調べれば、国内でどれだけの人間が魔女の帽子ウィッチハットにやられているかがわかる。ざっくりではあるがの。問題は竜人族じゃ。先の大戦で、どれだけの兵士の死体が見つかっておらぬのか、わかるかの? ピトー武官。」

「……約2万です。」


 その場の全員がざわつく。


「最初にレギアを狙ったのは、それが目的でしたか。」

 フィンサー先生が顔を歪めて言う。


「今までそれに疑問をもつものはいなかったのか?」

「国難でそれどころでは。時折指摘する識者はいましたが。」

「数は都の憲兵以上ですね。」

「だが冒険者を足せばこちらの方が多い。」

「ゾンビでもC級冒険者相当だ。憲兵にC級相当がどれだけいるか。」

「向こうには魔物の軍勢もいるのう。」

「しかもレギアの記録ではA級討伐対象ばかりだ。」

 論争が始まる。


「あの。」

「何だ、フィル。」

 ピトー先生がこちらを見る。


「ここの近隣では、エクセレイが一番強いんですよね?」

「ああ、そうだな。フィジカルに限ればレギアだったが、総力であればエクセレイだ。」

「では何故、エクセレイを最初に落とさなかったんですか? ここさえ先に落とせば後は簡単だったのに。」

「その理由は簡単よ。」

 イヴ姫が言う。


「この国にはマギサお婆様がいるから。それだけよ。」




 心なしか、イヴ姫が誇らしそうに見えた。

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