第280話 世界樹行こうぜ!世界樹!19(三つ巴の戦い)

 死霊高位騎士リビングパラディンが長剣を横なぎに振るう。


 呪撃じゅげきが脇の近くをかすめる。

 自分には浄化魔法があるから致命傷にはならないが、並の冒険者では触れただけでも死に至る。かすめた瞬間、長剣に籠った死霊の怨嗟が聞こえた。これを以前、素で耐えたトウツはやはりおかしい。


 ワイバーンがまとめて燃やそうと紅蓮線グレンラインを叩き込んでくる。横に飛びのいて避けるが、死霊高位騎士は長剣で炎を真っ二つに叩き割る。


『何だそれ!?』


 確かにこいつは強かった。

 だが、深層の魔物を正面から圧倒できるほどじゃなかったはずだ。それもワイバーン。死霊の谷でどれだけの魔物を吸収したんだこいつ。

 最悪だ。

 いや、最悪の事態には至っていない。

 一番の最悪は、こいつがここの死霊を全て食い尽くしてからエクセレイに乗り込むことだ。そうなる前に接敵することになって良かった。俺は基本悪運だが、不幸中の幸いには恵まれている。


 死霊高位騎士がワイバーンに斬りかかる。

 ワイバーンがすぐさま飛翔し退避する。こいつも死霊の谷で学んでいる。死霊系の魔物からの攻撃には極力触れないようにすること。ここは呪い、エナジードレイン、金縛りなど状態異常のオンパレードだ。死霊高位騎士の場合は呪いの押し付けだが、致死量の呪いなので即死攻撃に近い。

 パワーバランスが崩れた。

 俺は死霊高位騎士への対策があるが、ワイバーンの魔力量には押し切られる。ワイバーンは死霊高位騎士の攻撃への対処手段がない。俺はワイバーンから逃れる手段がある。相対的弱者がワイバーンになってしまったのだ。それを察知して空へ逃げたのだろう。

 死霊高位騎士が斬撃を連続で飛ばす。ワイバーンは火魔法でブーストをかけて巨体を無理やり操作し、逃げ続ける。戦闘を諦めればいいのだが、その気配はない。そのうち呪いの斬撃が当たって、ワイバーンの死が訪れるだろう。


 考えろ。

 俺にとって利がある決断を。

 こいつはおそらく、ワイバーンを亡きものにした後、その魂を地上へ縛りつけるだろう。そして死霊に変えてしまって飲み込むつもりだ。それはまずい。亜竜の死霊をこいつに吸収されるわけにはいかない。

 それに対してワイバーンだ。

 エルフの森深層の魔物は基本、外には出ない。

 魔素マナが薄い下界へ行くのが大きなデメリットだからだ。

 つまり、こいつは倒さなくてもいい敵なのだ。

 人里へ降りたら災害級に危険だが、現時点で人類の敵である死霊高位騎士と比べると討伐優先度は低い。


『瑠璃。流石にこれは横槍は入らないよな?』

『こやつらの間に入る魔物なぞ、おらんじゃろう』

『だよな』


 魔力を練る。真っ白で静謐な、神錆びた魔力を。


聖炎線サクロフレイムライン


 光魔法でコーティングされた炎が死霊高位騎士を襲う。

 すぐさまやつはかわすが、続くワイバーンの連弾で足元を砕かれる。


『隙あり』


 瞬接・斬で襲いかかるが、敵の肘関節が捻れてありえない方向から長剣が飛んでくる。


『型のない斬撃!?』


 慌てて飛び退くと、その場に残るやつは長剣を中段に構えて待つ。先ほどのトリッキーな動きとは真逆の正道。


『やり辛いな、くそ』


 霊体であるが故の関節がない人間離れした動き。かと思いきや、生前の記憶を頼りに紡ぎ出す徹底された基礎の上に成り立つ剣技。対人と対魔物を同時にこなしているかのような感覚に陥る。

 やつを中央に置いて、反対側にワイバーンが降り立つ。

 金色の瞳が俺を見下ろすようにみてくる。瞬膜がぐるりと動く。


『はは、マジかよ。敵の敵は味方ってか?』


 ワイバーンは生き残るために、竜種としての誇りを捨てて群れることと知恵を選んだ種族だ。その知恵が導き出した結論。


 俺との共闘。


 トカゲと目と目で分かり合える日が来るとは思わなかった。

 赤いトカゲと小人もどきの耳長が、その半径を少しずつ縮めながら死霊に近寄っていく。ワイバーンは鉤爪に魔力を溜めている。死霊に有効打を持たないあいつは、物理的にやつの鎧を剥ぎ取るつもりだろう。対して俺は浄化魔法で強化した紅斬丸を構える。


「ト」


 底冷えするような声が、やつから漏れ出る。

 初めて会った時は気が動転して気づかなかったが、女性の声だ。低く、落ち着いた声。よく見ると、鎧も僅かに女性的な体のラインを作っている。


『と? 何だ?』

「トオサヌ」


 トオサヌ。

通さぬ、ね。

 お前、まだエクセレイの王を守るために、国の辺境で戦ってるつもりなのかよ。


「あいつをあの世へ送ってあげて。初代の王たちが待つところへ」


 イリスの願いが思い浮かぶ。


『任せてくれよ。今すぐ、十万億土を踏ませてやる!』


 弾かれるように駆け出した。

 それを合図に、向こう側でもワイバーンが加速した。

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