第159話 ハイ、スミス

「ふおぉ、これが……!」


 俺は輝いた目で赤茶けた色に輝く刀身を見つめていた。

 童心を失って久しいが、中々どうして男というものはこの心をふとした瞬間思い出すものである。少し前の変身お化け屋敷ロボットも然りである。気分は初めて新幹線を見たときの幼少期のよう。


「ほんと苦労したぜ。加工が難しい素材ばっかりだったからな。お前さんやフェリファンじゃなきゃ錬金できない工程もあったし。だが、間違いなく俺の人生で最高の仕事をしたと思うぜ。」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 鍛冶師のシュミットさんの言葉に、俺は礼を返す。


「なに、いいってことよ。ここ数年で一番楽しい仕事だった。今後も贔屓にな。そいつはとびきり頑丈だから整備を多く必要とはしないが、数か月に一度は見せに来てくれ。」

「わかりました!」

「少し、試し切りしていくか?」

 シュミットさんが親指で後ろを指す。


 この店の工房の裏の、空き地を指しているのだろう。


「はい、ぜひ!」

「少し、わたくしとも組手をいたします?」

「ああ、頼む。」


 今日同伴しているのはファナだ。

 彼女は最初こそ、俺にパーティーメンバーの誰かがつくという不思議なルールに疑問を感じていた。だが、定期的に危険な目に合う俺を見て、「なるほど確かに、必要ですわね。」と納得してもらっている。

 解せぬ。


 裏庭には巻藁台が大量にあった。中には藁ではなく、木材や鉄骨が立てられているのも多くある。


「どれから斬る?」

「一番硬いやつを。」

「余った廃材で作った合金のやつがある。廃材とはいえ作るのが大変だから普段は有料だが、お前さんだからな。今回はまけといてやろう。」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「出世払いしろよ。」

「もう冒険者ランクA級なんですけど……。」


 これ以上の出世って、何だ? S級? それとも英雄? ルークさんみたいになるのは嫌だなぁ。彼、あんまり楽しくなさそうだし。

 頭の中に幸薄そうな笑みをうかべるイケメンが現れる。


「まず素のまま斬ってみろ。」

武器強化ストレングスなしでですか? 手元がびりびりして嫌なんですよね。強化なしは。」

「いいからやってみろ。」

「はい。」


 俺は新しい剣を構える。いや、剣というよりも刀だ。俺がシュミットさんに無理言ってこの形にしてもらった。滑らかなカーブを作った曲刀である。剣は突き刺す、もしくはたたき砕く武器だ。対して、刀は斬る武器。体が小さく、非力な俺には刀が合うと思ったからである。

 赤みがかった銅のような光が刀身から反射する。


「シッ!」


 刀を横一文字に滑らせる。今日までに、数千回数万回とトウツに指導してもらった居合だ。


「うおあ!?」


 振り切ってしまい、尻餅をつく。合金の棒が、遅れて形がずれて、ぼとりと先端が落ちる。

 手元に来ると予想していた反動が来なかったので、思わず振り切ってしまったのだ。


「すごい、魔法で強化せずにこの切れ味。」

「そうだろう、俺の傑作はすげぇだろう。」

「はい!最高です!」

「銘はどうしますの?」

「めい?」

「そのカタナとやらの名前ですわ。いい武器には名前がついて然るべきですの。わたくしの十字架のようにね。」

「……なるほど。シュミットさんはどうですか?」

「お前さんがつけろ。作ったのは俺だが、持ち主はお前さんだ。そもそも錬金の嬢ちゃんも含めての合作だしな。」

「そうですか……。」


 どうしたのものか。これは刀だから、日本っぽい名前にしておきたいな。もし転生者が俺以外にいたら、気づいてもらえるように。とは言っても、ハポンとかいう似た国があるから気休めにしかならないと思うけど。

 赤茶けた刀身を見て、ぱっと思い浮かぶのは、やはり火の妖精であるルビーだった。最近は姿が見えなくなったことで、逆にルビーが俺の心を支えてくれる割合が増えているように感じる。

 初めて俺がこの世界に生れ落ちてから、ずっと支えてくれている親友。今も俺の周りにいるだろう、大切な存在。


「……紅斬丸べにきりまる。こいつは紅斬丸だ。どうかな?」

「ハポンにありそうな銘ですわね。」

「何が由来だ?」

「俺の親友からとっています。」


 周囲の赤い魔素が活発になる。今頃空中で立体機動して宙に幾何学模様でも描いているのだろう。


「あら、神聖な気配が高まりましたわね。例のご友人ですの?」

「ああ、そうだよ。」

「一時とはいえ、妖精と交友を結べるなんて、嫉妬しますわ。やはり神に愛されていますのね。」

「今でも大事な友人さ。」

「武器の名前の由来にするほどに?」

「ああ、そうだ。」

「一番大切な存在?」

「そうだが?」

「……妬けますわね。」

「そうか?」


 男女のそれというよりも、同性の友情のようなものだと思うけども。


「それ、帰ったら発情兎と根暗さんにも言って下さいまし。」

「根暗って、お前。大体何で言う必要あるんだよ?」

「簡単ですわ。」

 ファナが顔を目の前まで近づける。


 吐息がかかるような距離にとぎまぎしてしまう。


「わたくしだけ嫉妬するのは、フェアではありませんもの。」

 ファナが妖艶に笑う。


 筋肉質な露出狂シスター相手に、不覚にもときめいてしまった。

 最近気づいたけど、俺ってかなり惚れっぽいのかもしれない。うっかりダークエルフに堕ちないように気を付けなければ。

 フェリとお揃いになると考えると、悪い気はしない。が、クレアと共にコヨウ村へ帰るのだ。そのためには、女性の色香に惑わされてはならない。色即是空、色即是空。


「あー、錬金の姉ちゃん見てても思ってたんだけどよ、お前らのパーティーって、そういう関係なのか?」

 シュミットさんが会話に入る。


 ゴンザさんもそうだけど、ドワーフの人たちは快刀乱麻、単刀直入な人が多いのかなぁ。


「はい、そうですわ。」

「いいえ、違います。」

「いや、どっちだよ?」


 シュミットさんは、羽ばたけば飛べそうな眉をバサリと動かして顔をしかめた。


 ちなみに、ファナとの組手は敗北した。

 組打ち出来るくらいには、俺の接近格闘能力は上がっている、はずだ。だが、パワーで押し切られてしまった。流石は今代の聖女。魔力量がべらぼうに高い。十字架の重量と魔力量による強化に押し切られてしまった。

 パーティー内では俺の次に小柄だけど、一番戦い方がステレオタイプのパワープレイヤーなことに驚きである。殴り回復役ヒーラーもタンクもできると豪語するだけは、ある。


 だが、俺はこの結果に悲観してはいない。

 森にいたころの俺では、彼女と対等に組手すらできなかっただろう。最近はトウツの剣先も見える。

 確実に強くなっている。

 問題は、魔王と戦う時にそれが通用するかである。

 もっと強くならなければならない。俺も、俺たちも。


「そういうわけで、これからよろしく頼むよ。」


 そう言って、俺は亜空間リュックに紅斬丸を収納した。

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