第160話 試し斬りは野良魔人族と共に

「で、どうしますの?」

「やっぱロックゴーレムだろ。試し斬りには丁度いい。」


 俺とファナはそのままギルドに来た。

 紅斬丸べにきりまるを手になじませるためだ。どんなに強い武器だろうが、命がかかった実践に突然投入するのは危険がある。それこそ、使い慣れた棒きれのほうがふとしたミスは少なく安全であることはよくあることなのだ。

 特に、次予定されている闇ギルド討伐はミスが許されない。出来るだけ、紅斬丸を体の一部のように扱えなければならない。


「ロックゴーレムは、今の貴方には役不足ではないんですの?」

「いいんだよ、試し斬りなんだから。使い慣れてない得物でリスク踏むわけにはいかないだろ。」

「フィルは用心深いのか向こう見ずなのか、わからない時がありますわね。」

「そうかな。」

「お、フィルだ。やっほー!」


 ギルドの奥からロッソが手を振る。


「やっほー。ロッソもクエストか?」

「まぁね。たまには師匠と離れてやろうかなって。そっちは?」

「新しい武器の、試し斬り。」

「いいね、見せてよ。」

「なんなら一緒にロックゴーレム倒すか?」

「おお、ロックゴーレム!俺のパンチでどの位削れるか知りたかったんだよね!」

 ロッソが手をぱちんと鳴らす。


「だから!何でクエスト受けちゃいけないのだ!?」


 受付の方から叫び声が聞こえた。

 俺たちがそちらを見ると、一人の少女が受付ともめていた。もめるというよりも、少女がわめいて受付嬢は困り顔で対応している。

 周囲の注目を浴びている。こういう時は、五月蠅い新人をいびる冒険者が出ることが多い。単純に性格が悪い奴が絡むか、優しいベテランが力で規律を教え込むかのどちらかである。

 だが、今回は誰も彼女に絡もうとする様子がなかった。


 理由はすぐにわかった。

 彼女が魔人族だからだ。

青い肌、普人族でいう白目の部位が黒目になっており、光彩は黄金に輝いている。紺碧の髪、蝙蝠のような翼、牛のような角、槍のような黒い尻尾。

 魔人族はかつて、魔王に協力した種族である。獣人以上に差別が根強く残っている種族だ。獣人たちには面白がって差別してみせる人物は、多くいる。が、魔人族に関しての扱いは真逆だ。徹底的な無視。関わると伝説の魔王と接点が出来てしまい、悪人になってしまうという迷信がついて回る種族である。

 少女は受付の前でぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「ほら見ろ!ちゃんとギルドカードは持ってるぞ!他の国でも討伐記録は残っているのだ!」

「申し訳ございません。ですが、許可は致しかねます。」

「何故だ!?」

「安全のためです。」

「だ~か~ら~!ノイタは強いから大丈夫なのだ!」


 肉つきがいいので、少女が跳ねる度に丸いお尻や胸が気前よく弾む。何だあの弾力。というか何だあの服装。露出の少ないボンテージビキニみたいな服に、趣味の悪い暴走族がつけるような金属の棘が生えている。

 横から白い魔力がチリっと弾けた。

 ファナだ。どうして女性という生き物は俺たちの視線に敏感なのだろうか。


「フィル。ああいう女性が好みですの?」

「いや、別にそういうわけじゃない。」

「そうですわよね。そうであれば、とっくの昔にトウツに手籠めにされていますもの。」

「手籠め!?」

 ブフッと、隣でロッソが飲み物を吹き出す。


「ロッソが勘違いするから、そういうことは言わないでくれ。」

「あら、そのうちわたくしとは勘違いではない関係になりますのに。」

「そうなのかフィル!?」

「そんなわけないだろ。」

 ぎゃんぎゃん叫ぶロッソを、俺はたしなめる。


「ちょっと行ってくる。」

「どこにですの?」

「あの女の子、放っておいたら解決しないだろうが。ロックゴーレムの討伐許可をもらっておいてくれ。」

「あまりお勧めしませんことよ。」

「俺もそう思うな。師匠も言ってた。魔人族は関わったら損しかないって。いや、人助けは大事だけどさ。俺はフィルには損してほしくないんだよね。」

「ありがとう、ロッソ。ファナも。」


 二人は肩をすくめる。

 俺がこういう時に引かないのを、二人ともわかってくれている。

 本当に気のいいやつらである。


「あの~、どうしました?」

無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドのフィルさんですね!助かりました!」


 受付嬢さんが安堵の表情を浮かべる。

昔は色んなところで子ども扱いされたり、なめられたりしたものだが、今では俺を一人の大人のように扱う人ばかりになった。A級冒険者という称号はすごい。どこぞの将軍の印籠のようだ。ストレガという姓もあるので、ダブル印籠。エイブリー姫がバックについてるのでトリプル印籠とも言えよう。

 ……何か虎の威を借りる狐みたいな気分になってきたぞ。

 それにしても、パーティー名を呼ばれるたびにぞわぞわした気持ちになる。その場のテンションで決めてしまったが、良かったのだろうか。いや、いいよね。ルビーが喜んでいたし。


「む!お前は誰なのだ!? ノイタの邪魔をしないでほしいのだ!」

「いや、邪魔はしないよ。むしろお手伝いかな?」

「お手伝いか!? ノイタの手伝いをしてくれるのか!?」

「あぁ、まぁね。」


 何というか、冒険者ということは14歳以上だよな? 年齢の割には落ち着かない子だなぁ。純真無垢という印象がぴったりである。

 俺のエルフ耳に、「あの魔人族の女、気安くストレガに話しかけてやがる。」というささやき声が聞こえてくる。


「助けてくれ、えっと、えっと。」

「フィルだよ。フィル・ストレガ。」

「フィル!助けてほしいのだ!この意地悪なお姉さんがクエストを受注してくれないのだ!」

「その、意地悪ではないのですが……。」

「説明してくれますか?」

「えぇと、ノイタ様はE級ライセンスの冒険者でいらっしゃいます。現状、E級ソロでの討伐クエストの受注は差し控えているのです。」

「最近は物騒ですからね。」

「はい。生活が貧窮している冒険者もいらっしゃるとは思いますが、長い目で見ると今死んでもらっては困りますので。出来るだけ実入りの良い安全なクエストも斡旋しているんですよ?」

「だそうだけど。えっと、ノイタさん?」

「駄目なのだ!ノイタは戦うのが一番得意なのだ!」

「そんなぁ……。」

 受付嬢のお姉さんが眉をハの字にして途方に暮れる。


 アルシノラス村の受付嬢、アキネさんを思い出した。彼女は元気にしているだろうか。


「ノイタさん。」

「ノイタはノイタと呼んでいいぞ!」

「じゃあ、ノイタ。これはギルド側の言い分が正しい。我慢してくれ。」

「何でだ!ノイタはロックゴーレムくらい、殴って壊せるぞ!?」

「え?」

「うん?」

「はい?」




 大輪のひまわりのような笑顔を浮かべて、力強く軽快な足取りでノイタは荒野を歩いていた。後ろには俺、ファナ、ロッソ。

 同じクエストを受注する予定だったので、一緒にやろうということになったのだ。A級冒険者2人が監督役としてつく。安全マージンとしては申し分ない戦力なので、その場でノイタのクエストは受理された。

 受理した瞬間、ノイタは笑って俺を抱きしめた。宙に浮く俺。胸で息ができない俺。慌てて引きはがしにかかるファナ。何故かファナに怒られる俺。解せぬ俺。


「助かったのだ!フィルはいいやつだな!」

 ノイタが振り向いて言う。


「そうかな?」

「そうだぞ。フィルはいいやつだ。」

 ロッソが隣から言う。


 ロッソからすると、俺は命の恩人なのだ。正確に言うとそれはトウツなのだが。それでも、褒められると嬉しいものである。少し、気恥ずかしくなる。


「わたくしは同行を認めたわけではないのですが。」

 渋い顔をしてファナが言う。


「頼む。ここはこらえてくれ。」

「難しいことを言いますわね。魔王に組した種族の末裔ですわよ? フィルと出会う前のわたくしであれば見敵必殺ですの。」

「教会の過激派怖すぎんだろ。」

「当り前ですわ。文字通り、宗教の都合上というやつですわね。魔王に与するものはすべからく敵ですわ。」

「今の魔人族の世代がそうとは限らないだろう?」

「フィル。貴方の様に昔は昔、今は今と考えられる人間は、存外少ないものですわよ?」

「……それは何となく感じてるけどさ。」

「何となくでは困りますの。長寿の種族なんかはつい昨日のように怨念のこもった話をしてきますのよ。それを懺悔室で聞かされるわたくしの気持ちを理解してほしいですわ。あ~あ、教会の同僚が今のわたくしを見たらどう思うかしら。すっかり牙が抜けた狼とでもいいそうですわね。」

「機嫌を直してくれよ。」

「子種をくれれば考えてもよくてよ?」

「嫌だよ。というか俺、精通してないって言ったろ。」

「子種!?」

「子種って何だ~?」


 吹き出すロッソ。ピュアな瞳で聞いてくるノイタ。


 A級が2人。D級とE級が一人ずつ。異色の4人組になってしまったが、どうなることやらである。

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