第352話 魔軍交戦49 西と上空
「瞬接・斬」
音も光も置き去りにした剣撃が、ライコネンを襲った。
トウツが刀を振るった、はるか後にライコネンのガードが動く。血しぶきが上がる前に、新しい刺突が入る。撫で斬りが体に線を引く。
それでも彼は倒れない。
膨大な量の魔力が身体を巨木の幹のように支え、膝をつくことを許さない。捕食者としての矜持が、敵を見上げることを拒む。
瞬く間に体を刻まれていくが、身体を覆う魔力が傷を修復していく。傷ついた先から補強していく。
ライコネンは自身の身体の変化に驚いていた。圧倒的な魔力量。力。速さ。戦闘センス。それらが自身を強者たらしめるものだと確信していた。ところがどうだ。自分という強者を最も支えていたのは、
若獅子だった時、夢中になって強さを追い求めていた。それが種族の雄全員の目標だった。夢だった。渇望だった。
だが、彼ほど渇望した者はいなかった。
彼ほど走り続けてくれた同胞はいなかった。
何故か。
彼は他の誰よりも我慢強くて。他の誰よりも強者であることを
ライコネン・アンプルールを獅子族の王たらしめているのは、天性の才ではない。恐るべき程のストイックさと、それを支える動機と体力に他ならない。
トウツ・イナバは短期決戦に持ち込みたかった。彼女の魔法には、時間制限がある。だが、どうにもこの敵は、タイムリミットまでに倒れてくれる気配がなかった。
黄金の瞳と視線がぶつかった。
そんな馬鹿な、とトウツは焦燥した。
この速度域に、目だけでも追い付く人間がいるわけがない。いてたまるか。腕二本犠牲にしてもなお、完全に攻略されるなど。
「このまま耐え忍んで勝つつもりはないぞ兎女ぁ!お前の魔法に時間がないことはわかってるんだからなぁ!必ずお前を捕まえて、引き裂いて殺す!捕えて俺の子を生ませてもいいなっ!」
「異種姦淫は勘弁」
トウツの斬撃が首元を襲うが、薄皮一枚しか斬れない。
完全に急所を守られている。
もちろん、ライコネンも恐ろしい速度で魔力を消費している。それほどにトウツの技の切れ味が鋭いのだ。彼女が一刀に込めた魔力の、十数倍近くの魔力をライコネンはつぎ込んでいる。それでも尽きる気配がない。
「こうか?」
ライコネンが横にステップをきった。
荒々しくない、凪のような魔力操作。地面を抉らず、滑るように移動し、トウツの横に張り付いた。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、彼はトウツの速度域に達した。
トウツの顔面横に、彼女の頭よりも巨大な拳が通過する。
「くっさい腕寄越さないでほしいなぁ」
斬撃がライコネンの拳にまとわりついた。
腕の血管という血管から血が噴き出る。ライコネンは、腕の筋肉を緊張させ、無理やり止血して修復する。
修復に専念する獅子の足を、トウツが切断しにかかる。
「目だけは慣れてきたな」
足の薄皮に刀が到達した瞬間、ライコネンの
が、脇腹の肉が抉られる。
「速さだけに慣れたところで、僕の剣技には追い付かないでしょ」
目を狙った刺突。
三連撃。
一つ目は右目。二つ目は左目。三つめは鼻。感覚器官を一つでも潰せば、戦況がこちらへ傾くと判断したのだ。ライコネンの反射速度はその三連撃に追いついた。
が。
暗器の脇差が喉元をついた。
「うっがぁ!? 卑怯だぞ手前!」
「喉潰されて何で普通に喋ってるのさ。そこは黙ろうよ。五月蠅いし、君」
卑怯上等。自分はくノ一である。
「君みたいな脳筋に、付き合うわけないじゃん」
斬撃を飛ばし、右からトウツが接近する。
ライコネンの瞳はもう、完全に彼女の動きを捉えていた。
クレアの気配が近い。
彼女にはもう、時間がない。
「
マギサが浮上させた水の塊が、龍の姿となって魔王エイダンに襲い掛かる。不思議な姿をした龍だ。翼がない。足もない。胴が長く、手にのみ鉤爪がついている。馬のように背に毛が生えており、巨木の枝のような角が不規則に伸びている。
「貴様の魔法にしては不細工だな、老婆」
「ぬかせ。齢だけとった若造が」
龍の顎を悠々とかわすが、鰻のような長い胴体が鞭のようにしなり、連続で追撃する。水の塊から次々に龍が生まれ、魔王への攻撃に参加していく。
「魔力の消費コストが高すぎる。こんな魔法、続くわけがない……む」
魔王はすぐに気づいた。
魔力の出どころが目の前の銀髪の老婆からでないことに。
「ディザ川。地下水路。王宮を守る円形の防壁。貴様、まさか」
「そのまさかさね。この都はね、全て私の魔法の一部さね」
「
「お前に言われたかないよ」
マギサの脇を、水龍が猛然と飛んだ。
彼女が戦いの場に都を選んだことは、これに尽きる。自らが水魔法を体系化し、都の
何故か?
簡単である。
都という大魔法の発生装置を作ってみたかったからだ。
彼女の行動原理は一貫しており、ブレることは決してない。
一に魔法。二に魔法。三に魔法だ。
フラフラと世界を渡り歩き、エクセレイへ流れ着いた。
何故か?
魔法のためだ。
その王族へ嫁いだ。
何故か?
魔法のためだ。
都という魔法が完成したら、エルフの森へ籠って隠居した。
何故か?
魔法のためだ。
フィオ・ストレガという異世界人を拾った。
何故か?
魔法のためだ。
今現在魔王と戦っている。
何故だ?
魔法のためである。
「この魔法はね、使う機会がなかったから助かったよ。ここを戦場に選んだお前さんはついてるよ、魔王。私の最高傑作のうち1つを見られるんだからねぇ」
「貴様の学芸会のために侵攻しているのではない」
「私もお前さんの野望に付き合うために、ここにいるわけじゃないさね」
「
「む」
水龍に電気を通し、マギサを感電させようと魔王が攻撃する。
が、水龍はいともたやすく電気を弾き飛ばした。
「何だと?」
「不純物を取り除けば、電気は通らないんだろう?」
「それはこの世界にない知識のはずだ。貴様、どこでそれを聞いた?」
「私を誰だと思ってるんだい? マギサ・ストレガだよ!」
「答えになっていない」
水龍に乗り、加速するマギサを魔王が迎え撃つ。
魔力切れが起きない大規模攻撃魔法。
魔王は逃げに徹すれば、この魔法を攻略できるだろう。マギサのこの魔法は、都限定で扱える大魔法なのだ。同時に、彼女がもつ「老い」というハンディキャップを唯一解決できる戦場でもある。
だが、彼は逃げない。
ここで引けば、多くの手勢や増やした魔物が死滅してしまう。
このタイミングでエクセレイという魔法立国を叩く。
それが彼の野望を叶える最も近道であるはずなのだ。
「我の野望が、険しくなかった時などない。初めて異世界から来た勇者から逃げおおせたあの日からな」
「尻尾巻いて一度逃げたやつが、私に勝つなんざ百年早いね」
「だが、我はここにいて、かつての勇者は老いで死んだ。今や伝説だ。我の勝ちだ」
「何言ってるのか意味が分からないねぇ。自分の魔法の実力を一度でも疑ったら、そいつはその時点で負け犬なのさ。お前さんは敗者なのさ。なのに何故か戦場にのうのうと残っている。早く退場しな。歴史の遺物」
「貴様にはわかるまい」
「わかる気もないさね」
水龍が再び躍動した。
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