第305話 魔軍交戦2
「歩兵、前へ」
渋い声が号令を送る。
魔法の信号弾が発射され、
「うおお、奴さんたち動き出したぞ!」
冒険者達が喚く。
都の防壁の向こうでは、真っ黒な粒が少しずつこちらへと前進してくる。一粒一粒がゾンビと魔物だ。
「行進が整いすぎだろ!人間かよ!」
「人間というよりも、統率してるのが人間な」
「魔王ってマジでいたんだな。あれだけの魔物を自由に動かせる存在なんていないだろ」
「ま、でも俺たちはマシな方だろ。最初から
「それもそうだ」
冒険者達が下を眺める。
そこには、顔を引き攣らせて顎をガチガチと鳴らす奴隷達がいた。近くには使い魔やゴーレム達が隊列を作っている。
彼らは全て、都の防壁を守るためにいる。
つまりは、初撃を受け止める緩衝材である。
緩衝材かつ、使い捨ての消耗品。
「可哀想だねぇ」
「自業自得とはいえ、哀れな死に方だよな」
「阿呆。生き残るかもしれないじゃねぇか」
「お前、あそこにいて圧殺されない自信ある?」
「ねぇな」
「だろ?」
「おい!この状況でだべるたぁ余裕だな!」
「「は、はい!」」
冒険者達が泡を食って立ち上がる。
話しかけてきたのは、ここの防衛ラインを任されているA級冒険者だ。大規模な大戦になることが予想されているので、階級の高い冒険者にも指揮権が与えられているのだ。レイドクエスト経験者に割り当てられることが多い。
「
「「ごもっとも!」」
男達が蜘蛛の子を散らすように持ち場へつく。
「しかし、
男が複雑な顔を浮かべて手元の石を眺める。
「我らが第二王女様からのお達しだ。極力魔力の消費を抑えよだとよ」
「これで、か?」
防壁の縁に石を積み上げながら、男たちが話す。
片方の男が「石を積み上げる行為は、ハポンではあの世への渡賃という意味もあるんだっけか」と思い出すが、すぐに発想をかき消す。今は悲観的な考えをするのは良くない。
「長期戦になった場合、アンデッドと吸血鬼がいる向こうが有利なんだとよ。初撃で魔力を費やして教会のシスター達を疲労させちゃなんねぇ」
「それにしても投石かよ。今は何時代だ? 原始時代かよ」
この世界には、史跡を調査する技術はない。
だが、長寿種という生き証人がいる。彼らの
「石には質量がある。ここは防壁の上だ。重いものは落ちるだけで強力な威力になる。それは魔力の消費を抑えてくれる。しかも矢と違って加工の手間がいらない。な? 世界で一番便利な武器だろう?」
「そりゃま、そうだけどよ。びっくりしたぜ。都近郊のゴーレム群生地の岩や石を根こそぎ武器として備蓄するもんだからよ。岩盤地帯が今や更地だ。うちらの姫様は気が狂ってるぜ。それを実行する騎士団もだがよ」
「確かにな。俺も冒険者やって長いけどよ、普通の石のレイド採取クエストなんざ初めてだったよ」
「儲かったけどな」
「この戦争に負けたら、その儲けはあの世への渡賃だけどな」
「滅多なこというんじゃねぇよ!」
軽口を言い合いながら、冒険者達が持ち場へついていく。
眼下には、大地を覆い尽くす軍勢。
「あれに投げるの? 焼け石に水じゃね?」
「俺たちが投げるのは水じゃなくて石の方だけどな」
ため息をつき、男が腰を下ろす。
「第一班、前へ!」
騎士団の号令で冒険者達が石を構える。
「放て!」
合図に合わせ、無数の矢と石が宙を舞った。
城壁の下では血と肉片が飛び散る。
「どこ狙ってんだ!
「わかってるよ!」
「投石でまともなコントロールできるわけねぇだろうが!」
「というか数が多すぎて適当に投げても当たらぁ!」
「石だって有限なんだぞ!?」
「じゃあそっちの弓兵で上手いことゾンビの頭貫通させてくださいよ!出来るんだろ!? エリートさんよぉ!」
「冒険者は口が悪いな!」
「騎士様は頭が硬いな!」
巨大な苦悶の声が聞こえた。
騎士や冒険者が慌てて城壁の下を眺める。
そこには身の丈3メートルを越えるトロールが突っ伏す瞬間だった。手前にいたゴブリンが圧殺されて血が飛び散る。
倒れたトロールの眉間から、矢の羽が見えた。
高低差50メートルかつ、500メートルは離れた敵の頭を撃ち抜く技量。その上、頭は弱いが硬いトロールの頭蓋を貫く威力。
ここに配置された射手で、こんなことができる人間は限られている。
その場にいる人間がそちらを見やる。
ライオだ。
元A級冒険者パーティー、
セミリタイアの身でありながら、今もなお国内随一の弓の使い手。
「面倒そうなやつは俺が射抜く。おたくらは一番やりやすいやつをやってくれ。一緒に英雄になろうや」
ライオが手をひらひらと揺り動かして言う。
「よっしゃいっちょやったらぁー!」
「ゴブリン何体でも来いや!」
「やってやんよ!やってやるよぉ!」
冒険者達が奮い立ち、次々に石を投擲する。
騎士達は石の無駄使いを諌めようかと思うが、上がった士気を下げる必要はないと判断し、口を紡ぐ。
魔王との戦いは好調な出だしに見えた。
「始まりましたね」
桜色の瞳が静かに開いた。
エイブリー・エクセレイその人である。
「さて、我々は責務を果たそうとするかの」
メレクレフ・エクセレイ現国王がつぶやく。
彼の言葉に、王族達が一斉に頷く。
この場には、王族に名を連ねるものが12名円卓に座っている。
対敵用索敵司令室。
マギサ・ストレガが生み出した、この都の防衛システム、その要である。円卓の中心には、都の精巧なミニチュア模型がある。王族のみがわかる魔力の波長で、外敵が現れた地点のハザードが可視化されるという作りだ。過去、この国はこのシステムを用いて悉く外敵を退いてきた。
エイブリーが西部の村々を見捨てて国民を都まで後退させるという非情な判断をした時、抵抗感を抱きながらも国民が承諾したのはこのカラクリの存在が理由である。
生ける伝説、マギサが作りし防衛システム。これこそ、この国が持つ最も強力な戦力である。その存在は、かの勇者ルーク・ルークソーンよりも重いと考える者も多い。
「外敵の反応が北西に急接近」
「南西もです」
「距離2.7。いえ、もう2.4です」
「速い。四足歩行の魔物か」
「報告通り、ゴブリンライダーが乗り出しています」
「奴隷兵とゴーレムをぶつけます」
「動きが早い。腕に覚えのある弓兵のみ対応に当たらせよう」
「南部に敵反応!」
この場では一番若い、第五王子が声を荒げる。
「ポイントは!?」
「反応が流動的です。座標位置が縦横だけでなく高さも変化しています!これは、地上ではなく水中!?」
「ディザ川か!」
「やはり陸路空路だけではありませんでしたか」
エイブリーが頷く。
唯一、都の防壁が拒まない道がある。
それが水路だ。
エイブリーに恵みを与え続けてきた巨大な運河、ディザ川。それは王宮の数キロ手前で二股に分かれ、都を覆っている。
かつてノイタが毒を投げ込んだ運河。その大元である。
「水路を支配されたら、両性類の魔物にここが囲まれてしまう!」
「落ち着きたまえ。もう手は打ってある。そうだろう? エイブリー」
「もちろんです、お父様」
髪をいじりながらエイブリーが言う。
「魔の王という割には、絡め手がお好きなのね。及び腰ということは、戦力差は数ほど大きくないはず。この勝負、我々がものにします」
「エイブリーのいう通りだ。最高の仕事をしよう、私の子どもたち」
「「はい!」」
王族たちが、額に汗を滲ませながら怒号のように騎士へと指示を飛ばし続けた。
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