第306話 魔軍交戦3

 次々と魔王の軍勢の先兵たちが倒れていく。

 ゴブリン、コボルト、バトルウルフ。

 石や弓に撃ち抜かれ、脱力してくずおれる。

 しかしその死骸をあっという間に飲み込み、魔軍は前進する。意思のある軍団に見えて、意思がない。ないからこそ、味方の死骸を踏み潰すことに躊躇がない。今も、足を撃ち抜かれたゴブリンが転倒し、アーマーベアに頭蓋を踏み潰されている。


「奴隷とゴーレム達を前へ!」


 騎士団の号令で、奴隷とゴーレム達が前進し始める。

 奴隷達は足掻き苦しんでいるが、奴隷紋がそれを許さない。

 マギサ・ストレガが編み出した都の防壁は堅牢だ。

 だが、数万の魔物達のタックルを想定しているわけではない。彼女が直接防壁を強化しているならば話は別だろうが、この防壁は「マギサ・ストレガ亡き後も機能し、メンテナンスできる」ように設計されている。つまり、自分たちで守るしかないのだ。

 初撃を奴隷とゴーレム達で受け止める。

 それが壁外の戦力の役目である。


「ヤベェな、ありゃ。ストレガを疑うわけじゃないけどよ、本当に壁は崩壊しないのか?」

「作戦は耐え切れる前提で作ってある。俺たちの最初の仕事は壁をよじ登ってくる戦力を撃ち落とすことだ。それだけ考えよう」

「へいよ、リーダー」


 クバオの独り言にナミルが返答する。


 衝突音が鳴った。

 足元の石畳が揺れ動き、防壁の上部にいる兵士達の足元を揺らす。振動が骨を伝わり、頭蓋に耳鳴りが響く。

 冒険者達が慌てて下を覗く。


 そこには地獄が広がっていた。

 おびただしい数の死体。そのほとんどがぶつかった衝撃で原型をとどめておらず、ゴブリンの体のパーツか、はたまた人間の体のパーツかもわからない。

 辛うじてエクセレイのゴーレム達が機能を停止させずに魔物達相手に奮闘している。

 魔法使いたちが苦悶の表情を浮かべながらゴーレムに魔力を送り続けている。下の戦闘はそれだけ目まぐるしく動いているのだろう。


「ひっでぇ戦争だ」

「評価が早すぎる。始まったばかりだぞ」

「タラントだ!」

「ヤベェ!動け!」


 魔物や奴隷たちの死骸の間から、蜘蛛達がとてつもない速度で上がってくる。色がショッキングな紫や黄、ブラジリアンブルー。

 危険色。

 つまりは毒持ちである。


「一匹も壁の上に上がらせるな!」


 魔法使い達が慌てて前に現れ、紅蓮線グレンラインを放つ。

 炎が壁を伝わり、的確に蜘蛛達を焼き払っていく。

 マギサ・ストレガの付与魔法エンチャントだ。都を守る防壁は、壁内からの魔法に関しては魔力伝導率が高い。つまり少ない魔力で敵を打倒せしめる。逆に壁の外から放たれた魔法への抵抗がとても強い。

 こちらは壁に魔法を伝わらせることで魔力を節約でき、相手は必要以上に魔力を注ぎ込まなければ攻撃が通らない、という作りである。


「数が多すぎる!」

「ゴブリンが梯子をかけ始めたぞ!」


 50メートル以上ある壁に、数メートルの梯子をかけることに意味はない。

 ただしそれは、フィオ出身の世界での話である。この世界の梯子は魔法で連結できる。かけた梯子に簡易な魔法をかけて、新しい梯子を連結してどんどん高さを追加していくのである。低級なゴブリンジャーマンでもできる魔法だ。


「魔法使い達は!?」

「無理だ!蜘蛛どもを焼き払うのに手一杯だ!」

「弓は!?」

「馬鹿言ってんじゃねぇ!矢は下に垂直に撃ち降ろすもんじゃねぇよ!」

 近くにいる弓兵が叫ぶ。


「石だ!石を投げるぞ!」

「結局石かよ!」


 冒険者達が次々と身体強化ストレングスをかけて、石を真下へ投げる。

 梯子を登ろうとしたゴブリンやコボルト達が撃ち落とされていく。


「おい待て!石を弾き返してる奴がいるぞ!」

「レッドキャップだ!B級以上の魔法使いか射手呼んでこい!」

「だぁ、くそ!」

 若い冒険者が慌てて伝令に走る。


「岩も持ち出せ!かわされるだろうがけん制にはなる!レッドキャップに当たらなくても、その下のゾンビ共を潰せる!」


 発破。

 防壁の上が爆発した。

 オレンジ色の炎が巻き上がり、遅れて煙が立ち込める。


「な、何だおい……」


 爆発の近くにいた男が、激痛に顔を歪めて上体を起こす。


 そこには燃えるような顔があった。

 否、実際に燃えている。

 人間の胴体よりも大きいくらいの炎がぷっかり浮いている。その炎には、樹木の洞のような目がついていた。その下に一文字の線が引かれ、三日月を形どる。

口だ。

笑ったのだ。


「ウィルオーウィスプだ!」

「はぁ!何でだ!どこから侵入した!?」

「知らねぇよ!」


 冒険者達が叫ぶ間にも、爆発が続いた。

 耳鳴りが彼らを襲う。


「おい、あれ!」

 犬型の獣人が指さす。


 針の城の方角だ。

 城下では、投石器が稼働していた。

 スプーンのような受け皿には炎の球体が乗っている。

 一機がバネ仕掛けのように炎の球体を発射した。

 数百メートル先の防壁を飛び越え、都の民家へ飛び込んだのが見える。

 爆破。

 あっという間に民家が燃え広がり、屋内からウィルオーウィスプが飛び出して内務班を襲っている。


「あの投石器、岩を飛ばすやつじゃなかったのかよ!」

「魔物を直接飛ばすなんて、狂ってる!」


 騎士や冒険者達が慌ててウィルオーウィスプと交戦、消火活動を始める。


「次弾が来るぞ!」

「今度は砲丸団子虫アルマージキャノンだ!」

「ウィルオーウィスプだけじゃねぇのかよ!」


 着弾。

 防壁を抉った砲丸団子虫アルマージキャノンが、のそりと動き出し周囲の人間達を襲う。


「動きがはぇえ!」

「こんな動ける魔物じゃなかっただろ!?」

「魔王に強化されたやつかよ、くそ!」

「慌てないで。鎧の隙間を通せば簡単に斬れるよ」


 長剣がするりと砲丸団子虫の身体を貫いた。

 続いて、内側から爆発して魔物の身体が四散する。


「お、おお!ロットンの旦那!」

「流石元A級!」


 周囲の人間が思わず動きを止める。


「手を休めないで。ウィルオーウィスプと砲丸団子虫アルマージキャノン、タラスクに対抗手段のない人間は消火に回ろう。ここの防衛は僕がしよう」

「たのまぁ!」


 冒険者達が一斉に動く。


「やれやれ。先の魔物の大氾濫スタンピードとやらはこんな感じだったのかな。生きているうちにこんな大戦に参加するとは思わなかったよ。早く終わらせないとね」

 そう呟きながら、ロットンは剣を振るった。




「ウィルオーウィスプへの対処は撃ち落としではなく、着弾後に討伐という形にします」

「何だと!? それでは防壁に傷がつく!」

「民家も燃えるやもしれぬのだぞ!?」


 エイブリーの提案に他の王族が反発する。


「この戦争は、快勝を鼻から諦めるべきです。魔法使いや退魔師ネクロマンサーの魔力は夜の対吸血鬼戦に残すべき。ウィルオーウィスプに消耗させるわけにはいきません。着弾前のウィルオーウィスプを水魔法で撃ち落とす時に使用する魔力の消費量と、着弾後に囲んで討伐する消費量では後者の方が確実に少ない。消火活動は魔法使いではなく、内務班にさせます」

「そうは言うが、燃えた家屋の復旧はどうする? 傷ついた防壁の修繕だって、数年計画になる」

「物や家は建て直せます。私達が生き残る限り」

「む」


 他の王族たちが押し黙る。

 対案がないのだ。各王族を抱え上げる貴族たちもこの会議室には同席しているが、彼らも物を言わない。数名がグラン・ミザール公をちらりと見るが、仕事の鬼も黙している。


「決まりだな。伝令」

「はっ!」


 メレフレクス王の指令に、騎士が飛び出す。


「ふぅむ。だが投石器は厄介じゃな。どうにか出来ぬか?」

「無理です。距離が遠すぎる。敵の城の真下へ潜入しなければ破壊は不可能かと」

「幸い、敵の方から近づいています。防壁近くまで来た時に歩兵を送り、破壊しましょう」

「飛距離も考えると、ここを直接狙うことは不可能かと」

「魔王が直接投石器を強化する可能性は?」

「されたらまずいな」

「それはないと思います」

「ふむ。何故そう思う?」


 メレフレクス王がエイブリー姫へ尋ねる。


「あちらのジョーカーが魔王だとすれば、こちらはマギサ・ストレガです。向こうの勝利条件は被害を最小限にマギサ・ストレガを亡き者にすることのはず。マギサおばあ様が動かない限り、向こうも動かないかと」

「ふむ、エイブリーよ。お主は頭が切れるが少しマギサ伯母上を妄信しすぎなところがある。思考に感情を乗せてはならぬぞ」

「はい」

 エイブリーが頭を小さく下げる。


「ですが、城下にいる魔物二体はどうするのです?」

「ベヒーモスと俯くものカトブレパスか。うーむ」


 その場の全員が考え込む。

 ベヒーモスはまだいい。強力なだけの魔物だ。

 もちろんそれでも過剰な程に危険だが、それ以上に危険なのは俯くものカトブレパスである。首の長い、巨大な牛のような魔物。長いたてがみに隠れた目には石化魔法の力がある。

 それを攻略しなければ、敵は投石器で無限に魔物を放り込み続ける。


「勇者を当てる」

「まさか!」

「早すぎませんか!?」


 メレフレクス王の決断に、周囲の人間が驚く。


「無論、勇者ルーク・ルークソーンを早くから消耗させるのは悪手だろうて。だが、今の勇者パーティーには求心力が欠けている」


 王の言葉に、全員が複雑な表情で肯定する。

 裏切り者を輩出してしまった、エクセレイ国のアイコン。残ったメンバーは依然として都の人間から高い支持を受けているが、それはあの騒動の前に比べると低いと言わざるをえない。


「早く彼に手柄を立てさせた方がよい。万全のフォローをし、ベヒーモスか俯くものカトブレパス、そのどちらかの討伐を行わせる」

「……上手くいけば、士気は上がります」

 ぼそりと、グラン公が呟く。


 王族ではないものの、この場で判断力の高い者が王の主張に追随した。

 周囲の者も頷く。


「ふむ。では敵の城が防壁に近づいてからが本番じゃのう」


 既に防壁では地獄が始まっており、会議室の人間もそれは承知している。

 それでも飄々と「まだ本番ではない」と言えるメレフレクス王の胆力。

 初代や先王が偉大と言われる中、長らく王座にいる人物である。


 桜色の瞳が実父を見つめる。

 為政者として、自分に足りないものをメレフレクス王は多く持っている。それをエイブリーは理解している。

 吸収しなければならない。

 変わり続けなければ、この戦争は勝てない。


 彼女は思考を止めない。

 止まるように、彼女の頭はできていない。

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