第307話 魔軍交戦4

「ゴブリンライダーを潰せ!今のうちに数を減らさないと後で包囲されるぞ!」


 騎士団や冒険者の参謀が怒声のように指示を飛ばす。

 射手アーチャーのライオは顔を顰める。


「そんな大声に出さなくともわかってるって。皆命が惜しいんだ。やれることはやってる、さ!」


 追風操作ウィンドプロモーションで矢を勢いよく射出。

 が、レッドキャップゴブリンはすんでのところでスウェーしてかわす。その背後でノーマルのゴブリンライダーが穴あき・・・になって吹っ飛ぶ。


「流石単体B級の魔物だな。高低差50メートル。距離200もあれば、そりゃかわせるよな」

「何言ってるんですかライオさん!呑気すぎます!あんなの当てれるのライオさんしかいないんだから何とかしてくださいよ!というかよくあの距離狙えますね!?」

「ダメ出しするのか褒めるのかどっちかにしてくれ」

 ライオが苦笑する。


 落ち着いたライオに反して、隣にいる羊重歩兵団ムートンホプロンのリーダー、シャーフは不安そうにまくし立てる。


「まぁ見てなって。これは他の射手でも普通のゴブリンライダー相手なら使えるテクニックだ。射手の連中は見ていてくれ」

「は!? はぁ」


 シャーフは続けて何かを言おうとしたが、口を紡ぐ。

 ライオの表情で魔力を練っていることに気づいたからだ。

 味方の魔力コントロールを邪魔する人間は「協調性なし」と判断され、よほど個人の能力が高くない限りパーティーに長く所属することは叶わない。冒険者の常識だ。

 シャーフは臆病者だ。臆病が行き過ぎて、大楯を持つタンクのみの編成であるパーティーを設立するほどに。だが、この戦場に立つことを許されるくらいには冒険者としての実力を買われている。

 この戦場において「積極的に味方の足を引っ張る者」は参加を許されていない。もしくは、本人が気づかないうちに危険な場所に配属されているか捨て石のような役割を担っている。極端な例でいうと、先ほど防壁の下で圧死した犯罪奴隷達である。


 ライオの魔力が整った。

 もしこの場にフィオがいれば、「あんたセミリタイアとか嘘だろ!」と心中でツッコミを入れているところである。


 それもそのはず。

 ゴンザなど魔物の異常行動に気づいていたギルドマスター達は、元冒険者達にも鍛錬を欠かさないよう通達していたからである。


追風操作ウィンドプロモーション

 再び矢が射出される。


 レッドキャップが即座に反応した。横合いからくる矢に身をよじろうとする。

 が。

 狙いはゴブリンの胴体ではない。

 バトルウルフのりものだ。


「ギャン!?」


 太ももを射抜かれたバトルウルフが腹を斜めに捩らせながら転倒する。

 レッドキャップの手綱操作は追いついていた。

 だが、それにバトルウルフが反応するよりも先に矢が刺さった。


「仕上げだ。爆裂矢フレアアロー


 続く第二矢がレッドキャップを襲う。ゴブリンはローリングしてかわすが、地面に刺さった矢が爆ぜ、火の粉と爆風が襲う。


「ヒット」

「すげぇ」

 観測していた男が息をもらす。


 レッドキャップがもぞもぞと動き、立ち上がる。


「やつ、死んでねぇ!」

「いや、あれでいい」


 レッドキャップがひょこひょこと足を引きずりながら歩く。

 すると、あっという間に囲まれてしまった。

 味方のゴブリン達に。


 槍。刀。弓。

 味方のゴブリン達に袋叩きにされ、あっという間にレッドキャップは殺されてしまった。

 足手まといと判断されたのだ。足を引っ張るくらいなら殺してしまえ。

 これが自然界の掟である。

 バトルウルフ達がレッドキャップの死肉を争うように食いちぎる。

 少し離れたところでは手負いのバトルウルフも同胞に食われていた。


「うっへぇ。えげつねぇ」

道徳モラルのない軍隊ってのは、あんなもんだろ。あぁはなりたくないな。魔王に負けた後、あぁなるのは俺たちだ」

「勘弁してほしいっすね」

「だから戦ってるんだけどな。ただ、効率だけで言えば抜群にいいんだよな」

「どういうことっすか?」

「怪我人が出れば、それを治療するのに人員を割かなきゃなんねぇ。時々戦争で出来るだけ殺すなという指令が出るのはそれだな」

「へぇ。教会の意向だと思ってました。それ」


 無益な殺生はするな。

 他者の命は全てテラ神の建造物である。

 教会が喧伝する教えである。


「教会はあんたが思ってる以上にドライな連中だぞ?」

「は、はは」

 シャーフが苦笑いで返す。


「奴さんは、衛生兵を割く必要がない。魔物は使い捨て。それに魔女の帽子ゾンビども。あり得ないくらい魔力節約に特化してる兵力分布だ。魔力を温存しなければならない何かしらの理由があるのかもしれねぇけどな。どでかい魔法とか」

「例えば、どんな?」

「さぁ。ここを1発で破壊する広範囲破壊魔法、とか?」


 ライオが真下ぼうへきを指さす。


「笑えない冗談ですね」

「それが起きることも想定して戦おうぜって話よ」


 ライオがまた、レッドキャップを一体脱落させる。


「はぁ」

「西南西から反応!」


 狩猟せし雌犬カッチャカーニャの観測役が叫んだ。

 声が届くころにはライオが伏せ、羊重歩兵団ムートンホプロンの面子は大盾を構えていた。

 シャーフの手元に鈍痛がはしる。大盾が傾ぎ、膝をつく。


「敵の攻撃か!」

「矢です!」

「はぁ!? 今のが矢!? 大槌で穿たれたような感触だったぞ!」


 羊重歩兵の見習いであるシュリが、地面に突き刺さった矢を見てぞっとする。

 その矢は防壁の頑強な岩にクレーターを作っていた。ロックゴーレムを始めとした頑強な素材で作られた防壁。


「畜生め。盾がえぐれてやがる」


 シャーフの盾には、斜めに抉れた跡があった。


「ライオの旦那。手元にきた衝撃と角度。盾の抉れた跡を見る限り、敵はここよりも高い位置から狙ってきてる」

「空でも飛んでるのか?」

「まさか。それならうちの斥候スカウト達が気づいてます」

「ということは、あそこしかないな」

 ライオが針の城を顎でしゃくる。


「城。この矢の威力。ボウ・ボーゲンとソム・フレッチャーか!」

「みたいだな」


 2人が話していると、針の城の上部がかすかに光った。


「第二矢です!」


 狩猟せし雌犬カッチャカーニャの娘が叫んだ瞬間、羊重歩兵団が陣形を組む。

 矢とは思えない破裂音が鳴り響く。


「完全にこっちを狙ってるな」

「ライオの旦那を止めに入ってるんでさ!」

「マジか。元とはいえ、勇者パーティーに敵扱いされるのは光栄だな」

「何悠長なこと言ってるんですか!あんたを守るのが俺達の仕事なんですよ!この大盾だって、何発も受けきれない!これ作るのにめっちゃ金かかったんですよ!?」

「国に請求してくれ!」


 ライオが撃ち返す。

 が、まるで手ごたえがない。

 城の壁をなめただけである。


「向こうの方がはるかに地の利があるな。風魔法で城周りに乱気流を作ってるのか」

 ライオが鼻をすんと動かす。


「しかも風の動きがランダムだ。風向きも。風速も。風向きがかわるテンポも。ありゃ風を読んで確実に当てるのは無理だな」

「そんな!」

「もうちょい近づけば、風を無視できるくらい強力な矢を放てる。やっこさんの方から近づいてるんだ。焦らずいこうぜ」

「盾が駄目になります!」

「スペアはあるのか?」

「一人につき3枚あります!」

「多すぎない?」

「うちのリーダー、めっちゃ臆病なんすよ……」

 羊重歩兵団ムートンホプロンの若い男が苦い顔で呟く。


 パーティー設立初期は、安全マージンに金をかけすぎるリーダーの方針に、皆辟易したものである。

 だが、その方針が功を奏して死者を出さずに安定した結果を出し続けている。

 面倒なリーダーだが、信じるに足る実力があるのである。

 射手の中でも抜きんでた実力者である、ライオの防護を任されるだけの実績があるのだ。


「貴方達、無駄な会話多すぎない!? ひゃあ!」

 思わず突っ込みを入れた狩猟せし雌犬のメンバーが爆風に煽られてたたらを踏む。


「持久戦だからな。雑談でもしないとやってらんねぇよ」

「命かかってるんですけど!?」

「ん? 攻撃が止んだ?」

「ちょちょ!ライオさん盾の間から顔出さんどいて下さいよ!」


 城を覗き見るライオに半羊族サトゥロスの男達が慌てる。


「ん~? こっちの大盾を見て攻撃をとりやめたか? いやでも、有利対面だったはず。やめる必要あるか?」


 目を細めたライオの視界に、一筋の光が一直線に空を横切った。


「援護か!」

「まさか。ライオさんより弓を飛ばせるってことですよ!? そんな人いるんですか!?」

「いや、いる。普段は森に引きこもってるやつだな」

「引きこもりが弓できるわけないじゃないっすか……」


 シャーフが変なものを見る目でライオを見た。







「まだまだ腕は落ちてないみたいね、貴方」

「当り前だ。ここであの元勇者パーティー二人は落とす。確実に、だ」


 そこには美しい男女がいた。

 肌は陶磁のように白く、中性的で均整のとれた顔立ちをしている。それはまるで黄金比かのように、誰が見ても美男美女と形容するだろう。

 女性は翡翠のように美しい瞳と金色の絹のような髪色。フィオと同じ目の色だ。

 男性は深いブラウンの瞳に、墨のような黒い頭髪。フィオと同じ髪色。

 カイムとレイアである。


「クレアが生き残る可能性をわずかにでも上げる。獅子族の姿はまだ見えていないが、やつらは前衛だ。今のうちに後衛を叩きつぶせば、戦況はこちらに有利だ」

 カイムが羽に指をかける。


 その指にレイアが指を這わせる。


 射出された矢が、城の風の防壁を貫通して上部に着弾する。ほんの少し、敵影が動くのがカイムの目には見えた。普人族では観測できない、エルフの目だからこそ出来る芸当だ。

 矢の威力をカイムが確保し、精度をレイアにゆだねる。

 夫婦そろって射手であり、百余年を共に過ごした彼らだからこそできる芸当である。


「来たれ、魔王よ。私の娘の命運は、ここではない」


 矢と共に、爆風が吹き荒れた。

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