第293話 オラシュタットに集まって3

 大きく柔らかな双丘と、鉄壁の板に圧死されかけていた。


 双丘はトウツ。鉄壁はファナだ。

 宿に入るなり二人に抱きつかれて、俺は身動きがとれないでいた。

 強くなったと思っていた。でも無理だ、こんなの。入った瞬間わかったもん。俺は非捕食者で、こいつらはプレデターだって。何かお薬が切れたやばい人みたいな顔してたもん。

 ふえぇ、怖いよぉ。


「船の上での決闘は僕の勝利だったよねぇ。フィオを手籠にする権利は僕のものなんだけど」

「何を言ってますの? 僅差でわたくしが刺したはずですわ。気絶から復帰したのはわたくしが先ですのよ」

「いいや、先に倒れたのは君だね」

「ふももも!ふもー!」


 俺をサンドイッチしたまま二人の口論は続く。

 え、そんな権利かけて勝手に決闘してたの? 馬鹿なの? 死ぬの? 俺が。窒息で。

 というか俺の上でヘッドバット合戦しないで。首相撲にしては起用すぎんだろ。あと鈍い音が出るたびに血が滴り落ちてくるんだけど。もしかして君ら、頭突きで流血してる?

 何それ怖い。

 もうマヂ無理。リスカしよ。


「どうでもいいけど、フィオの息が保たないわ」


 ナイスだフェリ。やはり持つべきものは優しい錬金術師。


「貴女が先に離しなさいな」

「いいや、君が先に離すんだ」


 君ら大岡裁きで確実に負けるやつやん。

 見ろよ俺。腕は千切れないけど臓物は圧力で千切れそうだよ?

 深層の森で高山訓練してなかったら、とっくの昔に息も切れてるよ?


「大体、貴女達が賭けたのはフィオをハグする権利でしょうに。決して、ど……ど」

「ど、何かなフェリちゃん?」

「何ですの? むっつりダークエルフ」

「うるさい」

「ぎゃああああ!」


 何で俺ごと爆破しようとするんだよ!

 トウツが投げられた爆弾を両断しなければ宿ごと吹っ飛んでたぞ!

 あと恥ずかしがってるフェリの口から童貞は聞きたかったです!


「うふふふ!これでフィオはわたくしのものですわ!」

「しまった!」


 刀を抜いたトウツの隙をつき、ファナが俺を抱っこして後退する。

 俺はされるがままだ。抵抗しても疲れるだけだし。なんかもう、どうでもいい。流石にベッドインしたら抵抗するけど。

 ほら、あれだあれ。

 せめて初めては襲われる形じゃなく迎えたいじゃない。


「あーっはっはっは!貴女達はわたくしとフィオの逢瀬を指咥えて見ててくださいな!」


 ファナが窓ガラスを突き破って宿を飛び出す。

 お前が修道女は絶対おかしいよ。いわんや聖女をや。今のお前、どう見ても小悪党か良くて怪盗にしか見えないもん。


 なお、窓を飛び出したファナはあらかじめ外で待機していた瑠璃とナハトに着地狩りされることになる。

 ふぅ、念のため瑠璃たちに作戦を伝えておいて正解だったぜ。


 でもおかしいよな。

 これ、2年ぶりの再会のはずなんだけど。

 もっとこう、感動的なサムシングはないのだろうか。

 ない?

 はい。

 すいません。






「何だい、もう帰ってきたのかい。馬鹿弟子の元にはいなくていいのかい?」

『愛別離苦』

「そうかい。人嫌いなお前にして、随分と気に入ったんだねぇ」


 マギサ・ストレガは、肩にナハトを乗せながらつぶやく。

 宿にフィオを預けたのち、ナハトはすぐに自分の本当の契約者の元へ馳せ参じた。あの女達の集団にいれば、自分がいなくとも安全は確保されるだろうとの判断だ。弟子の少年とは、あくまでも貸されていたにすぎない。自分が隣にいるべきは、この老婆である。そうとでも言わんばかりに、肩の上で脱力する。

 すっかりリラックスして毛繕いをするカラスの使い魔を、呆れた目でマギサが見る。ジェンドにもいえることだが、高い能力の割に彼らは怠惰なのだ。彼らだけがそうなのではなく、存在が高次になり、精霊に近づいているものは皆そうなるのだ。時間感覚そのものがゆっくりになるので、人間のように生き急ぐ必要はない。


「ジェンドも呼び戻したいところだけど、それは難しいね。この国に何かがあった時、王族の誰かは生き延びなきゃならない」

 ボソリとマギサが言う。


 イリス・ストレガ・エクセレイ。

 初代王の血が濃く、マギサ・ストレガの才も受け継いでいるエクセレイの未来だ。彼女はこの国の保険だ。

 そう、マギサは考えている。


「とは言っても、まだまだ子どもだねぇ。未だにジェンドの正体にも気づかないとは」


 あのエルフの夫妻はどうやら気づいたようだ。エイブリーの近衛騎士隊長イアンも。エイブリーにも伝えてあるだろう。

 マギサは気づくことを最低条件のように思っているが、とんでもないことである。フィオ・ストレガのように特別な目でもない限り、ジェンドが普通の猫ではないと看破するのは難しい。それこそ、特殊な訓練を長年積まなければ無理という話である。

 マギサは自分に課すハードルが高すぎるため、他人にも無意識に高いレベルを求めてしまう人種なのだ。

 最近では、主に弟子がその被害にあっていた。


「さて。ここらも拠点らしきものは潰したかね。全く、あの孫も老骨の扱いが雑で困るね」

 第二王女を思い出しつつ、愚痴が出る。


 才はない少女だった。

 だが、好奇心だけは人一倍ある少女だった。

 ついこないだまでちんちくりんだったあの少女に、顎で使われる日が来るとは思わなかったものである。


「都からこちらへ来たばかりでもうしわけないけどね。また都へ戻るよ、ナハト」

『御意』


 肩に乗っていたナハトがそのままマギサの体へ埋まっていく。

 埋まり切ったかと思うと、巨大な翼が背中から生えてきた。フィオでは作ることができなかった、完成された翼だ。


 黒い羽を飛び散らせ、彼女達は飛び立った。

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