第294話 オラシュタットに集まって4
『我が友、こっちじゃ。はようせい』
「へいへい」
瑠璃に引っ張られるように、俺はオラシュタットの街道を歩いた。
はたから見れば、小さな子どもが大型犬に引っ張れているようなので、道ゆく人が一瞬心配そうに見てくる。「何だ、ストレガ様の」「あぁ、学園の子か」と気づくとすぐにスルーされるが。流石魔王立国の王都。相変わらず住民が訓練されている。
街並みはこの2年で完全に修復しており、ノイタやゼータ先生が暴れた痕跡は全く見当たらなかった。俺とノイタが戦いながら叩き潰した河岸も、嘘だったかのように綺麗だ。
何でも、ヘンドリック商会が奮起したのだとか。
利益度外視で街の復旧をしたらしい。
メレフレクス王はすぐに商会へ褒美という名目で補填したらしい。王家と商会が懇ろになるのはあまりよろしくないのだが、今回は事が事だけに国民も納得したらしい。
商会長であるタルゴさん亡き今、はっきりとしたリーダーを立てずに議会制で回しているらしい。何でも、次の商会長を狙うためには実績が必要。その実績のために皆よくアイデアを出し働く。それならば、しばらくは競走させておいた方が儲かるだろう。
という事らしい。
逞しい人たちだ。タルゴさんも天国で微笑んでいるだろう。多分。きっと。
タルゴさんがしっかり帳簿を残してくれていたらしく、変わらず米や味噌を融通してもらっている。
本当にありがたい。
これだけ徳を積んだのだから、タルゴさんも転生していいんじゃないかな。
俺と違って呪われずに。
「で、瑠璃が呼ばれたのってどこ?」
『ナハトが言うには4番街のはずじゃ』
「へぇ」
瑠璃と一緒に街へ繰り出しているのは、お使いの手伝いだ。
師匠を呼ぶために都を飛び立つ前に、ナハトがそこへ行くように言ったそうだ。
何故俺が彼女のお使いについていくのか。世界樹に飲まれて心配させたお詫びを兼ねて、である。いやほんと、彼女には心配させっぱなしだ。どっちが飼い主かわからんね。
「ナハトと結構、仲良くなったのな」
『何を言うておる。我が友のことも、悪しからず思っておったぞ。あやつは」
「マジ? いつもぶっきらぼうにしか喋らないから、俺のこと興味ないかと思ってたわ」
『2年間一緒に過ごしたんじゃ。情も湧くというものじゃ』
「ナハトにとって2年なんて短いもんだろ?」
それこそ、俺にとっての2日くらいのもんだろうに。
『密度が濃かったからのう』
「それもそうだなぁ」
何度も死にかけたからね。俺が。
それにしても、神語ではなく口語で話すことに未だ違和感がある。
今でも喋ったら魔物達が襲ってきやしないかと身構えてしまう。まぁ、戦時前であればこの感覚を持っていた方がいいのかもしれないけども。
「それにしても4番街か。あまり立ち寄らなかったところだな。ん?」
ばったりと、久々な人物に出会った。
細長い顔をした、犬人族の男だ。ボルゾイ犬のような出立ちをしており、二足で歩くところ以外はほぼ、犬の姿。ボサボサと生えた毛は地面に擦りつき、汚れが染み付いている。
フェリのイヤリングを売っていた商人だ。
「あ〜、繁盛してます?」
「そう見えるかい?」
「いや、全然」
男がクククと笑う。
あまりにも俺が正直に答えたからだろうか。
「君は確か、月のイヤリングを買った少年だね」
「覚えてるんですか?」
「覚えているとも。あんな人殺しの道具を買う幼児なんて、忘れるわけがない」
「幼児ではなく、せめて
「おっとすまない」
ニヤニヤ笑うボルゾイ男に、瑠璃が反応する。
ステイ、ステイ、瑠璃。この人は悪い人じゃないから。たぶん。きっと。ぱーはっぷす。
「ちなみにあれ以降、呪いは発動しなかったかい? 誰かを呪ったりしていやしないかい?」
「大丈夫です。解呪したので」
「解呪したぁ!?」
「あ、でも解く途中に俺に呪いが弾けて飛んできましたけど」
「あっはははははは!」
男が腹を捩らせながら笑う。
不健康で胴体が痩せているので、笑いの反動で体がバラけてしまいそうだ。思わず心配してしまう。身じろぎするたびに、長い毛先からシラミが飛んでいるので、少し距離をとる。瑠璃は既に2メートルほど離れている。ソーシャルディスタンスかよ。
しばらく時間が過ぎると、大笑いがまたニタニタした湿っぽいものに変わる。
「くく。その分じゃ、別の
「そうかもしれませんね。ちなみにどんな魔法具ですか?」
「腕輪だね。爆発的に魔力を引き上げることができる」
「すごいじゃないですか」
「あぁ、そうとも。死ぬまで魔力を引き出してくれるんだからね。これの犠牲第一号は作者本人だ」
「えぇ」
何だそれ。
作ったやつの顔が見たいんだけど。
いや、やっぱ見たくない。見たいと思ったら本当に化けて出てきそう。
俺は手前の小瓶をいくつか取る。
「買うのかい?」
「えぇ。ポーションはいくらでもあっていいです」
「あれの解呪ができたんだ。自分で作った方が質はいいと思うがね」
「そうでしょうね。行きがけの駄賃というやつです」
「ウチでそんな買い方するやつ、君くらいだね」
「へぇ。そんなもんですかね」
小銭を茣蓙に置きながら呟く。
「じゃあな、おっさん。強く生きてくれよ」
「言われなくとも」
寂しそうに笑うボルゾイ男を背に、俺と瑠璃はまた歩き出した。
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