第295話 オラシュタットに集まって5

「やぁ、待ってたよ。フィル君、瑠璃君」

「ウォバルさん?」


 河岸の船着場にいたのはウォバルさんだった。

 巨大な縁石に座って足を広げている。粗野な座り方だが、彼がすると妙に様になる。周囲にはソワソワとした人物が数名。ウォバルさんもガタイのいい方だが、彼らはそれ以上だ。魔力の量も質も高い。手練れだ。これだけ存在感のある連中なら、2年前に気づいてるはずなんだけども。全員揃いのフードを着ている。深い青に、エメラルドグリーンや深海のような闇色が混ざっている。都の防具店デザイナーで、この色彩感覚を持つ人はいなかったはずだ。

 他所の人間だろうか。


「彼らかい? みんな、フードを外して」


 ウォバルさんに従い、次々と彼らがフードを脱ぐ。

 そこに現れた顔は、魚類そのものもいれば、人との間の子、人の顔だが鱗がびっしりと生えているものもいた。統一されているのは、首の形だろうか。肩に向かって綺麗な曲線を描いている。おそらく、水の抵抗を抑える首の形なのだろう。

 魚人族マーフォークだ。

 ということは。


「アトランテの?」

「そうだ」


 彼らが一斉に三又の槍を取り出し、柄で地面を突く。規律正しい音がなる。おそらく、軍式の礼なのだろう。俺はエクセレイ式で礼を返す。


「彼らは手伝いをしてくれたんだ」

「手伝い?」


 どう考えても、アトランテの中で精鋭と呼べる人たちだろう。これが雑兵であれば、エクセレイは海に面した国を作っていない。


「ちょっとハンティングをね」


 後ろの魚人たちが、次々と飛び込み河の底からあるものを引き上げた。

 亜空間ポケットに入れていない。ということは、彼らが持つ容量では足りなかったということだ。筋骨隆々の人々が引き上げているというのに、時間がかかっている。質量だけでなく重量もあるのだろう。

 それは巨大な亀だった。蛇の頭。見覚えのあるハニカム構造の甲羅。瑠璃と初めて出会った時に見たスケール感。


「……タラスク」

「すごいだろう? 流石にこいつを狩る時は老いを感じたよ。その辺のA級までなら何とかなるのだがね。海の狩人の彼らの助力を乞わなければ不可能だった。あぁ、バジリスクも探したのだがね。流石に無理だった。あれは存在がレアすぎるからなぁ」

「何言ってるんですか。こいつもS級に片足突っ込んだ存在ですよ?」


 長生きすれば、あの不死鳥にも比肩しうる存在と目される魔物だ。目されているというだけで、俺にはどうもあの怪鳥と戦える存在が想像つかないのだけれど。


「こいつをどうするんですか?」

「戦力の足しに、ね」

 ウォバルさんが瑠璃を見る。


「瑠璃に?」

「あの力は味方としては心強い。すぐ来る大戦で役に立つだろう」

「本当ですか!? やったな瑠璃!……瑠璃?」


 見ると、彼女はすっかり耳を垂れて俺の後ろに隠れていた。何故か子犬モードになっている。何それ、可愛い。


「瑠璃?」

『其奴はわしの甲羅を何度も叩き割った。何度も、何度も。痛かった』

「あー」


 まだあのファーストコンタクト、トラウマなのか。


「でもウォバルさんはいい人だぞ?」

『味方であるうちはの』

「いやこれから先ずっと味方なんだけども」


 チラリと見ると、ウォバルさんが笑顔で髭をくしゃりと曲げる。

 瑠璃が体毛を逆立てて俺の足にしがみつく。可愛いかよ。


「でも、いいんですか? お代は?」

「私とゴンザ、シーヤの所のギルドにフィンサー。それにアトランテへ金は振り込んで欲しい」

「……領収書を頂いても?」

「あぁ」


 渡された羊皮紙を見る。少し磯の香りがする。アトランテ製だろうか。

 そこに並んだゼロの数を見て絶句する。俺もそれなりにクエストをこなしていたので、蓄えはそこらの冒険者よりもある。だが、他のA級ほどではない。換金せずに戦力増強にばかり使っていたからだ。

 つまり、払うことはできない。

 え、俺また債務者になるの?


「これは、無理ですね……」

「そうかい? これでもお友達価格なのだがね。済まないが、アトランテへの入金はびた一文まけられないんだ。彼らもそれなりに戦死者を出している」


 思わず顔を上げた。

 彼らと目が合う。


「これは保険だ」

 一人の兵士が口を開いた。


「この国の第二王女が、災厄を海岸で止めると約束した。それを確実にするための、保険だ。どの道、このタラスクが成長しきっていたら数百年後はアトランテも危なかった」

「そうですか」


 数百年後を心配するなんて、この世界の人は相変わらず考えるスケールが大きい。魚人族も確か、種によっては長寿種もいるんだっけか。

 俺は改めて略式ではなく正式で海に向かって黙とうをする。


「ありがとう。死んだ戦士たちも浮かばれる」

「この借りは、金銭と戦いで返します」

「もちろんだ。そのためにこの狩に参加した」

 ガタイのいい魚人が小さく頷いた。


「フィンサー先生やゴンザさん、シーヤギルマスも手伝ってくれたんですね」

「あぁ。いい準備運動になったよ。これからの戦い、我々老骨も働かなければならないだろうからね」

「これを倒すのが準備運動、ですか」


 俺、この人に追いつけたのかなぁ。

 いや、追い付いたと思おう。深層で生き延びたのだ。俺は強い、はず。


「瑠璃、飲み込めるかい」

『二世紀ぶりに食べるからの。食当たりしそうじゃ』


 瑠璃が河岸に近づき、タラスクの亡骸にぴたりと背中を擦り付ける。何か愛玩動物が必死にマーキングしてるみたいで可愛い。

 あっという間に背中にタラスクが吸い上げられていく。

 魚人たちが「おお……」と恐れおののき半歩下がる。

 わかる。初見だと怖いよなぁ、瑠璃の食事風景。


「ところで、フィル君は祭りはいいのかい?」

「え、祭りですか?」

「知らないのかい? 明後日はエクセレイの建国祭だよ。初代王の誕生祭でもある」

「…………」

「まさか、本当に知らなかったのかい?」

「マギサ師匠は教えてくれませんでした」

「それを言い訳に使うのは無理があるなぁ」

「ですよね~」


 いやほんと、知らなかった。

 えぇ、マジで?


「あぁ、そうそう。私達にタラスクの討伐を依頼したのは、そのお師匠さんだよ。だから私らを恨まないでくれよ。君の新しい借金を作ったのは、君のお師匠さんだ。いやぁ、あの人、人使いが荒いなぁ。君が文句ばかり言っていた意味がわかったよ」

「あんの婆ぁああああ!」


 ほんといつまで経っても俺の障壁になるな、あの婆さん!

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